19.
夕方のそろそろ暗くなりそうな頃になって、俺はようやく村に戻ってこれた。
スミレが張り切りすぎたせいだ。
あまりにも張り切っていたから、やめようと声を掛けにくかったんだよなぁ。
何はともあれなんとか戻ってこれた俺は、その足でギルドに向かう。
村に戻る時は首から下げていたギルドカードのおかげで、すんなりと入れてもらえた。
ホント、便利なカードだな。
俺がギルドのドアを開けて中に入ると、数人のハンターがカウンターの前に並んでいるのが見えた。
それを横目に俺は依頼ボードに向かうと、そこに貼ってある依頼の中からイズナの常時依頼の紙を外すと、それを手に持ったままケィリーンさんの列に並んだ。
とはいっても彼女の前にいたハンターは1人だけだったから、あっという間に俺の番になる。
「これ、お願いします」
「あら? コータさん、早速依頼達成ですか?」
「達成っていうほどじゃないですけどね。イズナの常時依頼です」
「いえいえ、助かります。こう言った常時依頼は依頼金がそれほど高くないので」
つまり依頼をしようっていうハンターがそれほどいない、って事か。
俺はポーチから皮の袋を取り出して、そこにいれてあったイズナを取り出した。
俺が取り出したのが皮の袋だったせいか、ケィリーンさんはちょっと眉間に皺を寄せたが、そこから出てきたイズナの状態がよかったせいかその皺はすぐになくなった。
どうやら皮の袋は薬草を傷めるのかもしれない。
「5本で1束ですから・・・42本なので8組束ですね。普段ですとこの8束しか買い上げる事はできないですが、ただいま品薄なのでこの2本も買い上げさせていただきます」
「ホント? ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ助かります。それでは1束が50ドランですから、8束で420ドランになりますね。小銀貨4枚と大銅貨2枚となります」
え〜っと、確か1ドランは10円くらいだから・・・って事は、4200円?
マジ?
思ったより金額が小さくてがっくりと肩を落としてしまった俺を見て、ケィリーンさんが苦笑いを浮かべる。
「すみません。薬草は確かに必要なんですが、イズナは見つけやすいので依頼金がそれほどではないんです。申し訳ありません」
「いえいえ、すみません。俺がもっと真面目に薬草採取していれば良かっただけですから」
俺はポーチからスミレに印刷してもらったコピー用紙サイズの薬草のプリントを取り出して、ケィリーンさんに見せた。
「それで、ですね。明日も薬草採取に行こうと思っているんですけど、この中のどれがいいと思いますか? 」
「あの・・?」
「ローデンとは呼び名が違うみたいで、昨日はここの2階で図鑑を見て調べるのが大変だったんです。なので、ケィリーンさんに教えてもらおうと思ったんですけど、駄目ですか?」
「・・・・・」
「ケィリーンさん?」
俺はカウンターにスミレが用意してくれた5枚の薬草の写真を広げるが、ケィリーンさんからの反応はない。
あれ?
おかしいなと顔をあげると、彼女は食い入るように俺の広げた写真を見ている。
それだけならいいんだけどさ、ケィリーンさんって見た目が蛇だから、食い入るように見つめるその目がちょっと怖かったりする。
俺は思わず1歩下がってしまったが、俺が動いた事で彼女は我に返ったようだ。
「す、すみません。あまりにも精巧な絵だったもので、つい見入ってしまいました」
「そ、そうですか・・・」
「それで、ですね。ちょっとお願いがありますっ」
ずいっと乗り出してくるケィリーンさんは迫力がありすぎて、俺はまた1歩後ろに後ずさる。
それを見てようやく俺がビビっている事に気づいただろうケィリーンさんは、コホンと小さく咳払いをしてから俺を手招いた。
「すみません、少し興奮してしまいました」
「は・・・はぁ・・・」
「とにかく、ですね。ちょっとお話がありますので、場所を移しましょう」
「はい・・・」
カウンターの上の5枚のスミレ作のプリントをまとめて片手で持つとさっさと先を歩くケィリーンさんの迫力に負けて、俺はがっくりと肩を落としておとなしく彼女の後ろをついていく。
気分はもうドナドナだな、うん。
そんな俺が連れて行かれたのは、昨日の部屋だった。
俺に席を勧めたケィリーンさんはプリントをテーブルに置いてからそのまま部屋を出て行ったかと思うと、すぐにお茶が2つ乗ったお盆を持って戻ってきた。
「先ほどは申し訳ありませんでした」
「い、いえ、大丈夫です」
勧められるままお茶を手に取り、俺は一口飲んだ。
熱いお茶はなんとなく俺の気持ちを落ち着かせてくれる。
もしかしたらそれが判っていたから、ケィリーンさんはお茶を用意したくれたんだろうか?
「もう遅いですから、さっさと話を始めますね」
「は、はい」
「コータさん、先ほどの見せてくださった絵を売られませんか?」
「・・・・絵、ですか・」
「はい、先ほど見せてくださった5枚の絵はどれもとても精密に描かれていて、素人が見てもどんな薬草なのか判ると思います。あの絵をギルドに売っていただきたいんです。というより、あの絵を複製する権利を売っていただきたいんです」
複製、ってコピーの事だよな?
