212.
ナイトビジョンのせいで白黒の画面だけど、それを抜きにしてもそれは白っぽくみえる。
「これ、なんだ?」
「判りません」
俺が振り返ると、スミレも困惑したような顔をこちらに向ける。
「何かの尻尾・・・かなぁ」
「判りません。けれどこれがそのまま振り下ろされて、サーチング・スフィアを叩き落としました」
「叩き落とした? じゃあ、これも飛んでいるって事か?」
「それも判りません。もしかしたら飛んでいるのかもしれませんし、もしかしたらサーチング・スフィアの飛行高度よりも高い位置の壁にいたのかもしれません」
「他のカメラには映ってないのか?」
確か全部で5個のサーチング・スフィアが中に入っている筈だ。
「叩き落とされてすぐにこの方角にカメラを向けさせたのですが、何も映っていませんでした。というより、光源が少なすぎて映っていない、といった方がいいかもしれません。一応光度をあげて検証しましたけど、それでもよく判りませんでした」
ああ、そっか。そういやこの空洞空間って広すぎるんだったっけか。
いや、でも、それ以外に光が届かない理由があるんじゃないのか?
「なあ、スミレ。もしかして、だけどさ。この空間って光が届かないようになってんじゃないのか?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「だからさ、ほら、闇纏苔ってあっただろ? あれみたいに周囲の光を吸収するような何かがあるのかもしれない、って思ったんだよ」
「闇纏苔ですか?」
「うん、そんな感じのもの、だけどさ。だって、おかしいだろ? いくら広いからって、光が届かなさすぎるんだよ。そりゃ広いと光が届かないっていうのは判るよ。でも、俺の作った照明弾はかなりの光源となる筈だ。でも、あれでも光源としては足りなかった、違うか?」
「そうですね・・・・そう言われると」
スミレはサーチング・ボードを持ってきて、それを俺とスミレの間に置く。
「天然通路の広さはこれです。そして周囲の探索によるとこの空洞空間の広さはこのくらいです」
スミレが示した空洞空間の広さは穴から覗いて見て奥行き120メートル、上下の高さは100メートル、左右は左手50メートルで右手150メートルくらいの細長い空間だ。
「これくらいだったらさ、俺の照明弾をあげてしまえば肉眼では難しくてもナイト・ビジョンを使えばそれなりに見えると思うぞ」
「そうですよね・・確かにその通りだと思います」
「なのに、よく見えないって事は、やっぱり何かおかしいんだよ、あそこ」
できれば関わりたくないぞ、俺は。
「何かが干渉していて光が届かなくなっている、という事でしょうか?」
「多分、な。でもその『何か』がなんなのかさっぱり判らないよ」
「残りのサーチング・スフィアを投入してみましょうか?」
「う〜ん、どうだろうなぁ。これが叩き落とされた時、すぐに他のサーチング・スフィアのカメラを向けても姿を捉えられなかったんだろ?」
「はい」
「じゃあ、残りのサーチング・スフィアを投入する程度じゃあ無理かもしれないな」
相手は素早い、それに光が足りないから何か起きてもすぐには見る事はできない。
だとするとどうすればいい?
「サーチング・スフィア、あと何個ある?」
「空洞空間にあるのは4個、私のストレージに8個残っています」
「んじゃ、3個ずつチームを組ませようか。連動できるようにプログラムを組めるかな?」
「大丈夫です。既存の魔法陣の式を使えばすぐにでも連動できるように変更できます」
さすがだな、スミレ。ってかそこまでのプログラムって簡単に仕込めるものなのか?
「おっけ。じゃあ、まずは空洞空間に残っているサーチング・スフィアを呼び戻してくれないか? ここで3つずつ組ませて、それを投入していこう」
「判りました」
大した案じゃあないけど、それでもスミレとしては安心したようだ。
サーチング・スフィアはほんの2分くらいで4個全部戻ってきた。
「編隊は3個三角形になるように飛ばす。それが4組できるから・・そうだな、千鳥足に飛ぶようにしてある程度同じエリアを探索させようか」
千鳥足、で判るかな、とスミレを見ると頷いているから伝わったようだな。
「スミレ、サーチング・スフィアって360度カメラなんだろ?」
「いえ、360度方向に回転できるカメラですから、1度に360度を見回す事はできません」
「ああ、そっか。じゃあさ、菱形編隊にしようか。先頭と後ろは少し高めに飛んで、左右は少し低めに飛ばせば探索範囲を少し広げる事ができるだろ?」
「そうですね。高低差を10メートルにすればそれほど離れないので大丈夫でしょう」
探索よりも攻撃の方が気になっているスミレは、あまり距離を開ける事を良しとしないようだ。
「おっけ、じゃあそれで行こう」
俺はスミレがプログラムをいじってグループ分けをして、それぞれをグループごとに空洞空間に投入するのを待った。
サーチング・スフィアを空洞空間に投入してから、俺はスミレに言われるまま2個残っていた照明弾を打ち出した。
とりあえずは空間の中心付近に2個浮遊待機させるそうだ。
俺にできるのはここまで、という事で、俺はテントから寝袋だけを引っ張り出して、アラネアのタイヤの部分に背中を預けて寝袋に潜り込む。
「寝ててもいいですよ?」
「うん、まぁそれでも気になるからもう少しだけ起きてるよ。それにここでだったら寝てもすぐに起こしてもらえるだろ?」
「テントの中でも起こしますよ」
くすくす笑いながらのスミレの指摘。
うん、まあな。さっきだってテントの中で寝てたけど起こされたよな。
「今からテントに入ったらミリーとジャックを起こすかもしれないしさ」
「そうですね。そういう事にしておきましょうか」
なんだよ、スミレ。俺は一応本気でそう思ってるんだぞ?
