259.
「すみません、忙しいのに」
「かまわん、気にするな」
申し訳ないなぁ、と思いながらとりあえず頭を下げるけど、ローガンさんは本当に気にしていないのか両手を上げて伸びをしながら軽く手を振ってくれる。
「それで、どこに行くんだったか?」
「商店区域です。暫くまたアリアナを離れるので、その準備と孤児院に差し入れをしようと思って」
「なんだ、また出かけるのか? 戻ってきたばかりだろう?」
うん、その通りなんだけどさ、この前出かけたのはランク・アップ試験のための指名依頼だったからな。
そのあとで出かけたけどその時は1泊2日だったし。
「指名依頼か?」
「えっ? なんでそう思うんです?」
「最近ギルドにきてなかったからな。もしかしたら指名依頼を個人で受けたのか、と思っただけだ」
「俺たちにそんな依頼をするような酔狂な人はいませんよ。今回も素材集めの旅です」
と、いう事にしようと話し合ったのだ。
「どこに行くんだ?」
「さぁ・・・とりあえずは森の素材が必要なので南の方かなぁ、と思っています」
「ふむん、森の素材か・・・・」
顎に手を当てて何か考えているローガンさん。
何を考えているかバレバレだからな、先に釘を打ってやる。
「駄目ですよ」
「何がだ? まだ何も言ってないぞ」
「もし俺に素材採取を依頼しようとしても駄目ですよ、と言っただけです。今回は自分たちのための旅にしよう、って3人で話し合って出かけるんですからね」
依頼を口にされる前にきっぱりと断ると、残念そうな顔で俺を見る。
「それに俺は生産がメインなんですからね。採取採集は生産に必要だからやっているだけです」
「その割におまえ、下手なハンターより腕がいいじゃねえか。それで生産って言ったらもったいないぞ」
「いいんです。俺は危ない目に遭いたくないですからね」
「・・・・・・」
「なんですか、その目は?」
胡乱な目をしたローガンさんにじーっと見られる。
しかも何も言わないローガンさんだけど、その目が何か言いたいと訴えてるぞ。
「おまえ、自覚ねえのか?」
「自覚・・・?」
「危険を冒したくないなんて言うヤツがグランバザードなんか生け捕りにするかよ」
「あ、あれは、たまたま・・・」
「アホ言え、たまたまで生け捕りにできるほどグランバザードは弱え魔物じゃねえぞ」
いや、だって、あれを決めたのはスミレだからさ。
俺は乗り気じゃなかった、うん。
「あれは・・・その・・・そう、お金が必要だったんです」
「嘘つけ。おまえ、自分がうちのギルドにいくら金を預けてるのか知ってて言ってるのか?」
「・・・へっ?」
ハンターズ・ギルドにお金なんか預けてたっけか?
「おまえな・・・たまにはギルドの預かり金を確認しておけ。あれだけ金を持ってるヤツが金が必要だなんて言うんじゃねえぞ。そのうち後ろから刺されるぞ、ったく」
「俺、預かり金なんかありましたっけ?」
「俺はおまえがいくら使ってるのかとかっていうのは知らねえけどな、毎月ギルドに送られてくる金の事は知ってるぞ」
う〜ん、あの言い方だと月々入るお金があるって事か?
なんかあったっけか?
「ああ、そういや預かり荷物があったな。商店区域の帰りにギルドに寄るのか?」
「いえ、そのまま乗り合い馬車で孤児院まで帰ろうかと思ってます」
「そうか。じゃあ、今度来た時に受付で言ってくれ」
「判りました」
俺に荷物がきているって言ってるけど、なんか頼んだものがあったかなぁ?
