247.
ついでにと言って取り出した鉛筆とボールペンもとても好評だった。
喜んでもらえてなによりだ、うん。
俺は書面にサインをして契約を済ませてしまうと、背負っていたバックパックから次々に商品を出して部屋の隅に積み上げていく。
「す、すごいですね。私はてっきり宿に取りに行く事になるのだと思っていました」
「あはは、魔法のバッグですね。とても便利で重宝しています」
「でしょうねえ。しかし、これだけの量が入る魔法バックは初めて見ました」
「そうなんですか?」
あれ、やりすぎたのか?
いや、でも、スミレが作ってくれた魔法バッグもかなりの容量があった筈だぞ?
って、すっかり忘れてた。
俺が部屋の上の辺りを飛んでいるスミレを見ると、彼女も俺を見下ろしていた。
やべっっ。
「ああ、そうそう、すっかり忘れていたんですけど、2つほど新商品の登録をお願いできますか?」
「新商品ですか? もちろんですっっ」
近い近いって。
一気に駆け寄ってきたバラントさんから距離を取るために後ずさると、彼もハッと気づいたように足を止める。
うん、それ以上近寄らないでくれるかな。
「でもですね。1つは既存の商品を改良したものなんですが、そういったものはどうなるんでしょうか?」
「既存の製品を改良した、ですか? その場合は登録使用料が折半されます。と言ってもどの程度の改良かで割合が変わってきますので、今ここでははっきりとは言い切れません。それに改良点がほんの少しであれば、改良と認められないですので、その点はご了承ください」
まぁそれは最初に設計したものの利益を守るためだろうから、当たり前だろうな。
「判りました。俺が今回持ってきたものの1つは、おそらく既存のものなのですけど一応確認はしてくださいね」
「判りました」
喋りながらも全ての商品を出し終えると、俺たちはまたテーブルに戻る。
「じゃあまずは既存の商品ですが、魔法バッグです」
「魔法バッグですか?」
「はい、これはおそらく既にある製品だと思いますが、この魔法バッグはこの部屋の半分くらいの量を入れる事ができます」
「おぉっ、それはすごいです」
俺が出した魔法バッグを手にとってマジマジと見ているバラントさん。形としては俺のバックパックと同じにしてあり、あれは6畳間1つ分の容量がある。
俺が今まで見てきた魔法バッグは1畳分くらいだから、それに比べると入れられる量は6倍になるって事だ。
俺たちのスキルだとその倍以上にもできるけど、あまり大きくして騒動になったらって事でこの大きさに決めた。
これは物体だからできたんだろう、って事だ。
「あの、コータさん」
「はい。既存のものだから登録はできませんか?」
「いえ、そうではなくて、魔法バッグはまだ登録されていないんです」
「えっ? でも、売ってますよね?」
「はい、それなりに流通はしているんです。ですが、巷で流通している魔法は錬金術士が作ったものなんです」
錬金術って事になるのか?
でも俺、作れたぞ?
まぁ作ったのはスミレだけどさ。
「じゃあ、登録はできない、って事ですね」
「違いますっ、そうではなくてですね。これが安定して作れるのであれば、それは大変画期的な製品になるんです」
「えっと、よく判らないんですけど?」
「つまりですね。魔法バッグを作れるのは一部の錬金術士だけで、大変高価な製品なんです。しかも錬金術士には製法がはっきりと確立されていないらしくて、誰も登録していないんです」
おぉぉぉっっ、お金儲けチャンス到来か?!?
