238.
「それではミリーちゃんが戻ってくる前に、依頼の確認をしましょうか」
ぼんやりとミリーを見送っていた俺は、クラリッサさんの言葉で引き戻された。
「今回の依頼はハンターズ・ギルドによる指名依頼で、これはレベル・アップ試験と同じ、だという事でしたね?」
「はい、そう説明を受けました」
「指名依頼は3種類の素材の確保、で合ってますか?」
「はい」
彼女の手にはいつの間にか10枚ほどの紙があり、それを捲りながら俺の確認をとっている。
「まずは薬草ですね。ケトランが20本。これで合ってますか?」
「はい。一応5本ずつ束ねてあります」
「それは助かります」
うん、だってスミレがケトランは5本ずつ束ねておくのが常識だ、って言ったからさ。
「次はボンガラの粘着液袋が10個、となってますが、これも採取できましたか?」
「はい、20個確保できました。それらは錬金術士に頼んで入れ物を作ってもらいましたので、それに1つずつ納めてあります」
スミレと相談して、錬金術士に作ってもらったって事にする事にしたんだ。水晶もどきを使って作った入れ物は現場で俺が作ったっていうには、あまりにも出来が良すぎるんだとさ。
だから自作だっていうよりも、錬金術士に作ってもらった事にするのが無難だろうって事になったんだ。
クラリッサさんは俺の返事に満足気に頷いている。
どうやら入れ物に入れて保存しているっていうのは正しかったみたいだな。
スミレがいてくれて本当に良かったよ、うん。
「コータさんたちは、採取だけでなく保存もきちんと考えてでかけてくださったようですね」
「図鑑があるので、それを元に準備をしただけです」
「図鑑を持っていてもそれを見て準備をするハンターばかりではありませんから、コータさんたちは素晴らしいですよ」
諸手を挙げて褒められる、うん、むっちゃ恥ずかしいわ。
「それで、最後は・・・アキシアライト、となっていますが、間違ってませんか?」
「はい、アキシアライトですね」
クラリッサさん、アキシアライトといいながら隣に座っているローガンさんに視線を飛ばしていたけど、あれはどういう意味なんだろう?
「アキシアライトは数ではないのですが、その辺りはいかがでしょう?」
「あ〜・・ちゃんと量はあると思います。きちんと測るための道具が手に入らなかったので、多めに持って帰ってきました」
「なるほど・・・」
顎に手を当ててから、視線だけをまたローガンさんに向けるクラリッサさん。
なんか雰囲気がちょっと怖いんですけど?
ここは余計な事は言わない戦法でいこう、うん。
ずずっと、ジャックが俺に体を寄せてきた。
お前も感じてるんだな、このプレッシャー。
なんとなくプレッシャーを感じているのは俺だけじゃないって、それが判ってホッとしたよ。
コンコン
そんな微妙な重圧感を感じていた時に、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「失礼します。今回の指名依頼の採取品を持ってきました」
「ありがとうございます」
マリウスさんが両手で持ってきたのは10個のボンガラの粘着液袋が入った箱で、ミリーは皮の小袋と薬草が入った袋を手に持って入ってきた。
「どちらにおきましょうか?」
「こちらのテーブルでいいですよ」
「判りました」
クラリッサさんが示したのは俺たちの前にあるテーブルだった。
マリウスさんは落とさないように慎重に身体を屈めて箱をテーブルに降ろした。
『ミリーちゃん、ちゃんとできてましたよ』
「そっか、ついていってくれてありがとな」
小声でスミレにお礼を言う。
ミリーなら大丈夫だと思ったんだけどさ、やっぱり心配だったんだ。
「コータ、ちゃんとできたよ」
「うん、偉いなぁ、ミリーは」
「ちゃんとね、鍵も開けられたの。パンジーもちゃんと待ってたよ」
「そっか、パンジーにもあとでおやつをあげような」
「うん」
褒められて嬉しそうに尻尾をパタパタと動かしているミリーの頭を撫でてやると、照れ臭そうな笑顔で俺を見上げてくる。
うは〜、癒されるぞ。
さっきまでの微妙な空気が霧散した気がするのは、きっと俺だけじゃないと思うぞ。
「この入れ物は素晴らしいですね」
「・・・え?」
隣に座ったミリーを見ていて、クラリッサさんの話を聞いてなかった。
「ボンガラは乾燥させると粘着液袋がすぐに駄目になるんです。だからと言って水につけると、それだけで質が落ちてしまいます。このように密閉できる入れ物が一番なんですが、それを怠るハンターは意外と多いんですよ」
「そうなんですか?」
「はい、ですので、これだけきっちりと保存をしてある粘着液袋でしたら、依頼主も満足できる事請け合いです」
言いながら手元に紙に何か書き付けているクラリッサさん。
それって評価表、じゃないよな?
