189.
「ミリーがトラ族の王様の伴侶・・はんry・・えええぇぇぇっっっ」
思わず大きな声で叫びかけて、俺は両手で自分の口を押さえた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください。その、それって」
「私たち虎系獣人にはトラ族を率いる王がいます。といっても代々受け継がれる王位というものではなく、今代の王が壮年期を過ぎた頃に次代の王が虎系獣人の中に生まれ出てくるのです。その特徴は私のような黄色に黒、または白に黒の体毛ではなく、金色に黒の虎なのです」
あわあわしながら前かがみになってセレスティナに顔だけ近づける俺に、彼女は落ち着いた声で説明してくれる。
「王となる金虎は1人だけ生まれます。そしてそれに呼応するように銀虎が10人ほど生まれます。こちらは銀色に黒の体毛ですね。彼らは王の側近となるべくして生まれてきます」
王様が金で側近が銀。生まれ落ちた時から決まってる、って事か。
「じゃ・・じゃあ、ミリーは?」
「王の伴侶は銅虎と呼ばれる赤銅色に黒の体毛を持つ女たちです」
「女、たち?」
「はい、王には複数の伴侶が現れます。今までの例をみると大体20人前後といったところでしょうか」
ミリーみたいな毛色のトラ族の女の子が20人もいるのか。
「王様は1人なのに、銅虎は20人も生まれるんですか?」
「銅虎の全てが王の伴侶になる訳ではありませんよ。少数ですが側近の伴侶となる銅虎もいます。もちろん、王も銅虎だけを伴侶にする訳ではなく、普通の虎系獣人を側妃として側に置く事もあります」
って事は、ミリーはハーレム要員って事なのか?
王様にとってのたった1人になる、っていうんだったらまだしも、ハーレムにいる女たちの1人?
「もしミリーが嫌がれば?」
「コータさん」
「はい。でもですね」
「トラ族の風習は守られなければなりません」
「それは・・でも、俺にとってミリーは大事な家族です。大事な家族に『ハーレムに入れ』なんて言えないです」
これだけはきっぱりと言わせてもらう。
なんでミリーをハーレムに入れなきゃなんないんだよ、ったく。
「その点は心配しないでください。たとえ王と言えども、銅虎を無理矢理に従える事はできませんから」
「無理矢理にハーレムに組み込めない、という事ですか?」
「はい」
「でも・・・だったらなんでミリーを探しているんでしょうか?」
「それはもちろん、あの子が銅虎だからです」
「いや、でも、もしミリーが銅虎だとしても、あの子が望まない事はできないですよ」
「もし、じゃなくて、マリアベルナは銅虎です。銅虎であるもう1つの理由は『ま』を『みゃ』という事なんですよ。ただのトラ族やネコ族であれば『な』が『にゃ』になります。でも銅虎であれば『な』の発音は問題なくできますが、代わりに『ま』が言えないんです」
セレスティナさんは俺を真っ直ぐ見つめながら、ミリーがなぜ『ま』を発音できないのか、という理由を付け加える。
確かにさ、ミリーは『ま』を発音できないし、赤銅色の毛色の変わったトラ族なんだろう。だからこそあの子がいた村では迫害されていたんだからな。
でもさ、もしミリーが王に連なるものだとしたら、どうしてあんな風に迫害されていたんだ?
「セレスティナさんの言う通りミリーは銅虎だとしたら、どうして彼女は村から追い出されたんですか? 王様の伴侶になるくらいの銅虎だとしたら、むしろ崇め奉られていてもおかしくない気はするんですけど?」
「それは・・・こちらの不手際です」
「不手際、って?」
王様の伴侶なのに村から追い出された事が不手際?
でも王様は代替わりするものだから、その伴侶や側近だって代替わりするんだろ?
「今更こんな事をいってもただの言い訳でしかありませんが・・・あの村はあまりにも僻地にあったせいか、トラ族の王に関する事を知らなかったようです。いえ、先代の村長は知っていたようですが、彼が次代の村長である息子にその事を詳しく説明する前に亡くなったとかで、トラ族の王に関する事を全く知らなかったのだとか」
「はぁ? 仮にもトラ族という自分の一族の事を知らなかったんですか? そりゃないでしょう? 遠くの村の事、って言うんだったら知らない事がいろいろあってもおかしくないけど、仮にも自分が連なる一族の事、しかもそれを統べる王様の事を知らなかった、じゃあ済ませられないですよ」
「そう言われると確かにその通りで、申し訳なく思っています」
「そのせいでミリーは両親を亡くしたんですよ? もしかしたら母親はそうじゃなかったかもしれないけど、でも父親は村を追い出されるあの子と一緒に村を出て、そのせいで死んでしまったんです」
「でも他にも知っている人はいたんじゃないんですか?」
「王とその一族の事を知っているのは村や集落の長だけです。そうしないと銅虎を利用しようとするものが現れる事もありますから」
「それはどういう意味ですか?」
利用する? 一族の王に連なるものなのに?
「銅虎は王に最も近い存在です。だから王の伴侶になる前に、自分たちが利用しやすいように洗脳してしまうんですよ。過去にそういった事例があった事もあり、それからは銅虎という子供が生まれるという事は隠されるようになりました。ですが、集落や村の長はそれを知っているので、迫害から守りながら育てる手助けをする事を義務付けられているのです」
「でもそれがされなかったから、ミリーの父親は彼女を守って死んでしまったんだ」
命をかけてミリーを逃した父親は、どんなに彼女の事が心配だっただろうか?