「ですから、もしコータさんがこれを登録されるというのであれば、魔法バッグはコータさんのオリジナル、という事になります。もちろん、そこには錬金術で作る魔法バッグは含まれませんけどね」
「いえいえ、それで十分です。じゃあ、登録お願いします」
「任せてください」
バラントさんとしてもこの登録は嬉しいのかニッコニコ顏で頷いてくれた。
「値段は俺には相場というのがよく判らないのでお任せしていいですか?」
「こちらの魔法陣もブラックボックス化されますか?」
「ええ、あまり公表したくないですね。ただこの魔法バッグに使うのはこれです」
俺はポーチから1枚の真っ黒の紙を取り出した。
と言っても薄っぺらな紙じゃなくて、表面をビニール加工したような少し厚めの5センチ角のものだ。
「これが魔法バッグの魔法陣です。これを設計図通りに組み込んで加工する事で、先ほど言った容量のものを入れる事ができるようになりますね」
「しかし、そんなに物が入る魔法バッグができるんですか?」
「一応確かめはしたんですが、これも後で確認してください」
もちろんです、といいながらもバラントさんは魔法バッグの中を覗いたりひっくり返したりと忙しく触りまくっている。
「これはコータさんが今使っているものと同じ、という事ですか?」
「はい、同じです」
「なるほど、それならこの部屋半分と言われたのも判ります」
そう言いながら部屋の隅に積み上げたものに視線を向けるバラントさん。
それから5分ほどずっと魔法バッグを確かめていたバラントさんだが、ようやく落ち着いてきたようなので話を続ける。
さっきたくさんの物を出すところを見たばかりだから、素直に俺の話を受け入れられたみたいだな。
ま、俺の魔法ポーチはほぼ無限なんだけどさ。
おっと、もう1つの方の説明をするか。
「それからもう1つがこれですね」
そう言って俺が取り出したのは、魔法水筒だ。
ま、水筒と言っても形はサイコロのような四角だけどな。縦横奥行き全てが30センチ四方となっている。その1角の四角錐を切り取った場所に小さな蛇口のようなものが取り付けられている。面積としては8センチ四方の四角の中に直径5センチくらいの円があり、そこに蛇口が付いているんだけど、この蛇口は取り外す事ができて取り外すと穴が直径5センチくらいになるのでそこから水を入れる事ができるのだ。
「これは?」
「魔法水筒、と呼んでいます」
「水筒、ですか?」
この世界で水筒と呼ばれてる物は皮袋だから、この四角い塊は異様に見えるだろう。
「はい、この蛇口から水が出るようになっていて、水を補給する時はココをこのように・・・こうやって外します」
デモンストレーションをして見せる。
「なるほど、水を出すのもこの蛇口とやらを捻るんですね。それから水を補給する時はこの蛇口全体をひねって外せば水を補給できる、と」
「そうです。簡単に扱えるものがいいだろうと思ってこうなりました」
「しかし、水の容量があまりないように思えますが?」
「いえいえ、だからこれは魔法水筒なんです。今見ている大きさの10倍の水が入ります」
「なんとっ。この10倍の容量の水が入るのですか?」
「はい。それと重さは水を入れても今手に持っている魔法水筒の重さのままです。」
容量が10倍と聞いて、俄然興味を持ったバラントさん。
手にとってそこを眺めたり、蛇口を取り外して中を覗いたりと大忙しだ。
そりゃそうだろう。水は旅をする者には一番大切なものと言っていい。でも重いし場所を取るしで移動する時に結構負担になるんだよな。
だからそれを簡単に運べるとなると、旅人には朗報だろう。
「おや、これはこの中に魔法陣が書かれているんですね?」
「はい、それは水に濡れても大丈夫なように特殊加工を施していますので、水が入っても大丈夫です」
「特殊加工、ですか?」
「はい、この入れ物の素材に直に描いて閉じ込めてあるので、水で滲むという事はありません。ただし、ここに入れられるのは水だけです。油も乳もジュースも、とにかく水以外のものは入れられません」
この点だけははっきりさせておかないと、うやむやにしていたらあとで責任問題にまで発展するだろうからな。他のものも入れられるかも、と思ったけど無理だったんだよ。
「水だけ、ですか?」
「他のものを入れると、魔法陣が壊れます」
「えっ、壊れる、ですか?」
「はい、とりあえず中に入っているものは取り出せますが、次からは見た目のままの容量以上を入れる事ができなくなるんです。というか、その魔法陣の部分が水に触れる事でそれだけの量を入れる事ができるんです。まぁそのために魔法陣を部分的に黒くして術式が判らないようにしてあります」
