221.
ライクリファイド溜まりの液体金属は、俺たちのスポイトに吸い上げられてどんどん減っていく。
ってかさ、もともとの溜まりがそれほど大きくないからそう見えるだけなんだろうけど、それでもあと1−2本分あるかないかってくらいになった。
あとは今3人のアームが手にしているボトルに詰めれば終わり、ってところでスミレが手を上げて大きなスクリーンを展開した。それはすぐに4つの画面に切り分けられる。
「性懲りもなく・・・」
「ス、スミレ・・・?」
スミレの雰囲気が急に変わって、俺は思わずキョドってしまう。
そんな俺を振り返ったスミレは、にっこりと黒い笑みを浮かべて口を開いた。
「アームド・スフィア、投入します」
「アームドって・・・なんだよ、それ」
アームが付いたサーチング・スフィアか?
いや、違うだろう。あのスミレの笑顔はそんな可愛いものを指したものじゃない筈だ。
「あのバカ、いえ、クリカラマイマイが馬鹿な気を起こした時のために用意した攻撃タイプのスフィアです。ただ、これは材料の関係で1機しか作る事ができませんでした」
とても残念です、と哀しそうな表情で俯くスミレ。
けど俺はそんなものに騙されないぞっっ!
「いや、スミレ、攻撃用ってなんだよ。そんなの作ったなんて事、俺、聞いてないぞ」
「言ってませんでしたか? それは失礼しました」
シレッというスミレを見れば判る。おまえ、わざと言わなかっただろ。
「んで、何を攻撃するんだよ」
「クリカラマイマイに決まってるじゃないですか。あのまま壁にへばりついているだけなら、見逃してあげようと思っていたんですけどね」
そう言ってスミレが指差すスクリーンを見ると、右上の四角に遠景が映し出された。今ではサーチング・スフィアのライトの明かりだけで十分ナイト・ビジョンが使えるんだよな。
空洞空間を広範囲で映している映像が少しずつズームしていく。そして下の方にライトが集まっている場所が映る。きっとあれが俺たちが使っているだろうアームとサーチング・スフィアがいるライクリファイド溜まりなんだろう。
「画面右上をごらんください」
「右上って・・・あっ」
スミレが『あのバカ』と呼ぶ相手が見えた。
クリカラマイマイがゆっくりと俺たちの方に移動してきているのが、ナイトビジョンにしっかりと映し出されている。
「かたつむりのくせに、あいつ、速くね?」
「早歩きで歩くくらいのスピードは出せるみたいですね。ですが、アームの方がはるかに速いですから。それにお忘れかもしれませんが、この空間は広いですからすぐには到達しませんよ」
「ああ、そういや結構広いんだったっけ」
「そうです。ですからもう数分はかかると思いますよ。ですので時間は十分あります」
キッパリとスミレが言い切ると、なんか大丈夫な気がしてきたよ。
でもホッとする俺の前で、スミレが不穏な事を言い出した。
「せっかく生きながらえた命、いらないみたいですね」
「えっ、スミレさん。どうするつもりですか?」
「片付けるに決まってるじゃないですか」
デスヨネー、そんな気はしてましたよー。
思わず現実逃避をしたくなったけど、そんな事してる場合じゃないだろ、俺。
「素材としてはほんっとうに役に立たない魔物なので、できれば放っておこうと思っていたんですよ。ですが攻撃を仕掛けられたら、ほっとく訳には行きません。仕方ないですねぇ」
