255.
暫しの沈黙。
そしてわざとらしいセレスティナさんの大きな溜め息。
「私のお客様に用がある、と言われるのですか?」
「そうだ」
「その割にはとてもそうは見えませんけど? それとも最近のトラ族の村ではそれが他のトラ獣人の客に対する礼儀という事なのでしょうか? だとしたらとても嘆かわしいですねぇ」
「きさまっっ・・・・」
丁寧な口調、ってか慇懃無礼な物言いのセレスティナさんに馬鹿にされていると思ったのか、女トラ獣人がグルルっという唸り声をあげる。
ああ、うん、その辺は本物のトラそっくりの唸り声なんだな。
なぜかとても客観的にそんな感想が俺の頭に浮かんだ。
「事を荒立てるつもりはない。ただ用がある、それだけだ」
「どのような御用でしょうか?」
「言わずとも判っているのではないのか? 彼女を一目見れば、我らがどのような用件でここに来たのは判る筈だ」
「いいえ、あの子は私の姪ですけど、それ以外にどういったご用件なのかさっぱり見当もつきませんよ?」
う〜ん、白々しいって言っちゃ悪いけど、セレスティナさんはなんとしても向こうに言わせたいみたいだな。
でもそれがどういう意味があるのかなんて、俺には全く判らないけどさ。
ミリーを見れば判る、という2人のいう意味は、ミリーが普通のトラ族とは毛色が違うって事なんだろう。
つまり普通のトラ族ではなく、ミリーは銅虎の毛色をしているから。
「私の姪にどのようなご用件でしょうか?」
「用件など言わずとも判るだろう」
「いいえ、はっきりと言っていただきたいですね」
「我らは、我らが王、金虎の命によりこちらに派遣されてきた。お前の姪とやらが銅虎だから、だ」
「さっさと銅虎をこちらに引き渡せ」
おっ、ついにここに来た目的を口にしたぞ。
男トラ獣人の言葉を聞いて、セレスティナさんは門に近づいていく。
「私の姪が銅虎、だとおっしゃるのでしょうか?」
「そうだ。そんな事我らが言わずとも見れば判るだろう」
「トラ族の村に住んでいませんからね、言われなければ判りませんよ。ですが、金虎、銀虎、銅虎、の話は知っています」
「それなら話は簡単だ。さっさとこの結界を解除して銅虎をこちらに渡してもらおう」
3人の話はここにいる俺たちにも聞こえる。
ミリーを渡せ、という男トラ獣人の言葉を聞いて、ミリーがぎゅっとしがみついてきた。
「大丈夫だよ、ミリーが嫌なら行かせないから」
「コータ・・・」
「セレスティナさんに任せれば大丈夫だって」
「でも・・・」
男トラ獣人の身長は2メートル30くらいあるだろうか?
そして女トラ獣人の身長は2メートルくらいある。
おまけに2人ともがっしりとしていて、ミスター・ユニバースだったっけか、ボディー・ビルダーみたいな筋肉ムッキムキって感じがシャツを着ていても判るよ、うん。
そんな話をコソコソしている間も、セレスティナさんたちの会話は続く。
「いいえ、無理強いはできない筈ですよ? 確か、金虎は王となるべくして生まれた個体。銀虎は王を支えるために生まれた個体。そして銅虎は金虎と銀虎を支える事ができる存在。そうでしたよね?」
「そうだ」
「その銅虎は本人の意思により金虎銀虎を支えるかどうかを選べる筈です」
「だからこうして我らが迎えに来てやったのだ」
なんか偉そうだな。迎えに来てやった、なんて押し付けがましいにもほどがある。
「いいえ、私が言った言葉をちゃんと理解しましたか? 銅虎が選ぶんですよ。もし銅虎が金虎も銀虎も支える事を選ばなければ、彼らの事を望まなければ、銅虎は金虎の元にいなくてもいいんです。つまり、銅虎を無理やり従える事はできないという事になります」
「嘘を言うなっっ!」
「嘘、ですか? それではあなたはそれが事実でないという事を知っていると言うのでしょうか?」
「当たり前だっっっ! 銅虎は金虎のためだけに生きる事がその使命なのだからなっっ!」
吠える女トラ獣人を前に、冷静な態度のセレスティナさん。
「それは、村に銅虎に関しての事実として伝わっていると考えていい、と言う事でしょうか? 私が確認のために人を送っても同じ返事が来る、という事ですか?」
「当たり前だとさっきから言っているっ!」
「もしそれが事実でなければ、あなたはその命を代償にしてもいい、と」
「金虎のためにのみ、銅虎はその存在意義がある。そんな事は子供でも知っている。私はむしろお前がそれを知らない事の方が驚きだ」
「なるほど・・・」
セレスティナさんを見下した態度の女トラ獣人。
でも彼女はセレスティナさんの目がスッと細くなった事に気づいていない。
セレスティナさんはそんな女トラ獣人から隣に立っている男トラ獣人に視線を向ける。
「あなたも同じ意見ですか?」
「俺は・・・銅虎について、いや、銅虎の存在意義については何も知らされていない。ただ銅虎を探して連れて村に戻って来い、としか我らの王に言われていないのだ」
「そうですか。では、銅虎の存在意義は彼女にのみ知らされている、と」
「そ、それは・・・・」
一緒に来ている男トラ獣人が自分に賛同しなかった事で言葉を詰まらせている女トラ獣人。
うん、きっと勢いで言ったんだろうな。
彼女は多分銅虎について自分が考えている事を口にしただけで、そのように金虎から言われた訳ではないんだろう。
普通であればトラ獣人、という事で威嚇されて言いなりになるような人たちとしか接した事がないから、今回も威嚇すればセレスティナさんがビビって言いなりになると踏んでいたに違いない。
でもセレスティナさんはそんな彼女に威嚇されるどころか、対等にやりあっている。
いや、俺から見ればセレスティナさんの方が有利な立ち位置にいるようにしか思えない。
大体さ、セレスティナさんだってトラ獣人だって事、判っていないんだろうか?