「なるほど。ですが水以外を壊れるのは困りますね」
眉間に少しだけ皺が寄っているバラントさんに頷く。
「ですから、その点はキチンと説明をしていただかなければなりません。水以外のものを入れて壊れた、と言われても俺は責任をとるつもりはありませんからね」
「それは当たり前です。判りました。その点はキチンと購入者に説明するように注意書きをしておきます」
「俺としてもいろいろと思考錯誤したんですが、どうしても水以外を入れるとすぐに駄目になるんですよね。ただ最初に1回は10倍入れられるので、どうしても水以外を入れたい、という場合は本人の自己責任で、という形でお願いします」
この点はキッパリと言い切っておく。
「判りました。その点は売り出す時にきちんと念書をいただいておきます。そうすれば後になって使えなくなった、と文句を言われないで済みますからね」
「はい、お手数ですがよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらとしても最初にそういった注意点を教えていただけると大変助かります」
まぁそうか、作るのは俺じゃなくて生産ギルドだもんな。
苦情が来るとしたら彼らだろうから、確かに最初に注意点が判っていれば説明もしやすいだろう。
「ああ、それとそれは期限付きなんです。期限は3年から5年、使用頻度で多少誤差が出ます。それに作ってから5年で魔法陣が駄目になるので、その点もキチンと説明をしていただけると助かります」
これには俺もびっくりしたんだよ。
スミレといろいろ試したんだけど、5年以下にしか魔法陣の耐久性能が上がらなかったんだよ。
「5年で魔法陣が駄目になるんですか?」
「はい、それは何度も実験をしたんですけど、どうしても無理でした。同じ理由で水以外も駄目なんです」
「いえいえ、魔法水筒、というのはとても画期的です。今までいろいろな研究がされていましたが、液体だけはどうしても無理だったんです。ですから、水をこうやって魔法水筒で運べるとなると、長距離移動をする人たちにはとても重宝されると思います」
「そう言ってもらえると助かります」
でも、だ。俺の魔法ポーチは水でもなんでも入れられるんだよな。
やっぱり特別製って事か。ま、この世界に来る時にもらったものだから、だろうな。
「ですので、生産した日付をどこかに入れてもらえれば、と思うんですけどどうでしょう?」
「生産した日付ですか・・・・ああ、5年という耐久年月があるから古いものを売ったり売りつけられないため、ですね」
「はい、その通りです。せっかく買ったのに1年で駄目になった、なんて事になると申し訳ないですから」
「コータさんは売った後の事まで考えられているんですね」
「えっ? そりゃそうですよ。売ってから文句を言われるのって嫌じゃないですか」
ってか、めんどくさいじゃん。
「いえいえ、普通は売ったら売ったっきりですよ。文句を言われても知らん顔、って人が多いです」
「そうなんですか?」
「ええ、ですからそうやって売った後の事まできちんと考えるコータさんはとても偉いと思います」
えっと、バラントさんの目がキラキラして見えるのは俺の気のせいだよな?
俺、そんなたいそうな事言ってないよ? ただ面倒な事は避けたいだけなんだけどさ。
「と、とにかくそういう事でお願いしてもいいですか?」
「はい、私が責任を持って取り扱いさせていただきます」
「あとですね、その、魔法水筒の入れ物って、特殊じゃないですか」
「そうですね、こちらもコータさんが納品してくださるんですか?」
「いえ、その、そちらは錬金術士の人にお願いすればどうだろうか、と思っているんです」
「なるほど。魔法バッグで需要を奪うかもしれないから、代わりに魔法水筒の入れ物の受注を発注する、と。なかなか考えられていますね」
あっ、なるほど。バラントさんに言われるまで気づかなかったわ。
「そういえば最近は錬金で金属だけでなくガラスなども綺麗に板状に加工する事ができるようになったと聞いております。確かにその技術を使えば、この入れ物も簡単に作ってもらえるでしょう」
「そうですね」
「そちらの方も私が話をさせていただきます」
「よろしくお願いします。俺としては錬金術士の時間を無駄にしたくないので、その辺りの交渉も全てお任せしていいですか?」
「もちろんです」
ありがとうございます、と頭を下げる俺。
別にサーシャさんと関わり合いたくないから、じゃないからな、うん。
読んでくださって、ありがとうございました。
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