244.
なんとか孤児院に着いたのは、これからお昼の準備をしようかという時間だった。
俺はジャックを下ろして先に孤児院に行ってセレスティナさんを呼んできてもらう。
本当はミリーも一緒に行かせたかったんだけど、彼女は御者台でパンジーの手綱を握ってるからな。
そうして待つ事ほんの3分ほどで、孤児院の建物からセレスティナさんがやってきた。
急で迷惑かな、と思ったけどニコニコ顔で出迎えてくれるので大丈夫っぽい。
「コータさん、お久しぶりですね。戻られていたんですか?」
「はい、昨日なんとか戻ってこれました」
「3人が無事に戻られてなによりでした」
丁寧な言葉で俺たちの無事を喜んでもらえた。
「今日はどのようなご用件でしょう?」
「それがですね、急なんですが俺はこれから生産ギルドに行かなくちゃいけないので、ミリーとジャックをこちらで預かってもらってもいいですか?」
「もちろんですよ。ミリーちゃんたちがいると子供たちも喜びますからね」
思った通り引き受けてもらえてホッとする。
俺としては一緒に連れて行ってもいいんだけど、いつだってつまらなさそうだから可哀そうなんだよな。
「そう言ってもらえると助かります」
「きっとみんな、2人から今回の冒険の話を聞きたがると思いますよ」
「そんな大した冒険はしてないですよ」
「そんな事ありませんよ。ここにいる子供たちは壁の外に出た事はありませんからね。いえ、この辺り以外訪れた事はないんです」
申し訳なさそうな顔で後ろの孤児院の建物を振り返るセレスティナさん。
でもそれはセレスティナさんのせいじゃないから、そんなに気にしなくてもいいと思うんだけどな。
「じゃあ大した冒険じゃなくても楽しんでもらえるかもしれないですね。ジャックが話す気満々ですから聞いてやってください」
「もちろんですよ。きっとお昼ご飯の時に子供たちが話をしてくれ、とせがむと思います」
ふふふ、と笑うセレスティナさんにはその情景が頭に浮かんでいるんだろう。
「パンジーちゃんも話せると、きっとみんなが聞きたがったと思います」
「はは、ヒッポリアはしゃべれませんからね。でも頭がいいいからしゃべれたら、いろいろな冒険談をすると思います」
「そうですね」
さすがセレスティナさん。パンジーの良さが判ってるな、うん。
これならパンジーの事も頼んで大丈夫かもしれないな。
「あの、ついでにパンジーも預かってもらえませんか?」
「いいですよ。場所だけはありますからね」
「いえ、そのそんなつもりじゃあ」
「ああ、すみません。私もそんなつもりで言ったんじゃあないんです」
すみませんでした、と頭をさげるセレスティナさんに気にするな、と手を振る。
引き車を孤児院の門のすぐそばに止めると、ミリーは御者台から降りる。
「ミリー、ちゃんとお昼ご飯の材料は渡すんだぞ」
「わかった」
「材料ですか?」
「ええ、うちの2人がお世話になるのでそのお礼にと思って今朝買ってきたんです」
「そんな気を使わなくてもよろしいんですよ」
「そうおっしゃると思って材料だけにしたんです。その代わり料理はお任せしようと思って」
「あらあら、それならありがたくいただきますね」
きっとセレスティナさんは2人分の材料くらいにしか思っていないだろう。
もし俺がここで買ってきたものを出したら受け取ってくれないに違いない。
でもミリーが渡せば受け取ってくれるんじゃないんだろうか、そう思ったからの大人買いだったんだよな、うん。
「じゃあ、ギルドの方の用事が終わったら戻ってくるから、2人とも迷惑をかけるなよ?」
「わかった」
「おう」
神妙な顔で頷くミリーと、いつもの偉そうなジャックの返事を聞いてから、俺は顔をセレスティナさんに向ける。
「それじゃあ、セレスティナさん。2人をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せください」
にっこりと笑みを浮かべたセレスティナさんに頭を下げ、彼女と並んで立っているミリーとジャックに手を振ってから俺は乗合馬車の乗り場に向かった。
グランバザード効果、とでもいうんだろうか。
孤児院のすぐそばにできたグランバザードの鳥かごの前から、商人ギルドと生産ギルドに向かう乗合馬車が走るようになった。
これはグランバザードを見てその羽根が欲しいと思う人たちに生産ギルドに来てもらうためだ。
商人ギルドに行けばそこで羽根を買い入れる事もできるし、生産ギルドに行けば腕のいい職人を紹介してもらえる。
上手いビジネスになっている、と俺も思う。
そのおかげで鳥かごから生産ギルドまでは20分に1台の馬車が走っているのだ、とシャンティさんに昨日教えてもらったんだ。
馬車や引き車がひっきりなしに走る道をパンジーで移動するよりも乗合馬車に乗る方が気楽に移動できる、というそれだけの理由で俺はパンジーを孤児院に預ける事にした。
