1.
ふかふかのベッドは温かくて、ふわふわの掛け布団はぬくぬくだ。
そのままいつまでも掛け布団に包まって眠っていたいものだ。
俺はぼんやりとそんな事を考えながら寝返りを打った。
そのままシーツに頬ずりをしながら、ふと考える。
俺ん家のベッドって、こんなに寝心地が良かったっけ、と。
俺が借りているアパートは築40年という年代物で、安い家賃の割に広い事だけが取り柄の、今時隙間風が入るという考えられない2DKのおんぼろアパートだった。
そんな部屋に置いてある数少ない家具の1つがベッドなのだが、学生時代に通販で買ったパイプベッドだから、マットも薄くて寝心地はお世辞にもいいとは言えない。
なのに今、俺はとてもふわふわのベッドで眠っているのだ。
「ありえん」
ボソッと口に出して言うと、俺の中でますます違和感が増殖していく。
こうなるとさっきまでのうとうと気分も吹っ飛んで、すっかり目が覚めてきた。
俺がそっと目を開けると、目の前にあるのは可愛らしいピンク色のシーツだった。派手なピンクというのではなく、桜色のピンクといえばいいのだろうか。
これ、絶対にうちじゃねぇ。
確信した。
確かにうちのシーツは母親が用意してくれたものでいろいろなプリント柄なのだが、さすがにピンクっていう事はない。
ベッドの背中側に手を伸ばして動かしてみたが、特に何もないようだ。
それを確認して、俺はホッと小さく息をこぼした。
てっきりお持ち帰りされたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
ま、相手がベッドにいないってだけなのかもしれないが。
俺は自分がどこにいるのかを確かめるために、目の前のシーツを払いのけ上半身を起こす。
周囲をみるとどこかぼんやりとした輪郭をもつ空間で、そこにあるのはこのベッドだけのようだ。
他に何かないのだろうか、と改めてベッドの足元あたりに視線を向けた俺の目に入ったのは、目の前の床に正座をしてこちらをじっと凝視している高齢の男だった。
彼はフライドチキンで有名な某ファースト・フード・ショップの前に置かれているおじさんそっくりだった。
「あっ」
「おっ」
お互い目があったと同時に小さな声が漏れる。
そして一拍おいて、目の前のカーネル・サン⚪︎ースおじさんが、ガバッッッと言う擬音が聞こえてくる勢いで頭を下げた。
それは正しくジャパニーズ・ごめんなさい・ポーズ、『DO⭐︎GE⭐︎ZA』、であった。
「すみませんでしたっっ!」
綺麗な『DO⭐︎GE⭐︎ZA』の姿勢のまま、男は謝罪の言葉を口にする。
けれど俺にはなぜ男が俺に謝っているのか、さっぱり判らない。
「あの〜〜」
「ほんっとうに申し訳ありませんでしたっっっっ!」
声をかけてみたが、更に大きな声で謝られてしまった。
俺はボリボリと頭を掻きながら、とりあえずベッドの端に腰を下ろした。
が、そんな俺の足元に『DO⭐︎GE⭐︎ZA』のカー⚪︎ルおじさんがいる。
なかなかシュールな光景だ。
できれば現実逃避をしたいところだが、そんな事をしても状況を把握する事はできないままだろうという事は俺にも判っているからそうする事もできない。
「あの〜〜」
「ごめんなさいっっっっ! どうかお許しくださいっっっっ!」
声をかけると、またまた謝罪の言葉がかえってきた。
思わず溜め息を吐くと、カー⚪︎ルおじさんはびくりと肩を震わせる。
仕方ないな、と思いながらもできるだけ穏やかな声で話しかけてみた。
「だから、謝る前に、なんで謝っているか教えてくれないかな?」
「・・・・・・・・はっ?」
「だから、さ。俺にはどうして謝られているか判らないんだ。あんた、謝るって言うくらいだから、どうして謝っているのか知っているんだろう?」
「それは・・・・はい。もちろんです」
「じゃあさ、教えてくれよ」
普段の俺だったら彼のような年長者にはもう少し丁寧な口調で話しかけるだろう。
だが今丁寧に話しかけると更に謝られそうな気がして、俺はわざとぞんざいな口調で聞いたのだ。
「あの・・・ですね」
カー⚪︎ルおじさんは、何から話そうか、と視線を宙に向けて少し考える。
「私があなたを殺しました」
「・・・・・・・はぁ?」
何言ってんだ、このおっさん。
「そんなつもりは全くなかったんですが、私のせいであなたは死んでしまいました」
「死んでって・・・・俺、ここにいるけど?」
「ここはあなたの世界と死後の世界の狭間の空間です。あの時・・・その、最後の行動をどこまで覚えていますか?」
最後の行動?
