187.
セレスティナさんはミリーとジャックの2人と話をして、孤児院を訪れるのはオークションの前日の夕方という事になった。
それまでの3日間は1日目は俺がギルド巡りをする事になったので、ミリーとジャックはなぜか2人の希望で孤児院に遊びに行く事になった。
と言っても孤児院の子供達の殆どは近くの畑に働きに出ているので、2人は残っている年少の子供たちの世話をする、といって子守をさせてもらっていたようだ。
2日目、朝のうちはグランバザードの様子を見てからアリアナの観光をする事にした。
昨日はアリアナのほぼ中央にある大きな公園に足を伸ばした。
公園の中には子供が遊べるような遊具が並んでいるエリアや、遊歩道が続くエリア、それに競技場のようなデカい建物のあるエリア、と目的に応じてエリアを選んで行けるようになっていた。
もちろん俺たち、というよりミリーとジャックは遊具があるエリアに着いた途端、2人とも空いている遊具に向かって走って行った。
中でも2人が気に入ったのはブランコだった。
いや〜、尻尾を棚引かせながら満面の笑みを浮かべてブランコを立ったまま漕いでいた2人は印象的だった。
そのあとで公園の中央にあるこれまた大きな噴水を見て、都市ケートンでの時のようにアングリと口を開けて見ている2人を俺はベンチに座って暫く眺めていた。
2日目はのんびりと露店を見て回ったり、神殿があるというのでそれを見に行ったりした。
神殿の中にはこの世界の神様の像がある、というのでミリーとジャックに手を引かれて見に行ったけど、創造神は俺の知っている神様じゃなくて、普通に威厳のありそうな神様像だったのがちょっと拍子抜けかな。
まぁあそこに神様の像が立っていたら、思わず吹き出したかもしれないのでそれで良かったのかもしれないけどさ。
俺たちはそうしてのんびりと2日間を過ごした。
そしていよいよ明日はオークションという日の夕方、俺はミリーとジャックの3人で孤児院を訪れた。
今日の俺たちの警護をしてくれるのはショーンさんという人で、フランクさんと交互に俺たちの警護をしてくれている。
「すみません、こんな時間に外出なんて」
「いえいえ、コータさんたちは無茶を言わないですからね。こんな夕方からの外出程度、気にしないでください」
この2日ほどの間、俺たちがした事といえば朝鳥かごのグランバザードの様子を見てから、そのままアリアナのあちこちに観光に出かけるだけだった。
石壁の上を歩くコースというのもあるらしいから、オークションが終わってからでも行こうか、という話をしているところだ。
「あっ、着きましたね」
「そうですね」
夕闇に孤児院がぼんやりと見えてきた。
俺は慣れた手つきでパンジーを孤児院の前に停めると、手綱はショーンさんに渡す。
パンジーは孤児院の横に停める事になっている。そこには水桶もあるから、パンジーに少しだけ餌をやってからショーンさんは中に入ってくる事になっている。
「ようこそお越しくださいました」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
耳をピンと立てて周囲を見るミリーとジャックは、そのまま食堂に視線を向けた。
「もうみんな食堂に集まっています」
「そうですか。じゃあ、行こうか」
先導するセレスティナさんに続いて食堂に入ると、一斉に視線がこちらに集まる。
さすがに100人以上いるから視線が痛いぞ。
「ミリーちゃんとジャック君はみんなと食べますか?」
「えっと・・いいの?」
俺を見上げて問いかけるミリー。
「いいよ。ほら、ジャックも一緒にみんなの中に入ればいい」
「お、おう」
「ありがと」
俺の返事に尻尾がビシッと空に向かって伸び、それから2人は仲がよくなったのであろう子供たちのいるテーブルに走って行った。
もともと子供たちもそのつもりだったのか、それぞれのテーブルにはミリーとジャックのトレイが置かれているのが見える。
「コータさんはあちらに座ってくださいね」
「はい、ありがとございます」
俺が座るのを待って、セレスティナさんは子供たちの世話をしている女性の一人に頷いてみせると、そのまま俺の前の席に座った。
セレスティナさんが合図を送った女性は、パンパンと手を2回叩いてから子供たちの注目を集めると、そのまま食事の感謝と挨拶を口にした。
「はい、それではみなさん、いただきましょう」
彼女の言葉とほぼ同時に一斉に周囲からいただきますの言葉が響くと、みんな一斉に食べ始めた。
「元気いいですねぇ」
「ええ、食事の時間は子供たちの楽しみの1つでしょうから」
俺の前のトレイには具沢山のスープが入った大き目のボウル、握りこぶしくらいの大きさのパンが1個、焼いた肉が2切れ、それに付け合せの野菜が載っている。
思ったほど質素じゃない食事に、俺はホッとする。
だってさ、孤児院だと質素な食事がデフォじゃないか。もしそんな食事だったらどうしよう、って心配してたんだよ。