「複製、ですか?」
「はい、あの絵を譲っていただくのに、そうですね・・・あの絵1枚につき10000ドラン、それを使って1枚複製を作る度に50ドランでどうでしょう?」
10000ドランって事は10万円、って事は5枚で50万円・・・・
「えっ、えぇぇっっ」
「1枚の対価としての金額が高くなくて申し訳ありません。ですが複製の方はかなりの枚数を見込んでおりますので、そちらの方は最終的には少なくとも50000ドランくらいにはなると思います」
申し訳なさそうなケィリーンさんには悪いけど、俺には十分大金だよ。
でも、買ったプリントをどうするつもりなのか、にも興味がある。
「えっと・・・・その、ですね。あのプ、じゃない、絵をどうされるつもりですか?」
「もし譲っていただけるのであれば、あれらの絵をギルドの本部に送ります。そちらの方で今後発行される薬草図鑑の挿絵として使いたいと思っているんです。それに加えて、あれらが採取できる地域にあるギルドでは、大きな複製を作って採取する薬草の見本にしたいと思います」
「でも・・複製ができるのであれば、オリジナルは俺が持っていてもいいんじゃないんですか?」
「それがですね、複製を使っての複製はできなくはないのですが、やはり本物を使っての複製に比べると質が落ちてしまうのです」
ああ、コピーしたものを使ってコピーしたら色あせた部分や黒ずんだ部分があるのと一緒って事か。
でもどうやってコピーするんだろう?
「ギルドの本部に送ってコ、複製するって言ってますけど、どうやるんですか?」
「スキルを使って複製を作るんです。生産ギルドに依頼すれば、複製のスキルを持った職人がいますのでそちらに依頼する形になりますね」
なるほど、スキルかぁ・・・俺の持ってるプリンターみたいなもんなんだな。
「それで、いかがでしょう? 複製の収入の方はギルドに寄ってくださった時に回収できるように手配いたします。ちなみにハンターズ・ギルドは町以上の人口のある場所であればどこにでもあるので、お金の回収はしやすいと思います。移動した先のギルドにお金が待っているなんて、なかなかいいと思いませんか?」
「そうですね・・・」
「そうそう、言い忘れていましたが、これらの絵を売っていただけるとギルドに貢献したという事で、ギルドのレベルアップのポイントにもなります」
話が上手いなぁ、ケィリーンさん。
お金だけじゃなくて、ギルドのレベルアップのポイントにもなるなんて言われると心が動くよ。
「判りました」
「ありがとうございます」
深々と頭をさげるケィリーンさんは、ニコニコの笑顔を浮かべている。
ただまぁ蛇の頭だから、なんとなく目尻が下がっているなぁって感じで、笑みで口が大きく広がっているところはむしろ怖いんだけどさ。
「それで、ですね。コータさん、もしかしてもっとお持ちでないでしょうか?」
「えっ?」
「薬草の絵、ですよ。他にもあれば見せていただきたいな、と思います。そして物によっては売っていただけるといいなぁと思っているんですけど?」
「あっ・・・はぁ」
グイグイくるケィリーンさんはやり手のセールスマンみたいだよ。
っていうか、あの蛇の顔だと押し売りのヤクザ?
「コータさん?」
「あっ、はい。絵、ですよね。その、ある事はあるんですが、その・・ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」
スミレに頼めばいくらでも作ってくれるだろうけど、今すぐというわけにはいかないんだよな。
今俺が持っているのはあの5枚だけだからさ。
「そのですね・・・・えっと、あの絵は俺の亡くなったお婆やお爺が描いたものなんです。なので売るか売らないかを少しだけ考えさせてもらいたいな、と思って」
「・・・それは申し訳ありませんでした」
ハッとした顔(多分)をして頭を下げてくるケィリーンさんに罪悪感を感じてしまうが、こればかりは仕方ない。
持ってない物は出せないからな。
「ですので、今夜1晩考えさせてください。返事は明日夕方にまた来た時にします」
「はい、それで結構です。よろしくお願いします。それではイズナの買い取り金額とこちらの5枚の絵の買い取り金額を用意しますので、そのままでお待ちください」
「はい」
俺は部屋から出て行くケィリーンさんを見送ってから、すっかり冷めてしまったお茶を啜る。
それから椅子の背もたれに背中を預けるとそのまま大きく伸びをする。
明日、また森に行くか。
「さて、と。スミレに頼まなくっちゃなぁ。何枚くらい頼むかなぁ・・・最低でも10枚は欲しいよな。時間はあるんだから20枚くらいでもいいかも」
それくらいあれば乗合馬車にも乗れるし、良い宿に泊まる事もできる。
「まぁこれもスキルだからな。スキルを使わないとレベルは上がらないってスミレが言ってたからさ、俺のレベルアップのためだと思えば頑張れるよな、うん」
なんとなく言い訳くさいが、レベルアップのためなのだ。
決してお金に目が眩んだわけではない・・・筈だ。
俺はケィリーンさんが戻ってくるまで、1人でブツブツと呟いていたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 04/10/2017 @ 04:35 JT
小銀貨4枚と大銀貨2枚 → 小銀貨4枚と大銅貨2枚
銀と銅を間違えていました。 ご指摘、ありがとうございました。




