191.
朝食を食べて暫く部屋でのんびりしているところに、フランクさんが馬車で迎えに来てくれた。
いつもならパンジーに乗って行くんだけど、今日は他の馬車やヒッポリアの引き車で混むだろうから、オークション・ハウスの関係者が俺たちに馬車を出してくれる事になっていた。
もちろんフランクさんも俺たちと一緒に移動してくれる。
俺は馬車に乗り込みながら、そっと周囲を見回した。
特に怪しいって感じの人は見えないんだけどなぁ。
「どうしたんですか?」
「えっ? いえ、なんでもないんですけど。ははは」
空笑いをして、俺は馬車の中に入る。
いや、だって、ミリーたちの前で怪しい人がいるかもしれないから見ていた、なんて言えないだろ。
「真っ直ぐ鳥かごに行くんですよね」
「はい、そうですね。オークション参加者のために午前の9時にグランバザードの見学ができる事になっています」
午前の9時という事は・・・元の世界の10時半くらいか。
「オークションは1時でしたよね?」
「はい。ですのでお手数ですがコータさんたちには2時間ほど鳥かごの方で待機していただく事になります。食事は申し訳ありませんが、オークションの間にこちらから差し入れをしますので、そちらを食べながらオークションを見ていただければ、と思っています。けれどもしそれで遅いようであれば、鳥かごにある警備室で昼食をとれるようにしますけれど」
「いえいえ、それでいいですよ」
そこまで気にしてもらわなくても大丈夫だって。
「朝ごはんをしっかり食べましたからね。それにミリーたちもオークションを見ながらの方が楽しめるんじゃないかな?」
最初はフランクさんに、後半はミリーたちに尋ねると、2人とも頷いている。
「ほら、2人もそれがいいみたいですから」
「そう言っていただけると助かります」
「あんまり気を使わないでもいいですよ、フランクさん」
「いいえ、そうはいきませんよ。3人はシュナッツ様の大事なお客様ですから」
にっこりと笑みを浮かべて答えるフランクさんだけど、その目は譲らないぞと俺に言っている。
そんな彼に俺は頷くしかできないよ、うん。
俺たちはそれから鳥かごに着くまで、雑談をして過ごしていた。
グランバザードの鳥かごの前では、グランバザードの事だけではなく鳥かごの事についてもたくさんの質問が飛んできた。
どうやって作ったのか、設計は誰がしたのか、安全装置の作成者は、などなど。
グランバザードの説明をミリーとジャックに任せて、俺は鳥かごの説明に没頭する。
そうしているうちに気がつくとオークション開始まであとわずか、といった時間になっていた。
タキさんが鳥かごの前で、もうすぐオークションが始まります、というとみんな慌てて出て行った。
俺はタキさんとミリー、それにジャックの4人で誰も鳥かご周辺にいない事を確認してから、慌ててオークション・ハウスに向かった。
オークション・ハウスには1階がズラーッと椅子が並べられている広間があり、同様に3階にも座席が並んでいるんだそうだ。そして2階にはオペラハウスの個室のようなものがいくつも並んでいて、まるで昔のでっかい映画館のようだな、なんて思ったよ。
フランクさんは俺たちをそのうちの2階にある部屋に案内した。
ここは少人数用の個室で、椅子を3つ並べるのがギリギリの広さだった。
「ここしか空いてなくて狭くて申し訳ありません」
「いえいえ、俺はてっきり下の椅子に座るんだと思っていたので、個室をとってもらって申し訳ないです」
俺たちの前には手すりに沿って幅が20センチほどのカウンターがあり、そこにフランクさんが用意してくれたドリンクやサンドイッチが載ったお皿を並べる。
もちろんミリーやジャックが好きな串焼きの肉が用意されているし、子供が好きそうな棒状のドーナツもどきも用意してくれたようだ。
「すみません、たくさん用意してもらって」
