193.
通されたのは6畳くらいの部屋で、細長いテーブルに長い方に椅子が3脚3脚に、短い方に1脚ずつのとても事務的な部屋だった。
フランクさんに椅子を勧められるままに右からミリー、俺、ジャック、の3人で座り、そんな俺たちの後ろにフランクさんは立ったままだ。
「普通のオークションでの売買手続きは、向こうのカウンターで行われますが、コータさんのように高額商品を売買した場合は個室で手続きを行います」
「そうなんですか?」
「誰が聞いているか判らない場所で高額取り引きの話をする事は、あまり安全とは言えませんからね」
ああ、そりゃそうか。
ここにいる人全員が自分の取り引きだけに気を向けているとは限らないもんな。
もしかしたら邪な事を考えている人もいるかもしれない。
特に、いつ、どこで、どんな形で、お金の受け渡しがあるのか、なんて事は絶対に他人に知られないに越した事はない。
コンコン、とノックの音がしてフランクさんが返事をすると5人の男たちが入ってきた。
1人はさっきまで壇上で声を張り上げていたオークション・マスターだ。
もちろん、名前なんかスッポリと記憶から抜け落ちている。
ってか、多分記憶すらしてなかったんじゃないのか、俺。
でも、だ。見知った顔も1人いる・・・・シュナッツさんだ。
「お待たせしました」
オークション・マスターが最初に入ってきて1番奥まった位置にあるテーブルの短い方にある椅子に座ると、残りの4人が3脚と1脚に分かれて座る。
「こちらがオークションでグランバザードを競り落とされた方々です」
「方々・・・ですか?」
「はい、こちらの4人が共同出資でお買い上げになられました」
「はぁ・・・」
オークションって1対1じゃないのか?
「こちらの皆様も普段であれば各自でオークションに参加なさいますが、今回はかなりの高額になる事が予想されていたので、予め4人で出資契約を交わしてオークションに臨まれたそうです。もちろんこの場合、こちらの4名で何か揉め事が起きてもコータ様にはご迷惑をおかけする事はございませんのでご心配なく」
「はぁ・・・」
いやさ、別に心配はしてないんだ。ただ、予想外だっただけ?
「では私の隣からご紹介させていただきますね。この方はアリアナでも大変有名な鍛治工房の工房主であるグロッグさんと申します。その隣はアリアナの大都市長であられるヴィンセント・リバラタ様です。そしてその隣に座られているのは大都市アリアナにおいて流通担当を任されているナオタさんです。最後に1番端に座られているのはアリアナにおいての入場管理官総責任者を務められているシュナッツさんです」
「コータ、と申します。こちらの2人はミリーとジャック、です。初めまして」
「は、じめまし、て」
「は、はじめまして」
ぺこり、と頭を下げる俺にならってなんとか両隣の2人も頭を慌てて下げる。
グロッグさんは背が低くてがっしりしているから、ドワーフかな? 以前鉱山で会ったダッドさんに雰囲気が似ている。
リバラタさんはひょろひょろと背が高い。色白で金髪に金色の目、頭脳派って感じの知的な印象を受けた。
そしてナオタさんは・・・肌がゴツゴツしている全体的に茶色い人? 髪も目も茶色。肌の色も茶色い。んでもって、肌は岩から削り出したって感じに見える。光沢はないけどがっしりとして、とても固そうだ。
「こちらこそ、はじめまして。ようこそ、アリアナへ」
4人を代表する形でリバラタ様? が俺たちに笑みを浮かべながら言葉を返してくれた。
「2日ぶりだね、コータ君」
「あ、はい。シュナッツさんもお変わりなさそうで」
「毎日でもグランバザードを見に行きたかったんだけどね、忙しくてなかなか時間が取れなかったんだよ」
「クリス、その割りに君が1日置きにやってきた、とタキから聞いているけどね」
「いや、それは私の仕事ですからね。ちゃんとアリアナの安全確認はしないと困るでしょう?」
リバラタ大都市長の言葉に慌てて言い訳をするシュナッツさん。
でもまぁリバラタ大都市長はただからかっていただけのようで、シュナッツさんの返事を聞いて笑っている。
「クリスからいろいろと話を聞いていてね。コータ君に会うのを楽しみにしていたんだ」
「はぁ・・・」
一体どんな噂をしていたんだ、シュナッツさん?
俺が視線をシュナッツさんに向けると、彼は困ったような笑みを浮かべる。
「変な事は話していないよ。コータ君がグランバザードを簀巻きにして連れてきた、とか、巨大な鳥かごを設計して作り上げた、とか、せいぜいそんな事だよ」
「いやいや、それで十分だよ。まさかグランバザードをこの目で観れるとは夢にも思っていなかったよ」
「はぁ・・・」
「ワシもグランバザードの素材を使って何を作ろうか、と今から悩んでおるわい」
「これでどれくらい経済が潤うのか簡単な概算をしただけですが、その予想に驚愕しているところですよ」
嬉しそうに話をする3人に、俺は返す言葉なんかない。
ってかさ、何を言え、というんだよ。
でもさ、あんな大金を出して、元は取れるのか?
