226.
焚き火とフィギュアのところまで戻ると、スミレがフィギュアたちをストレージに仕舞う。
俺たちはアラネアから寝袋を取り出して、焚き火の周りに広げた。
ミリーとジャックが寝袋に入るのを横目に、俺は焚き火に数本の薪を放り込む。
「もうちょっとしたら朝だけど、明日は寝過ごしてもいいからな」
「でもパンジーが待ってるよ?」
「パンジーは強いから大丈夫だよ」
そうかな、と頭を傾げるミリーの頭をそっと撫でてやると、彼女はすぐに目を閉じた。
なんだかんだ言いながらも疲れたんだろう。
今のところ結構過酷な日が続いているからな。
俺としてもパンジーの事は気になっているんだけど、エサは余分に用意してあるし水も準備してあるから、1週間程度なら大丈夫だってスミレが言ってたからな。
俺は焚き火の火が大きくなったのを確認して、その明かりで周囲を見渡した。
このすぐそばまでヴァイパーが迫ってきていたんだと思うと気持ち悪いけど、既に俺たちが仕留めたし周囲には大型の魔物はいないとスミレが探索して教えてくれたから安心だ。
「そういや、尻尾が落ちてなかったけどなんかに持って行かれたんだろうな」
「ちゃんとストレージに回収してますよ。ないと思いますけど、万が一あの部分に魔石が残っていたら困りますからね」
ちょっとがっかりして呟いたらすぐにスミレが教えてくれた。
ああ、それでスミレがアラネアに戻ってくるのがちょっと遅かったのか。
「いつもの結界を張ってますのでこの中は安全です。コータ様もお休みになってください」
「スミレは?」
「私は明日の準備を済ませます」
「そっか・・じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」
きっと準備以上の事をする気満々な事は、スミレの顔を見ていれば判る。
でも俺も疲れているから素直にスミレの言葉に従って寝袋に包まる。
明日も忙しい筈だ、休める時に休まないとな。
ゆっさゆっさと揺すられて目を開けると、俺の上にミリーが乗っかっている。
「おはよう」
「ん・・おはよ」
朝から元気だな、さすがお子ちゃまだ。
伸びをしながら起き上がると俺の腹の上からミリーが飛び降りる。既にミリーとジャックの寝袋は回収されていてどうやら俺が最後のようだ。
「さっきから、ジャックが腹減った、ってうるさい」
「ああ、そういや俺も腹減ったな」
「でもスミレに、だったら自分で作れって叱られてた」
「あいつも朝から」
頭を振り振り寝袋から出てアラネアの方を振り向くと、アラネアのボンネットの上でジャックが何かしている。
「あいつ、何してんだ?」
「サンドイッチ、作ってる」
「・・・はっ?」
「スミレが自分で作れって、ジャック、逃げれなかった」
ミリーの言い方がおかしくて思わずぷっと吹き出してしまった。
スミレから逃げられるヤツはいないと思うぞ、うん。
俺は畳んだ寝袋を片手にスミレとジャックがいるアラネアに向かう。
「おはようございます、コータ様」
「おはよう、スミレ、ジャック。ジャックは朝飯を作ってくれてんのか? ありがとな」
「お、おう・・・」
いつもの返事はあまり元気がないもので、それはまぁ仕方ない、自業自得だ。
「俺も何か作ろうか?」
「いえ、サンドイッチだけで十分ですよ。あとはジュースを出してください」
「おっけ」
「余分にサンドイッチを作ってもらいますから、それはランチにしましょう」
「えぇぇぇ」
まさか朝飯分以上を作らされるとは思っていなかったのか、ジャックの口から抗議の悲鳴が上がる。
「ミリーちゃん、ジャックの手伝いをしてくれませんか?」
「うん、いいよ」
寝袋をアラネアに放り込んで、俺はポーチからいつも食事に使っているテーブルを取り出して、その周りに椅子を並べる。
それからカップを取り出してジュースを入れる。
その間にアラネアのボンネットをテーブル代わりにしていたミリーとジャックはサンドイッチを作り終えたようだ。
疲れた顔のジャックが2人分のサンドイッチをテーブルに運んで、その後ろではミリーがサンドイッチを1つずつ包んでスミレに手渡し、それから自分の分を持ってテーブルにやってきた。
「んじゃ、食べようか」
「うん」
「おっしゃ」
「いただきます」
ガバッと手を伸ばすジャックの横で俺が手を合わせると、ジャックも慌てて手を合わせていただきますと言ってから、今度こそ本当にひったくるようにサンドイッチを掴んで口に運んだ。
よっぽど腹が減ってたんだな。
「それでは食事の間に今日の予定を説明しますね」
「スミレ、ゆっくり食べさせてくれないのか?」
「みなさんは食べていればいいですよ? 私はただ説明をするだけですから」
うん、そうだな。でもそんな話を聞いていたらちっともゆっくり食べてる気がしないんだぞ、スミレ。
「それでは、説明します。今日は朝食のあとこのままパンジーちゃんが待っている場所に向かって移動します。その道中でボンガラを仕留める予定にしています」
「パンジーに、会える?」
「はい、今日はパンジーちゃんのところで野営の予定ですからね」
「やった」
嬉しそうにサンドイッチを握ったまま振り回すミリー。
そういやミリーっていつも御者台に座って手綱を握って、世話も先導してやってるもんな。
「今日はツナギを着ていただきます」
「コータ、ツナギって?」
「作業用の服だよ。汚れにくいし汚れも落ちやすい。今日は汚れるだろうから、スミレが用意してくれたんだよ」
「そっか、スミレ、ありがと」
「このツナギは防御性能も高めてますから、ちょっとやそっとの魔物、ボンガラ程度の攻撃では怪我もしませんからね」
「なんだよ、その無駄にハイスペックな作業着は」
「みなさんの安全を考えるとどうしてもそうなってしまいました、申し訳ありません」
項垂れるスミレを見て、ミリーが俺を咎めるように見る。
いや、ちょっと待て。スミレはただ面白がってどんどんハイスペックにしただけだと思うぞ。
「あ〜、判った、うん、みんなが安全なのが一番だよな、うん」
「スミレ、ありがと」
ミリーに礼を言われて顔をあげると満面の笑みを浮かべているスミレ。
ったく、知能犯だよ、こいつは。
「それで、ですね。武器はみなさんいつものを使うでしょうから、代わりに新しい解体用のナイフを用意しました」
「前にも作らなかったっけ?」
「それはそれ、です。とにかく見てください、これです」
スミレがテーブルの上に置いたナイフは刃渡り20センチ幅は3センチほどのありふれた解体用のナイフだ。
あれ、おかしいな? スミレだったらここでまた無駄にハイスペックなのを出すと思ったんだけど?