「ここで目を覚ます前に何をしていたか、って事?」
「はい、そうです」
「ん〜・・・そうだな。俺、今日何してたっけ?」
今日、俺は何をしていたんだったかな、と考えてみる。
確か今朝は6時に起きた。
仕事のある平日だって7時にならないと起きないのに、今朝は張り切りすぎて早く目が覚めてしまったのだ。
3流会社に務める俺の収入は本当に毎月なんとか生活できるだけしかなかったから、とてもじゃないが貯金なんて夢のまた夢だ。
だから何か欲しいものがあれば、年に2回のボーナスを待つしかない。
それすらも景気の悪さに比例するように減額していく一方だったのだ。
とはいえ、だからといって欲しいものがなくなる訳ではない。
だから俺はなんとか毎日最低1枚以上100円玉貯金をして、それにボーナスを合わせて欲しいものや必要なものを買うようにしていた。
そんな俺が今日という日を本当に楽しみにしていたのは、ついに欲しいものを買うための軍資金が貯まったからだった。
だから朝から子供が遠足を楽しみにするかのように張り切りすぎて、いつもより早い時間に目が覚めたのだ。
「ああああああっっっっっっ!」
そこまで考えて、俺はガバっと音がする勢いで立ち上がった。
「おっっ、俺のっ3Dプリンターッッッッ!」
おっ、思い出したっっ。
俺は今日3Dプリンターを手に入れるために街に出てきていたのだ。
それを思い出した途端に、駅のホームでの出来事を思い出した。
どん、と誰かが後ろからぶつかってきた時の事、俺の手から3Dプリンターの箱が離れて線路に向かって落ちていこうとしている時の事、そして電車の警笛の音と目前に迫る電車の事。
それらの事が一気に頭に蘇ってきた。
慌ててキョロキョロと周囲を見回すがそこはなんにもない空間で、もちろん俺が持っていた3Dプリンターの箱などどこにも見当たらない。
「俺の・・・・3D・・・プリンター・・が・・・ない・・・・」
がっくりと肩を落として、そのまままたベッドに座る。
「俺の・・・ボーナスが・・・・お小遣いが・・・」
情けない事に涙が滲んできた。
そんな自分の顔を両手で覆って、なんとか落ち着こうとするがなかなか気持ちは落ち着かない。
それでも大きく深呼吸を数回繰り返しているうちに、なんとか普通に呼吸をする事ができる程度には落ち着いてきた。
「どうやら思い出せたようですね」
「あんた・・・・俺の3Dプリンターの事、知っているのか? 拾ったのか? だったらどこにあるんだ?」
俺が落ち着いたタイミングでカー⚪︎ルおじさんが声をかけてきた。
「・・・こんな状況なのに、あの箱の事の方が気になるのですか?」
カー⚪︎ルおじさんの声はどこか呆れを含んでいたが、そんな事俺の知ったこっちゃない。
今の俺にとって一番大事な事は、俺の3Dプリンターが無事かどうか、なのだ。
だから俺はカー⚪︎︎ルおじさんをギロリと睨みつけてから噛み付くような口調で言い放った。
「当たり前だろっっ。俺のボーナスと毎日の100円玉貯金を全部叩いて買ったんだ。どうなったか気になったって仕方ないだろっっ」
「そうだったんですが・・・それは本当に申し訳ない事をしてしまいました」
「あんたが持っているのか?」
「いいえ、あれはあのまま電車に轢かれて粉々になりました」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・」
情けない声しか出ないが、こればっかりは仕方がないだろう。
俺の全財産を叩いて買った3Dプリンターが粉々になったって言われたんだから。
「どっっ、どうして・・・そうだっっ! あの時、後ろから俺を押したバカがいたんだよ。あいつのせいだ。あいつのせいで俺の3Dプリンターは電車に轢かれたんだ」
一体どこのどいつだ。
ふつふつと込み上げてくる怒りに、俺は拳が白くなるほど握りしめる。
そんな俺の反応を見て、目の前のカー⚪︎ルおじさんはびくっと震えた。
きっと俺の顔が怒りで般若のようになっていたからだろう。
助けてくれた相手に見せる顔じゃないな、これは。
「・・・すまなかった。つい腹が立って、抑えきれなかった」
「い・・・いえ・・・」
顔を青くさせたままカー⚪︎ルおじさんは俯いてしまうが、すぐに意を決したかのように顔をあげて俺を見上げた。
「その・・・あなたを押したのは、私です」
「・・・・・・は?」
「私はあなたが手にしていた箱に興味を持って、一体何が入っているのだろうと箱に書かれた文字と写真にばかり気をとられてしまって・・・その、あなたが立ち止まった事に気づかずそのままあなたの背中をぶつかってしまったんです」
「・・・・・・えっ?」
「私がぶつかったせいで、あなたは手に持っていた箱を線路に落としかけて、それを拾い上げようと体を線路に飛び出させたところに運悪く電車が入ってきたんです」
つまり、なんだ? 俺の背中にぶつかったのは目の前のカー⚪︎ルおじさんで、そのせいで俺は線路に落ちそうになっていた3Dプリンターを救うために身を乗り出して、そのままやってきた電車に轢かれた、そういう事なのか?
「そのせいで、あなたは死んでしまいました」
「・・・・・ぁ」
「なんでしょう?」
「・・・ぶわぁっっかやろぉーーーーーーっっ!」
うひゃ、と声を漏らして、カー⚪︎ルおじさんはそのまま先ほどの見事な『DO⭐︎GE⭐︎ZA』ポーズになるが、腹が出ているせいか中途半端な姿勢に見えてしまう。
俺はそんな『DO⭐︎GE⭐︎ZA』をしているカー⚪︎ルおじさんの前に四つん這いになってにじり寄り、うつむいている顔をなんとか覗き込もうとする。
「おまっ、お前が俺を殺したのか? ってか、俺、あの時死んだのか? 俺の3Dプリンターも一緒に死んだのか?」
「・・・すみません」
「おまっっ・・・・なんて事してくれたんだよぉ・・・・」
俺はそのままorzのポーズでがっくりと頭を落とした。
あまりのショックにそれ以上の言葉が続かないのだ。
こいつは人の良さそうなカー⚪︎ルおじさんの顔をして、駅のホームで俺の背中を押したのだ。
そのせいで俺の3Dプリンターは粉々になり、俺は死んでしまったのだ。
読んでくださって、ありがとうございました。
Edited 02/26/2017 @ 12:02CT 読者様より誤字、というか間違った言い回しのご指摘をいただきました。
それすらも景気の悪さに半比例 → それすらも景気の悪さに比例 『半』はいらないですね、すみませんでした。ありがとうございました。