198.
ミリーとジャックの説明はそれほど大変じゃなかった。
それよりもヴァイパーを殺れる、という事の方が嬉しかったようで、2人とも尻尾をビュンビュンと左右に激しく揺らしたくらいだ。
う〜ん、そんなに強い魔物を倒したいかねぇ。
俺にはさっぱり判らない。
のんびりどこかの僻地に引きこもって、好きなだけ趣味に走らせてくれないかなぁ。
そんな事を考えながら隣で手綱を握るミリーを見下ろして、それはない、と結論付けた。
いやいや、この2人と一緒にいる間は無理だろう。
いつか2人が大人になって俺から離れたら、その時にはスミレと一緒にどこかの田舎に引っ込もう。
それまでは2人に付き合ってハンターズ・ギルドの仕事をしようか、うん。
「コータ、もっと近づく?」
「んん? そうだなぁ、スミレ、どう思う?」
「この辺でいいんじゃないんですか?」
「だってさ、ミリー。って事で適当な場所を選んでパンジーを停めたらいいよ」
目の前には塔のような岩が空に向かって伸びているのが見える。
いや、このクレーターのような場所に来た時に既に見えていたんだ。
今はそれがさらに目の前になった、って事だな。
なんていうんだろうか、この景色はまるで荒廃した摩天楼。ビルが岩に変わっただけ、そんな景色だ。
それが今、俺たちから200メートルほどのところまで迫っている、というだけ。
「どこでもいい、の?」
「うん、ミリーがパンジーを停めるのにいいかな、って思うところでいいよ」
でもどこに停めればいいのか困っている、といった感じのミリー。
「スミレ、探索には何も引っかからないのか?」
「いえ、それなりに引っかかってますよ」
「じゃあさ、少しでも引っかかるものが少ない方角はどっちかな?」
「そうですね・・・それでは少し左に向かいましょうか。そちらですと探索にかかる反応が小さいものが多いので、こちらに危害を与えようとするものは少ないのではないか、と思います」
「だってさ、ミリー。少し左に行こうか」
「うん」
ホッとしたようにパンジーを左に向けるミリー。
ちょっと無茶ぶりだったか?
俺がチラリ、とスミレを見ると彼女も同じように思っていたみたいで頷いてくれる。
「休むには早いし、かといって洞窟に向かうには遅すぎる時間だな」
「そうですね。でもその分準備に時間をかけれますよ」
「ああ、そうだな。でも準備って何をするんだ?」
「もちろん、明日の狩りのために必要な道具を揃えていきましょう」
「それって、武器、の事だよな」
俺はパチンコで、ミリーは弓、ジャックが水鉄砲、と。
「少し武器に使う弾や鏃を変えましょう。ヴァイパーに向いたものにした方が仕留めるのが楽になりますからね」
「わたしの弓も?」
「はい、ミリーちゃんの鏃は電撃ショックのものに、ジャックの水鉄砲は水をオイルに変えて弾を点火魔法陣が刻まれたものに、そしてコータ様の弾は炸裂弾にしましょう」
ミリーの矢で電撃ショックって事は、動きを止めるつもりなんだな。
それからジャックの鉄砲はオイルに点火、つまり火をつけるつもりか。
で、俺が炸裂弾って事は、足止めして火をつけられて弱ったヤツを爆死させるつもりか。
スミレ、容赦ねえ。
俺の味方で良かったよ、ホント。
でもミリーとジャックの2人にはどうしてそうなるのかよく判ってないみたいで、とりあえずスミレの計画に頷く事にした、って感じだ。
「それ、材料はありそうかな?」
「多分大丈夫でしょう。足りなければコータ様の魔力をいただきます」
「はいはい。好きに使ってくださいな」
「ミリーちゃんの鏃、それにジャックとコータ様の弾は私が作ります」
「それくらいなら俺だって作れるぞ?」
今までだって自分のパチンコの弾くらいは自分で作ってたぞ?
「いえ、コータ様には他にしていただきたい事がありますので、そちらをお願いします」
「なんだ?」
「準備ができてから説明します」
「なんだよ、もったいぶるんだな」
何か企んだような笑みを浮かべたスミレを訝しそうに見る俺。
じーっと見つめても口を割らないのを見て、俺は仕方ないと諦める。
「じゃあ、野営の準備ができたら教えろよ」
「もちろんです」
頷きながらもミリーとジャックを見るスミレ。
一体何を企んでいるんだか。
俺は小さな溜め息を吐いてから、ミリーがパンジーを停めるのを待つ事にした。
俺たちの野営の準備は簡単だ。
まずパンジーを引き車から放してやり餌と水をやる、これはミリーの仕事だ。
それから引き車の車輪に車輪止めを挟んでシェードを出す、これはジャックの仕事。
そしてポーチから魔石コンロとテーブル、それに椅子をとりだして引き車のシェードの下に並べてから、引き車から10メートルほど離れた場所に焚き火を作る、これが俺の仕事。
そうしているうちにミリーが餌やりを終えて戻ってきたら、今度は引き車を広くするためのボタンを押して寝床の準備。
俺は引き車の裏に回ってポーチからお風呂を取り出して水を入れ、それから水を温めるための魔法具を風呂桶の中に放り込む。これで30−40分ほど待てば風呂が沸く。
これで準備オッケーだ。
な、簡単だろ?
