240.
のんびりとパンジーの横を歩きながら、リランの花びら亭に行く。
宿の前にパンジーを残して俺たちが中に入ると、カウンターのところにこの宿の女将さんであるシャンティさんがニコニコと笑みを浮かべて俺たちを迎え入れてくれる。
「おかえりなさいませ、お仕事は無事に済みましたか?」
「はい、それでもし部屋が空いていればまた泊めていただきたいな、と思ってきました」
「お部屋は前回と同じで大丈夫ですか?」
「はい、その方がいいです」
「それでしたら大丈夫ですよ」
空いている、と言われてホッとしたよ。
もし空いてなかったら、これから宿を探して歩かなくちゃいけなくなるからな。
「ヒッポリアと引き車はうちの前ですか?」
「はい」
「では人をやって裏に回させます。今夜のエサもうちの者にさせますので、ごゆっくりしてくださいね」
「ありがとうございます」
シャンティさんはパンジーの事も覚えてくれているんだな。
「え〜っと、今回は3泊お願いしたいんですけど、大丈夫ですか?」
「お部屋の事でしたら大丈夫ですよ。3日でも1週間でも」
「いえいえ、さすがに1週間は無理ですね」
3日くらいなら今回貰った報酬があれば大丈夫だ。でも1週間となるとちょっと自信がない。
「3人で3泊、おいくらでしょうか?」
「お代はいりませんよ」
「えっ?」
「コータ様たちがリランの花びら亭に滞在する時は、シュナッツ様が支払うと言われておりますので」
「いやいや。それは前回までの滞在であって、今回の滞在は違うと思いますよ」
「いいえ、コータ様たちがアリアナにいる間であればいつでも、と言われてます」
俺は思わずミリーとジャックを見下ろした。
2人も俺を見上げているけど、困ったような顔しかしていない。
まぁな、2人によく判ってないだろうし、こうやって顔を見合わせてもどうにかなるものでもない。
「それじゃあ今夜だけ泊めてください」
「3泊でなくていいんですか?」
「はい、とりあえず今夜だけお願いします。明日シュナッツさんと話してみます」
「そうですか? 何泊でも大丈夫だと思いますけど、そうおっしゃるのであれば。それではお部屋にご案内します」
「いいえ、大丈夫ですよ。前回と同じ部屋だったら、覚えてますから」
「判りました。それでは何かご用がございましたらいつでもおっしゃってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
受付で前回と同じような鍵を貰って、俺たちはとりあえず部屋に向かう事にした。
これからの事を話し合わなくちゃいけないからな。
部屋は以前と同じで、まずはミリーとジャックが自分のベッドを選ぶ。
と言っても同じ場所を選んだから、結局は一緒だ。
「腹減った」
「もうちょっと待てよ。まずは話をするんだろ?」
「なに話すの?」
「飯食ってからにしようぜ」
「お腹空いてるね」
ああ、もうっっ。2人ともお腹が空きすぎてそっちの方に意識がいってしまっている。
『コータ様、先に食事にした方がいいですよ』
「スミレ・・・」
『こんな状態で話をしても、きっとご飯を食べたら何も覚えてませんよ』
腹ペコすぎているのか、2人とも耳はヘニャッと頭にくっついているし尻尾も力なく垂れ下がっている。
なんか動物虐待をしている気がしてきたよ。
「ああ、判ったよ。じゃあ、まずは夕飯を食べに行こう。でも、そのあとでちゃんとこれからの事を話し合うぞ。忘れるなよ?」
「わかった」
「大丈夫だって」
先にご飯、と聞いて途端に耳も尻尾も元気を取り戻した。
全く現金な2人だな。
「スミレ、もう夕飯時だよな?」
『大丈夫ですよ。時間的には丁度いいかと』
「判った。よし、じゃあ行くぞ」
ぴょんっとベッドから飛び降りた2人は、そのままドアに突進していく。
それからドアのところで振り返って、俺が追いつくのを待っている。
ここで先に2人で降りるって事をしないところが2人らしいな。
「何食べたい?」
「今日はお肉だね」
「今日はって、毎日肉食ってるだろ?」
何を今更、と俺はミリーの頭をガシガシとかき回してやる。
それから飛び跳ねながら階段を降りる2人について食堂に向かうのだった。
リランの花びら亭の食事は美味しい。
その上以前の滞在の時の事を覚えていたのかうちのお子ちゃまたちには肉を多めに用意してくれるので、ミリーとジャックは大喜びで食べに食べる。
そうしてパンパンに膨れたお腹を抱えて部屋に戻ってきた。
「んじゃあ、これからどうするか考えようか?」
「いいよ」
「おう」
「俺は明日生産ギルドに行かなくちゃいけない。これは決まってる。でもそのあとはどうする?」
「また旅に出る?」
「旅って言ってもよぉ、どこに行くんだ?」
「まぁまぁ、そう焦るなって。どこかに行くにしても、まずは行き先を決めないとな」
「どこでもいいよ?」
