203.
ポカっという音と、ジャックの呻き声が後ろから聞こえてきた。
「いってぇ・・・なんだよ」
「起きる」
「ね、寝てねえぞ。ちょっと目を閉じてただけだ」
「嘘はつかない。みんな知ってる」
冷たいミリーの言葉に、ジャックはウッと変な呻き声をあげたもののそれ以上の言い訳はしないようだ。
「それより、2人とも一応いつでも使えるように武器は用意しておけよ」
「な、なんだ?」
「スミレの探索に何かが引っかかった」
「何かって、なんだよ」
「まだ距離があるからはっきりと判らないんだ。ただデカいみたいだから、もしかしたらヴァイパーかもしれないな」
ヴァイパー、と言った途端、ジャックがガタっと体を動かした。
どうやら水鉄砲の用意をしているみたいだな。
その横ではミリーが弓矢の用意をしているのがバックミラー越しに見える。
「2人ともベルトを外して動きやすくしとけよ?」
「でも、いいの?」
「うん、動いてない時はベルトを外してても大丈夫だよ」
「わかった」
シートベルトしていても俺は大丈夫だけど、後ろの2人は小さいからベルトがない方が膝立ちになれたりして攻撃の時に楽だろう。
「スミレ、正体が判ったらすぐに教えてくれよ」
「判りました」
「距離も判る範囲でいいから教えてくれ」
「もちろんです。今の位置は私たちよりも右手2時方向約500メッチといったところでしょうか。移動速度は速くありません。多少蛇行しているようなので余計でしょうか」
蛇行しながらこっちに向かってきているのか?
じゃあ、やっぱり蛇型のヴァイパー?
「ヴァイパーの可能性は?」
「そうですね・・・」
スミレは顔を2時方向に向けて何かをじっと見ている。
と言ってもいくつもの岩のタワーが俺たちの周囲を取り囲むように立っているから俺には全く見えないんだけど、スミレには何か見えているんだろうか。
「止めてください」
「おっけ」
静かなスミレの言葉に俺は素直に従ってアラネアを停めた。
「では、カモフラージュします」
「カモフラージュって?」
「アラネアの外観を周囲に溶け込ませます」
へっ? と俺が頭にハテナマークをつけていると、スミレが説明する。
「そのためにアラネアの色をあのようにしました。周囲の景色を反射させて、その情報を使って周囲に溶け込めるようなカモフラージュ色に変化させます」
ああ、なるほどね、そのためにあんな超派手な銀色だったんだな。
でも残念ながら俺たちからは見えないんだよなぁ。
「あっ、囮は出さなくてもいいのか?」
「今は時間もありませんから」
そうかそんなに距離がある訳じゃないから、今から用意してると時間がかかるから間に合わないって事か。
せっかく作ったのに、と思ったけど使わないですむからそれに越した事はないか。
たとえフィギュアといえども2人にそっくりだもんな。
「今どのくらい近づいている?」
「そうですね・・・200メッチでしょうか」
「まだそれなりに距離はあるんだな」
「はい。ただ、もしこれがヴァイパーなら一気に距離を詰められますからね」
それって、蛇がビニョーンって飛びかかってくるってやつか?
そういや獲物に噛みつく時にそういう動きをする、っていうのをなんかのテレビ番組で見た事があるな。
でっかい蛇だからきっとかなりの距離が開いていても飛びかかって来れるのかもしれないな。
「コータ、来る? どっち?」
「まだ少し距離があるから見えないと思うな」
「でも来る?」
「うん、スミレがそう言ってるぞ」
俺の背もたれに手をかけて覗き込むようにして聞いてきたミリーは、そのままスミレの方に顔を向ける。
「スミレ?」
「岩が邪魔でまだ見えませんよ。でもやってくるのはミリーちゃん側ですからね、気をつけて下さい」
「わかった」
真剣な顔で頷くと、ミリーはそのまま後ろに引っ込むと窓から外をじっと見つめる。
そのそばに寄ってジャックも一緒になって窓から外を警戒している。
「その距離100メッチ。大きさと形からヴァイパーの確率99パーセントです」
「ヴァイパー・・・」
ミリーが小さな声で確認するように呟いた。
俺も窓から外を眺めるけど、岩のタワーが邪魔をして2−30メートルくらい先しか見る事ができない。
「ここ、視界悪いな。もうちょっと見晴らしのいいところに停めた方が良かったんじゃないのか?」
「この辺りでしたらどこに停めても岩が邪魔をしてこんな感じですよ」
「そっか・・・」
確かに最初の頃はともかく、岩のタワーが立ち並んでいるところに入ってからは、ずっとこんな感じの景色が続いていたよな。
「それよりも来ましたよ。距離20メッチ。あの岩の後ろの辺りにいる筈です」
「どこだ?」
「あの岩の裏側の辺りですね」
スミレが指差す方を見るけど、俺には岩しか見えない。
「ミリー、見えるか?」
「見えない・・・でも、感じるよ」
「俺も、なんかいるって感じる」
視線を後ろに向けるとミリーはシートの上、ジャックは足元に立って2人並んで窓の外を見ていて、その尻尾はいつになく毛が逆立っているのかブワッと膨らんでいる。
「見えたら教えてくれるかな?」
「うん、がんばる・・・」
「おう、けど見えるかな・・・」
あまり自信なさそうな返事をしてくれる2人。
それでも俺が見るよりは見つける確率は高い筈。
「スミレ、岩から体を覗かせたら教えてくれ」
「判りました」
俺には何も見えないけど、ミリーたちの緊張が伝わってきて身体に力が入る。
距離はたったの20メートルだぞ?
