261.
大都市アリアナの門を出て、テクテクと3人並んで歩く。
時たま後ろから来た場所に道を譲り、30分ほど歩いてから今度は街道から少し外れて歩く。
「どこまで歩くんだよ」
「もうちょっと」
「えぇぇぇ」
一番最初に根をあげたのはジャック。
やっぱりな、と思いながらそれでも足は止めない。
「スミレ?」
『こちらに敵意があるかどうかは判りませんが、かなり距離を開けてついてきてますね』
「ふぅん、何人」
『2人です』
やっぱりな、そんな気はしたんだよ。
「昨日もさ、商店区域にいる間ずっと視線を感じてた、ってローガンさんが言ってた。俺はさっぱり気づかなかったんだけどさ」
『でも私の探索には引っかかりませんでしたよ?』
「うん、知ってる。多分、俺の動向を見張っておけ、って言われた連中だと思う。だからこっちに敵意を向けてた訳じゃないからさ、スミレが気づかなかったって仕方ないよ」
そういうヤツは依頼として受けただけだから俺に対して特にこれといった感情を持ってない訳だから、スミレの探索に引っかからなくてもおかしくはない。
『・・・姑息な真似を・・・』
「スミレ?」
『いえ、なんでもありません』
なんか今不穏な言葉が聞こえた気がしたんだけど?
『サーチング・スフィアを使用します』
「えっ?」
『相手の動向を知るために使用します』
「あ・・はい」
黒いっっ、黒いよっっ、スミレッッ。
でもそんな事、怖くて言える訳ないじゃん。
ビビってる俺の肩から飛び立つと、スミレは地面から2メートルほどの高さまで上がるとストレージからサーチング・スフィアを1つ取り出した。
それから展開した小さいスクリーンを指先で触ってる。あれはきっとプログラム入力しているんだろうな。
気にはなるけど、今のスミレには聞けないぞ。
ミリーとジャックもスミレを見て、何か言いたそうな顔で俺を見上げたものの賢く口を閉ざしたまま黙って歩く。
うん、いいぞ。今のスミレに逆らっちゃ駄目だ。
サーチング・スフィアはそのまま高く上がっていく。
多分50メートルほど上がったんじゃないかな?
あれだけ高度を上げていれば、よほど気をつけて見ない限り見つからないだろう。
『では、そろそろこの辺りで出しましょうか』
「えっ、もういいのか?」
『はい、既に周囲には人目はありませんからね。それにあまり時間を無駄にするのもどうかと思います』
「そりゃそうか。んじゃ、出すか」
「やったー!」
「わわわっっ」
嬉しそうなミリーと彼女の勢いでバランスを崩したジャックの声。
「俺の後ろに立ってろよ」
「わかった」
「おう」
慌てて俺の後ろに移動する2人。別に急ぐ事はないんだけどな。
ま、それだけ楽しみって事なんだろう。
2人には新しい自走移動車を作った、としか教えてないからな。
「よーし、出すぞー」
俺は手をポーチに当ててから、軽くその手を前に突き出した。
手の動きと同時に目の前の空間が少しだけ歪んだかと思うと、そのままゆっくりと車の輪郭が現れる。
「あれ? アラネア、ちがうね?」
「うん、違うな」
「おっきい」
「でっけえぞ」
頭を傾げる2人の前に出てきたのは、迷彩色の四輪駆動車。
大きさ的にはジープ・コ⚪︎ンドってところだ。
本当はミリタリーで使うハ⚪︎マーをモデルに作ろうかと思ったんだけど、素材が足りなかったのとそこまでデカイとミリーとジャックが乗るのに苦労するだろうって事でこれを元にしたのだ。
「これはサイドキックだ」
「さいどき、っく?」
頭を傾げるミリーは俺を見上げて聞き返す。
「うん、サイドキック、と名付けたんだよ。アラネアより大きいだろ?」
と言ってもアラネアは軽四サイズだったから、それよりはかなり大きくなってるんだけどさ。
「車輪、も大きいよ」
「なあ、中見てもいいか?」
「いいよ。ドア開ける時、気をつけろよ」
「おう」
俺はミリーと一緒に、1足先に駆け出して行ったジャックのところに歩いていく。
ジャックは少しだけ背伸びをしながらも、慣れた手つきで車のドアを開けた。もちろん、あいつが開けたのは後部座席のドアだけどな。
あいつは後ろしか乗った事ないからなぁ。ま、それはミリーも一緒か。
「あの車輪、タイヤ、っていうんだ」
「たいや?」
「うん。あんな風にでっかいのは、でこぼこ道でも走りやすいためだよ」
確かそうだった気がする。
「中、広いね」
「そうだな。アラネアよりは広いよな」
「うん」
今回はアラネアよりも広いって事で、運転席と助手席の間にあるスペースにスミレの場所を作った。
これでいざとなればもう2人乗せる事ができる。
ってか、ミリーを助手席に乗せて後ろの座席の半分のスペースには物を載せようと思って、既にボックス型のストレージを設置してある。
「わたしの場所、ない?」
