異世界で、のんびり趣味に走りたい

大都市アリアナ 帰り道

２３１．

　袋が破裂するんだから、もっと軽いパーンっていう音かと思った。

　俺は現実逃避をしながらそんな事を考える。

　だけど、現実逃避はほんの１−２秒程度で終わってしまった。

　なぜならスミレの結界がボンガラの粘着液まみれになったからだ。

　つまり、粘着液まみれになったせいで、せっかく見えないようになっていた結界がボンガラにもどこにあるかが判るようになってしまったって事だ。

　とりあえず形が露わになったのはボンガラの粘着液まみれになったヴァイパー側から約７割で、背後は粘着液が付いていない部分が少しだけどある。

　「おまえらっっ、何やってんだよっっ」

　「ごめんなさい・・」

　「だって、あいつらが動くから－－」

　「動くのは当たり前だろっ、だから慎重にやれって言ったんだろうが」

　「コータ様、今はそれどころじゃないですよ」

　「えっ？」

　「ボンガラがこっちに向かってきています」

　「マジか・・」

　スミレに言われて慌ててヴァイパーの方を向くと、粘着液まみれになった結界の隙間から、こちらに向かって歩いてくるボンガラが見える。

　「なんか数が増えてるきがするんだけど？」

　「そうですね。ボンガラが弾け飛んだので、それにつられてやってきた他のボンガラがいますね」

　「なんでやってくるんだよ。普通は逃げるだろ？」

　自分の同族がやられたんだぞ、見に来るなよ。

　「他の生き物であればそうでしょうけど、ボンガラは粘着液を周囲に撒き散らしますからね。それに絡まれた獲物を狙ってきたんだと思いますよ」

　「あ〜・・・」

　「とりあえず結界は粘着液まみれになっても性能に変化はありませんからご安心ください」

　「うん、それは心配してない。でも、問題はやってくるボンガラ、だよなぁ・・・」

　「頑張ってみんなで仕留めましょう。私もサーチング・スフィアを外に出します」

　「うん、頼むな」

　スミレの言う通り、やっつけない事にはどうしようもないもんなぁ。

　「ミリー、ジャック、２人はそのまま近づいてくるボンガラをとにかく潰せ。ただしこれ以上腹は狙うなよ」

　「狙ってなかった、よ」

　「わざとじゃねえよ」

　「うん、知ってる。でもな、それでもさっきは腹に当たっただろ？　だから、これからは注意して頑張れ」

　「・・うん」

　ごめんね、と耳をペタっと頭にくっつけて申し訳なさそうにするミリーの頭をガシガシと擦って、体をくるっと結界の方に向ける。

　それだけで俺の言いたい事が伝わったのか、すぐに弓を構える。

　「ジャックも、十分気をつけてくれ」

　「わかった・・・ごめん」

　ジャックも十分反省しているようで、多分ここからはきちんと気をつけるだろう。

　ボンガラの動きはそれほど早くないから、もうちょっと注意していれば大丈夫だろう。

　「スミレ、サーチング・スフィアを飛ばすのも気をつけろよ。あいつらの糸に絡まらないようにな」

　「もちろんです」

　やる気満々のスミレはいつの間にか俺の周囲にいたサーチング・スフィアを２つ結界の外に送り出していた。

　俺の周りには残りの２個のサーチング・スフィアが留まっている。

　別に４個全部送り出してもいいんだけどな。

　「その２つはコータ様に制御をお任せします」

　「これ？　どうやるんだ？」

　「こうするんですよ」

　スミレが俺の前に飛んでくると、すぐにスクリーンが出てきた。

　そこに映ってるのは俺の横顔。思わず隣を見ると、サーチング・スフィアのカメラアイがこっちを見ている。

