199.
この多次元プリンターを使って公にフィギュアを作るのは初めてだ。
今までこっそりとは何度か作った事はあるけど、それもほんの数回だよ。
元の世界では3Dプリンターを買って帰る途中で死んじゃったから、プリンターを使って作った事はなかったなぁ。
ああ、でもキットみたいなものを買って作った事はある。服なんかもフィギュアの専門店に行けばいろいろ売ってたしな。
当時、そんなフィギュア作りは俺の密やかな趣味で、家族にも友達にも、もちろん会社の同僚にも言った事はない。
だから3Dプリンターの存在を知った時、自分で作れるようになるかもしれない、とワクワクしたものだ。
ま、結局3Dプリンターを買ってワクワクした、ってところまでしか体験してないんだけどさ。
そして今の俺は、フィギュアを多次元プリンターという3Dよりも性能が良いものを使って作る。
俺は目の前のスクリーンにたった今写したミリーの写真を映し出す。
スクリーンのすぐ横にある小さな陣にはその写真の3Dミリーが映し出されていて、それがゆっくりと回っている。
「コータ、これ、わたしだよ、ね?」
「そうだよ。ミリーだな。これをこれからどうするかなって悩んでいるんだ」
「どうするの?」
「今のミリーとそっくり同じだと、何かあった時にミリーとフィギュアを見間違えると困るからさ。見た目はミリーだけど、すぐに違う事を見分けられるようにしないとな」
ヴァイパーがやってきたら、すぐに仕留めるために動く事になっている。
でもその時に何か想定外の事が起きたりしてパニックになった時、ミリーとフィギュアを間違えたら、と心配なんだよ。
フィギュアはただの囮だって判ってる。
でもだ、攻防のゴタゴタの中、ヴァイパーが襲撃しているのがミリーなのかフィギュアなのか見極められなかったら・・・そんなもしもの事が起こったら俺は絶対に後悔する。
だからそんな事がないように万全の準備をしたいんだ。
「ミリー、明日どんな格好するつもりだ?」
「わたし? いつものカッコ?」
「いや、だからさ、緑のシャツを着るのか、茶色いのを着るのか、って事だよ。他にもいろいろな色の服を持ってるだろ?」
「うん、でも、なんでもいいよ?」
特に気にならないって言うんだったら、明日の朝俺が服の色指定すればいいか。
俺はゆっくり回る3Dミリーを見ながら、自然に見えるポジションを考える。
「う〜ん、やっぱり立ち姿だと固まって見えるなぁ・・・」
「もいっかい、ポーズ取る?」
「ん? あ〜、そうだなぁ、もうちょっと悩んでから頼むよ。ポーズが決まったら頼むからさ」
「わかった」
直立してこちらを見ている3Dミリー、やっぱり不自然なんだよなぁ。
「ああ、そっか。座ってみればいいか・・・いや、寝転がっているのもいいかな?」
直立しているとヴァイパーも警戒して近づかないような気がする。
それよりは小さな焚き火を前に座っている、とか、ブランケットを被って寝転がっている、っていう方が少し気が抜けているみたいで警戒心を起こさせないのか?
「スミレ、できた囮人形、ヴァイパーにはバレないのか?」
「一応ミリーちゃんとジャックの匂いをつけるようにしようと思ってます。動物ほど嗅覚は良くありませんが、それでも獲物らしい匂いがなければ疑われそうですからね」
ああ、そりゃそうだな、うん。
「おっけ、んじゃ、ミリー、悪いけど寝転がってくれるかな? そう、そこに焚き火があって、そのそばで休んでいる、ってポーズ・・うん、それでいいよ。じゃあ、じっとして」
俺は言われた通りに地面に身体を横にして寝転がるミリーをスキャンする。
スキャンにかかる時間はほんの10秒ほど。ついさっき初めて身体の周りを光が取り囲んでくるくる回った時、びっくりしてミリーの尻尾がブワッと膨らんだせいでやり直したけど、今は2回目、いや3回目という事もあって落ち着いたもんだ。
「よし、スキャン終了。ミリー、立ってもいいぞ」
「わかった」
ミリーはパタパタと服についた枯れ草を払い落としながら俺のところに戻ってきて、そのまま小さな陣に現れた自分の寝転がった姿を見つめる。
「わたし、こんな風に寝てた?」
「うん、出来上がったら上にブランケットをかけて、それっぽくするつもりだよ」
そのブランケットにミリーの匂いをつければいいんじゃないかな。
「服の色は、っと・・・赤にするか」
赤、と言っても真っ赤って言うんじゃなくって、煉瓦色って感じの色だ。
「それからズボンは薄い茶色でいっか。靴は今ミリーが履いている靴でスキャンしたからそのままでいっか」
髪は寝転がった時のまま横に流れているそれを現物と同じ色のまま設定する。
大きさは本物のミリー大だから、目の前に呼び出した陣もそれなりの大きさのものだ。
「よし、じゃあこれで作ってみるか」
「もう作るの?」
「早い方がいいだろ? 失敗しても作り直すから心配すんなよ」
「どんなのかな?」
「ミリーにそっくりの可愛い女の子の寝姿だ」
無防備に横になって寝ているミリーのフィギュアだ、絶対に可愛いに決まってる。
ああ、親バカだ、なんて思いながらも俺は作成開始のボタンを押した。
「よっし、これでミリーはできるな。次はジャックか・・・」
さて、ジャックはどうしようか。
ミリーと同じように寝転がってブランケットを被らせるか?
