253.
ミリーの指差した方角にセレスティナさんが立っていて、子供たちが遊ぶのを見守っている。
途端に喉がカラカラになって声がちゃんと出ない。
「あの人から、おかさんと同じ匂い、する」
「ミリー・・・」
「あの人に見られると、おかさんがいるみたい、だった」
ああ、ミリーの本能がセレスティナさんが叔母さんだって教えたのか。
俺は思わずギュッとミリーを抱きしめてやる。
「コータ、知ってた?」
「・・・うん、セレスティナさんが教えてくれた」
「そっか・・・」
「ごめんな、黙ってて」
淡々とした声で頷くミリーに思わず謝る。
そうか、ずっと気づいていたのか。
でも考えればありえない話じゃない。
なんせセレスティナさんだって気づいたんだ。その反対があってもおかしくない。
ただミリーの様子に変化がなかったから気づかなかった。
「コータ、あやまらなくていい、よ。心配してくれてた、でしょ?」
「うん。無理矢理ミリーと話をさせたくなかったからさ。ミリーが自分から話をしたいっていうのを待ってたんだ。でも、もうすぐここを出ると思ったら、今のまま待つだけじゃあダメだって思った」
「そ、だね。ちゃんと話、したいね」
「話をしたいのか? 無理しなくてもいいんだぞ?」
自分から話をした方がいいって言ったくせに、同時に無理もしてもらいたくないって思っちまった。
「だいじょぶ、だよ。聞きたい事、あるかなって考えてた」
「聞きたい事、あったのか?」
「うん、おかさんの事、おとさんの事、聞きたい」
「そっか・・・」
ちゃんと考えて決めたんだな。
なんだ、俺が口を挟まなくても良かったのかよ。
「今から少し話すか?」
「ん・・・そ、だね」
頭を傾げてから小さく頷いたミリーの頭をそっと撫でてやり、セレスティナさんに視線を向けた。
「俺が呼んでくるよ」
「一緒に行く、よ?」
「いいよ。ミリーはここに座ってたらいい」
ちょっと待ってな、と言って立ち上がりそのままセレスティナさんのところに歩いていく。
そんな俺に気づいていたのかセレスティナさんは俺をじっと見ていた。
「セレスティナさん」
「コータさん、子供たちに遊具をありがとうございました」
「いえいえ、あとでこれも生産ギルドで登録するつもりですので、とりあえずはここでだけ遊ぶようにしていただけると助かります」
「もちろんです」
生産ギルドに登録するまでは知らない人間に見せない方がいい、とスミレに言われたのでセレスティナさんに頼む。
「それで、ですね。ミリーがセレスティナさんと話をしたい、と言ってます」
「えっ、もう、あの子に話したんですか?」
「もう、というかミリーはセレスティナさんが自分の叔母さんだって事、とっくに気づいていました」
驚いた顔でテーブルに座るミリーに視線を向けたセレスティナさんは小さく息を吐いてから俺に頭を下げる。
「そうですか、ありがとうございます」
「お礼を言われるような事じゃありませんよ。大体決めたのはミリーですから」
「それでも、私たちの間を取り持っていただけて、本当に感謝しています」
はにかむような笑みを浮かべたセレスティナさんは本当に嬉しそうだ。
「ただですね。ミリーが俺も同席するように、と言っているのでその点は了承してください」
「それくらいは・・・私は最初からコータさんも一緒の場で、と思っていましたから」
えっ、そうなんだ?
