201.
翌日、俺はいつもよりも早く、それでいてとても爽快な気分で目を覚ました。
隣のベッドで寝ているミリーも足元のでっかいクッションで寝ているジャックが目を覚まさないのを確認してから、俺はなるべく音を立てないように気をつけながら着替えを手に外に出る。
「おはよう、スミレ」
「おはようございます、コータ様。今朝は早いですね」
「う〜ん、そうかなぁ? まぁ目が覚めたから出てきたよ。ミリーたちはよく寝てるから起こしたくないんで、着替えも持ってきた」
俺は左手に握りしめている着替えを持ち上げて見せてから、引き車の裏手に作られているトイレに向かう。
もちろん、目の端に昨日作ったばかりの乗り物--俺は『アラネア』と名付けた--を横目で確認するのは忘れない。
アラネア、とは蜘蛛という意味だったって記憶している。ま、違ってもそれはそれで構わないけどさ。
なんせこの乗り物、足を下じゃなくて横方向に伸ばした姿はまるで蜘蛛。といっても4本の足なんだけどさ。
それでも新しい乗り物だと思うとそれだけで嬉しいんだよな。
だから思わず口元がにやり、としてしまうのは仕方ない。
だって、だ。原型は軽自動車と某映画のアレだけど、それでもなかなか良くできていると自分じゃあ思ってるんだからさ。
テキパキと着替えてからついでに顔を洗ってからお湯を沸かす事にした。
カップにハーブ・ティーの小袋を入れて、お湯が沸くのを待つ。
「あ〜、コーヒー、飲みてぇなぁ」
「コータ様?」
こっちに来てからコーヒー、飲んでねえんだよ。
なんかその事を思い出すと飲みたい、って思っちゃうのは仕方ないよな。
どっかにコーヒー、ないかなぁ。
湧いたお湯でお茶を作り、そのままテーブルに腰掛けて一口飲んだ。
うん、ちょっと酸味が効いたハーブ・ティーの味だな。
「なあ、スミレ、この世界にはコーヒーってないのかな?」
「コーヒー、ですか? データを確認します・・・確認終了しました。コーヒー、というのはないようですね。ですがそれに似たものは作れるのではないか、と予想します」
「えっ、そうなんだ?」
「はい、私の収集したデータにはコーヒー、もしくはそれに類似したものはありませんでした。けれどコータ様の記憶データの中に野草の根を使って作るコーヒーもどきの情報はありましたので、その製法でコーヒーそのものではなくともそれに似たものは作れるのではないか、と推測します」
「マジ? じゃあさ、その野草を見つけたら採取するから、作ってくれないかな?」
「判りました」
自分で作れるとは思わないから、スミレに頼む。
でもこうやって頼むと喜ぶんだよな。
以前だったら遠慮して頼まなかったけど、今では些細な事であれば頼むようにしているんだ。
簡単な仕事だったら頼むのに罪悪感をあんまり感じないもんな。
思わずへら〜と笑っていると、テーブルの上に立っているスミレが頭を傾げて俺を見上げる。
「嬉しそうですね」
「ん? ああ、うん。嬉しいかも。コーヒーなんてこっちに来てからずっと飲んでなかったからさ。久しぶりに飲めるかも、って思ったらついね」
ただまぁ野草の根っこ、っていうのがちょっと引っかかるけどな。
俺はお茶を1口飲んで、視線を目の前にあるアラネアに向ける。
「なぁ、やっぱりガンメタの方がかっこ良くね?」
「いいえ、あの色でいいんですよ」
「でもさぁ」
「あの色ならカモフラージュを利かせる事もできますから」
ガンメタ・カラー一押しだったのに、スミレの駄目出しが出て違う色に強制的に変えさせられた。
今のアラネアの色は角度や光の加減によって七色に光る銀色だ。
昨夜焚き火とランプの明かりに照らされていた時は、焚き火の明かりを反射する銀色の物体って感じだったんだけど、朝日が出た今となっては、角度によって混ざる色が違って見える銀色っていうのはどうなんだろう?