「いいえ、昼食というにはあまりちゃんとしたものでなくて申し訳ありませんが」
「うちの2人はこういうのも好きなので大丈夫ですよ」
早速串焼きに手を伸ばしている2人を眺めながら、俺は後ろに立っているフランクさんに声をかけた。
彼にも椅子を勧めたんだけど、警護だからといって断られてしまったのだ。
「今日の出品は35品目ですね」
「結構あるんですね」
「はい、でも生き物はグランバザードの他には2種いるだけです」
「えっ? でもこのオークション・ハウスは生き物専門じゃなかったでしたっけ?」
「はい、いつもであればそうですけど、今回は急にオークションをする事になったので、中央でするオークションをこちらに場所を変えてもらったんです。ですのでその関係で生き物の出品が少ないんです」
「それって、もしかしなくても俺たちのせいですよね」
申し訳ない事をしたなぁ、とは今更ながらのセリフだ。
でもよく考えれば判る事だ。いきなりオークションなんて言い出した俺たちのせいで、無理矢理オークション会場を変更する事で、グランバザードを出品する事ができるようにしてくれたんだろう。
「コータさんが申し訳なく思う事など全くないんですよ? 確かに会場を急に変更する事になりましたが、これだけの目玉商品を用意してくださったコータさんに感謝こそすれ、文句を言う者など1人もいませんよ」
「いや、でも」
「コータさんのグランバザード出品のおかげで、オークション参加者はいつもの4倍ほどになります。それだけでも十分な収入なんですよ」
フランクさんの話ではオークションに参加するだけで1000ドラン支払うのだそうだ。
もし何も買わなければそれは戻ってこないが、何か出品されたものを買えばそこから1000ドラン差し引いてもらえるらしい。
今日の参加者は軽く千人を超えているんだとか。って事は、だ、入場料っていうか参加料だけで100万ドラン、1千万円だってさ、すっげえな。
そりゃ十分な収入だっていう筈だよ。
ってかオークションに参加するだけで1万円なんてボリ過ぎだよ、うん。
「いいえ、いつものオークションであれば、参加料は100ドランですね。ただ今回は無料送迎付きのグランバザード見学付きという事で、この値段設定になったと聞いています」
なんだよ、やっぱり俺たちのせいかよ。
いや、俺たちのおかげで潤った、と思う事にしよう。
暫くは食べながらオークションを見ていたミリーとジャックだけど、そのうちやっぱり飽きてきたみたいで椅子に座ってうたた寝を始めた。
それを見て俺はフランクさんを振り返る。
「フランクさん、今日が無事に終わればもう警護についてもらわなくてもいいんですよね?」
「はい、と言いいたいところですが暫くは誰かがついていると思いますよ」
「そうなんですか? でもオークションが終わったらもう誰も襲ってこないんじゃあ・・」
楽観的に考えている俺に、フランクさんは頭を横に振って否定してみせる。
「グランバザードの競り値はかなりの大金になると思いますので、その金を狙ってこちらの2人を攫おうと考える輩が出てきてもおかしくないですよ」
「あ〜、つまり身代金、って事?」
「はい」
「いや、でもさ、そんな大金になるのかなぁ」
「なりますよ。きっとコータさんが思う以上の金額で競り落とされると思います」
マジかよ。
俺が思っている金額っていうのは、だ。多分2千万ドランくらいなんだけどな。鳥かごが意外と高くついたんだよ。職人に急ぎで注文したからか、1300万ドランかかったんだ。1億3千万円だぜ、思わず請求書を二度見したよ。
だからこの競りの開始時の金額は鳥かごの値段プラス100万ドランにしてもらってる。
つまり、1億4千万円って事だ。
一体誰がそんな金を払うんだ、なんて思ったけど、シュナッツさんは鳥かごのお金は余裕で取り戻せるって言ってたんだよなぁ。
んで、今フランクさんも似たような事を言うって事は、期待してもいいって事か?