「少しずつお互いに慣れたら、俺は少し離れた場所に移動するつもりです」
「コータさん」
「もちろん、ミリーから見える場所に、ですけどね」
「それは・・・ありがとうございます」
いきなり2人きりは無理だろう。それに慣れたとしても2人きりはやっぱりミリーには心配だと思う。
だけど俺が見える場所だったら、少しくらい離れていても安心なんじゃないか、と思う。
「じゃあ、一緒に来てもらえますか?」
「はい・・でも、本当に?」
「ええ、ただ少しでもミリーが不安がったりしたら、そこで終わりにするつもりです」
「えっ・・・・」
「今日だけじゃないんです。俺が孤児院の敷地に引き車を停めて滞在したい、って頼んだの覚えているでしょう? 毎日少しずつお互いに慣れていけばいい、そう思っています」
「・・・・本当にありがとうございます」
大げさなくらい頭を下げてから、セレスティナさんは俺の後ろについてテーブルまでやってきた。
「お待たせ、ミリー」
「ミリーちゃん・・・」
「セレスティナさん、座ってください」
俺は少しだけ考えてから、ミリーと対面の席をセレスティナさんに勧めた。
それからさっきまで座っていたミリーの隣に座る。
ミリーはそっとセレスティナさんを見たものの、すぐに視線を外して俺の腕にしがみついた。
セレスティナさんも何を話せばいいのか判らないみたいで、黙ってミリーを見ているだけだ。
仕方ない、ここは俺が話のきっかけを作るか。
「ミリー、セレスティナさんだよ」
「うん・・・・」
「セレスティナさん、ミリーが自分の姪っ子だって、知ってたって」
「うん・・・」
駄目だな、ミリーは完全にビビっちゃってる。
じゃあターゲットをセレスティナさんに移そう。
「セレスティナさん、ミリーはお母さんに似てますか?」
「コータさん・・・そうね。ミリーちゃんはお母さんにもお父さんにも似てるわ」
「どの辺が似ているんですか?」
「ミリーちゃんの耳はお母さんそっくりよ」
耳、ときたか。
う〜む、お母さんそっくりの耳って事で、セレスティナさんの頭についている耳とミリーの耳を見比べてみたものの、俺には全く同じにしか見えない。
「セレスティナさんの耳もミリーのお母さんと似てますか?」
「いいえ、私の耳は似てないわね」
なるほど、違うように見えるって訳だな。
うん、さっぱりだ。
「それにミリーちゃんを撫でた時、お母さんそっくりの毛触りだったわね」
そっか、あの触り心地はミリーのお母さん譲りって事か。
「それから、ミリーちゃんの目元はお父さんかしら? 私は2回くらいしか会った事がないからはっきりとは言えないけど・・・」
セレスティナさんがそう言うと、ミリーが顔をゆっくりとあげる。
「おとさん、そっくり、って言われた事ある・・・」
「そう? じゃあ、やっぱり私が覚えていた通りなのね」
「・・・うん」
少し嬉しそうに尻尾が揺れているのが判る。
父親と似ていると言われて嬉しいんだろうな。
「ミリーちゃんのお父さん、とっても強いだけじゃなくって、責任感も強い人でね。ミリーちゃんのお母さんを守ります、って言って故郷に帰って行ったのよ」
「・・・」
「ミリーちゃんが生まれてから暫くした頃かしら? 2人から娘が生まれました、っていう便りが来たの。可愛い可愛い娘です、って」
可愛い娘、と書かれていたという手紙には、ミリーが銅虎である赤銅色をした毛並みだった、って事は書かれてなかったんだろうか?
もしかしたらわざと書かなかったのかもしれない。
「ずっとね・・・会えるのを楽しみにしていたの・・・だけど、そのうち連絡が来なくなって、すごく心配していたの・・・・」
「おかさん・・・病気だった」
「うん、大変だったわね」
「おとさん・・・わたしのせいで・・・村を追い、出された・・・・」
ギュッと俺の腕を掴む手に力が入った。
そんなミリーの頭をポンポンと叩いてやる。
「違うだろ、ミリー。お父さんはミリーを守るために2人で暮らす事にしたんだよ」
「でも・・・」
「その通りよ、ミリーちゃんを守るのはお父さんの仕事でしょう? きっとその事に誇りを持っていたと思うわ」
「でっ・・・でっ・・・」
でも、と言いたいミリーは嗚咽で言葉になっていない。
そんなミリーの隣にセレスティナさんが移動してきて、彼女をギュッと抱きしめた。
「ミリーちゃんを守れたお父さんの事をあなたは誇りに思いなさい」
「そうだぞ、ミリーのお父さんは立派な人だったんだぞ。なんせ可愛い娘を守り切ったんだからな」
ギュッと思い切り俺の腕を掴むミリーと、そんなミリーの頭を抱き寄せてそっと撫でるセレスティナさん。
「ミリーも頑張ったもんな。きっとお父さんもお母さんも誇りに思ってるよ」
「コー・・・タ・・・っっ」
「そうよ。1人で頑張ったわね」
ポンポンと頭を叩いてからそっと撫でるセレスティナさん。
ミリーが少しだけ身体を動かして、セレスティナさんを見上げた。
「私の姪としてとても誇りに思うわ」
「ふぇぇ・・・」
なんとも情けない、でも可愛い声がミリーの口から漏れた。
そしてそのままミリーはセレスティナさんにしがみついた。
両腕を回してセレスティナさんにぎゅうぎゅうとしがみつくミリーは、小さな嗚咽を零しながら静かに泣いた。
俺はそんな2人から少しだけ身体を離して、邪魔をしないようにする。
子供達が遊ぶ喚声が響く中、静かにミリーの鳴き声が俺の耳に届いていた。
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