もちろん、以前孤児院に行った時に気づいたんだけど、どうやらパンジーは子供たちが好きらしい。
オークションの前にグランバザードを孤児院の子供たちに見せに行くためにパンジーに何度も往復してもらったけど、ミリーがすごく楽しそうだった、と教えてくれた。
だから安心して預ける事ができた、っていう事もある。
ただまぁ、ガタガタと揺れる馬車は正直そんなに乗り心地は良くないが便利なので良しとしよう。
1日中乗っていろ、と言われると話は別だけどな。
そうして乗っている事20分ほどで馬車は生産ギルドの前に到着した。
ここで降りたのは俺の他に商売人らしき人が3人。
俺は彼らの後をついて建物の中に入る。
商売人たちはまっすくカウンターに向かって歩き、そんな彼らを女性職員たちが応対する。
そんな姿を見ながら俺はカウンターの奥にある席に視線を向ける。
と、探している人物発見。
俺は視線はバラントさんに向けたまま、カウンターに近づいた。
「コータ、さん?」
「お久しぶりです」
俺の視線に気づいたのか顔を上げたバラントさんに軽く手をあげると、彼はさっと立ち上がって俺のところにやってきた。
「お久しぶりですね。指名依頼で出ていると聞いてましたけど、戻られたんですね」
「はい、無事に昨日戻ってきました」
「何事もなくて良かったです」
「はい、ありがとうございます」
帰ってきた事を喜ばれているようで俺も嬉しいよ。
「今日は他の2人はご一緒じゃないんですね」
「えっ? ああ、いつも待たせてしまってつまらなさそうだから、先日お世話になった孤児院で待ってもらっています」
「そうですか、そこだったら一緒に遊べる子供たちもいるでしょうからね」
バラントさんも2人がつまらなさそうに俺を待っていた事に気づいていたみたいだな。
「それで、ですね。商談を、と思ってきたんですけど」
「判りました。ではコータさん、こちらに来ていただけますか。奥の部屋にご案内します」
なんか俺、顔パス?
そう思えるくらいスムーズに奥へ行くためにカウンターが開けられ、バラントさんが手招きをしてくれる。
「コータ?」
「それって、例のか?」
そんな俺の後ろからさっき同じ馬車に乗っていた商売人らしき人たちの声が聞こえる。
グランバザードの鳥かごから来たからか、俺の名前を知っているみたいだな。
できれば関わり合いたくないので、俺が帰る頃にはいなくなっているといいなぁ。
「そういえば今回の指名依頼はハンターズ・ギルドからでランク・アップ試験だったとか」
「そうです。よくご存知ですね」
俺は指名依頼で暫くアリアナを離れる、としか言ってなかったのによく知ってるな。
「ははは、まぁうちのギルマスがそんな事を言ってましたから」
「ギルド・マスター同士で交流があるんですね」
「以前は月に1度会合があったんですけど、グランバザードの素材が入るようになってからは週に1度に変更したんですよ。おそらくその時に聞いたのではないか、と思います」
「あ〜、それは・・・俺のせいですね」
グランバザードのせいで忙しくなったって事か。
あのグータラで偉そうなタバサさんだときっと文句を言いながら会合に出てるんじゃないのか?
そう思ったら思わず謝ってしまった。
でもバラントさんは頭を横に振りながらいい笑顔で答えてくれる。
「いえいえ、コータさんのおかげですよ。コータさんがアリアナでグランバザードのオークションをしてくれてから、とても活気が出てきたんです」
「そうなんですか? でも忙しすぎるとギルド・マスターが文句を言うんじゃあ」
「いいんですよ、そんなの言わせておけば」
いいのか? あのタバサさんだったら全力で文句を言うと思うぞ?
「もともとアリアナの経済は頭打ち状態でしたからね、暇を持て余していたんですよ。そこにグランバザードがやってきて、その素材を求めて人がやってくるようになったんです。おかげでうちのギルドにもたくさんのお客がやってきてくれて忙しくなりましたけど、同時にとてもいい励みになっているんです」
「えっと・・それならいいんですけどね」
「本当に感謝しています」
にっこりと笑みを浮かべるバラントさんだけど、その笑みがどことなく怖いぞっ。
ちょっとビビっていると、バラントさんにもそれがばれたのか苦笑いを浮かべられた。
「とりあえずお茶を用意しますので、そちらに座ってお待ちください」
「判りました」
バラントさんが通してくれたのは、ついこの前来た時と同じ部屋だった。
ドアのところでバラントさんと別れると、俺は中に入って以前と同じ席に座る。
さて、これから商談だ。
できればバラントさんだけと商談ができると、いいんだけどなぁ・・・
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