私もしたくないんですけど、と付け足すスミレだけど、嘘をつけ! と思わず心の中で突っ込む。
おまえ、殺る気満々じゃんっ! と思わず声に出して言いかけて言葉を飲み込んだ。
「そのためのアームド・スフィアって事か?」
「はい、一応用心のために作っておきました」
にっこりと笑みを浮かべるスミレ。
「で、一体どんなのを作ったのかな? 見せてくれるのか?」
「今投入したので、サーチング・スフィアの映像がそろそろ届いてくる筈です」
「いつの間にっっ?」
「コータ様と話している間に、ですよ」
マジか・・・やるなぁ、スミレ、って違うぞ。
「あっ、映像が来ましたね」
「えっ? あ、あれか・・・・マジかよ、あれ、もうスフィアって呼べねえじゃん」
スミレが映し出したのは飛行船の気球の部分のようなフットボール型のスフィアの左右に飛行機の翼のようなものが付いた物体だった。
「あれ、カッコイイね」
「ミリーちゃん、判りますか? やっぱり若い子は感性がいいですよね」
「うん、カッコイイ」
目をキラキラさせてスクリーンを見上げるミリーに、うんうんと頷くスミレ。
悪かったな、感性が若くなくてさ。
「で、あれでどうやって攻撃するんだ?」
「あれ、コータ様。やる気満々ですね」
「いや、それ、俺と違うし。スミレがやる気満々なんだろ?」
あんなもんまで作ってるんだ、やる気満々に決まってる。
「とりあえずみなさんはライクリファイドの採取を終わらせてください。それまではちょっとだけ威嚇してあの場に留めておきますから」
「わかった」
「ミリーちゃん、お願いしますね」
「うんっ」
大きく頷いたミリーは、すぐにアームを使って作業を再開する。
それを見て大きく溜め息をついてから、俺も同じように手に持っているボトルとスポイトを構える。
しゃあない。とりあえずこれを済ませよう。
スミレを待たせる事3分くらい、かな。
俺たちは3人ともライクリファイド採取を終えて、ボトルを4号機に回収させ終えた。
それから俺たちはスミレの指示に従って魔法具を外した。
「よし、こっちは終わったぞ」
「判りました」
「クリカラマイマイの方はどうなんだ?」
「まだこちらを狙ってますねぇ・・・あのまま元の場所に戻れば見逃そうと思っていたんですけどね」
とても残念です、と頭を俯けるスミレ。
「でもスミレ、挑発してたじゃん?」
「そうでしたか、ジャック?」
「うん。だって、あれが後ろに下がろうとしたらそっちにも・・・なんでもないですっっ」
どうやらジャックはスミレが逃さないように退路を閉ざしていたところをバッチリ見ていたらしい。
でも、ジロリと睨まれてそのまま黙ってしまった。
ってかさ、スクリーンの方はスミレがコントロールしてるんだから、見られたくない映像は見せるなよ。
「でも、ふぅん、そっか、なるほどね」
「なんでしょうか、コータ様?」
「なんでもないよ。それよりこれからどうするんだ?」
「みなさんはそのままスクリーンを見ているだけでいいですよ。ここからはアームド・スフィアの出番です」
「みゃかせる」
ワクワクを隠せないミリーは、スクリーンを食い入るように見ながら胸を叩いて請け負っている。
あれ、ミリーってこんなに戦闘的だったっけか?
