230.
俺たちがいる結界はヴァイパーの屍体から10メートルほど離れた場所で、これならだれも外さないだろう。
「絶対に後ろの大きいお腹は狙わないでくださいね。あそこに粘着液袋が入ってますから」
「狙いは頭って事だろ。腹さえ撃たなきゃ大丈夫なんだよな?」
「そうです。間違ってお腹にある粘着液袋に当たったら、大変な事になるかもしれませんからね」
「ばくはつ?」
「そうです。ミリーちゃん、ちゃんと覚えていたんですね」
「うん、ボンってなるって言った」
「はい、ネバネバの液が飛び散って、大変ですからね」
いやそれ、大変なんてもんじゃないと思うぞ?
ネバネバ液が絡みつくと動きが阻害されて、そのままボンガラの餌食になるって事だよな?
まぁ俺たちは結界の中だから大丈夫だけど、確かにそれじゃあ他のハンターは二の足を踏む筈だ。
「粘着液袋は依頼で10個いりますからね。でも余分に5つほどは私が確保したいですから、最低でも15個は確保してください」
「スミレ、何するの?」
「いろいろ、ですよ、ミリーちゃん」
うん、そのいろいろっていうところがすごく気になるんだけど、少し黒い笑みを見ると聞けないな。
「それにギルドに余分に納めると、レベル・アップできますよ」
「がんばる」
「おうっ、まかせとけっ!」
いや、さ。もともとそのレベル・アップのための依頼だからさ。もっと上がる、なんて事はないんじゃないのかな?
「とにかく、だ。腹は狙うな。頭を潰そう。ほら、始めるぞ」
俺は目をキラキラさせてスミレを見上げている2人に声をかけてから最初の1発を構える。
狙いは頭だ。って事はこっちを向いているヤツを狙えばいい。
俺はヴァイパーの屍体の上に陣取ってこっちに顔を向けて食っているヤツに狙いを定める。
ビュンっと耳元で音がして、そのままパチンコ弾が飛び出していく。
ぐしゃっとボンガラの顔がへこんだかと思ったらそのままヴァイパーの上から手前に転がり落ちた。
よし、これで1匹目。
「コータ、ズルいっっ」
「早くしろって。いつまでも喋ってると食い終えて戻っていくぞ」
俺が1匹目を仕留めたのを見咎めたミリーだけど、そりゃいつまでも喋ってるのが悪いって。
2人が慌てて弓矢水鉄砲を構えている横で、俺は2匹目を仕留める。
そしてそのすぐ後でヒュンッと矢が飛んでいく音と、ビュッという水鉄砲が発射される音が聞こえた。
とはいえ今回は水ではなく液体窒素もどきが入っているらしい。スミレの話だと水鉄砲から出て目標に当たると一気に凍らせたところに弾が当たって砕くようになっているらしい。
ジャックの水鉄砲がどんどん凶悪になっていくと感じるのは、俺だけなんだろうか?
既に4匹のボンガラを仕留めたけど、ボンガラたちはそんな事気に留める事もなくヴァイパーを食い荒らしている。
「なあ、あいつら、仲間が殺られてんのに、気になんねえのか?」
ジャックが眉を潜めながら俺に聞いてきた。
「どうなんだろうな?」
「こちらの姿が見えないから、でしょうね。こちらの姿が見えていたら、仕留めやすい餌だと思ってやってくるボンガラもいると思いますよ」
「だから光学迷彩結界?」
「それもありますね。ですけど、1番は光学迷彩結界ならこちらにいる事が見えませんから、粘着糸を飛ばされる心配がありません」
ああ、蜘蛛だもんな、糸を飛ばしてくるかもしれないのか。
「でも結界、あるよ?」
「そうですね、ミリーちゃん。でも糸は結界の中に入ってきませんけど、結界の周囲には張りついちゃいますよね。そうなると視界が遮られてボンガラが見えなくて仕留められなくなる可能性があります」
「ああ、視界を確保するためにもボンガラには俺たちがここにいる事は知られたくなかったのか」
なんで光学迷彩結界なんだろうって思ったけど、そういう事か。
説明されてやっと理解できる俺。でも他の2人も判っていなかったみたいだから、みんな一緒だな、うん。
そんな話をしながらも、俺たちは1匹ずつ確実に仕留める。
「ボンガラの屍体はあのままでいいのか?」
「どういう意味ですか?」
「あいつらがヴァイパーを食べ終えたらボンガラの屍体だって食うんじゃないのか?」
「食べませんよ。粘着液袋がありますからね。足くらいは齧るかもしれませんけど、お腹には絶対に触りません」
「仲間同士だと粘着が効かないとかって事はないってか?」
同族なら粘着かないんじゃないかなって思ってたんだけど、違うみたいだな。
「糸の上を歩く時は同族ですから粘着液に絡まる事なく移動はできますね。ですが、粘着液に絡まる事なくそれを食べるという事は無理ですよ」
「ふぅん、そういうもんなのか」
「スミレ、じゃあ、あれを全部食べたらいなくなっちゃう?」
「恐らくはそうなると思います」
「じゃあ、いなくなったら回収?」
ヒュンッと矢を放ってから、ミリーが会話に参加してくる。
もちろん彼女の放った矢はボンガラの頭に命中だ、さすがミリー。
「いえ、とりあえずそのまま1時間ほどは放置ですね」
「なんで?」
「ボンガラたちには私たちは見えてませんが、なにかが仲間を攻撃している、という事は判っていますからね。攻撃している何かを警戒している筈です」
黙々と食事中のボンガラはこれっぽっちも警戒しているように見えないけど、スミレがそう言うんだったらそうなんだろうな、うん。
「1時間待ってからまずは探索をしてボンガラが死んでいる事、または隠れていないかを確認して結界を解除します。それからアラネアごと少し前進してから広範囲に結界を張り直します。これはいつもの向こうからも見える結界なので、派手な動きはしないでくださいね」
「こっそり動いて粘着液袋を回収するって事だな」
「そうです。あまり派手に動き回っていると、またボンガラが集まってくるかもしれませんから」
ヴァイパーに集っているボンガラは一心不乱に食事をしているが、あの集中力をこちらに向けられるのは絶対に嫌だ。
「ちゃんとジャックとミリーにも言っておくよ」
「そうしてください」
特にジャック、と思ったのはきっと俺とスミレ2人ともだろうな。
そんな話をしながらも俺たちはボンガラを1匹ずつ仕留めていく。
「そういやスミレも参加するって言ってなかったっけか?」
「そのつもりだったんですけどね。サーチング・スフィアを出すと、ボンガラたちの意識が全てサーチング・スフィアに行きそうな気がするので、今回は見合わせます」
「えっ、そのつもりで俺から魔力を搾り取ったのに?」
「搾り取ったとは人聞きが悪いですよ。必要量をいただいただけです」
いや、それを搾り取ったっていうんじゃね?