　「サーチング・スフィアのカメラ映像をここに映しますので、それを使ってミリーちゃんやジャックが狙えない個体を仕留めてください」

　「いや、でも、俺だとボンガラの糸に絡まれるかもしれないぞ」

　「大丈夫です、ちゃんとその対策はしてありますから」

　「どうやって」

　「自動ですから、コータ様が心配する必要はありません」

　なるほど。俺がいちいちそっちに気を取られなくてもいいように自動でしてあるのか。

　って、それでも飛んでくる糸の事は気になるぞ。

　とはいえ、サーチング・スフィアを使っての攻撃もなんだか面白そうでワクワクしてきた。

　「これ、どうやって操縦するんだ？」

　「コータ様には操縦がしやすいようにハンドルを用意しました」

　これです、とスミレが差し出してきたのは横長の四角いハンドルと、右側の縦の部分にボタンがついた操縦桿だった。

　「この短い縦の部分を両手で握って・・そう、それでいいです、それから親指はこのボタンの上に置いてください。操縦桿は前に倒せば前進してそのままにするとスピードが上がります。それから手前に引けばスピードが落ちます。左右に曲がる時はそれぞれの方向に押し出してください・・そう、そんな感じですね」

　「なんか難しいな」

　「そうですか？　大丈夫ですよ、すぐに慣れます」

　そうかなぁ、と思いつつ俺は前後左右に倒しながらなんとなく感触を確かめる。

　なんかテレビで見た旅客機の操縦桿みたいだ。

　「それではコータ様のサーチング・スフィアを射出します」

　スミレの言葉と同時に俺の両隣に浮かんでいたサーチング・スフィアが結界の向こうに飛んでいく。

　目の前のスクリーンにはサーチング・スフィアから見た景色が映っている。

　ハンドルを右に押し出して回転させて結界の方を見ると、ボンガラの粘着液まみれになった半透明のドームが見える。

　あれが俺たちがいる結界だな。

　「コータ様、気をつけてくださいよ。ボンガラがサーチング・スフィアに目をつけてますよ」

　「おっと、ありがとな、スミレ」

　慌てて高度をあげて見下ろすと、こちらを見上げているボンガラが見える。

　後ろのお尻部分が高く上がっているって事は、こっちに糸を飛ばす気満々だって事だ。

　高度を上げたままミリーとジャックの様子を横目で見ると、２人はちゃんと狙って攻撃をしているようだ。

　これなら多分二度とボンガラの腹に当てる事はないだろう。

　あれをされたら俺のサーチング・スフィアは絶対に巻き込まれて墜落するだろうからなぁ。

　とりあえず俺は結界に群がるボンガラの背後３０メートルほどのところにサーチング・スフィアを移動させて、そこでハタと攻撃手段が何か聞くのを忘れた事に気づいた。

　「スミレ、攻撃ボタンは教えてくれたけど、どんな攻撃なんだ？」

　「口で説明するよりは試した方が早いですよ。まずはターゲットをロックしてください」

　「どうやって・・って、出て来た」

　４センチX６センチの横長の十字が書かれた透明な板が目の前に浮かんできた。

　その中心にターゲットとなるボンガラの頭を持ってくると透明だった板が赤く染まる。

　「今です」

　スミレの言葉に俺は右親指のボタンを押した。

　画面の下部分から光の帯が伸びて、そのままボンガラの頭を貫いた。

　「ス、スミレ・・これってレーザーか？」

　「そうです。レーザー光線の出力は２キロワットに設定しました。２.５キロワットまで上げる事もできますが、それをすると必要エネルギー量が増えますし、ボンガラ相手ではこれで十分ですからね」