おまけに、だ。フロント・シールドやルーフトップ・シールドは反射材が貼られていて、外装とマッチした銀色なんだよなぁ・・・・はぁ。
なんかギラギラしてて、ちっとも俺の好みじゃないんだけどさ。
でもま、それでもこれで徒歩での移動が減ると思えばいいか。
「なぁ、なんで銀色なんだ? ちっともカモフラージュじゃないんだけど?」
「その辺りは実際に使ってみて、という事ですね。その時に判ると思います」
「そういやスミレがいろいろプログラムを付け足してたよな? あれって、そのためのプログラム?」
「それもありますね」
って事はそれ以外もあるって事かよ。
俺はジトッとスミレを見下ろす。
そんな俺の視線は感じている筈だろうが、スミレは全く気づいていません、と言わんばかりに視線を合わせない。
暫く視線を送り続けたものの、スミレに全く相手にされなかった俺は大きな溜め息を吐いた。
「そろそろ中の2人を起こしてくるよ。その間にスミレはパンジー用の結界を準備しておいてくれるかな?」
「判りました」
パンジー用の結界、と言ってもそれは魔法具で、引き車の前後に取り付けられているボタンを押すだけなんだけどさ。
「朝食の準備はいいんですか?」
「ん? ああ、昨日2人が手伝うって言ってたからな、言葉通り手伝ってもらうよ」
そう返事をしたところでガタッと音がした。
振り返ると、ちょうど引き車のドアから2人が並んで姿を現したところだった。
「おはよう、ミリー、ジャック」
「おはよ、コータ」
「おはよう、ってか」
目を擦りながらこちらにやってくるミリーは可愛いが、腹をボリボリ掻きながらこっちにやってくるジャックは・・・なぁ。
もしかしてノミでもつけてんじゃね? なんて思ったぞ。
「丁度起こしにいこうと思ってたところだよ」
「起きるの、遅かった?」
「遅くはなかったけど、今日は忙しいから早めに朝飯食べた方がいいかな、って思っただけだから気にすんなよ」
目を擦るのをやめて心配そうに見上げるミリーの頭をぽんぽんと叩いてやると、嬉しそうな顔をする。
「ああっっ、なんだあれ?」
「なに、ジャック? あれ・・・あれ?」
目を大きく見開いたジャックが指差す方向を振り返り、そこにあるものを見てミリーは頭を傾げる。
全く違う反応を見せる2人のどっちを先に突っ込むべきか、なんてくだらない事を頭の隅で考えながらも俺は立ち上がって2人の前に立った。
「新しい移動のための乗り物だよ。アラネアっていうんだ」
「あら、ねあ?」
たどたどしい声音でアラネア、と呟いたミリーと違って、文句をいうべきか疑問をぶつけるべきかで悩んだジャックはそのまま俺を振り返る。
「あれ、まさか、弾、って言わねえよな?」
「はっ・・・?」
「確かにヴァイパーはでっけえってスミレが言ってたけど、あんなでっけえ弾はいらねえだろ?」
「うん? ああ、そうだね。でもまぁ何事もないに越した事はないけどな。あんなでかい弾はないと思うぞ? 大体どうやって使うんだよ。それにタイヤが着いてるだろ?」
まさか乗り物と思わずに弾なんて言われるなんて予想もしてなかったよ。
「じゃあ、ありゃなんだよ?」
「あれは乗り物だ、ってさっき言ったの、聞いてなかったのか?」
「はぁ? あれに乗んのか?」
「一応そのつもり」
ふぅん、と小さな声で呟いたジャックは、そのままてこてことアラネアに向かって歩いていく。
それを見たミリーもそのあとについて歩いていく。
俺はテーブルの上にいるスミレに視線を落とすと、彼女もどうするんだと言わんばかりに俺を見上げている。
「2人に見せてくるよ」
どうせ説明しなくちゃいけないからな。
立ち上がり歩き出した俺の肩にスミレが飛んできて座る。
「ちゃんと説明できるんですか?」
「乗り方とかの説明はね。色についてはスミレに丸投げするからな」
チクリ、と嫌味を込めて言ってみるけど、スミレには暖簾に腕押しって感じで知らん顔だ。
ぐるぐると回りながらジロジロ見ているジャックと、器用にアラネアの屋根の上に登ったミリーのところに追いつくと、2人とも俺を振り返る。
「なぁ、これのどこが乗り物なんだよ。タイヤがあるだけじゃねえか」
