25.
何度かゴツンと頭をぶつけた。
見上げても何も見えなかったって事は、あれがスミレの結界なんだろう。
もしかしたらこの辺にやってきた人もあの結界に頭をぶつけてるって事なんだろうか?
そんな事を思いながら、俺はスミレのところに戻ってきた。
『おかえりなさいませ、コータ様』
「あれ、もう全部できちゃったんだ」
『はい、鉄の延べ棒は10本できました。それからマッチの方も5セット作ってみました』
俺は延べ棒にてをのばして持ち上げようとして、その重さに思わず落としそうになった。
「お、重いな」
『コータ様、それ1本で10キロあるんですよ』
どこか呆れたような口調のスミレ。
そういや俺が1本10キロにしてくれって言ったんだった。
「じゃ、じゃあ、ポーチにしまうよ。って、いや、やっぱり背中のリュックに入れる方がいいか」
ヴァンスさんの前で取り出す時に魔法ポーチからっていうのはさすがに避けた方がいいだろうからな。
俺は両手で延べ棒を持ち上げて、それを背中から下ろしたリュックサックに突っ込む。
リュックの中身は汗拭き用の布とおやつが入っているだけだから、それらを取り出して底に3本並べる。それからその上に3本3本と並べてから、少し隙間が空いている横に残りの1本を差し込んだ。
「スミレ、このリュック、100キロなんて大丈夫かな?」
『もちろんです。そのリュックサックは500キロまでの重量を想定して作りましたから』
「500キロって・・・一体何入れんだよ」
前の世界で普通に見かけたタイプのリュックに500キロなんて何入れたらいいんだよ。
俺は少し呆れたものの、とりあえず背中に背負ってみた。
グシっと肩にかかる重量は半端じゃないが、持てないわけじゃない。
やっぱり俺の身体能力は上がっているようだな。
神様がすぐに死なないように丈夫にした、って言ってたけど、丈夫にしすぎな気がするのは俺だけだろうか。
まぁいいけどさ。
気を取り直した俺は、リュックサックの中身をポーチに全部突っ込んでから、今度はマッチに手をのばした。
どうやらスミレが中身を詰めてくれたみたいだな。
筒状の入れ物は10センチちょっとで直径が4センチくらいある。思ったよりずんぐりとした形だが、直径が4センチくらいあるせいで、マッチの火薬を擦る部分がそれなりの大きさになったので丁度いい。
俺は入れ物は賞状をいれるような形になっていて、少しひねりながら上に引くと蓋の部分が外れた。
中身は太めで長めのマッチだ。なんとなく火薬の部分が多い気がするが、消えにくくするためなんだろう。
早速1本取り出して蓋の部分でシュッと擦ってみる。
ボゥっと小さな火薬の燃える音がして火がついた。
「おぉっ。簡単に火が点くな」
『子供でもお年寄りでも使い勝手がいいと思いますね』
俺はそのままマッチを手に持ったまま少し振ってみたが、火は揺れるだけで消える事もなく燃え続けている。
「これ、どのくらい火が持つと思う?」
『そんなに長時間は無理ですよ、マッチなんですから。でも20秒から30秒ほどはもつと思いますので、そのくらいの時間があれば竃の火を熾す事はできると思います』
「それで十分だよ」
俺はフッと息を吹いてマッチの火を消して、そのまま土に突き刺した。
これなら火がまた点く事はないだろう。
『それで、草は集まったんですか?』
「草? うん。それなりに集まったと思うよ。ついでにイズナも探しておいたからさ、足りないかもしれないけどその分は俺の魔力で補うんだろ?」
俺はポーチに手を突っ込んで、草を念じながらむんずと掴んでは取り出した。
それから集めた木の実も取り出して、別の山を作る。
「これだけあれば1着くらい作れるかな?」
『そうですね・・・コータ様の魔力を使えば上下1着分はありそうですね。とりあえず上着を1着作って、着心地を確認しましょうか』
「うん」
「それでは、お手数ですがあちらの陣の真ん中に立ってもらえますか?」
あそこって、プリンターで物を作る場所じゃないのか?
