237.
パンジーの足に合わせてのんびりと通りを歩いて行く。
そろそろハンターズ・ギルドが見えてきた。
周囲の建物と違って堅牢な構えなので一目で判るんだけど、その前をウロウロと歩く熊みたいなあれは誰だ?
「マリウス、さん・・・?」
「ああ、あれはギルマスですね」
「やっぱり・・・」
体格からしてもしかしたらそうかな、って思ったんだよ、うん。
でも、ギルマスがあんな風に建物の前をウロウロしていていいんだろうか?
「あれは駄目ですね」
「うん、あれはマズいな」
マリウスさんとバンガーさんが顔を見合わせて頷きあっている。
え〜っと、何がマズいんだろう?
「うぉおおおーーーっっっ!」
不意に耳に届いた雄叫びに驚いて前を見ると、ローガンさんが必死の形相でこちらに向かって走ってくるところだった。
「ふぅぅぅっっっっ!」
「ふぎゃぁあああっっ!」
こちらに向かって走ってくるローガンさんを見て、御者台と屋根の上にいたミリーとジャックが警戒して尻尾を大きく膨らませて唸り声をあげる。
マリウスさんとバンガーさんは、それぞれが鞘がついたままの剣を手に待ち構えている。
あれ? あれはギルマスなんだろ? 敵じゃないよな?
思わず後ろに引きかけたけど、どこにも逃げ場はない。
「コォータァーッッッ!」
ムッチャ足が早いよ、ローガンさん。
あっという間に俺のところまでやってきたかと思うとそのまま俺に抱きつこうとして、マリウスさんとバンガーさんが足を引っ掛けて鞘がついた剣で頭を叩きのめした。
ドベチャッッ、という音とともに地面に倒れこんだローガンさんは、それでも必死な顔で俺を見上げてきた。
うん、引いた。
思いっきり、引いたよ。
ドン引き状態の俺の目の前で、マリウスさんは倒れたローガンさんの上に乗って、匍匐前進で俺の方ににじり寄る彼の動きを拘束する。
「マリウスッッ!」
「あ〜、はいはい。じっとしててくださいね」
「邪魔をするなっっっ!」
「あんまり暴れると呼びますよ?」
「よ、呼ぶって・・・・」
特に誰とは言わないけど、その一言で動きを止めたローガンさん。
それを確認してから、マリウスさんがゆっくりとローガンさんの上から降りた。
「では、ギルマス。ギルドに戻りますよ」
「しっ、しかしだなっっ」
「いいから。こんな道端ではろくな話もできませんからね。ギルドに戻ってからゆっくりとお話をしましょう。もちろん、その後でギルマスだけもう一度お話があるかもしれませんけどね」
「ひぇっ」
情けない声をあげたギルマスをそのまま地面に放置したまま、マリウスさんとバンガーさんはそっとパンジーに歩くように促した。
俺は踏まないようにローガンさんの倒れた身体の横を迂回して、声をかける勇気もないままパンジーについて歩く。
その間ローガンさんは、じっとその場にうつ伏せたままじっとしていた。
大丈夫なんだろうか?
ギルド前に着くと、マリウスさんが俺たちを先導してギルドの建物の中に入り、バンガーさんがパンジーと引き車の面倒を見ると言ってくれた。
つい今来た道を振り返ると、ノロノロとこちらに歩いてくるローガンさんの姿が見えた。
「こちらにどうぞ」
「あっ、はい」
マリウスさんに促されるまま中に入った俺たちは、そのまま彼が案内する部屋に入る。
するとそこには20代後半と言った感じの女性が座っている。
「チーム・コッパーを連れてきました」
「ご苦労様」
入ってきた俺たちを見て立ち上がった彼女は、そのまま軽く俺たちに会釈をする。
それを見て俺が会釈をしたら、ミリーとジャックも慌てて頭を下げている。
「ギルド・マスターは?」
「もうそろそろくると思いますよ」
「判りました。まっすぐここに来るように伝えてくださいね」
「もちろんです」
にっこりと笑みを浮かべる彼女と、同じように笑顔で答えるマリウスさん。
う〜む、何かヤバい雰囲気を感じているのは俺だけか?