見えてもおかしくない・・いや、やっぱり岩が邪魔してるのか?
もしかしたらそれさえもヴァイパーの計略って事か?
姿が見えない敵を探すっていうのは神経をすり減らす作業だ。
時間がかかればかかるほど神経もすり減ってしまうから、暫くすれば疲れて判断力が低下するだろう。
ヴァイパーはその効果も狙っているんだろうか?
「いや、まさかなぁ・・・」
「コータ様?」
「あ、なんでもない」
思わず声にでていたみたいだ。
「何か気がかりでも?」
「いや、ちょっと考えてただけ。でも考えすぎだろうなって、自己完結」
「ヴァイパーの事ですか?」
「うん。もしかしたらこうやってすぐに姿を現さないのも、獲物の精神的なダメージを狙ってるのかな、って。でもまさかいくらなんでもそこまで頭は良くないだろうし・・・スミレ?」
ははは、と笑い飛ばそうとした俺の前で、スミレが思案するように顎に手を当てる。
「いえ、コータ様のいう通りかもしれませんね。だから、こういった視界の悪い場所で仕掛けてくるのかもしれません」
「マジ・・・?」
「ヴァイパーは魔物ですからね。普通の動物なんかに比べると知能は高いですから」
考えすぎ、って思ってたのに、真顔のスミレに俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
それから窓の外をじっと見つめているミリーとジャックを振り返る。
いつまでもこの集中力は続かないだろう。
となると、俺たちの集中力が途切れた頃にやってくる、って事か?
「あっ、でも、カモフラージュしてるからヴァイパーには俺たちは見えないんじゃないのか?」
「おそらくは見えないでしょうね。ただ、そこに何かがある、と感じ取る可能性はないとは言い切れません」
「ああ、気配は感じる、ってやつか」
「そうですね。おそらくはそのせいでなかなか姿を見せないのではないか、と思っています」
そっか、俺たちの気配は感じるのにそこには何も見えないから、向こうも俺たち同様に警戒しているって事なんだな。
「距離は?」
「相変わらず20メッチくらいですね」
「移動はしてるのか?」
「はい、少しずつですが私たちの背後に向かっています」
って事は、うしろからいきなり襲撃するつもりか。
「ミリー、ジャック。ヴァイパーも俺たちの事を警戒しているみたいだから、椅子に座り直してちょっと休憩しろよ」
「でも」
「まだ大丈夫だぜ」
「いいから。いつまでもそんなに緊張していたら疲れるだろ? ほら、ジュースでも出すからさ」
ジュース、と聞いて2人はお互いの顔を見合わせてから言われた通りにシートに座る。
それを見てから俺はポーチから3人分のカップを取り出して、それからリンゴジュースもどきを取り出してカップに注ぐ。
「ほい、これはミリーのカップだな。で、こっちがジャックのカップ、と」
カップの横の模様を見てそれぞれのカップを手渡してから、俺のカップにもジュースを注ぐ。
「スミレ、姿を現したら教えてくれよ」
「判りました」
頷くスミレはそのまま目を閉じて探索を始める。
さっきみたいにヴァイパーがいる方角に顔を向けないのは、背後にいるからだろう。
ミリーたちがいるのにうしろを見たら落ち着いてジュースを飲めないだろうからな。
「おやつもいるか?」
「ん・・だいじょぶ」
「俺もジュースだけでいいよ」
「そっか・・・」
珍しくおやつを断る2人だけど、まぁ子の状態だと仕方ないか。
後で落ち着いた時にまた勧めてやろう。
「コータ様」
丁度カップの中身を飲み干した時、スミレが俺を呼ぶ。
うしろに座っている2人もヴァイパーが来たと思ったのか、慌ててジュースを飲み干した。
「姿、見せた?」
「いえ、遠ざかっていきます」
「遠ざかる?」
「はい、おそらくこちらの姿を確認できなかったから、近寄る事を止めたんでしょう」
アラネアのカモフラージュがちゃんと発動したおかげで、ヴァイパーは俺たちを認識する事ができなかったようだ。
「そっか・・・でも、諦めた訳じゃあないんだよな?」
「はい、おそらく。暫くはこちらの様子を伺うでしょうね」
「洞窟の中にも付いてくると思うか?」
「どうでしょう・・・おそらく洞窟の中ではヴァイパーが自由に動き回るだけのスペースを確保する事は難しいのではないか、と思います。ですから、洞窟の外から私たちが出てくるのを待っている、というのが一番ありえそうですね」
つまり、俺たちを待ち伏せしてるって事か。
「スミレ、中、せまい?」
「はっきりとは判りませんよ、ミリーちゃん。ですが、探索による推測ですが体長9メートル、横幅は軽く2メートルを超える体躯を持っているヴァイパーにとっては、ここに比べると狭いのではないかと思います」
「えっ? そんなに大きいの?」
「はい、大きいですね」
びっくりして聞き返すミリーだけど、それを聞いていた俺もびっくりだよ。
マジかよ。
洞窟の中で何か対策を考えた方がいいかもしれないなぁ。
なんとなく気が重くなった俺は、思わず出そうになる溜め息を飲み込んだのだった。
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