俺が不思議そうな顔でスミレを見ると、彼女はにっこりと笑って説明をしてくれた。
『あそこでコータ様の体をスキャンします。そうする事でよりコータ様の体型にあった物が作れます』
「ああ、なるほど」
ポーチに入っていた服はズボンはウエスト部分が紐でサイズ調整するものだし、シャツは少し大きめだった。
あんまり俺の体型に合っているとは言い難いものだったから、俺の体をスキャンする事で俺のサイズの物を作ってくれるんだろう。
そう納得して、俺はスミレに言われた通り陣の真ん中に立った。
『はい、そこでいいですよ。それでは服を脱いでください』
「はっ・・・?」
『コータ様、その場で服を脱いでまっすぐ立ってください。服を着たままですと正確な体のサイズが判りませんから、脱いでいただく事でより正確なサイズを測る事ができます』
こんな森の中でシャツとズボンを脱ぐのか、俺。
スミレの結界があるから誰もこないって事は判っていても、大自然の真ん中で脱ぐのは抵抗がある。
それでも1回測って貰えばそれをデータにセーブしてもらっとけばいいんだし、と自分を納得させる。
ちゃんとした服のためにはそれくらいの犠牲は仕方ないだろう。
という事で、ズボンとシャツを脱いで、靴下とブーツも脱ぎ捨てた。
今の俺はパンツ一丁の怪しい男だ、うん。
周囲に人がいないからできる格好だよ、これ。
俺は脱いだ服を陣の外にきちんと畳んで置くと、また陣の真ん中に立ってスミレを見た。
「用意できたぞ」
『まだ全部脱がれてませんよ?』
「はっ・・?」
『コータ様、パンツを脱ぎ忘れてますよ』
お、おパンツ、ですと?
『パンツを履いたままだときちんとしたコータ様の体型のデータが取れません』
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやーーーっ! パンツは脱がないぞっっっ」
困ったような顔でデータが取れないというスミレは可愛い。
が、その顔でパンツを脱げと言われても、素直に頷けない俺がいる。
「1回だけですよ、コータ様。ちゃんとデータをセーブしますから、よほど体型が変わらない限りまたスキャンする事はないんですよ」
「1回でもいやだ。なんでこんな大自然の真ん中でスッポンポンにならなくっちゃいけないんだよっ」
『ですから、スキャンのためです』
「いーやーだーっ! 絶対に無理無理無理っっ!」
俺は陣から出るとそのまま服を着始めた。
『コータ様、まだスキャンが済んでませんよ』
「スッポンポンは無理。だから、今ある服で十分」
手にとった靴下を履こうとその場に座り込んだ俺の耳に、スミレの大きな溜め息が聞こえた。
スミレをがっかりさせたかもしれないが、スッポンポンだけは勘弁してもらいたい。
『仕方ないですね・・・では、パンツを履いたままでいいですから全身のスキャンさせてください』
「・・・・いいのか?」
『仕方ないです。そうでもしないとコータ様はスキャンさせてくれないんでしょう?』
「いや、だってさ、こんなところでスッポンポンなんて、絶対に無理だよ」
『はぁ、判りました。その部分は推測で数値をいれます』
推測って、なんでパンツの中身のサイズまで調べなければいけないのか判んないぞ。
俺の息子のサイズなんて服を作るのに全く関係ないだろ。
それでもまぁスミレが譲歩してくれたので、俺もまた立ち上がって陣の中に入った。
『はい。その位置でいいです。両手は左右に広げて肩の位置まであげてください。はい、それでいいです。両足は肩幅まで広げてまっすぐ膝を曲げないように立ってください・・・その位置で結構です』
スミレの指示通りに立ち位置を決める。
『はい、スキャンを始めますから動かないでください。スキャン時間は30秒です。ではスタート・・・・あと20秒・・・10秒・・・・3、2、1、はい、お疲れ様でした』
たった30秒とはいえ、じっと立ったままというのは疲れるものだ。
ってか、俺の精神がゴリゴリと削られた気がする。
きっとそのせいでより疲れを感じているんだろうな、うん。
俺はとっとと陣から離れると、服が置いてあるところまで行ってその場に足を投げ出してへたり込んだ。
それからスミレを見ると、彼女は既に服作りを始めているようで、スクリーンに向かってなにやら指を忙しく動かしている。
少しして陣の真ん中にポワンと光が集まってきたかと思うと、いつものように忙しなく光がくるくると回り始めた。
