18.
結局暫くの間、俺は土下座をしたまま固まっていたがスミレが俺の事を心配して何度も声をかけてきたので、そこでようやく頭をあげた。
それからスミレにイズナのプリントを貰って、早速依頼にあった薬草を探しに出かけた。
スキルは展開したままなので、スミレは俺のそばを飛びながら一緒になってイズナを探してくれた。
これがすごかった。
俺がキョロキョロと周囲を見回している間に、スミレはあっという間に2つも3つものイズナを見つけるんだ。
「スミレはすごいなぁ」
『そうですか? コータ様のお役に立てて何よりです』
「どうやって見つけてるんだ?」
『私は自分の目で見たものをすぐに検索する事ができるんです。そのおかげでしょうか』
「ふぅん、いいなぁ」
俺なんてキョロキョロしてそれっぽいものをみつけても、結局はよく判らなくって手元にある写真と見比べないといけないから時間がかかるんだよな。
『もうこの辺で十分ではないでしょうか?』
「そうかな? えっと、どのくらい集めたっけ?」
『コータ様のポーチに40本ほど入っていると思います』
「じゃあもういっか。別にいくつって数が決まってた訳じゃないしな」
確か5本単位だったと思うから、それだけあればある程度のまとまったお金が貰えるだろう。
ま、今はボン爺のところにお邪魔してるから、帰りに酒の1本でも買って帰ればいっか。
『では、先ほどの場所の辺りに戻って、スキルのレベル上げをしますか?』
「スキル上げ? ああ、物をいろいろと作るんだよな」
『何か作りたい物でも?』
「う〜ん、別にないかな? あっ、でも鍋を作りたい」
特にいる物なんてないんだよな、と思ったところで思いついた。
『鍋、ですか?』
「うん。ボン爺にあげようかと思ってさ」
『ああ、間借りさせてくださっている方ですね』
「ボン爺の家には鍋が1つしかないんだよ。さすがにあれじゃあ料理とか大変だろうなって思うからさ、なんか使い勝手が良さそうな大きさの鍋を作りたい」
『判りました。ではそのためのデータを検索します・・・・検索結果は312件です。条件を絞ってフィルターをかけますか?』
「ああ、うん。ちょっと多すぎて全部見るのも大変だからな。じゃあ・・・鍋底の大きさは25センチから30センチくらい、深さは・・・20センチ以内で焦げにくい素材かな。それから持ち手はプラスチックじゃあマズいだろうから鍋に使ったのと同じ金属がいいかな。あっ、カスタムの時に素材は俺の世界の素材じゃなくて、この世界で簡単に手に入れられる素材にしてほしいな」
そんな事は俺が言わなくても、スミレの事だからちゃんと考えてくれると思うんだけどさ。
「持ち手だけではなく蓋の部分も金属製の物にして・・・検索結果は43件です。こちらがそれらになりますね」
スクリーンに並んでいる鍋を見てみるが、所詮は鍋だ。どれも同じに見える。
「ん〜、これといった特徴がないから同じにしか見えないな。スミレが作りやすそうなのを選んでくれよ」
『そうですね・・・では、この世界で浮かないスタイルの物を選ばせていただきますと・・・こちらになります』
「どれどれ・・うん、それでいいよ」
スミレが選んだのは、ダッチオーブンの深鍋だった。
まぁ、そりゃ確かにあれだったら間違いないよな。現にボン爺のところにあった鍋も薄汚れてたけど、あんな感じの鍋だった。
「これだったらカスタムする必要ないからさ、とっとと作っちゃおう」
『そうですね。ではそれを作っている間に、コータ様用の鍋も作りますか?』
「俺用? なんで?」
『これから旅をされるんですよね? でしたら野営の時に食事を作る機会もあると思いますよ。この村に来る前に作ったフライパンとかもありますけど、この機会に使い勝手のいい物を揃えるのもいいんじゃないんでしょうか?』
ふむ、と俺は顎に手を当ててスミレの言った事を考えてみる。
確かにたまにはスープみたいなのも食べてみたくなるだろうしな。
「うん、じゃあ、今検索した物の中にいいのがあったら、それも一緒に作ろうか」
『はい、判りました』
スミレはとても嬉しそうに返事をしたが、鍋を作るのがそんなに嬉しいんだろうか?