いつもならここまで準備できたら晩飯の用意なんだけど、今日はまだ早いんだよなぁ・・・
って事で、俺は焚き火のそばでスクリーンを展開させているスミレのところに行った。
「さて、野営の準備は終わった。これから何するんだ?」
「私はみんなの鏃や弾を作ります。それからジャックの水鉄砲を貸してください。ちょっと手直ししますから」
「えぇ、俺の武器なのに」
俺の後ろで文句を言うジャックに手を差し伸べるスミレ。
ま、当然スミレに勝てる訳がないからジャックはしぶしぶながらも水鉄砲をスミレに渡した。
「わたしの弓もいる?」
「いいえ、ミリーちゃんの場合は鏃だけ変更ですから、あとで矢だけ貸してくださいね」
「うん、わかった」
「俺の弾は?」
「いくつか予備を持っているので大丈夫です」
そういやスミレに弾を作ってもらったんだったっけか。
「んで、俺は何をするんだ?」
「コータ様の大好きな作業です」
「俺の? 俺が大好き?」
なんだったっけ?
そんな作業なんかあったっけか?
俺が頭を傾げていると、スミレがニンマリ口角をあげて俺を見る。
あっ、なんか嫌な予感。
「コータ様にはミリーちゃんとジャックのフィギュアを作っていただきますね」
「ぅうおおっっっ」
マジかっっっ!
「ススススス、スミレさんっっ、そ、その・・・フィギュアって言うのは・・・」
「コータ様、好きですよね、作るの」
「いいいいいいいいっ、いやいやいやいやいやっっ、そのっっですねっっ・・・・えぇっと」
動揺してまともな言葉が出てこない。
そんな俺を訝しげに見るミリーとジャックの2人。
「時々作ってるじゃないですか」
ぬあんですとっっ!
なんでそれを知ってるんだよっっ!
「スミレぇぇ、なんでそれを・・・・」
「コータ様、私はコータ様のスキルのサポートですよ? コータ様がスキルを使えば自動的に私の知るところとなります」
うごごごっ、忘れてた。
いや、忘れてはなかったんだけど、スミレに筒抜けだって事まで考えが及ばなかったよ。
がっくりと肩を落としている俺の手をそっとミリーが握ってくる。
俺はへにょっと眉を下げたままミリーを見下ろす。
「ミリーちゃん、ジャック。コータ様が2人にそっくりの人形を作ってくれますよ」
「そっくり?」
「はい、本物と見間違えるようなそっくりの人形です」
「すげえな」
感心したようなジャックの声に、ぴくり、と動く俺。
「コータ、わたし、そっくりの作れる?」
「お、おう・・多分な」
「すごいねぇ」
でたっ、キラキラ目のミリーとジャック。
なんかそんな2人を見てたら気分が浮上してきた。
そのままの勢いでスミレを見ると、にっこりと笑みを浮かべているけど目が笑ってない?
「ミリーちゃんとジャックのフィギュアは等身大でお願いします」
「はい」
「材料はあるものをなんでも使ってください。ただ、できれば人間と同等の強度の素材を使っていただけるとやりやすいです」
「なんで?」
「できあがったフィギュアを囮に使うから、ですね」
「・・・・へっ」
「さすがに2人を囮にする訳にはいきませんからね。代わりに囮になるものを作っていただきたいんです」
つまり、なんだ、ヴァイパーを仕留めるためには誘き寄せるためのエサがいる、と。
「で、でもさ、チンパラみたいな動物とかじゃあ駄目なのか? エサがいるって事だろ?」
「ヴァイパーは毛に覆われた獲物よりも食べやすい人種の方を好みますね」
「ふぇええ・・」
こんなとこに住んでいるくせにエサの選り好みをすんなよっっっ。
「いや、でもさ、こんなところまで人、来ないだろ?」
「来ませんねぇ。でも、食べ溜めができるんですよねぇ」
あっ、なんか聞いた事あるぞ。
確かでっかいニシキヘビとかだと食べ溜めができた筈だ。以前見たテレビではでっかいワニを丸ごと食って1年ほどかけて消化する、とか、そういうのを見たぞ、俺。
「そういや、でっかいんだったっけ、ヴァイパー」
「そうですね。まだハッキリとは言えませんけど、探索の感じだとヴァイパーの中でも大きなものだと思います」
「それは・・・」
「ですので、安全を確保するためにも囮用のフィギュアを作ってもらいたいんです」
「判った」
そういう事なら、頑張るか。
でもなぁ・・俺の密かな趣味が・・・白日に晒されると思うと、ちょっと、なぁ。
俺は相変わらずへにょんと眉を下げたまま、それでも2人を危険に晒さないために頷いたのだった。
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