陣とスミレのいる間に積み上げていたむしった草は半分ほどが消えているし、木の実も半分ほどなくなっている。
俺がパンツ一丁のまま、ぼーっと光がくるくると回るのを眺めていると1分ほどで光は消えてなくなり、陣にはシャツと思しきものが広げて置かれている。
『コータ様、試着してみてください』
「ほーい」
俺は立ち上がるのも面倒で、膝立ちのまま陣の中に移動してシャツを取り上げた。
半分干したような草のような褪せた緑色のシャツを羽織ってみると、サイズは俺にぴったりで着心地もポーチに入っていたシャツに比べると柔らかな肌触りだ。
「着心地いいな、これ」
『それは良かったです。それではズボンを作りますので、ちょっと移動してください』
「はい」
陣にいると邪魔だと言われ、俺は素直に陣から出て先ほどまでへたっていた場所に移動する。
俺が出て行くのを待っていたかのように、陣の中でまた光がクルクルと回り出す。
草の山も木の実の山の無くなっているから、きっとシャツと同じような材質のズボンができるんだろうな。
シャツの着心地は抜群だ。ごわごわしているポーチに入っていたシャツとは比べ物にならない。
これを着てしまうともう2度とポーチの中のシャツは着れない気がする。
なんて事を考えているうちに、光が止んでズボンが陣の上に残っていた。
俺はスミレに言われる前に早速陣の中に入るとそのままズボンを手に取った。
「おぉっっ、スミレッッ」
パッと両手で広げたズボンには、ファスナーが付いていたのだ。
「こっ、これっ、ファスナーが付いてるっっっ」
『はい、コータ様の記憶データではこのようなズボンが主流のようでしたので、似たようなものを作ってみました』
「グッジョブ、スミレ! 紐ズボン、いい加減嫌になってきてたんだよ」
俺は思わずズボンに頬ずりをしてしまう。
ああ、これで紐ズボンとはおさらばだよ。紐ズボン、ゴワゴワしてるくせに紐がすぐに緩むからさ、気が抜けなかったんだよ。
何度ズボンがずり落ちそうになった事か。
俺は嬉々としてズボンを履いてボタンを留めてファスナーをあげる。
そうそう、この感じ。
いいねぇ〜〜。
「スミレ、ありがとう」
『いえいえ、どういたしまして。気に入っていただけたようでなによりです』
「気に入ったなんてもんじゃないよ。俺、もう2度とファスナーが付いたズボンは履けないんだと思ってたんだよ」
俺は靴下を履いてブーツを履いて、それから立ち上がってズボンとシャツの着心地を確認する。
それらは体にぴったりとフィットしていて、今までのサイズが大きめの服に比べるとこざっぱりとして見える気がする。
『とてもお似合いですよ』
「ありがと、スミレ。俺にはよく判んないけど、着心地はバッチリだよ」
『そういえば鏡がありませんでしたね。作りますか?』
「えっ? 作れるの?」
『はい、手鏡サイズであれば大丈夫です。すぐに作りましょうね』
姿見は無理だけど、手鏡サイズであれば今のレベルで作れるのか。
よく考えると自分がどんな顔をしているのかなんて全く気にしていなかったなぁ。
元々の姿形だと思っていたけど、神様が色々設定してたからもしかしたら見た目が変わっているのかもしれない。
俺は今更ながら、自分の見た目が気になってきた。
いやホント、今更だよ。
でもさ、自分の姿形にまで気が回らなかったんだよ。そこまで気持ちに余裕がなかったっていうかさ。
なんて自分に言い訳をしている間に、スミレが手鏡を持って飛んできた。
『どうぞ』
「あ・・・ありがと」
俺はドキドキしながらスミレが持ってきてくれた鏡を覗き込んだ。
そこには以前の俺の面影をした顔が俺を見返していた。
黒髪に平均的な日本人顔、つまり彫の浅い顔が俺を見返している。
ただ、1つだけ全く思ってもいなかった点があった。
「スミレ・・・俺の目が黒くない」
『コータ様の目は黒くないですよ?』
「そっか・・・でも俺、たった今知ったよ、それ。俺の目、オレンジ色だ・・・」
鏡の中から俺を見返すその目は、鮮やかなオレンジ色をしていたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。
Edited 04/10/2017 @ 04:44
リュックサックの中身をポーチに全部突っ込んでなら → リュックサックの中身をポーチに全部突っ込んでから
誤字訂正しました。ご指摘、ありがとうございました。