「とにかく、一緒に様子を見るよ。それからさっきの映像をもう1回見たいんだけど」
「いいですよ、そっちのスクリーンで見られるようにしますね」
「うん、スローで、っていうか、コマ送りみたいにできるかな?」
「できますよ」
「んじゃ、それでよろしく」
「判りました」
スローのコマ送り、というなかなか器用な映像を俺の前にある小さいスクリーンに送ってくれたスミレは、空洞空間内の全てのサーチング・スフィアからの映像を見ている。
俺にはたくさんありすぎてとてもじゃないけど追いきれないが、スミレには全部把握できているようだ。
それを横目で見てから、俺は俺でさっきの映像を見る。
そして、肝心の細長い何かが映ったところで静止にする。
確かに斜め上に細長い何かが写り込んでいるけど、ピントが合ってないのかはっきりとした形までは判らない。
「う〜ん、でもこれ、なんだろうなぁ・・・棒か? でもなんとなく曲がってるもんなぁ」
それは細長いけど真っ直ぐ伸びてはいない。まぁ棒だって真っ直ぐじゃないものだってあるから、違うとは言い切れないけどさ。
「じゃあ、なんだ、尻尾か? 細長い尻尾ってどんな生き物だ?」
ブツブツ言いながら、画面を拡大してみる。
うん、ぼやけているのが更にぼやけただけだな。
でもさっきの大きさでは見えなかったものが見える気がする。
「う〜ん、なんか光を反射しているような気もするんだけどなぁ・・・だったら尻尾じゃないのか?」
光を反射するって事は、だ、ツルツルした表面って事か?
他に反射する条件ってあったっけ?
表面が滑らか? 鏡みたいになっている? それとも・・・
「濡れてるのか?」
もし表面が濡れているのであれば、光が反射してもおかしくない。
でも、濡れた尻尾って魚くらいしか思いつかないぞ。
魚だとしても、あんな細長い尻尾なんてありえないもんな。
いや、でもここは異世界だ。もしかしたら細長い尻尾の魚だっているかもしれない。
「スミレ、細長い尻尾の魚っているのか?」
「細長い尻尾ですか? 細長い種類の魚であれば細いでしょうけど、ヒレがありますから細長いとはいかないと思いますよ」
うん、そう簡単に割り出せるとは思ってなかったよ。
魚じゃない、って事は、鳥?
でも鳥だったら余計に細長い尻尾なんて持ってる筈がない。鳥の尻尾は飛ぶために必要な部位だからな。
う〜ん、さっぱり思いつかないよ。
「表面がテカっている生き物・・・かぁ」
テカテカした生き物って何がある?
トカゲか? トカゲだったら細長い尻尾っていうのは当てはまる。でも、トカゲって飛ばないよな?
じゃあ、蛇? 蛇だったら細長い尻尾を持っているから当てはまる。でも、蛇も飛ばないよな?
ここでトカゲも蛇も飛ばない、と言い切れない自分が悲しいぞ。
とはいえこの世界だとなんでもあり、な気がするんだよ。
「あっ」
不意にスミレが声を上げた。
俺はスクリーンから顔を上げて、スミレを見るとスミレが忙しなく何かを操作をしているのが見えた。
「スミレ、何があった?」
「サーチング・スフィアが攻撃されました」
「また?」
俺は寝袋から出て立ち上がると、そのままスミレの展開しているスクリーンの前に移動する。
「どれだ?」
「第2グループの1つです。今隣を飛んでいたサーチング・スフィアの映像を調べています」
そう言いながらスミレはサーチング・スフィアの映像の1つを大きくしてスクリーンの前に呼び出した。
「これがそうです・・・ここですね、ここで攻撃があった時間です。すぐに攻撃されたサーチング・スフィアにカメラを向けましたが、何も映ってません」
「3個で1つのグループだろ? もう1個の映像は?」
「すぐに呼び出します・・・これですね・・・ああ、ちょっと待ってください」
ザザーっというノイズと一緒にほんの5秒ほどの映像が映し出されたけど、俺には早すぎて何が起きたのかさっぱり判らなかった。
でもスミレには解析ができたようで、ちょいちょいと操作している。
「ここからスローで送りますね・・・振り返った瞬間の映像ですから動いてますけど見える筈です」
スミレの言葉を聞きながら、スローモーションの筈なのにかなりのスピードで動く画面を見る。
左から右にぐるっとカメラが移動していき、映像の右端にまた細長い何かが動いているのが見えた。
今度はさっきの映像よりも動きがよく見える。
「なんか・・・鞭みたいだな」
「そうですね・・動きがとてもしなやかです」
一瞬の映像だったけど、まるで鞭を打ち込まれたような円を描くような動きをする細長いものが見えた。
「あれ、鞭じゃなかったら・・・尻尾?」
「なるほど、そんな風にも動いてますね」
でもあれがただの尻尾なんかじゃない事は、俺もスミレも判っている。
「残りを他のチームに編成できるか?」
「はい、では、先頭と最後のチームに1個ずつ入れます。左のチームは高度を上げて他のチームと同じにして間に入れます」
「うん、それでいい」
じゃあ、もう少し様子を見ようか。
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