もしミリーたち親子がもっと違う場所で暮らしていたら、ミリーが銅虎とすぐに判ったかもしれない。
そうなればきっと本当にお姫様のように何不自由なく暮らしていたかもしれないのに。
「身内の恥をお話ししますが・・・バクスターがファルミを連れて、生まれ故郷に戻った時、当時の村長の息子がファルミに懸想をしたそうです。よそから来たトラ族のファルミはとても目立ったでしょうからね。けれどファルミはバクスター以外の男の妻になる気はない、ときっぱりと断りました」
「もしかしてそのせいで?」
「それも・・あったかもしれないですね。ファルミを妻にしたバクスターに対しての妬みもあって、村から2人を追い出したのかもしれません」
なんてこった。
惚れた女は他の男の妻で、それが気に入らなかったって事か。それでその女が死んだ後、夫と娘を村から追い出したのかよ。
「でも、なんでミリーの事を知ったんですか? 村から追い出されていたら、彼女がいた事すら判らないんじゃあ」
「金虎が現われ成人すると同時に、トラ族の村々を銅虎を求めて銀虎たちが訪れます。おそらくその時になんらかの形でその村に銅虎がいた、という事が判ったんでしょう」
「ああ・・・そういやミリーが偉い人がくるから、その前に汚れたハンパものを追い出すんだと言われた、って言ってたなぁ」
「それで・・・・」
「おそらく、でしょうね」
次代の王が生まれた、という連絡は入ったいたようだ。
だけど、金虎か銀虎がくるから、というので追い出されたという事なんだろう。
「それで・・・今も彼らはミリーを探しているんですか?」
「もちろんです。銅虎を探すのは彼らのしきたりですから。全ての集められた銅虎は王のもとに集められ、そこでしばらく共同生活を送りながら王の伴侶としての序列を作り上げていくのです」
「もし・・その、もしミリーがそこに行く事を拒否したら、どうなります?」
「まずは行かねばどうしようもありません。行って、その場で次代の王と対面してから、自分の気持ちを伝える事になりますね。次代の王とはいえ、銅虎に強制はできませんから、彼女がどうしても嫌だといえば諦めるしかないでしょう」
そっか、じゃあ、少なくともミリーの意思は尊重される訳だ。
「でも、どうしてミリーの両親はそうまでしてあの村に留まったんだろう・・・」
「コータさん」
「だって、そう思いませんか? そうまでしてあそこに留まらなくても、どこかもっと違う場所に移り住んだって良かった筈じゃあ・・」
そうだよ、無理にトラ族の集落に住まなくったって、いくらでも住む場所はあった筈だ。
「それはおそらくマリアベルナのためだと思います」
「・・・えっ?」
「あの子の身体的成長があまりにも遅かったから、彼らは別の場所で暮らす事を怖れたんでしょう。小さな集落だからすぐに周知の事となったでしょうが、それでも大きな街に移住していたらあの集落以上の混乱が起き、もしかしたらそのせいでマリアベルナを殺そうと考えるものも出てきていたかもしれません」
「それって・・・」
「いつまで経っても成長の兆しがないから、です。魔に魅入られた子供、という言い伝えがあるんです。聞いた事ありませんか?」
「えっ? い、いいえ、俺は僻地に住んでたから・・・」
魔に魅入られた子供、なんて聞いた事ないよ。
っていうかさ、なにそれ、ヤバそうじゃん。
「魔に魅入られた子供、というのは魔性の存在に気に入られその眷属にされたが故に子供のまま成長を止めてしまった子供、という話なんです」
「でもミリーは・・・」
「あの子は銅虎であるが故に成長しなかったんです」
「は・・・?」
「銅虎は伴侶と出会うまで、その成長を止める事で身の安全、銅虎としての純潔を守るんです。あの子が伴侶を決めそれが受け入れられた時、本来の姿に成長するんですよ」
そういやセレスティナさんはミリーは18歳だって言ってたな。
でも今の姿はどう見たって10−12歳程度。つまり王のために成長を止めているって事か。
「次代の王を選ぶかどうかはマリアベルナ次第ですが、あの子の成長を促すためにも次代の王と会わなければなりません」
「もし会わなければ?」
「あの子はこれからもあの姿のままです」
会わせたくない。
でも会わせなかったらミリーはいつまで経っても子供のまま。
「コータさん。今すぐにとは言いませんが、できれば話をしてやってくださいませんか? 本来であれば私からする話でしょうが、あの子が信頼しているのはあなただけです」
「セレスティナさん・・・」
「銀虎は銅虎を見つけるための特殊な力を持っています。そのうちあなたとマリアベルナの前に現れるでしょう。その時にあの子に無用な心痛を与えたくないのです」
「ちょ、それって今すぐにでもミリーを浚いに来るって事ですか?」
「マリアベルナの意思に反する事はできませんが、あの子が次代の王のところに行くまでは付き纏う事でしょう」
マジかぁ・・・・
「その前にできればマリアベルナに彼女が銅虎である事を伝えて欲しいのです」
セレスティナさんはそう言い終えると、深々と俺に頭を下げたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
そして、お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。
06/11/2017 @ 18:21CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
利用する? 一族の王に連なるものなのに?」 → 利用する? 一族の王に連なるものなのに?