「大冒険だぜっっ」
ワクワクした目を俺に向けてくる2人。
う〜ん、2人はすぐにでも出かける気満々なんだけど、俺としてはミリーの問題を片付けたいんだよなぁ。
「ほら、今まではさ、大都市アリアナに辿り着くのが目的だったじゃん? でもその目的は無事に果たした訳だ」
「なんでここが目的だったんだ?」
ジャックが疑問を口にする。
「特に意味はないんだ。たださ、大きな都市っていうのが見てみたかっただけなんだよな」
「なんだよ、それ」
「うるさいぞ、ジャック。いいだろ、そんな理由でも目的地があったんだからさ」
呆れたような目で俺を見るジャック。
いつもの俺とジャックの立場が変わったみたいで、なんかそんな目で見られてイラっときた。
「じゃあ、明日、俺が生産ギルドに行ってる間に考えておけ。夕方晩飯の前に教えてくれたらいい」
「コータ、一緒じゃないの?」
「ん? だってつまらないだろ?」
「でも、1人でここにいるのは・・・」
「ジャックもいるぞ?」
「えぇぇ・・・」
ジャックだけだと不満、というか不安そうなミリー。
ジャックは、と思ってみると彼は彼で不安そうにしている。
でもなぁ、今回はきっと長く拘束されると思うんだよなぁ。
『では、2人は孤児院に遊びに行かれたらどうでしょう?』
「孤児院?」
「孤児院で何すんだよ」
『あそこにはたくさんの子供たちがいますからきっと賑やかに遊んで過ごせますよ? 行く前にお店でお土産のおやつを買って一緒に遊んで食べればいいんじゃないんですか? それにあの子たちも2人の今回の大冒険の話を聞きたがるんじゃないですか?』
そういや前回もミリーとジャックが手足を振り回しながら、グランバザード捕獲という大冒険(www)の話をしていたっけな。
「それは楽しそうだな。おやつをみんなで食べながらボンガラ討伐の話でもしてやったらどうだ?」
「ボンガラ? クモ?」
「そうだよ。あれは大変だっただろ?」
「そ、だね」
頭を傾げてから、うんと頷くミリー。
「今回もすっげー大冒険だったもんな」
「たいへんだった、よ」
「あいつらにこの話をしてやったら、きっとビックリするぜ」
「楽しいね」
すっかり孤児院に行く気になっている2人は、お互いの顔を見合わせながらワクワクしているようだ。
だけど1つだけ釘を刺しておこう。
「でもな、アキシアライトの話は駄目だぞ?」
「なんでだよ?」
「見つけたって話はしてもいいけど、俺の魔力がどうとか、っていう話は駄目だ」
俺の魔力量を知られる訳にはいかないからな。
まぁ今更だとは思うし、孤児院の子供たちがそこまで考えるかどうかは判らないけど、余計な事は言わないに限る。
『コータ様は魔力量が多いでしょう? それを知られると、変な人に付け回されるかもしれませんからね』
「へんな、人?」
『そうですよ、変な人、です。それにそのせいで偉い人に目をつけられたら、コータ様は連れて行かれて2人と一緒にいられなくなるかもしれません』
「だめっっっ」
「ヤベえじゃんっっ」
変な人、と言われてもピンと来ていなかった2人は、スミレが俺と一緒にいられなくなるかも、と言った途端大慌てだ。
「コータ、いなくなっちゃうの?」
「俺たちを捨てるのかよっっ」
おまけに俺に向かって突進してきたかと思うと抱きついてきた。
顔を見下ろすと不安がいっぱい、と書かれている気がするような表情を浮かべている。
「大丈夫だよ。2人が魔力の事を言わなければ、な」
「いわないよ」
「ぜってー言わねえ」
「そう言ってくれると助かるよ。2人は頼りになるからな」
俺がポンポンと頭を軽く叩いてやると、ホッとしたような笑みを浮かべる。
「ずっと一緒に旅をするんだろ?」
「ずっと、一緒?」
「もちろんだよ。2人が俺と一緒にいたいって思ってくれてる間は、ずっと一緒にいような」
俺が一緒にいたい間、じゃなくて、2人が俺と一緒にいたい間、だけどな。
まだまだ子供の2人が今から将来を決める事はないし、そんな言葉で縛り付けるつもりもない。
「じゃあ、明日は朝ご飯を食べてから、どこかでおやつを買い込もうか。それを持って孤児院に行こう。生産ギルドでの用事が済んだらすぐに行くからさ、早かったら俺にも2人の話を聞かせてくれるだろ?」
「うん」
「あったりまえだぜっ」
頭を撫でながら尋ねると、ようやく安心したかのような表情になって元気に返事をしてくれる2人。
「おやつもいいけどお昼もご馳走になるだろうから、何か材料を買っていってもいいな」
「うん」
「その辺も明日一緒に買い物しような」
「ありがと、コータ」
明日2人が孤児院に行ってくれるのはこっちとしても都合がいい。
2人が子供たちと遊んでいる間に、俺はセレスティナさんと話をしようと思う。
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