　えっ？　レーザーって温度じゃないのか？　だって鉄の切断に使ったりするんだろ？

　「レーザー光線についてレクチャーが必要でしたら後で説明しますよ。ですが今はボンガラ討伐に集中してください」

　「あっ、うん、そうだな」

　「それからレーザー光線が伸びた段階で少しだけ前後または左右に動かせば切断する事もできますので、状況に合わせて活用して下さい」

　「お、おっけ」

　スミレの説明が殆ど、いや、全く判らなかったけど、とにかく強力な武器である事は判ったから、今はそれで良しとしよう。

　とりあえずボンガラを１匹仕留める事はできたんだ。

　あとはみんなで頑張って全部やっつけるだけだ。

　至るところに転がっているボンガラの屍体。

　これをこれから解体するのかと思うと、もう既にがっかりだよ。

　「スミレ、解体、手伝ってくれるんだよな？」

　「手伝いますよ。ですが、最初の３体ずつは自分でやってくださいね」

　「う・・・うん」

　「手順は説明しますから」

　「・・・わかった」

　しゃあない。全部のボンガラの解体をしなくてもいいだけマシだろう。

　ほんの１０分ほど前に、ようやく最後の１匹を仕留めた俺たちは、スミレに生き残りがいないかどうかをチェックしてもらった。

　とりあえずヴァイパーの屍体周辺及びこの結界周辺には生き残ったボンガラはいない、って事でこれから解体する事になってる。

　「まずはみなさん、アラネアに乗り込んでください」

　「アラネアに？」

　「ボンガラの粘着液が降ってきますよ？」

　えっ？　と思って見上げると、確かに結界はボンガラの粘着液まみれだった。

　「あっちからとりあえず出ましょう。それから結界を削除します。結界を解除するときに粘着液が降ってきますので、それなりに距離をとってくださいね」

　「おっけ」

　俺はミリーとジャックを回収して後部座席にのせ、俺もとにかく手当たり次第出していた物をポーチに仕舞ってからアラネアに乗り込んだ。

　万が一があっては困るから窓も閉めて、俺はゆっくりとアラネアを走らせる。

　「十分距離が開いたので結界を解除します」

　スミレの声に、ミリーとジャックが慌てて後ろを振り返る。

　「うわっ」

　「すっげぇ」

　ベシャシャッとボンガラの粘着液が落ちていくのを見て歓声をあげる２人に思わず苦笑いを浮かべる俺は、そのままアラネアを迂回させてボンガラの屍体が転がっているところに移動する。

　「ボンガラの粘着液がアラネアのタイヤに付くけどいいのか？」

　「大丈夫ですよ、アラネアのタイヤに付着しにくいように加工してあります」

　「もしかして俺たちの作業着と同じようなもんか？」

　「はい。粘着液まみれになると掃除も大変ですからね。その代わりスピードを出せませんから気をつけてくださいね。ボンガラの粘着液が落ちている辺りを走らせる時は時速１５キロ以下であれば大丈夫です」

　ああ、飛び跳ねがアラネア中につかないようにするためって訳だな。

　「でも靴は？」

　「ブーツの底には何も付着しないように、という魔法陣が刻まれてますよ」

　「えっ、いつの間に？」

　「最初からですけど。もしかしてコータ様、気付いていなかったんですか？」

　「ははは・・・」

　うん、全く気づいてなかった。

　でも確かにそう言われると、靴底に泥が付着して足跡を残しまくるとかって事をした記憶がないなぁ・・・ははは。

　「手袋も用意した物を使ってくださいね？　そうしないとボンガラの粘着液がついて取れませんからね」

　「判った。気をつけるよ。ミリーとジャック、スミレの話聞いたな？」

　「うん、だいじょぶだよ」

　「おう」

　バックミラーで見ていると、２人とも手袋を取り出して手に嵌めている。

　「あ、コータ様、あそこに停めていただけますか」

　「あそこって・・ああ、あそこね」

　「はい、丁度中間くらいですから、あそこにアラネアを停めたら結界を張ります」

　「それから解体、って訳だな」

　「はい、頑張りましょう」

　ははは・・・はぁ。

　解体はちっとも楽しみじゃないけど、だ。

　ギルドに以来達成品を持って行く時に、ちゃんとどうやったかっていう説明ができないと困るもんな。

　まぁ、いざとなればミリーとジャックに多めに解体させてもいっか。

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