「いつもであればオークションには参加しないようにしていたんだけどね。今回はアリアナの未来がかかっていたから、強引に参加させてもらったんだよ。もちろん表立ってそんなことは言えないから、代理人に競りに出てもらったんだがね」
「でも、良かったんですか、あんな高い金額・・・」
「グランバザードだけを見れば、確かに高額かもしれないがね、30年もあれば元手はもちろん、その倍以上の収益は見込めているんだよ」
「その上グランバザードによる経済的影響は計り知れません。私たちはグランバザードを観光にも使う予定です。グランバザードを見せる時には見物料を取り、グランバザードの羽を使って作った商品を売り、やってきた観光客は宿に泊まり食事をする、そうやってアリアナでお金を使う事になるんですよ」
うん、その説明は聞いたよ。
でも、こんな風に説明させると、なおさら実感が湧いてくるというか、さ。
「我々はコータ君に本当に感謝しているんだよ。よくぞグランバザードをこのアリアナに連れてきてくれた、とね」
「はぁ・・・」
「クリスが門のところにいてくれて、本当に良かったよ。もしかしたら門番に中に入らせて貰えなくてそのままよその都市へ行ってたかもしれないからね。そう思うとゾッとするよ」
「このところ停滞しがちだったアリアナの経済を動かす動力となりますからね、グランバザードは」
なんかさ、ものすごく評価が高い訳だ。
そんなに高評価されてていいのか、俺? ってマジで思っちゃうよ。
「いえ、俺1人の力じゃあ、グランバザードの捕獲は無理でした。こちらのミリーとジャックの手助けがあったからこそ、捕獲ができたのだと思っています」
「いやいや、謙遜は良くないよ。確かにこちらの2人も手助けをしたようだが、普通なら捕獲しようなんて考えもしないからね」
まあ、そりゃそうだ。
俺だってスミレが言わなかったら、そんな事しようなんて絶対に思わなかったよ、うん。
いや、言った後でもミリーとジャックがあんなにやる気満々じゃなかったら、適当な事を言ってやらなかった気がするよ。
「あの、でも、30年、と期限をつけたんですけど、俺」
「ああ、判ってるよ。ここにいるメンバーは全員それを判った上で投資しているんだ。それにもう聞いているかもしれないが、将来のために使役スキルを持っている人間を探すつもりでもいるからね。君たちは心配しなくても大丈夫だ」
「ってかよ、なまじっか30年っていう期限があるから、ってんで更に価値が上がりそうなんだよな」
リバラタ大都市長の言葉に続くのは、ドワーフだと思うグロッグさん。
「そうなんですか?」
「おうよ。30年の間だけ、って思わせとけばグランバザードの羽を使った商品の価値は上がんだよ。欲しいヤツはなんとしてもその間に手に入れようとするからな」
「そうですね、30年という期限があるから、更に付加価値がつく、という訳です。つまり、30年という期限があるからこそ余計にアリアナにたくさんの人がやってきて、ガッポリとお金を落として行ってくれる事になる訳ですね」
簡単に説明をしてくれたグロッグさんに付け足すように言葉を重ねるようにナオタさんがニコニコと嬉しそうに教えてくれる。
そういや経済担当とかって言ってたっけ。
それならアリアナが経済的に潤えば嬉しいのは当然か。
「タキから聞いているかもしれないけどね、既にいつからグランバザードを観れるのか、と市民から問い合わせが相次いでいるらしい。まぁこちらとしても直ぐにでも受け入れ態勢を整えて、来週あたりからでも見物ができるようにしようと思っているんだ」
「そのためにアリアナの中心から定期馬車を出す事も決定しています。少し距離がありますからね。往復馬車付きのグランバザード鳥かご施設入場券、なんていうのも売る出す予定にしています」
「は、はぁ・・・」
「それまでにはグランバザードの鳥かごの前の敷地の辺りにも壁っぽいのを作るつもりなんだよな。でもまぁ、鳥かごの方が後ろのアリアナを取り囲む石壁より高いからなぁ、その辺がちょいとばかり大変だがまあなんとなかるだろうよ」
「あ、ははは、すみません」
ちっちゃな鳥かごは嫌だったんだよ。だってさ、可哀そうじゃん。
なもんで俺はでっかい鳥かごを作ったんだ。石壁は高さ10メートルなのに、鳥かごは高さ50メートルだもんな。
きっと遠くからでもよく見える・・・あれ?
「もしかして・・・その、俺・・・大きくしすぎましたか?」
「何が?」
「その、鳥かご、です」
「ああ、いやいや。気にする事はない。確かにものすごく大きいが、だからと言って石壁が壊れやすくなった、なんて事はないからね。それよりもグランバザードを見ようとして外から南門を目指す人が出るかもしれない、それくらいのもんだよ。もちろん南門からの出入りはさせるつもりはないからね」
そっか、あそこの門は農業地域へ行くための門だから、旅人は東西にある門からしか入れてもらえないんだったっけ。
「むしろ、あれだけ大きければ東西の門にやってくる旅人や商人たちにも見えるから、あれはなんだ、って事になるだろう? そうやって人の口に上るのが一番いい宣伝なんだよね」
嬉しそうなシュナッツさんの言葉で、俺はほっと胸を撫でおろした。
そっか、迷惑じゃなかったんだったら良かったよ、うん。
「では、そろそろ支払いについて話し合おうか」
「おう、そういやそうだったな。おめえも金の事は心配だろうしな」
「えっ? いえ、リバラタ大都市長が共同出資者の1人なんですから、なんの心配もしてませんよ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。では、その期待を裏切らないようにしたいよ」
さぁて、いよいよ支払いタイムだ。
これだけはきちんとしておかないとな。
オークション・マスターはリバラタ大都市長の言葉と同時にテーブルの上に20枚ほどある紙の束を出してきた。
俺はチラリ、と視線をスミレに落とす。それだけでスミレには俺が何を期待しているのか判ったようで、にっこりと笑ってから頷いた。
これで騙されるような事はないだろう。
俺だってちょっとは賢くなったんだよ、ってか、スミレが勉強したんだけどね。
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