中に乗り込んだジャックの向こう側を見たミリーが、ハッとした顔で俺を見上げてきた。
「ミリーは俺の横だ」
「スミレは?」
「スミレは俺とミリーの間。後ろのあの場所には色々と物を詰められるようにボックス型のストレージを配置したんだよ」
移動中に俺が出し入れしないで済むように、っていうのが一番の理由だ。
今回は敵襲があるかもしれない、って事でスミレと相談してそういう作りにしたんだ。
もちろん、ハッチバックがついた後部にもストレージ・スペースはある。
でもそこだと出し入れが大変だし、ジャックやミリーだと小さいから簡単に物を取り出す事はできないだろう。
俺を見上げているミリーのために運転席のドアを開けて中を見せる。
ミリーだったらこっちからでも楽に助手席に移動できるだろう。
「ほらミリー、ここから乗ってみろ」
「わかった」
「ジャックは、その位置から横にあるストレージを開けてみろ。不便なところがあれば言えよ」
「おう」
早速反対側に回ってミリーが助手席に乗り込んできた。
座席は子供用のチャイルド・シートが合体したような椅子にしてある。これなら乗り込むのは大変だろうけど、低すぎて前が見えないなんて事はないだろう。
「へんな椅子だね?」
「だな、でもそれならミリーも前が見えるだろ?」
「うん、だいじょぶ」
すっぽりとシートに入り込んだミリーは天井に触ったり前に手を伸ばしたりとなかなか忙しい。
後ろを見ると、ジャックがストレージ・ボックスを開けて中を覗き込んでいる。
こっちはシートベルトをしていなければ、結構自由に動けるから物の出し入れにそれほど不便はなさそうだ。
そんな2人を俺はサイドキックの運転席側のドアのところに立ったまま様子を見ていた。
「不具合は?」
「ないよ」
「バッチリだけどさ、前が見えないぞ」
「ん? ああ、そっか、忘れてた。ジャック、このボタンを押してみな」
そういや忘れてたな。ジャックもミリー同様小さいからシートが変化するようにしてあったんだった。
「うぉぃっ」
変な声をあげて車から飛び降りてきたジャックの眼の前で、後部座席がチャイルドシートもどきに変化する。
「それなら大丈夫だろ?」
「お、おう」
ビビりながらも車に乗り込むと、そこに座るジャックはそのまま首を伸ばして前を見てから頷いている。
どうやらちゃんと見えるようだな。
俺は2人がシートベルトを装着したのを確認してから、中を覗き込みながら話しかける。
「2人とも、セレスティナさんの話、覚えているか?」
「なんだっけ?」
「おう?」
「これから行くのはトラ族の村だ」
トラ族の村、と聞いて、ミリーの顔色が変わった。
いや、その話、したよな、俺?
「わたし、追い出される、の?」
「違う違う」
「でも、そのために行く、でしょ?」
ミリーのネコミミがペタッと頭に張り付いて、今にも泣きそうな顔で俺を見上げている。
「ミリーが望む限り、俺と一緒にいればいい、そう言っただろ?」
「でも・・・」
「俺たちは金虎と話をするために村に行くんだ。セレスティナさんが言っていただろう?」
それでも不安そうなミリーを見て、俺は運転席に乗り込んだ。
その方がミリーの顔がよく見えるからな。
「俺たちの今回の旅はトラ族の村に行く事だ、って話をしただろ? 覚えてないか?」
「あれは、違うと思ってた」
「なんで?」
「叔母さんに言い訳?」
「ああ、そっか」
ミリーは俺たちが出かけるための言い訳でそう言っていると思っていたみたいだな。
「セレスティナさんが言ってただろ、金虎のところに行って話を付けなければ、銅虎を探すトラ族がどこまでも追いかけてくるって」
「・・・うん」
「だから、金虎にミリーは村に留まらない事を伝えるために行くんだよ」
「でも叔母さん、わたしが行ったら捕まる、って言ってたよ?」
「うん、そうだな。だから今回はパンジーを置いてきたんだ」
パンジーを人質、いやヒッポリア質にされないために孤児院に頼んだんだ。
そしてそのためにサイドキックを用意した。
今回は素材が足りなかったからギルドで買ったけど、結構な金額が吹っ飛んで行ったんだよな。
いや、今はそんな話はどうでもいい。
「俺やスミレがいるんだ。ミリーは絶対に守る」
「・・・・」
「おまえ、スミレの結界が最強だって知ってるだろ?」
「・・・・うん」
まだ不安そうなミリーの頭をポンポンと叩くと、頭を動かして俺を見上げてきた。
「ぜったい、おいていかない?」
「絶対村に置き去りにしない」
「やくそく」
「うん、約束する」
「・・・・わかった」
頷くミリーの頭を落ち着くまで、俺はそっと撫でてやった。
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