『コータ様、もしかしたら絵の複製かもしれませんよ?』
頭を傾げていると、肩に止まっているスミレが話しかけてきた。
『覚えてませんか? ジャンダ村で絵のコピーを売ったじゃないですか。確か亡くなった祖父母の形見だとかって言って、薬草や獣のプリント絵を売った時に、複製をくれるってケィリーンさんが言ってましたよね?』
「あっっ!」
「うぉっっっ、なんだよ、コータ」
スミレに言われて思い出して思わず声をあげたら、隣を歩いていたローガンさんがびっくりしたような顔で俺を見る。
「思い出しました」
「何を?」
「だから、ギルドにきている預かり荷物です。多分、それ、絵だと思います」
「絵ぇ?」
「はい、祖父母の絵を売ったんですよ。なんかすごく精密で判りやすいから図鑑を作る時に使いたいからと言って買い上げてもらったんです。その時に形見の絵だからと言ったら、代わりに複製をくれるって約束してくれたんです。おそらくその絵ができたんじゃないかなって。他に思い当たるものはありませんからね」
「ああ、なるほどな。そういや、そろそろ新しい図鑑を作るって言ってたなぁ」
俺の話に思い当たる事があるのか、ローガンさんは頷いている。
「じゃあ、急ぐものじゃあないんだな。それなら帰ってきてからでもいいだろう」
「はい、それで大丈夫です」
別に今すぐ欲しいって訳じゃない。今度で十分だ。
それから暫く雑談をしていると商店区域が見えてきた。
「そろそろ商店区域だぞ。行きたい店があれば言えよ」
「食料品をまとめて買いたいんですけど、どこかお勧めの店ってありますか?」
「それって旅の間の食いもんか?」
「それもありますけど、孤児院に差し入れ用の食材も買いたいです」
「おまえ、そんな荷物どうやって・・・って、そういやおまえ、魔法バッグを持っていたな」
「はい。ですので、しっかり買いたいですね。それとヒッポリア用のエサも手に入れられるなら欲しいです」
パンジーを3週間は預かってもらうのだ。その間のエサ代は渡すつもりだけど、それ以外にもおやつも買っといてやりたい。
もちろん、孤児院の方にもおやつは余分に買うつもりだ。
「家地区のエサはここよりも郊外にある飼育区域に行った方が種類はあるぞ? でもまぁここでいいってんだったら、馬車預かり所の隣に自警団の待機所があるだろ? その反対隣にある建物で買える筈だ」
「ああ、あそこですね。あそこだったら乗り合い馬車乗り場のすぐ前だから、帰りで十分ですね」
「そうだな。じゃあ、まずは俺たちハンター御用達の店に行くか」
「そんなのがあるんですか?」
「おうよ。あそこだったらまとめ買いをすれば割り引きしてくれるぞ」
おっ、割り引きか、いい響きだ。
その店に行く道中に、チーム単位で買い物をするのならそこが一番安くつくのだ、と教えてくれる。
「野菜は露店でもいいが、まとめて買うんだったらそっちもいい店があるぞ」
「それは助かりますね。どうせなら孤児院にも多めに差し入れをしたいですから、安くしてもらえるのであればその分多めに買えそうです」
別にお金がない訳じゃないからそこまで気にはしないんだけど、セレスティナさんたち孤児院の大人たちが遠慮するからなぁ。
だったら、どこどこの店が安いと教えてもらったのでそれほどお金は使ってませんよ、ってアピールができるのは助かる。
「そういや、コータ。リランの花びら亭に泊まってないんだってな?」
「よく知ってますね」
「この前、おまえらを探しているヤツがいてな。そいつがリランの花びら亭にはいなかった、どこにいるんだ、って聞いてきたんだ」
俺たちの行方を探している?
「それって・・・トラ族、ですか?」
「いいや、シュナッツのところのヤツだったぞ? なんだ、トラ族と揉めてるのか?」
「いえ、今ちょっといろいろあって孤児院の敷地に引き車を停めさせてもらって、そこに滞在しているんです。そこにトラ族がやってきたので、もしかしたらって思っただけですよ」
「ああ、なるほどな。まぁ聞いてきたのがシュナッツのところのヤツだったから、知らねえとはっきり言ったんだが、これが全く知らないヤツだったらそれすら教えないぞ」
「あれ、そうなんですか?」
意外と個人情報は守られているのか?
「おうよ。ギルドで聞いてきた、なんて言われて断りきれずに揉め事に発展した、なんて事になるとこっちの信用問題にも関わるからな」
「そうですね。そうしてもらえると俺としても助かります」
「おまえは特に、だな。そうじゃなくてもギルドにグランバザードを捕まえたハンターを教えてくれ、って問い合わせが山ほど来やがるんだ。中にはおまえらが捕まえた、って事を知ってるヤツだっている。そんな連中全員におまえがどこにいるかを教えたら、宿から苦情が来るのは間違いなしだろう?」
なるほど、揉め事を回避するため、か。
まぁそれでも十分助かるから、こっちとしては文句をいう事はない。
「なんだ、それで孤児院に身を隠してるって訳じゃねえのかよ」
「全くないとは言いませんけど、うちのお子ちゃまたちがあそこを気に入ったんです。それだったらここにいる間は停めさせてもらえませんか、ってお願いしたらオーケーをもらえました」
さすがにミリーが銅虎だって事は言えないからな。それにセレスティナさんの身内だって事も軽々しく口にする事じゃあないだろうから言わない。
まぁローガンさんだったら、ミリーとセレスティナさんの関係は知ってるかもしれないけどさ。
それでも俺から言う事じゃない、と思う。
「よーし、あの店だ」
でっかい2階建ての店を指差すローガンの隣で見上げる。
「中に入るぞ」
俺の背中を押しながら建物の中に押し込まれる。
中は結構広々としていて、なんとなくいかにも、って感じの店?
ほら、RPGゲームの冒険者御用達って感じ?
なんかワクワクしてきたぞ。
「欲しいものがあれば言えよ。持ってきてくれるぞ」
「判りました」
よーし、今は買い物に集中しよう。
いや、買い物を楽しもう、だな。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。