「でも競りの開始値は殆ど鳥かごの代金ですよね? それって、競りの時にいうんでしょ?」
「はい、もちろん鳥かごの値段込みでの競りとなる事は公表します。ですが、それでもいいと言って競る人は多いと思っています」
「はぁ・・・」
「ですので、コータさんたちの身辺が落ち着くまではシュナッツ様から警護を続けるように、と指示をいただいています」
「なんか色々ご迷惑を・・・」
「とんでもありません。アリアナの経済に貢献していただいてとても感謝しているんです。シュナッツ様もアリアナの大都市長であるリバラタ様から英断だった、とお褒めの言葉をいただいたそうです」
「えっ、そうなんだ?」
何をどうすれば褒められるんだ?
「はい、もしあの場にシュナッツ様がいなければ、コータさんたちは大都市アリアナへの入場を拒否されていたでしょう。そうなっていれば、グランバザードは今ここにいない訳です。次の都市まではかなり距離はありますが、グランバザードは魔物ですから生きて連れて行く事は可能です。そしてそうなっていれば、コータさんたちが次に行った都市が全ての恩恵を受ける事になった筈です」
「恩恵って、本気で言ってます?」
「もちろんです。今回のグランバザードによる経済効果は素晴らしいものですよ。誰が競り落とすにしろ、それによってお金が動きます。お金が動くという事は人も物も動くんです。これは大都市アリアナが更に発展するという事に他なりませんから」
う〜ん、スミレの言う通り、って事か。
俺はしがないサラリーマンだったからなぁ、仕事でもそこまで先の事を考えるのは上司の仕事だったよ。
「ですので、ここにいる間は私どもがしっかりとガードさせていただきます」
「はい・・」
「それから今朝伝えるのを忘れていましたが、宿の方はいつまでもご利用ください、との事です。コータさんたちが滞在する間の費用は全てこちらで持ちますから、との事です」
「えっ? いやいや、それはさすがに申し訳ないですよ。今日まではシュナッツさんが払ってくれていたけど、明日からは自分で払いますよ。っていうか、俺たち、もしかしたら依頼を受けたりするかもしれないんですけど?」
「依頼を受ける時は気にせず出かけてください。そしてアリアナに戻ってきた時は是非ともリランの花びら亭を使ってください。これはリバラタ大都市長の要望です」
「シュナッツさん、じゃないんですか?」
「いいえ、リバラタ大都市長です」
なんかさ、どんどん話がデカくなっていってる気がするんだけど、これって俺の気のせいじゃないよな?
階下では競りが次々と進められていて、俺はその喧騒を聞きながらも冷や汗を流していた。
もうなんかさ、競りどころじゃなくなったよ。
「も、もしかしてリバラタ大都市長もオークションに来てる、とか?」
「もちろんです。シュナッツ様も参加しておられますし、先ほどタバサ生産ギルド・マスターも来られているとお聞きしました」
「ははは・・・」
「他にも大手の商会の会長は殆どが参加しておられますよ。もちろん一般の方もおいでですけどね」
じゃあ、そういう人たちが他の個室にいる、って事なんだろうな。
俺は思わずキョロキョロしかけて、壁があって見えない事に思い至る。
もうテンパっているよ、うん。
それからもなんとなく競りに視線を落としながら、周囲を見回しているとフランクさんが声をかけてきた。
「あ、次ですよ」
「えっ?」
次が俺の? って事はもう最後の出品なのか?
「グランバザードの羽が出品されるみたいですね」
「ああ、そっか。そういえばグランバザードの前に羽を出品するって言ってましたね」
「予算的にグランバザードは買えなくても、羽は買いたいというオークション参加者はいますからね。確か羽の大きさに合わせて3つに分けて出品すると聞いています」
うん、そういえばそんな話を聞いた記憶がある。
人によって使いたい羽の大きさが違うみたいだから、大きめの羽、小さめの羽、それから両方が混ざったもの、の3種類で出品するらしい。
俺がテンパっている間に気がつくと競りはどんどん進んでいったようだ。
他の人の出品分のオークションでの記憶がテンパっていた事だけ、ってどういう事だよ。
見下ろすと羽が台に乗せられてステージの真ん中に運ばれてくるところだった。
俺は改めて姿勢を正してから、オークションが始まるのを待つのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
そして、お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
06/11/2017 @ 18:29 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
同様に3外にも座席が並んで → 同様に3階にも座席が並んで