ちらっと両隣を見ると、ミリーとジャックもなんとなく雰囲気を感じ取ったのか黙って2人を見ている。
「申し遅れました。私の名前はクラリッサと申します。大都市アリアナのハンターズ・ギルドの副ギルド・マスターをしております」
「丁寧にありがとうございます。俺の名前はコータです。こちらはミリーとジャック。3人でチーム・コッパーを立ち上げています」
「それではそちらにお座りください」
「はい」
俺は長いソファーの真ん中に座り、左にミリー、右にジャックが座る。
そんな俺たちの前には木のカップに入ったお茶が既に用意されている。
「そろそろギルド・マスターが来ると思いますので、今暫くお待ちください」
「は、はぁ・・・」
待つ事に問題はないんだけど座っているのは俺たちだけで、クラリッサさんは俺たちとドアの間の位置に立ったままだ。
なんか落ち着かないよ。
それはミリーたちも同じみたいで、不安そうに尻尾が左右に揺れているのが視界の隅に映る。
「ああ、戻ってきたようですね」
にっこりと俺たちに笑みを向けてから、クラリッサさんがドアの方を振り返る。
つられてドアを見ると、そこにはマリウスさんと彼に連れられたローガンさんが立っている。
「ギルド・マスター、みなさん既にお待ちですよ」
「あ、ああ」
返事をしたものの、ローガンさんは立ったまま中に入ってこない。
そんな彼をマリウスさんがとてもいい笑顔を浮かべて押し込んだかと思うとそのままドアを閉めてしまった。
「マッ、マリウスッッ」
慌ててマリウスさんを呼んだローガンだけど、彼は閉まったドアの向こうだ。
「ギルド・マスター、座ってください」
「・・・はい」
う〜ん、なんとなくギルド内のローガンさんとクラリッサさんの関係が判った気がするぞ。
「あ〜、うん。無事に帰って来たな。期限いっぱいまで戻ってこないから、みんなで心配していたんだ」
「みんなじゃないですよ? ギルド・マスターだけですよね、心配していたのは?」
「そ、それはだなっ・・・その・・」
「ああ、言い方が悪いですね。私たちはコータさんたちが怪我をしたかどうかは心配していましたよ。これはコータさんたちだけでなく、全てのギルド・メンバーの事を常に気にかけています。ですがギルド・マスターが心配していたのは、みなさんが戻ってくるかどうかを心配していたんです」
ああ、うん。その話はマリウスさんから聞いてたんだ、うん。
「ま、まぁ、だな。無事に帰ってきてくれて本当に良かったよ。それで、依頼は達成できたのか?」
「はい、あっ、依頼品は引き車の中にあるので、取りに行ってきます」
「い、いや、うちのものを行かせるぞ」
「いえいえ、自分で行きますよ。引き車には鍵がかかってるので、中には入れませんからね」
「あ、ああ、そうか」
当たり前の事を言われて、なぜか意気消沈しているローガンさん。
なんでなんだろう?
頭を傾げていると、俺の服をツンツンとミリーが引っ張る。
「わたしが行くよ?」
「ん?」
「依頼品って、引き車の後ろの荷物入れの中にある箱、だよね?」
「うん、あれ全部がそうだけど持てるかな?」
「だいじょぶ」
胸を張って大丈夫だと言い切るミリー。
う〜ん、でもなぁ、結構量があるんだよな。
『私もついていきます』
スミレが俺にそう言ってくれるから安心ではあるんだけど、スミレは荷物を持てないからなぁ。
さてどうしようか、と悩んでいるとクラリッサさんが手助けを申し出てくれた。
「コータさん、受付に先ほどのマリウスがいると思いますので、彼に手伝いを頼めばどうでしょう?」
「えっ? でも、それは申し訳ないですよ。これは依頼品なんですから」
「いいえ、大丈夫ですよ。それもギルドの仕事の一環ですから」
「でも・・・」
「ミリーちゃん、と呼んでいいかしら?」
俺の返事を聞かずにクラリッサさんはミリーに声をかける。
聞かれたミリーが頷くのを見て、クラリッサさんも彼女に頷き返す。
「じゃあミリーちゃん、さっきここに連れてきてくれたオジさんがあっちのカウンターのところにいるから、彼に手伝うように言ってくれるかしら? 依頼品を運ぶんだって言えばすぐに判ると思うわ」
「はぁい」
うん、と頷いてから立ち上がると、ミリーはトコトコと歩いて行く。
そしてその後ろをスミレが飛んで行くのも見える。きっとミリーの手助けをするつもりなんだろうな。
でもなミリー、俺が行きたかったんだぞ。
この中の空気はとても緊張しているんだ。
すっごく居心地が悪いんだよ。
チラ、とジャックを見下ろすと、彼も羨ましそうな顔でミリーを見送っていた。
うん、同士だ。
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