241.
朝食を宿で食べた俺たちはシャンティさんに地図を描いてもらって、それを片手に商店が並んでいる地区にやってきた。
ここは午前中だけは馬車の乗り入れ禁止地域になっていて、商店が左右に並んでいて道の真ん中には両側の店舗側を向いて背中合わせに露店が並んでいる。
パンジーと引き車は、その地区の専用駐車場に置かせてもらう。1日500ドラン、日本で5千円の駐車料金は安いのか高いのか俺には判断できないが、荷物を持って宿とここを往復する事を考えればこれくらいの出費は構わないだろう。
「あんまりはしゃいで迷子になるなよ」
「ならない、よ」
「大丈夫だって」
振り返る事なくそんな返事をしている2人だけど、ちみっとした2人だから周囲の大人にまぎれるとあっという間に姿が見えなくなるぞ。
「ほら、手を繋げって」
「えぇぇ、みっともねえよ」
俺が差し出す手を素直に握ったのはミリーだけで、ジャックはふんっと鼻を鳴らしてそのままドスドスと歩いている。
「ま、迷子になってもそれはおまえの責任だからな」
「だ〜か〜ら〜、迷子なんてガキのやる事だろ? 俺が迷子になるかよ、ってんだ」
「あ〜、はいはい」
めんどくさいから適当に返事をして、俺は手を握っているミリーを見下ろした。
「ミリーはちゃんと俺のいう事を聞いて偉いもんな。なんか気に入ったものがあれば言えよ?」
「別にいらないよ?」
「だから、気に入ったものがあれば、だよ」
「ん〜・・わかった」
そういや俺、ミリーに生活用品以外を買った事ないな?
いつも食材を買いに行ったりするくらいか・・・
なんかいいものがあれば買ってやろう。
『コータ様、まずは食材ですか?』
「ん? ああ、2人のお昼も頼むつもりだからさ、それなら多めに買って孤児院で使ってもらえれないいかなって思うんだけど?」
『いいですね。きっと喜びますよ』
だといいなぁ。孤児院なんていう場所に行ったのはあれが初めてで、一体どんなものを持っていけば喜ばれるのかなんて全く想像もつかないよ。
寄付金を、なんて思って提案もした事があるんだけど、セレスティナさんは俺がミリーの面倒を見ているから、って言ってやんわりと断られたんだよな。
でも今回は2人の面倒を見てもらう、っていう大義名分があるし、食材なら罪はないって事で受け取ってくれるんじゃないかな。
「ミリー、何か食べたいものってあるか?」
「ん〜と、肉?」
「あはは、うん、もちろん肉は買うよ。それ以外で何かないかな」
肉、と即答するミリー。
うん、それはちゃんと判ってるから。
ミリーもジャックもいつだって肉が1番だもんな、うん。
そうしてゆっくりと
「プラタ?」
ミリーが屋台の台に並んでいるジャガイモを指差して俺を見上げる。他の野菜は確かトマトはタンパでレタスがリーファだったな。
並んでいる野菜は日本で見たものとそっくりなものもあるけど、なんといっても名前が違うからさっぱり覚えられない。
「ミリー、プラタが食べたいのか?」
「うん、プラタ、おいしいよね」
「そうだな、じゃあ買っていくか。他にも人参とか適当に選ぶかな」
俺はミリーに手を引かれるまま屋台に向かう。
「おっちゃん、そのプラタもらえるかな?」
「おっ、いらっしゃい、1籠でいいのか?」
「ん〜、そうだな」
籠に盛られているジャガイモは2キロくらいだ。
あの孤児院、子供が何人いたっけ?
