248.
はぁ、なんとか商談の方は終わったよ。
これで暫くは生産ギルドの方からは何も言われないだろう。
「それでは以上の事で書面をまとめてきますので、少しだけお待ちください」
「判りました」
にこやかに晴れ晴れとした笑みを浮かべたバラントさんが元気よく退室し、俺は背もたれにもたれかかったまま大きく伸びをする。
「あ〜・・・・疲れた」
今日は1人だからバラントさんが書面を用意するまで何するかなぁ。
「他には何もなかったよな?」
『はい、とりあえずはあれだけで十分かと』
手を上げて結界を張るスミレを確認してから話しかける。
「このあとは孤児院からミリーとジャックを拾うだけ、か」
『お話の方は?』
「話?」
『ミリーちゃんの事を孤児院長と話すんでしたよね?』
「あ、あ〜・・・うん」
そういやそんな事をスミレと話していたっけか。
できれば先送りしたいけど、この件に関してはここにいる間にケリをつけるべきだろう。
「んじゃあさ、今日ミリーたちを引き取りに行った時に、都合のいい日を聞いてみるよ。それに合わせてまた孤児院に遊びに行こうって言えばいいよな?」
『そうですね。それでいいと思います。でもその前にもう1度ミリーちゃんとどうしたいのかを聞いた方がいいんじゃないですか? ここに叔母がいる事は知っている筈ですから、旅に出る前にどうするか確認すると言えばいいと思います』
「そうだな。そういう話はしてたもんな」
あの時は会いたいかどうか判らないって言ってたけど、あれから結構時間が経ってるからな。今なら聞いても十分考える時間はあっただろ、って言えるか。
「ミリーはどうするんだろうな・・・」
叔母さんであるセレスティナさんと話をしたあと、ミリーはここに残るんだろうか?
それとも・・・・
『コータ様』
「ん?」
『だいじょう--』
コンコン
スミレが何か言いかけたところでどあがノックされてバラントさんが戻ってきた。
「お待たせしました」
「随分早かったですね」
「はい、いつまでもお待たせする訳にはいきませんからね」
「ははは、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」
「いえいえ、無理を聞いていただきましたから」
機嫌良く俺の前に座るバラントさんが持っている書類の量は半端じゃなかった。
「商品1つ1つそれぞれに書面があります。それから今回の新しい商品に関しての書面はこちらです。それでですね、魔法バッグと魔法水筒の魔法陣はいくつ用意していただけるんでしょうか?」
「あ〜・・・とりあえず100ずつ用意してあるんですけど。それから完成品は10個ずつ用意してありますが、もしこちらもいるのであれば置いていきます」
「是非ともっっ。コータさんが持ってきてくださった商品は、サンプルとして職人に渡したいと思います」
ああ、なるほどね。確かに見本があった方が作りやすいか。
「ある程度製品ができれば、その商品も売りますのでご安心ください」
「いえいえ、そんな心配はしてませんよ」
バラントさんがごまかすとは思えないからさ。
ま、以前の事があるから100パーセント誰かをすぐに信じるって気にはならないんだけどな。
「それで値段の方ですが、こちらで現存する魔法バッグの値段を鑑みて、1つにつき80万ドラン、魔法水筒は1つにつき30万ドランで売りに出そうと思っています」
「はい、80ま・・・へっ?」
80万ドランって言ったのか? それって800万円だよな?
むっちゃ高いじゃんっっっ!
しかも水筒も30万ドランって・・・・そんな値段買う人いないんじゃないのか?!?
「それ、高すぎませんか? そんな値段だと買う人なんかいないんじゃ?」
「いいえ、むしろ安すぎると言って売れすぎるのではないか、と心配しております。しかし今までもコータさんの登録した製品の値段からあまり高く売りつける事を嫌がるのではないか、という事でこの値段を設定しました」
「は、はぁ・・・」
800万で安いってか? しかも俺が高値で売る事を嫌がるから値段を安く設定したってかよ。
「錬金術士がこの容量の魔法バッグを製作したら、値段は150万ドランは最低でもつけると思います。そして魔法水筒は少なくとも100万ドランにはなるでしょうね」
「いやいやいや、そんな高いものを買う人なんていないでしょう?」
「いいえ、十分いると思います。商人であれば欲しがる人が多いと思いますし、ハンターの方でもそれだけの容量が入るとなれば、それだけの素材を持って帰れるので欲しがる人は多いでしょうね」
ああ、確かに素材をたくさん持って帰れるっていうのは魅力的かもな。
俺は魔法ポーチを持ってるしスミレも無限ストレージを持ってるから、ものを持って帰れなくて困ったなんていう経験はないけど、そうでない人たちは泣く泣く見つけた素材を諦めるなんて事もあるんだろう。
「それに水は生命線とも言えます。しかし商人であれば移動中に一番嵩張り重量も多くなるのが水ですからね。それを減らせればその分商品を積み込めるんですよ。これは実に画期的な商品となる事間違いなしです」
「そんなに、ですか?」
「当たり前です。移動場所にもよりますが、町と町の移動に10日から2週間ほどかかる場所もあるのです。そういう場所に行く時にはとても重宝するでしょうね」
ああ、なるほど。俺たちは今まで1週間以内にどこかの町についていたけど、次に辿り着く町が遠いって場所もあるんだ。
「それにしても高いんじゃあ・・・」
「いいえ、そんな事はありません。安全のために移動中はどこからも水も食料も買わない、という人もいますからね。そういう方にはありがたいものになると思います」
移動中に食料も水も買わない?