ボンガラの粘着液袋が入った水晶もどきの入れ物は、ローガンさんも興味を持ったのか手を伸ばしてしげしげと眺めている。
あっ、クラリッサさんから取り上げられた。
眉間二皺を寄せて情けない表情になったローガンさんを見なかった事にして、俺は色々と書き込んでいるクラリッサさんがアキシアライトの入った小袋に手を伸ばすのを待つ。
まぁ待つといってもそんなに長い間待っていた訳じゃなく、彼女は書き終えるとすぐにアキシアライトが入った小袋に手を伸ばして中に入っているアキシアライトを2つほど手のひらに出した。
「では、最後がこちらのアキシアライトですね」
「はい」
「大きさは平均的ですね。重さも十分です。というより、恐らくは3割り増しくらいの量が入っていると思います。こちらはあちらにある秤を使ってきちんと量を確認しますね」
「はい、よろしくお願いします」
立ち上がったクラリッサさんは部屋の隅にある棚に置かれている天秤を手に取ると、そのままテーブルの上に置いて、袋から取り出したアキシアライトを皿に載せる。
それから重りを動かして慎重に量を測っている。
天秤・・・ちっとも異世界っぽくないなぁ。
なんていうのかな、こうさ、魔法でビシーっと調べるのかと思ってたよ。
スミレがあっさりと重さを教えてくれたから、そういうもんだと思ってたけど、もしかしたらスミレだけなのか?!?
「依頼は200グラッチでしたけど、ここには290グラッチあります。これを全部依頼として納めていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、いいですよ」
結構袋に余分に入れてたんだな、スミレのやつ。
まぁ手元にはそれの10倍以上あるもんな。
「アキシアライトは見つけるのがとても大変なんですよ?」
「ええ、大変でした。そのせいでギリギリまで帰って来れなかったんです」
「そうですか・・・」
「ですが、なんとか見つける事ができてホッとしています」
我ながら白々しいなぁ、と思うけどクラリッサさんは信じたみたいでウンウンと頷いてくれた。
「私もまさかうちのギルド・マスターともあろう人が、このような指名依頼をするとは思いもよりませんでした」
「そうなんですか?」
「はい、ランク・アップのための試験という事であれば私も一緒に面談をさせていただくんですが、暫く忙しい日が続いていてギルドにいない事も多かったんです。ですので、私が知った時には既にコータさんたちは既に依頼のためにアリアナを出られた後でした」
「いや、それはだな。コータたちだったら、絶対に依頼を達成できると俺は信じていたからであってだな、その・・・」
「黙っていてください」
「はい・・・」
クラリッサさんの言葉に必死になって言い訳をするローガンさんだけど、そんな彼の言葉をバッサリと切り捨てるクラリッサさん、凄いよ。
「私としては3人が怪我をする事もなく無事に戻ってきてくださって、本当にホッとしております。はっきり申し上げますが、今回ギルド・マスターが3人に提示した指名依頼は、薬草は赤ランク、ボンガラは紫ランクの星2つ以上、そしてアキシアライトは青ランクに出される依頼です」
「えっ・・・・」
「はい、薬草以外はどう考えても赤レベルのハンターに対して、レベル・アップ試験に出すような依頼ではありません」
うん、俺たちはヴァイパーやクリカラマイマイなんていう超大物も相手にしたけどさ、ボンガラだって正直俺たちのレベルだと無理な気がしたんだよ、うん。
「私たちがその点を指摘した時に、ギルド・マスターは途端に不安になったんでしょうね。もしかしたら依頼が難しすぎて達成できずにそのまま戻ってこないかもしれない、と考えたようです。なんといってもギルド指名の依頼ですからね」
それでさっきのあの騒ぎだったのかよ。
依頼をしてきた時はすっごく偉そうだったのに、さっきのあれは正直ドン引きだったよ、うん。
「とにかく、さすがはグランバザードを捕獲できたチームだけありますね。お見事です」
「あ・・ありがとうございます」
「ランク・アップの結果の前に、依頼品の報奨金の話を済ませてしまいましょうね」
「はい」
「ケトランは1本が150ドランですので、20本で3000ドランになります。ボンガラの粘着液袋は1個が8000ドランですが、これらはとても状態がいいので8500ドランで引き取らせていただきます。合計で85000ドランとなります。アキシアライトは200グラッチ入りの皮袋1つが100000ドランで取引されています。こちらの袋には290グラッチありますので、少しおまけして150000ドランで引き取らせていただきます」
え〜っと・・・・薬草が3000で、ボンガラが85000ドラン、それからアキシアライトが150000ドランだから・・・・238000ドランって事になる。
元の世界で約240万円って事かよ、すげえなぁ。
「お金はギルド・カードの更新と一緒にお渡ししますね」
「はい」
「それではランク・アップについて話をしましょう」
にっこりと笑みを浮かべて話を続けるクラリッサさんと、じっと黙って肩を落としているローガンさんがとても対照的だよ、うん。
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