同種族に対して他種族に効く恫喝が効くと思えるのが不思議だよ。
「とっ、とにかく、さっさとこの結界を解除して、そっちにいる銅虎をこちらによこせ」
「・・・先ほども申しましたが、私の姪は物ではありません。大切な身内をよこせと言われて簡単にお渡しできると思いますか?」
「なんだとっっ。王である金虎の望みを聞けないと言うのか?」
「金虎は連れて来い、と言った筈ですね。物のように扱って持ってこい、とは言われてないと思いますけど? それにこれもまた先ほど言いましたけど、銅虎が拒否すれば金虎も銀虎も銅虎を手に入れる事はできませんよ? それくらいの事は知っていますよね?」
睨みつけてくる女トラ獣人に笑顔で尋ねるセレスティナさん。
でも目が笑ってないんだけど、俺の気のせいか?
「どちらにせよ、私の方から村には連絡を入れさせていただきます」
「・・・なんのためだ? その必要はないだろう」
「いいえ、きちんと金虎とそれに連なるトラ族たちの話を確認させていただきます。もし本当に村で先ほどあなたがおっしゃったような教育がされているのであれば、それは大変な問題ですから」
「その必要はないっっ! 私は嘘は言ってないぞっっっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る女トラ獣人。
でもセレスティナさんはちっとも気にしていない。
「はい、それは先ほどお聞きしました。ですから、どのような教育をしているのかの確認です」
「お、お前のような一介のトラ獣人の話など村長が聞く筈がないっっ!」
「おや? 私が一介のトラ獣人だとおっしゃられるんですか? トラ獣人は等しく上下はない筈です。唯一それに当たらない存在が金虎と銀虎、それに銅虎です」
「おっ、お前・・・」
「それでも納得がいかないのであれば、これもお教えしましょう。私はあなたがやってきた金虎がおられる村の村長の娘ですので、父であれば私の言葉に少しは耳を傾けて下さる、と信じています」
えっ?!?
セレスティナさん、って偉い人の娘? じゃあ、ミリーは偉い人の孫娘?
とんでもない爆弾を投下したセレスティナさんは涼しい顔で2人を見ているけど、門の向こうの2人は明らかに顔色が悪くなったぞ。
「そうそう、先ほどの銅虎の話ですけどね。あれは村長から聞いた話なんですよね。ですから今後のトラ族の将来を考ると、その辺りはきちんと父から確認しておかないと心配なんですよね」
「そっ・・・・・」
「さて、どうしますか? もし武器を持ち込まないと約束していただけるのであれば、こちらの結界は解除して中に入る事を許可しますよ」
「・・・・・」
言葉に詰まって何も言えなくなった女トラ獣人と、セレスティナさんを前にただ黙っている男トラ獣人。
「どうしても武器を手放せないというのであれば、孤児院の訪問はご遠慮ください」
くるり、と背中を向けて何も言えなくなった2人から離れ、セレスティナさんはそのまま俺たちの方にやってくる。
それから、テーブルを挟んで俺たちの対面にあるベンチに腰を下ろす。
そんな風に座るとセレスティナさんは彼らに背中を向ける事になるけど、彼らの事は全く気にしていないようだ。
俺はセレスティナさんと、今なお門のところで立っているトラ獣人2人を交互に見る。
「コータさんは心配しなくてもいいですよ」
「えっ、ああ、はい。いや、でも、ですね」
オタオタしながら俺は交互に目をせわしなく動かす。
いや、だってだ。2人は俺たちの方を睨みつける事はやめたけど、でも黙ってじーっとこちらを見られるとやりにくいんだよ。
「あの・・・まだあそこにいますよ」
「構いませんよ。どうせすぐにいなくなると思います」
「そ、そうですか・・・」
「大丈夫です。コータさんは心配する必要はありません。でもこの件で少し話をする必要があります」
「えっ・・はい」
緊張のあまり思わず敬語になってしまったけど、こればっかりは仕方ないだろう。
「コータさんがオタオタしているとミリーちゃんたちが不安になりますよ? だから、コータさんはどっしりと構えてくださいな」
「あ・・ははは」
簡単に言うけどさ、それってこの状況だと難しいと思うぞ?
でもそんな俺の胸の内なんか知らないセレスティナさんは、真面目な顔を俺に向ける。
「よろしければ今夜にでも話したいのですが」
「えぇっと・・・判りました。じゃあ、夕飯の後にでも孤児院に方にお邪魔していいですか?」
「いえ、夕食はこちらで用意しますので、一緒にいただきましょう。そのあとでミリーちゃんたちが子供たちと一緒に遊んでいる間に話ができれば、と思います」
「ああ、そうですね。判りました、ご馳走になります」
素直に提案を受け入れて頭を下げて礼を言う。
確かにセレスティナさんの言うように、このままにしておく訳にはいかないだろう。
ってか、絶対にどこかで俺たちに接触しようとする筈だ。
もちろん、それはセレスティナさんが俺たちと一緒にいない時だろう。
そうなると腕力じゃあどう考えたって俺には勝ち目はない。
スミレがいればなんとかなるとは思うけど、それでもスミレだって万能って訳じゃないからどこかで隙をつかれる事もあるかもしれない。
それを回避するためにも、セレスティナさんと話し合った方がいいだろう。
そんな事を考えながら視線を門に向けると、そこにはもう誰もいなかった。
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