「じゃあさ、ついでに料理をするためのまな板とかも作ってよ。それからシチューが作れるようなでっかい両手鍋も作ってくれると嬉しいかな。どうせ荷物は俺の魔法ポーチに入れる事ができるんだから、一通りの物は作ってしまおうか」
『一通りの物となると時間がかかりますよ?』
「そう? じゃあ・・・今から1時間以内に作れるだけ、って事にしよう。俺もイズナをギルドに納品しなくちゃいけないからさ」
という事で、スミレに制作活動はお任せする事にした。
でもそうすると手持ち無沙汰になるんだよな。
「なぁ、スミレ。もう1つスクリーンを出す事はできないのかな?」
『もう1つですか?』
「うん。スミレがいろいろと作ってくれてる間に、その・・・ストレージに入っている物を確認したいんだけど、さ」
「ああ、そうですね。何が入っているかを把握していなかったら、いざという時に取り出せませんからね」
いや、まぁ、取り出したいって訳じゃあない、と思うんだけどさ。
ただもう2度と見る事はないと思っていた物があると聞くと、やっぱり気になるんだよ。
『今の私のレベルでは1つのスクリーンを2つに分割するという形になります。それにコータ様の方のスクリーンは閲覧のみとなりますがそれでも構いませんか?』
「十分十分。ただちょっと何があるのかなって気になってさ」
『判りました。ちょっとお待ちくださいね』
スミレは自分の目の前のスクリーンを半分の大きさにして、残りに半分のスクリーンを俺の目の前に展開してくれる。
スミレの方はタッチパネルだけを使うつもりみたいだけど、俺の方にはキーボードも付けてくれてるから操作がしやすい。
どれどれ、とスクリーンを覗き込むと、小さな倉庫っぽい家型のアイコンが左下にあるのを見つけた。
これかな、と指先で触ってみるとスクリーンと同じ大きさのウィンドウが開いた。
そこには見慣れたフィギュアの商品名がずら〜っと続いており、他にも押入れの中に入ったままだったこれまた珠玉のDVD名作(?)シリーズの名前なんかが書かれている。
「あれ、俺のブランケットとかも入ってる?」
『コータ様が住まれていたお部屋にあったものは全てそこに入っている筈ですよ』
「えっ? じゃあ、俺のパソコンも?」
といいつつ、俺のパソコンをリストに見つけた。
本当に、全部あの部屋にあった物はこのリストにあるみたいだなぁ・・・
よく見ると台所用品なんかまでもあるし、トイレットペーパーなんていうのも見つけてしまった。
これがあれば、俺の異世界最初のトイレ事情はもっと快適だった筈だ。
「トイレットペーパーが・・・あの時の俺の苦労は・・・」
『申し訳ありません』
「いっ、いや、スミレは悪くないって。ストレージを開ける事ができたのだって、レベルが上がったからだろ? だったら、あの時はどうしようもなかったんだからさ」
初めてのトイレ事情。思い出したくもないが、あの時はとっさに近くにあった葉っぱを使ったんだよ。
あれは酷かった。っていうか、痛かった。
そのあとでティッシュをスミレに作ってもらったんだよな。
ま、あれもレベルアップの一環だと思うしかない。
とりあえず一通りストレージの中身のリストを見てから、スクリーンを消した。
それからふと思い出して今度はポーチに触って、ポーチのリストを呼び出した。
「結構いろいろ突っ込んだ気がするけど、まだ容量は9割近く残ってんだな」
一体どれくらいでかいんだ、これ。
俺はチラリと視線をポーチに落としてから、とりあえずリストを眺める。
『コータ様、短剣とか売られてないんですね?』
「ん? ああ、売ってないな。ボン爺にナイフとナタをあげただけかな」
いつのまにか隣にやってきていたスミレが、俺のポーチのリストを眺めていた。
「ボン爺がさ、ここじゃ売らない方がいい、って言ったんだよ」
『そうですか?』
「うん。もっとでかい町に行ってからちゃんとした店で売った方がいいんだってさ。こんな小さな村で質の良いものを売ったりしたら、目をつけられて物陰に引きずり込まれるぞ、だって」
『ああ、なるほど。大きな町でなら職人もたくさんいますから目立たない、という事ですね』
「だと思う」
ボン爺がいうには、俺が作った(正確にはスミレが作った)ナイフやナタはこの辺りでは見た事がないくらい良いものらしい。
そんなものを山ほど持っている俺は良いカモでしかない、と言っていた。
下手に売るとその売上金目当てに命を狙われる、なんて言われると怖くて売れないよ。
「でもさ、少しはお金がないと旅ができないんだよなぁ。まぁ、イズナを売って幾らになるかを調べてから考えるよ」
『イズナの依頼金を知らないんですか?』
「あ〜・・・うん。そこまでちゃんと見てなかった」
『コータ様・・・』
「あっ、でもさ、お金の価値は教えてもらったよ。この世界にどんな硬貨があって、それがどのくらいの価値があるかは多分理解したと思う」
俺をじっと見ているスミレの表情は、咎めるというよりは呆れているといった感じだ。
「スミレはもう知ってるかもしれないけど、イズナの代金をもらったら見せるよ」
『そうですね。本物を見せていただければいつでも作る事はできますから』
「えっ?」
『えっ?』
あれ、俺、なんか変な言葉を聞いたような・・・
「スミレ、作るって?」
『もちろん、コータ様のスキルを使って作るんですよ。一通りの硬貨があればいつでも作れますから』
「いやいやいやいやいやいや、それは駄目だろう」
『どうしてですか?』
「だから、それって贋金だよね。駄目だろう、そんな事したら」
『コータ様のスキルがあれば本物と違えないものが作れますよ?』
「だからそうじゃなくって・・・ああ、もうっ」
スミレは本当に俺が駄目だという理由が判っていない。
そりゃそうだ、プリンターだもんな、そっくりそのままのものが作れて当たり前で。それに、もともとそういうものを作るためのスキルだ。
だけど、だからと言ってそれを良しとする訳にはいかない。
「スミレ、それは最後の手段だ。ど〜〜〜してもお金がなくて困った時だけ、そうしような」
『どうしてですか?』
「俺の良心が許してくれない。そんな事したら俺はストレスで寝込んでしまう」
『コータ様が寝込まれるのは駄目ですね。判りました』
なぜ駄目なのかを説明しても理解してもらえないだろうと思った俺は、俺のためにという理由でスミレに納得してもらう。
「まぁスキル上げにはとにかくものを作るのが一番なんだよな」
『そうですね』
「じゃあ、今夜にでもボン爺にこの村じゃなくてもいいから、売りやすいものを聞いてみるからさ、それを明日にでも一緒に作ろうか」
『はいっ』
嬉しそうなスミレはすっかり贋金作りの事は忘れたようだ。
良かったよ、ほんと。
読んでくださって、ありがとうございました。