肉食なのは知ってるけどさ。
いやでもあれだけ獲物を仕留める事が好きな子だもんな、やっぱり猫ってハンターなんだよなぁ。
「クリカラマイマイの弱点は?」
「もちろん、あの背負っている殻ですね。ただ、あの殻はとてつもなく硬いんです」
「ああ、うん、それは見た目でなんとなく判る」
「ですがこちらでも、そのための対策も考えていますからご心配なく」
うん、心配はこれっぽっちもしてないよ。
ってかスミレ、殺る気満々じゃん。
「それでですが、まずはコータ様の魔力をいただきたいと思います」
「俺の魔力?」
「はい、コータ様の魔力はアームド・スフィアのエネルギー源となりますから」
「う、そうか・・判った」
魔力がいるって言うんだったらスミレが使えばいいよ、うん。
俺は諦めの境地でスミレに頷いた。
そして、途端に感じる脱力感。これはスミレがかなりの量を取っていったって事だぞ。おまえ、どんくらい魔力が必要だっていうんだよ。
そう文句を言いたいけど、脱力感でどうでもよくなってきた。
「まずは挑発を始めます。これは回収をしていた4号機を除いた全てのアームにさせます」
「4号機は?」
「サーチング・スフィアを1台護衛につけてこちらに戻ってきているところです。そして残りのサーチング・スフィアもライトを使って嫌がら--挑発行為をさせます」
今、嫌がらせ、って言いかけたよな。ちゃんと聞いてるぞ。
「アームたちには先ほどアレを持たせたので、アレを振り回していれば十分気を惹く事はできるでしょう」
「あれって? って・・・あれを持たせたのかよ」
あれってなんだよ、と聞きかけた俺はスクリーンに映ったアームたちを見て呆れた。
アームたちが両手を掲げて持ち上げたのは、お座り状態のジャックのフィギュアだった。
「スミレ、あれ、外でヴァイパーを引き寄せるのに使うんじゃなかったのか?」
「ええ、そのつもりでしたが、ちょっとした囮には丁度良いかな、と思いましたので使わせていただきました。ちゃんとコータ様がデータをセーブしているので、後で作り直しておきますね」
いつの間に・・・と思ったけど、今はそれどころじゃない。
アームたちが両手を掲げてその上に乗っているジャック・フィギュアを揺らしているから、座っているのに動いているように見えるから不思議だ。
しかもいつの間にかアームの数も増えてるし。
ああ、そっか。アームを使ってあそこまでフィギュアを運んだんだろうな。
今俺たちの前に展開されているスクリーンは、右上が全体を映し出したもの、右下は地上からクリカラマイマイとアームド・スフィアを捕らえるための遠景映像だ。
そして左上はアームド・スフィア、左下はジャック・フィギュアとなっている。
「コータ・・あれ、俺・・」
「うん」
「ジャック、ホントに動いてるみたいだね」
「うん」
掲げ上げられているフィギュアを見て嫌そうな顔をするジャックと、面白いものを見たと目をキラキラさせるミリーがとても対照的で、俺はなんと返事をすれな良いのか判らないから短く相槌を入れるだけにする。
「半数のアームには武器を持たせています。武器はジャックと同じ水鉄砲です」
「水だとあんまりダメージにならないんじゃないのか?」
「判ってますよ。武器は水鉄砲ですが、中にいれているのは水ではなく精製オイルですからね」
「スミレ、それって・・・」
「はい、コータ様のデータでいうところのガソリン、ですね」
どこでそんなもん見つけてきたんだよ。俺、聞いてないぞ。
「アリアナの図書館に精製オイルに関する書物をいくつか見つけましたので、その知識を活用させていただきました」
「ああ、そっかそっか。もう驚かないよ、うん。じゃあ、あれで撃たれたら燃える、って事でいいんだな?」
「はい、その解釈で合っています。その前に残りの半数のアームを使って破壊工作に入ります」
神輿状態に担ぎ上げられたジャック・フィギュアは、ゆっくりと岩壁から離れて空洞空間の地面の真ん中辺りに移動している。
「壁の近くですと、飛んでこられますからね」
「ああ、なるほどね」
「魔力は殆ど奪われているので自由自在には飛べないと思いますけど、それでも念には念を入れて準備をするつもりです」
う〜ん、どんな準備なのか、知りたくないなぁ俺。
「スミレ、やってもいいけど、やり過ぎるなよ?」
「もちろんですよ。最低限の力で叩きのめしてやります」
うん、その笑顔を見てるとさ、既にやり過ぎる気配濃厚ってバレバレだぞ。
「まぁ、あの中だと俺にはどうしようもないからさ、任せるよ」
「お任せください」
胸をドンと拳で叩いて請け負うスミレ。
あぁ・・・・不安だ。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 07/02/2017 @19:26CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。
そういや結構ヒロインだったっけ そういや結構広いんだったっけ




