234.
目が覚めると既に外は明るい。
う〜ん、どうやら寝過ごしたようだな。
ベッドから上半身を起こして周囲を見回すと、ミリーとジャックはまだ寝ている。
こいつら俺より先に寝たくせにまだ寝てんのかよ。
まぁ、寝る子は育つっていうしな。
音を立てて起こさないように気をつけながら服を着て、それから静かに外に出る。
「おはようございます、コータ様」
「おはよう、スミレ」
テーブルの上に座っていたスミレが俺を見るなり声をかけてくる。
「今日はこのままアリアナに戻るんだよな?」
「はい、その予定です。と言うか、これ以上ここにいると期日に間に合わなくなっちゃいますからね」
「あっ・・・」
すっかり忘れてたよ。そういや期限があったんだったっけか。
「まだ間に合うよな?」
「今日出て頑張ればなんとかギリギリ大丈夫ですね」
「そっか、よかった」
間に合うんだったらいっか、と俺は魔石コンロを使ってお湯を沸かす事にした。
2人が起きてくるまでお茶でも飲んでいよう。
「いいんですか、起こさなくても?」
「ん? 起こした方がいい?」
「あんまりのんびりしていると、アリアナに入るのが遅くなりますよ? 前回はグランバザードを連れていたから向こうから声をかけていただきましたけど、普通に入るとなると待たされるんじゃないんでしょうか?」
そう言われて、アリアナの門の前に並んでいた列を思い出した。
あの列に並ぶ事を思うと、確かにのんびりしてられないぞ。
「それに、結構ギリギリになると思うので、パンジーちゃんには頑張って歩いてもらわないといけないんです。ちょっとでもパンジーちゃんの負担を減らすには、早めに出るのが一番ですよ」
「すぐに起こしてくる」
のんびりするのは野営の時で大丈夫だ。
パンジーに負担をかけるわけにはいかないぞ。
って事で、叩き起こされた2人はあまり機嫌は良くなかったけど、パンジーのためにと言ったらミリーはすぐに納得してくれた。
そして朝ごはんは迅速に動くためにサンドイッチを移動しながら食べる事にして、ついでにお昼ご飯も移動しながら食べる事にした。
もちろん、パンジーにはおやつを与え、ついでに元気いっぱいに歩いてもらうためにポーションも御馳走でしておく。
もともとパンジーが頑張って歩けば、普通のヒッポリアに比べると、5割増し以上のスピードで移動する事ができる。
ただ人目もあるからという事で、足の速いヒッポリア程度のスピードだっただけだ。
なので道は悪いけどわざと街道を外れて歩いてもらう。
ほんと、引き車にタイヤがあってよかったよ。そうじゃなかったらきっと今頃引き車は振動で壊れていたかもしれない。
今夜の野営はかなり遅くなってからだった。
スミレが少しでも移動しておけばパンジーちゃんが楽ですよ、なんて言うもんだからミリーがはりきっちゃったんだよ。
それにスミレの結界があるから、どこで野営をしても安全だって事もあるからな。
「2人とも、ちょっとこっちに来てくれるかな?」
「なに、コータ?」
「なんだよ」
風呂に入ってホコホコになった2人はテーブルでジュースを飲んでいる。
俺も風呂に入ろうかと思ったんだけど、俺が入っている間に2人が寝るかもしれないからな。
まずは用を済ませてから、だ。
「昨夜、スミレと一緒に2人にこれを作ったんだ」
「なに。それ?」
「ブレスレットだよ」
テーブルの上に3つのブレスレットを取り出して置くと、2人とも興味津々といった感じにブレスレットを覗き込んだ。
「ヴァイパーを倒しただろう? あの魔石を使って作ったんだ。ミリーやジャックに何かあると困るからな」
「魔石?」
「うん、これを嵌めておけば、誰かに襲われそうになっても身を守る事ができるんだ」
「これがあれば、だいじょぶ?」
「大丈夫だよ。もし人攫いがやってきても、これがあれば2人には触れない。誰も危害を加える事はできないんだ」
ミリーとジャックは真剣な顔でブレスレットを見つめている。
きっと2人は俺がなんでこれを用意した理由は、オークションの時の会話のせいだろうって思ってるだろう。なんせグランバザードを売った時に、護衛をつけましょう、なんて言われてたからな。
でも俺とスミレが本当に心配しているのは、トラ族にとって価値があるミリーなんだけど、あえてそれに関しては口にしない。
「それに、だ。これを嵌めていればスミレがいつでも見えるし話ができるぞ」
「えっ、ほんとっ?」
「ホントだ。こっちの赤いのはミリーが嵌めるんだよ。それからこっちの青いのはジャックが嵌めるんだ」
「でもおっきい、よ?」
「うん、判ってる。スミレが大きさを帰る魔法陣を刻んでくれてるから、ミリーが嵌めたら外れないようにちっちゃくなるよ」
まずはミリーから、という事で赤い石がついたブレスレットを取り上げる。
幅が2センチくらいの銀色のブレスレットには10個の赤い半円形の石が付いている。魔石はスミレがスキルを使って凝縮したもので、それだけ価値も高いし魔力も強くなっているそうだ。
それをミリーが差し出す左腕に嵌めてやると、スミレが飛んできてブレスレットに触れる。
途端に小さく縮んでミリーの手首にぴったりと嵌る。
「ちっちゃくなったね?」
「そうだな。でもこれなら落とさないだろ?」
「うん」
小さくなる時に石も同様だと聞いていたけど、実際に見るとびっくりだ。
それに更に魔石が凝縮されたのか、暗い赤って感じの魔石が今は黒に近い赤になっている。
「よし、今度はジャックだな」