いや、それじゃあ無防備すぎるか。
無防備すぎると、罠と思うかもしれないからな。
まあ、罠なんだけどさ。
「ジャック、そこに座って見てくれないか?」
「座んのか?」
「うん、いつものように普通に座ってみろって」
「お、おう」
いつもと勝手が違うジャックはどこかギクシャクした足取りで俺に言われた通り地面に座る。
胡座をかいてこっちを見るジャックはどこに顔を向ければいいのか判らないと、途方にくれたような表情で俺を見る。
「う〜ん、膝を抱えて座ってみろよ・・うん、そんな感じで、顎を膝に乗せて・・・目を閉じろよ。寝てる感じに仕上げたいんだからさ」
いろいろと文句をつけながらもジャックのポーズを決めていく。
体操座りしたジャックは膝を抱えて膝頭に顎を乗せて丸くなったまま目を閉じる、そうしていると本当に眠っているように見えるな、うん。
「よし、そのままじっとしてろよ、スキャンするから」
「ス、スキャンって、さっきみたいに光がくるくるするのかよっっ」
「そうだけど、って痛くないから。光が当たるだけだから」
「ほ、ホントかっっ」
「ミリーを見てみろよ。痛そうにしてるか? さっきは急に光ったからびっくりしたんだ、そうだよな?」
最後はミリーを振り返って尋ねると、こくんと頷くミリーを見て、ジャックはなんとなく安心したように目を閉じてじっとする。
俺がスクリーンのスキャン開始のボタンを押すと、さっきと同じように光がジャックの周囲をくるくると回り出した。
と言ってもほんの10秒ほどで光は消えてしまう。
「よし、スキャン終了」
早速俺はさっきのミリーにしたのと同じように3Dジャックを呼び出すと、服の色なんかを設定していく。
「服は今着ているのと同じ色でいっか、ズボンはミリーと同じ薄茶がいいかな」
俺はジャックを振り返って見てから、シャツはハンター・グリーン、ズボンは薄茶に決めて、他の設定も全部済ませてしまう。
それからミリーのフィギュアの出来具合を見た。
ミリーの等身大寝姿を作っている陣には8割がた出来上がったミリーが寝転がっている。
そんな俺の視線の先を辿ったミリーは、へにょなと耳を伏せた。
「頭が欠けてる、ね」
「まだ作ってるんだって。もうちょっとしたら全部できるから」
下から積み上げるようにしてできていくミリーフィギュア。確かに今は頭の上の方と肩がない。
でも、少しずつだけと頭が出来上がって、肩も完全に出来上がる。
フィギュア作りが終了した、と陣がゆっくりと光とともに消えていく。
「よし、できたみたいだな」
「さわって、いい?」
「いいけどグイグイ押したりするなよ?」
もしかしたら柔らかいかもしれないからな、指型とかついたらやり直しだ。
ミリーは恐る恐る横になって眠っている自分のフィギュアに近づいていく。
それから何を思ったのか、フィギュアと顔合わせになるように寝転がる。
そうやっていると鏡で写しているみたいだな、まあ着ている服の色が違うんだけどさ。
「そっくりだ」
「うん、よくできてるだろ?」
「コータ、すごいね」
ミリーは顔合わせに寝転んで同じポーズをとった事で納得したのか、起き上がるとじーっとフィギュアを見下ろしている。
「これなら本物と間違うかな?」
「みゃちがう、ね」
「おう、これなら俺だって騙されるぜ」
これなら、じゃなくてもジャックなら騙せると思うのは俺だけか?
ま、言わないけどさ。
「よし、次はジャックのフィギュアを作るぞ」
「おうっ、でもさ、どうせならこう・・剣を突き上げてるって方がカッコイイぞ」
「カッコ良くても警戒されるようなポーズじゃあ駄目だろ?」
「えぇぇ、大丈夫だぜ、多分」
大丈夫、と本気で思ってるのかどうか判らないけどさ、剣を突き上げて、って厨二病こじらせポーズのどこかカッコイイんだか、全く。
「おまえ・・・何を根拠に大丈夫だって言ってんだよ。じっとしていても自然なポーズ、って事でポーズを決めたんだよ。かっこいいから、なんて事、関係ないから」
「ちぇーーっ、仕方ねえなぁ」
「偉そうな事言ってんじゃないよ。それより、次を作るから後ろに下がれよ。いつまでもそこにいると、じゃ・ま・だ」
まだブツブツと文句を口にしているけど、それでも後ろに下がってくれる。俺はミリーのフィギュアをポーチにしまってからさっきまでいた場所に戻り、スクリーンを操作して陣を呼び出した。
それからさっきと同じように小さな3Dジャックをもう1度確認してから作成開始のボタンを押す。
すぐに光が集まって陣の中入ると、そのままゆっくりと地面の方から3Dジャックを作り始める。
「ぅおおぉぉっ」
変な声を上げて陣の中を覗き込むようにして見ているジャックに、思わず笑ってしまいそうになるのを我慢する。
ここで笑うとヘソを曲げるだろうからさ。
それでも興味津々といった感じで同じように少しずつできあがっていく3Dジャックを見るミリーにも視線を向ける。
猫は好奇心旺盛な生き物っていうけど、猫型獣人やケットシーも同じかもしれない。
2人には言えない感想を胸に抱きながらも、俺は出来上がるのを待つのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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