「これ、ここに座る?」
「上に座ったら、動くとすぐに滑り落ちるよ?」
「それはヤダ」
よじ登ろうとしたミリーが慌てて滑り降りてくる。いや、滑り落ちてくる、って感じだな。
それを見て思わず吹き出した俺のところに走ってきたミリーはムッとした顔で見上げてくる。
「じゃあどうすんだよ」
「どこに乗るの?」
「だから、それを説明する前に2人して走って行っちゃったんだろ?」
俺が冷静に指摘すると、2人がすっと目を逸らす。
うん、ごまかしてるんだよな。
「これはボタンを押して中に入るんだよ」
「どれ、ボタン?」
「んなもん見えねえよ」
「だから、ちょっと落ち着けって。ほら、ここにうっすらと丸いものが見えるだろ? それがボタンだ。ミリー、それを押してごらん」
「これ、わかっ--ウミャッッ」
ミリーが恐る恐る、って事もなくぐっとボタンを押すと、途端にドアがゆっくりと左右に分かれ、更に半分に折れる。パッと見た感じは風呂のドア? ま、それがアイデアだったんだけどさ。
でも開かれて更に半分に折れたドアを見て、ミリーは変な声をあげて尻尾を膨らましている。
ジャックも同じように尻尾が膨らんでいる。
「中にシートがあるだろ? 後ろに2人並んで座ってごらん」
「だ、だいじょぶ?」
「うん、大丈夫だから。そうそう、ドアのボタンは反対側にも同じようなのがあるから、どっちからでも出入りはできるからね」
恐る恐る最初に入ったのはミリー。やっぱりミリーの方が度胸はあるかもしれない。
それを見てジャックもシートによじ登って座る。
「そこにベルトがあるだろ? それをちゃんと締めておくんだぞ」
「ベルト・・どして?」
「安全のため、だよ。もしかしたらひっくり返る事もあるかもしれないだろ? そんな時にそのベルトがミリーたちを守ってくれるんだよ」
「おっ、おいっ、ひっくり返るってなんだよっ! 危ねえじゃんっっ」
それまで借りてきた猫状態で座っていたジャックが、ひっくり返るという言葉で軽くパニクる。
「だから、もしかしたら、って言っただろ? 馬車だってひっくり返る事はあるんだから、これだってひっくり返らないなんていえないだろうが」
「そ、そりゃ・・そうだけど・・・さ」
「とにかくベルトを締めろ。ちゃんと締める事ができるか確認しているんだからさ」
「わ、かった・・」
もたもたとベルトを掴んだものの、どうすればいいのか判らないという顔で俺を見上げてくるミリーのために、俺は上半身だけを中に入れて彼女から受け取ったベルトをバックルに差し込む。
それを見たジャックも見よう見まねでバックルに差し込むと、俺を見上げた。
「よし、ちゃんと2人ともベルトをしたな。じゃあ、ちょっとだけ試し運転しようか?」
「そうですね。ここで少し慣らしておけば、本番で戸惑う事が少なくなるでしょう」
んじゃ、俺も乗るか、って事で前の席に乗り込んでからドアを締める。
「しっ、しまったぞっっ」
「コータ、だいじょぶ?」
「うん、ドア開けっ放しで走られられないからね」
「そ、そうかっ」
ミリーに返事したのに、ジャックが返事をしてくれたから思わずぷっと笑いそうになる。
「じゃあ、俺もベルトを締めるぞ。スミレは隣の席に移動してくれよ」
「判りました」
俺は天井に見えるベルトの金具に手を伸ばして下ろしてからそのままバックルに差し込む。
俺の横ではスミレが彼女が座るための台の上に作ったシートに座って、同じようにベルトを締めている。
最初はスミレはなくてもいいか、なんて言ってたんだけど、スミレだけしないって事になると後ろに座る2人が文句をいうかもしれない、って事で彼女も締めてもらう事にしたんだ。
とはいえ、この4人の中で一番頑丈な身体を持っているのがスミレなんだけどさ。
「よーし、じゃあ、ちょっとだけ走らせるぞ。あくまでもお試し、だからな?」
「わ、わかった」
「お、おう」
少し不安そうな2人の返事を聞いてから、俺はエンジンを始動させてゆっくりとアクセルを踏んだ。
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