「スミレ、これは見たままなのか?」
「そうですよ? ああ、ただ1つだけ機能を足していますけどね」
「・・・その機能って?」
「解体が少しでも楽になるように超音波と高周波を合わせた切れ味抜群のナイフにしてあります。といってもこれは自動修正型のプログラムを組み込んであり、その時の状況に合わせて超音波と高周波に切り替えて解体の手助けをしてくれます」
ふんっと胸を張って説明するスミレ。
うん、ほんっとうに無駄にハイスペックだよ。
「ちょお・・なに? こう、しゅ・・わかんないよ」
「とにかく、切れるんだな」
なんて突っ込もうか考えてる俺の前に、スミレの説明が全く理解できなかったお子ちゃまたちが頭を捻っている。
「つまりな、ナイフが切るものに合わせて切れやすくしてくれるんだってさ」
「なんでも切れる?」
「なんでもかどうかは判んないけどさ、肉を切る時と筋を切る時だと切れ方が違うだろ? それを切りやすくしてくれるんだって」
「わかった。スミレ、ありがと」
俺の適当な説明でも納得したのか、ミリーがスミレに礼を言っている。
その横でナイフに手を伸ばして刃の部分をそっとつついているジャックも、一呼吸遅れてスミレに礼を言っている。
「どこでそんな知識手に入れたんだよ」
「もちろん、コータ様の記憶データ・バンクに決まってますよ?」
「俺、名前くらいは知ってるけど、詳しい性能とか知らないんだけどさ」
「ちゃんと性能もデータとして入ってますよ? コータ様が覚えてないだけですよ」
うぐっ、痛いところをつつきやがって。
「ま、まぁ解体が楽になるんだったらいっか。あれ、面倒だからさ」
「そうですね、特にボンガラは節が多くて切りにくい上に粘着液袋が破れていたら悲惨な事になりますからねぇ・・・そうそう、ミリーちゃん、ジャック、それにコータ様、ボンガラを狙う時は頭、ですよ。胴体は狙わないでください」
「頭だけ?」
「そうですよ、ミリーちゃん。特に腹部は絶対にダメです。そこに粘着液袋が入ってますから、下手をしたら爆発して周囲に粘着液が飛び散りますから」
「ば、爆発?」
爆発という言葉にジャックがビビった声で反芻する。
俺も一緒になってつぶやいたよ。ってかさ、蜘蛛のくせに爆発するのか?
「ボンガラが粘着液を使って攻撃する時、袋を膨らませるんです。その圧力を使って威力をあげるんですよ。ですので、そのタイミングで粘着液袋に穴を開けると・・・判りますよね?」
「ぼんってなるねぇ」
「いや、ミリー、そんなんじゃないと思うぞ」
「下手をするとみなさん、ぐっちゃぐっちゃのどろんどろんになっちゃいますねえ」
「いや、ちょっと待て。スミレの結界があるだろ?」
結界なしでデカい蜘蛛と退治する気はないぞ、俺。
「結界は使いますよ。でも私の話は解体時の事でもあるんです。もしかしたら攻撃する直前に死んだボンガラの粘着液袋は膨らんだままかもしれないでしょう? それに攻撃のためにほんの1秒ほど結界から出ちゃうかもしれませんしね。そのタイミングで爆発したら大変ですよ、って事です」
こいつ、自分にはその被害は来ないって思ってるな。
ぐっちゃぐっちゃのどろんどろんになるかもしれないのは俺たちだけ、って事か。
ああ、なんか一気にやる気が失せたよ。
でも、仕留めないと帰らせてもらえないんだろうなぁ・・・
とにかく腹ごしらえだけはちゃんとしておこう、と俺はサンドイッチにかぶりついた。
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