そういう身分の人、という事かな? 俺にはよく判らないけどさ。
俺がぼーっとそんな事を考えている間も、バラントさんは用件を進めていく。
「それでですね、こちらで性能を確認した後で予約を始める事になると思いますが、おそらく100個では足りないと思います」
「えっと・・・どのくらいになると?」
「500ほど魔法陣を納品していただかないと最初の予約をこなせないのではないか、と」
いきなり500? 800万円の商品が500?
「そんなに、ですか?」
「はい、もちろんこれは予想数値なので実際に予約を始めると違う数字になるかもしれませんが、そうであっても500程度であれば完売は確実ですからね」
「はぁ・・・」
「もし予約が殺到した場合、値段を低く設定しているので転売目的で購入予約をする人が出てくるのでは、という心配があるんですけどね」
少し困ったような表情を浮かべるバラントさん。
うん、それは俺も思ってたから心配する事はないよ。
「その点に関しては対策を取ってます」
「対策、ですか?」
「はい、魔法バッグにしても魔法水筒にしても、購入は生産ギルドでしたもらいたいと考えています。その理由はその場ですぐに使用者設定をしてもらうためです」
「使用者設定・・・?」
使用者設定、という俺の言葉がよく判らないのかバラントさんが繰り返している。
「はい、魔法バッグと魔法水筒の魔法陣にはそれを使用者設定ができるようになっているんです。買いに来た本人にその場で魔法陣に触れて魔力を流してもらう事で、使用者を設定できるようにしてあります。ですから、転売しても売った相手は使えない、という事ですね」
「それだけの事で使用者を設定できるんですか?」
「はい、魔法陣を使った製品ですからね、状態を維持するためには使用者の魔力が必要になるんですよ。もちろん、魔力を多大に消費する訳ではありませんのでその点はご心配なく。魔力が殆どない人でも安心ですが、もし心配であるというのであれば、こちらのこの部分に魔石を嵌め込んで貰えばそれで十分です。ただそれを希望した人でも、最初に魔力を流してもらう必要はあります。使用者の魔力を流さないと使用できないように設定してありますから」
つまり、だ。買った人が自分の魔力を流す事でスイッチを入れるって事だ。その後は自分の魔力を使おうが魔石を使おうが使用者の好きにすればいい、って事だな。
「はぁ・・いろいろ考えられているんですね」
「ええ、魔法バッグにしても魔法水筒にしても高額商品になると思ったので防犯のつもりで使用者設定をつける事にしたんです。もちろん、転売防止も兼ねてますけどね」
「それなら購入者も安心して買えるでしょう。買った後で魔法バッグを盗まれて中身も全て盗られた、なんて事になったら大損害ですからね」
盗む方も中身を取れないと判れば、盗まないんじゃないか、と思ったんだよ。
「ただ、盗まれてしまったら魔法バッグを取り返さないと中身を取り戻せないので、その点は諦めて下さいね」
「ああ、それは当然です。そこまでこちらも責任は持てませんよ」
何を心配している、と言わんばかりの顔をこちらに向けるバラントさん。
「コータさんは心配しすぎですよ。買われた後の事は買った人の責任ですからね。使用者設定なんていうものをつけるという事がすごいんですよ。判ってますか?」
「はぁ・・・」
「その辺りの事も設計図に載っていますか?」
「は、はい、それはもちろん。もし必要であれば一番最初のお客様の分は俺がここでして見せてもいいですしね」
「ああ、それは助かります。是非ともそうしてください」
「じゃあその辺りはまた次に来た時にでもしましょうか」
「はい、是非とも。それでしたら来週にでも来ていただければ、と思います」
やる気満々だけど、職人さんもさすがに無理だろ?
「来週? まだできてないでしょう?」
「ははは、おそらくは。ですがコータさんが完成品を10個用意してくれるというのであれば、それを使って使用者設定をつけていただければ、と思っています」
「ああ、俺の完成品を使うって事ですね。それなら・・・来週の今日、って事でどうでしょう?」
「それで結構です」
「時間・・・も、今日と同じ時間って事でいいですか?」
「もちろんです」
イエスマンと化したバラントさんは、いい笑顔を浮かべて頷いている。
「じゃあ、その時にできるだけのブラックボックスと魔法陣の紙を持ってきますね。ただどのくらいできるかは判らないので、今は数を確約しません」
「それで十分です。おそらくその数が判ってから予約販売を行う事になります」
「判りました」
「あっ、申し訳ありません。肝心のお金の話をしてませんでしたね」
「ああ、それは基本利率で結構ですよ。あとはブラックボックスと魔法陣の買取もそちらにお任せします」
「コ、コータさん」
「はい?」
目の前のバラントさんが目をウルウルさせながら身を乗り出してきた。
「コータさんは・・私達を信用してくださるんですか?」
「えっ? あ、ああ、まぁ、今のところは、ですけどね」
「ありがとうございますっっっ! 私バラント、そして生産ギルドアリアナ支部はコータさんの信頼に恥ずかしくない行動を取り、コータさんを失望させる事がないように頑張らせていただきますっっっ!」
いきなり立ち上がると片手をあげて宣誓するように手を伸ばし、そのまま天井を顔を向けるバラントさん。
いや、うん。気持ちは嬉しいよ。
でもさ、ちょっと怖かった。
だって俺が全てをバラントさんに任せるって言ったのは、ただもうめんどくさかっただけなんだからさ。
俺は顔が引きつりそうになるのをぐっと押さえ込んだまま、なんとか笑顔を貼り付けたのだった。
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