「せっかく光学迷彩結界でこちらの正体を隠しているのに、そこに姿が丸見えのサーチング・スフィアを投入するのは愚策だと思いました。今夜にでも光学迷彩の魔法陣を刻んで見えないように改良しようと思っています」
「それ、改良じゃなくって改造っていうんじゃね?」
「改良ですよ。より良くするだけですから」
あ〜うん、そう言う事にしておこうかな。ここで反論したらすぐに論破されちゃうもんな。
でもさ、そう言いながらもサーチング・スフィアたちはスミレのそばというより俺の後ろを飛んでいるから、きっと俺の護衛を兼ねてくれているんだと思うとそう文句も言えない。
最近、スミレってツンデレじゃね、って思い始めたところだ。
なんだかんだ言いながらもやってくれるんだよな。さっきも俺が駄目だって言ったら、魔力は取らなかったと思う。
まぁスミレがどこまでなら突っ込んでもいいのかを把握しているって事だな、うん。
「じゃあ、いざという時のバックアップを頼むよ」
「判りました」
それからは誰も喋る事もなく、ひたすらボンガラを仕留めていく。
と言ってもどこを狙ってもいいって訳じゃないから、こっちに頭を向けたり体を横に向けた時を待つしかないから、俺たちは集中せざるを得ないって訳だ。
それに狙っていいのは頭だけだから、どうしても外してしまう事も多くてさ。
外れる度に悔しそうな顔をするミリーとジャックは見てて面白いけど、見ているだけだと俺が仕留めた数で最下位になる。
さすがにそれでは俺の威信に関わるって事で、頑張らせてもらう。
それでも45分以上が過ぎて、ヴァイパーが殆ど骨だけ状態になった。その周囲には結構な数のボンガラの屍体が転がっている。
「今んとこ何匹やった?」
「14匹ですね」
んじゃあ、そろそろ終わりにしてもいいか。
スミレとしては狩れるだけ狩りたいみたいな事を言っていたけど、俺としては無理する事はないんじゃないか、と思う訳だ。
「まぁ、ヴァイパーが骨だけになったらボンガラも引き上げるだろうから、それまで待てばいいかな」
「そうですね。できればもっと狩りたいところですが、餌がなければボンガラをあそこに留める事はできませんからねぇ」
「残念そうに言うなよ、スミレ。あれだけあれば十分だろ?」
「私の分がないですよ」
「依頼は10個だ。4個あれば十分だろ」
「仕方ありません、そういう事にしておきます」
至極残念、という表情のスミレだけど、だ。あれで十分だと俺は思うぞ?
「ヴァイパーを食ってるボンガラの数は?」
「10匹程度ですね」
10匹か、まぁ仕留められたら仕留めてしまおう。
「ミリー、ジャック。ヴァイパーが骨だけになったら終了だぞ」
「わかった」
「おうっ」
無理するなよという意味で言ったんだけど、2人にはここからが本番だとでも聞こえたのか?
急に構えては飛ばす矢の数と水鉄砲から出る液体窒素もどきが増えた。
「お、おい、2人とも、無茶すんなよ」
「だいじょぶ」
「やれるって」
殺る気満々の2人だけど、ちょっと鬼気迫るものがあって、俺は不安だよ。
「スミレ、マズくないか?」
「そうですねぇ・・でもきちんと仕留めてくれさえすればこちらとしては助かります」
「でもさ、あんな風に闇雲に狙ってたら、仕留められるものも仕留め損ねるんじゃ?」
「大丈夫でしょう。2人はハンターになってからもそれなりですから、そんな失敗はないんじゃないですか?」
妙に楽天的なスミレ。
でも俺はそう気楽に考えられないから心配だ。
「あっっ!」
「うぉっっ!」
俺が心配だと言おうとスミレを振り返った途端に聞こえたミリーとジャックの声。
慌てて振り返ると、1匹のボンガラが2人からの攻撃を腹に受けたのが見えた。
「おいっっ!」
ボンガラの腹にある粘着液袋に当たらなければ大丈夫だって判ってるけど、だ。
それは常に腹の中を移動するらしくてどこにあるかなんて想定できない訳で。
だから五分五分の確率だ、と昨夜スミレが言っていた。
でも、だ。攻撃を受けたボンガラの腹が膨れ上がってきたのを見た俺は、2人の攻撃が粘着液袋に当たった事を悟る。
そしてボゥンっという音が鳴り響いた。
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