『あそこは子供が30人で世話をする大人が10人ですね』
ありがと、スミレ。
俺の考えを読んだように俺が知りたかった事を教えてくれたスミレに視線で礼を言う。
彼女は俺の肩に座っているから、目があうとにっこりと笑みを浮かべる。
「おっちゃん、その籠1つ分で何人分くらいになるかな?」
「そうだなぁ・・シチューとかに使うんだったら7−8人分だろうな」
「じゃあプラタを5籠、隣のチャロタも5籠、それから--」
名前を覚えていない野菜も適当に5種類ほど頼む。
「おいおい、そんなに持てるのか?」
「大丈夫だよ。すぐそこに引き車を待たせてるからさ」
「ああ、なら大丈夫か。でもまぁこんなに買ってくれたんだったら、引き車まで運ぶのを手伝うぜ」
「いや、大丈夫だよ。持っていける」
結局ジャガイモ10キロ、人参と玉葱も10キロずつ、それにトマトとレタスにキュウリも2籠ずつ買った。
これにあとは肉でも買えば、ランチにスープとサラダが食べられそうだな。
他はザ・異世界♫といった感じの見た目の野菜も2籠ずつ4種類ほど買っておく。俺には使い方は判らないけど、持っていけば使ってくれるだろう。
値段は全部で835ドラン、でも35ドランまけてくれて800ドランとなった。
俺は受け取った野菜をミリーのリュックサックに全部入れていく。
俺のポーチでもいいんだけど、リュックサック・タイプの魔法袋はそれなりに普及されているけど、俺のポーチのような形はないから目立たないためにもミリーのリュックサックの方がいい、とスミレに言われたからだ。
「おお、嬢ちゃんは魔法袋を持ってんだな。それなら安心して買い物ができるなぁ」
「わたしのたからもの」
「おう、そうだろうなぁ、大切に扱うんだぞ」
「うん」
ミリーのリュックサック型の魔法袋を見て羨ましそうな店主。
取られると思ったミリーがリュックサックをぎゅっと抱きしめると、店主が苦笑いを浮かべている。
俺はそんな2人を見ながらも、買ったばかりの野菜を全てリュックサックに入れた。
入れ終えると、ミリーに促されるまま彼女に背負わせる。
「ありがとうよっっ!」
大声で礼を言う露店の親父に手を振ってから、俺とミリーは歩き出す。
あとは肉だな。肉は露店よりは店で買った方が鮮度が良い気がする。
「ミリー、なんの肉がいい?」
「なんでもいいよ」
「なんでもって、好きな肉とかなかったっけ?」
旅の間に食べる肉は狩りで仕留めたものが多いけど、こういう街だとそれとはまた違った肉がある筈だ。
「どんな肉が好きだっけ?」
「わたし、よくわかんないよ」
「じゃあ肉屋で選ぶか?」
「うん」
そういやミリーも村で育ったらしいから、肉屋なんかで肉を買った事がないんだろうな。
「んじゃ、肉屋を探そうか。ついでに食べたいおやつを売ってる店を見つけたらそこでおやつも買おうな」
「いいの?」
「いいよ。ミリーの分だけじゃなくって、孤児院の子供たちの分も買うぞ」
「ありがと」
嬉しそうに尻尾を振るミリーと手を繋いで歩き出し、ふと思い出した。
「そういや、ジャックは?」
「ジャック? いないね」
露店で野菜を買うのに忙しくて、すっかりジャックの事を忘れてた。
俺はキョロキョロと周囲を見回すけど、ジャックらしい姿は見つけられない。
「スミレ、ジャックはどこにいる?」
『ジャックですか? ちょっと待ってくださいね・・・』
肩の上から飛びたったスミレはそのまま上空に5メートルほど飛び上がって、周囲を見回している。
「ジャック、まいご?」
「みたいだな。気をつけろって言ったんだけどなぁ」
そんな話をしながらも、俺たちはさほどジャックの事を心配していない。
この前までであれば、冷や汗を流しているところだろう。
でも今は大丈夫さっ!
ミリーと俺のブレスレットに視線を落としながら俺はニンマリする。
「ジャック、見つかったら大変だな」
「うん、スミレのおしおき、だね」
いや、それはないと・・・・あるのか?
スミレがお仕置きをするところはまだ見た事はないけど、ジャック相手には結構辛辣はスミレだから、もしかしたらあり得るのかもしれない。
俺が見下ろすと、ミリーが肩を竦める。
「コータ気をつけろ、って言ったよね?」
「うん、言ったな」
「でも今、ここにいないよね?」
「うん、いないな」
「きっとスミレ、怒ってる」
「あ〜・・・そうかな?」
ちょっと言葉を誤魔化してみる。
ミリーの言うように、スミレは怒ってるんだろうか?
うむむ・・・怒ってる気がするなぁ。
スミレを怒らせると、本当に怖いんだよな。
「あ〜、ジャックへのお小言はスミレに任せて、俺たちは買い物をしような」
「うん、そだね」
「肉も買わなくちゃいけないしな」
「うん、そだね」
でもまぁ、今はスミレが戻ってくるのを待つだけだ。
見上げるとちょうどスミレが降りてくるところだった。
「見つけたのか?」
「はい、でもちょっとトラブルに巻き込まれているようですね」
「マジかよ」
あの馬鹿、何やってんだ?
どっかで食物でも盗んだのか?
『とりあえずご案内します』
「おっけ」
俺はミリーと手を繋いで、スミレが飛んでいく方向に向かって移動するのだった。
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