「お、おう」
差し出されたジャックの手は猫の手だ。でも手首に当たる部分は少しだけ細くなっているから大丈夫だろう。
それを嵌めたらまたスミレがやってきてブレスレットに触れると、さっきのミリーの時と同じようにブレスレットが縮んでジャックの手にぴったりと嵌った。
「すげえな・・」
「これで落とさないだろ? ちょっと心配だったけど、ちゃんと嵌ってるみたいで良かったよ」
ジャックが腕をあげてマジマジと見ている。
こちらも暗い青が黒に近い青に変化している。多分更に凝縮されたって事なんだろう。
「コータは?」
「ん? これからつけるよ」
ミリーがテーブルの上に残っているブレスレット心配そうに見ている。
でも俺が取り上げて腕に嵌めると、ホッとした顔をしてから表情を緩めた。
俺のも大きめに作ってあったから、スミレが触ると同時に手首にぴったりとくっついた。
「これを嵌めていれば、迷子になっても探せるからな」
「そ、なの?」
「迷子なんかならねえよっ」
うん、ジャック、お前は黙ってような。お前が一番迷子になりそうなんだからさ。
「探すといっても俺じゃなくて、スミレが探せるんだ。それにアリアナに戻ったら俺たちがオークションでお金を稼いだ事を知ってる人間はたくさんいるだろう。その中には俺たちから金をせしめようって考える奴だっているだろう。でもな、そんな奴らが害意を持って近づいてきても、そのブレスレットを嵌めていれば誘拐する事もできないんだ」
「わたしに、さわれない?」
「1回は触れるかな? いきなり後ろからやってきて、ミリーを一瞬でも捕まえるかもしれない。でもな、ミリーが嫌だって思った瞬間にそいつらはミリーに近寄れなくなるんだよ」
この辺りは正直に話しておかないと、パニックになるかもしれないからな。
「もしミリーがそいつらが持ってる魔法具で眠らされても、その直後に嫌だって思っていたらそいつらはミリーを誘拐出来ないからな。それからミリーが気を失ったりしたらスミレがすぐに判るから、俺たちがすぐにミリーを助けに行くよ」
「・・・ほんと?」
「うん。スミレが助けてくれる。もし、ほんっとうになんらかの魔法具で連れ去られたとしても、だ。そのブレスレットがあればスミレがすぐそばに現れる事もできるんだ」
「スミレ、来てくれる?」
「すぐに行きますよ、ミリーちゃん」
スミレがそばに現れる、と聞いてミリーはスミレにすぐ確認している。
「何があっても俺とスミレが守るからな。ジャックもだぞ。相手を敵と見なせばいい。それだけでそいつはお前には近づけない。1人の時に襲われたら、俺かスミレの名前を呼べばいい。俺はすぐにいけないかもしれないけど、スミレはすぐにそばに移動する事はできる」
スミレがいるだけで安心できる筈だ。
「俺・・・狙われるかな?」
「判らないよ、そんな事。ただ、な。俺たちはグランバザードで目立ったし、お金もたくさん稼いだだろ? だから、それを狙う奴がいたっておかしくない、そうだろ?」
「うん・・・」
「そ、だね」
「だから、それを作ったんだよ」
不安そうに俺を見る2人に、俺はしっかりと頷いてみせる。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私がちゃんと2人を守りますからね」
「スミレ・・・」
「私の結界がとっても丈夫だって知ってるでしょう? あの結界で守ってあげます」
「そうだぞ。スミレの結界、グランバザードの羽だってはね除けただろ? どんな武器でもはね除けるから、安心して俺たちが行くのを待ってればいいんだ」
スミレが頷くのを見て、なぜか安心したような表情になった2人。
おい、俺より信頼してるのか?
「結界はミリーちゃんやジャックを中心に直径2メッチですからね」
「2、メッチ?」
「そうです。両手を広げても届かないくらいの広さです。もし怖かったら目を閉じていればいいですから」
この広さには俺とスミレは随分悩んだんだ。最初は直径5メッチくらい、って考えていたんだけど、場所によってはそんなに広くしていると2人が移動できないかもしれない、って話になってさ。それで
2メッチに決めたんだ。
「そのブレスレットをしていれば結界を展開したまま移動する事もできます。ですが、狭いところだと結界のせいで通れない場所もあるかもしれませんからね、その点は十分に気をつけてくださいね」
「わかった」
「おう」
移動結界もスミレが苦労して魔法陣を組んでいたものの1つだ。
それでもなんとかできてよかったよ。
「もう1つ、相手が結界を攻撃するかもしれないけど、心配すんな。直接結界に手を出そうとしたら、そいつは電撃を食らう事になる」
「でんげ、き?」
「うん、雷がそいつに落ちるんだ」
「そんなすげえのかよ」
「電撃を食らうって判ればそれ以上手を出さないだろうからな」
その辺もちゃんと考えてる・・・・・・・スミレが、だけどな。
これで安心かどうかは判らないけど、でも心配の度合いは減った。
何もないのに越した事はないけど、こればっかりは判らないからなぁ。
俺は手を伸ばして2人の頭をポンポンと叩く。
「ほら、そろそろ寝ようか」
「うん」
「おう」
返事をしながらも、2人は腕に嵌っているブレスレットをそっと触っている。
その姿を微笑ましく思いながら、俺は2人を引き車に促したのだった。
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