「毎日こんな感じなんですか?」
「ええ、そうです。スープにパン、それに肉が少しと付け合せの野菜、といったところでしょうか」
そっか、毎日こんなもんなんだな、うん。
俺はスープを一口飲む。あっさりとした塩味のスープだけど入っている肉が干し肉だからなのか、だしが利いている気がする。
「おいしいです」
「お口にあってなによりです」
「これ、干し肉ですか?」
「いいえ、薫製肉なんです。肉は多めに買うと値引きをしてもらえるので、そういう時に孤児院の横にある薫製室で薫製にするんです。そうすれば長持ちしますし、スープに入れる時にだしが取れますから」
「そうなんですね。薫製肉かぁ」
どうりでなんとなくだったけど木の香りがしたんだな、うん。
「多めに作れる時は作っておいて、あとで売るんです。これも子供たちの駄賃になりますからね」
「ああ、みんな手伝っているんですね」
「はい、勉強の時間もありますし、畑の手伝いの時間もありますけど、それ以外の時間でもできる事はなんでも自分でするように教えていますから。そうやってちょっとした事でもできるようになれば、それだけここを出てから進む道が広がりますからね」
といっても薫製ができる程度では大した事はないのだ、と苦笑いを浮かべるセレスティナさんだけど、それでも何も知らないよりは役に立つ筈だ。
「他にも何か手に職をつけさせているんですか?」
「はい、と言っても女の子に料理洗濯裁縫といった家事的なもの。一応男の子たちにも簡単な料理や洗濯くらいは教えますけど、それよりも男の子にはちょっとした物の修理ができるようにと簡単な大工仕事などを教えています。そちらの方は懇意にしている大工さんが月に2回ほどやってきて子供たちに教えてくれるんです」
「ああ、そういう事ができるとここから出て独り立ちをした時に役に立ちますよね」
「ええ、そうだといいなと思って、教えるようになりました。ありがたい事にこちらで読み書きや簡単な計算も教えますから、それなりに仕事を見つける事はできるようです」
それは良かった、と思う。
この子たちは孤児だ。という事はここを出てしまえば誰も助けてくれないという事になるのだから。
そりゃセレスティナさんはいい人みたいだから、子供たちが何かあって頼る事もあるかもしれない。
でも頼られたからといってそのすべてに手を差し伸べる事は難しいだろう。
そんな事を思っていると、セレスティナさんが自分の隣に座っている女の子を紹介してくれた。
彼女はまだ17−8といった感じの幼さが残る獣人で、耳の形からして犬系?
「この子の名前はシアンといいます。元々は孤児としてここにいたんですが、15歳になった時にそのままここの職員として残ってくれました」
「15歳で、ですか?」
「はい、ここでは15歳で成人と呼ばれるようになりますから、それ以上は居させてあげられないんです」
15歳って中卒かよ。それで成人って言われるのかぁ。
俺は自分が中学を卒業した頃の事を思い出す。
駄目だ。俺、親のスネ齧りまくって、小遣いもらってフィギュアやプラモ買ってたよ。
「ここだと大したお給金をあげられないのに、それでも他の子たちの面倒を見たいから、と言ってくれて」
「良い子ですね」
「はい、本当に」
「院長」
2人して褒めていると、照れ臭そうに彼女はセレスティナの腕を叩く。
「あら、話がズレちゃったわね。夕食のあとの片付けを済ませたら、ミリーちゃんたちにはここで冒険談を話してもらおうと思っています。その間はシアンが他の職員と一緒にここに残って子供たちを見てくれる事になっています」
「はい、判りました」
「それで、コータさんはこのままここで話をされたいですか? それとも人がいない場所が良いのであれば院長室で話をする事もできますけど」
「え〜っと、そうですね・・・どうしようか」
話の内容が内容なだけに人気がない場所の方が話はしやすいが、そうなるとミリーとジャックをここに置いていく事になる。
多分話があるからといえば大丈夫だろうけど、それでもミリーは不安になるだろうしなぁ。
『コータ様、ここで大丈夫ですよ』
悩んでいると肩に止まっているスミレが話しかけてきた。
俺が視線だけを肩に向けると、スミレはニッコリと笑みを浮かべている。
『お2人には音声遮断の結界を張りますよ』
ああ、なるほどな。それなら誰かに聞かれる心配はないわけだ。
『シアンさんたちにはコータ様たちに近づかないように、と言っておけば結界を張っている事も気づかれないでしょうし』
なるほど、それ、採用だ。
「みんなを向こうの窓の方に集めてミリーたちに話をしてもらって、俺たちはドアに近い場所に2人だけで話をする、っていうのはどうでしょう?」
「そうですね・・・シアンたちに一番後ろに待機してもらえば、こちらにこっそり忍んでくるような子もいないでしょうから・・それではそうしましょう」
「はい、それでお願いします。その方がミリーもジャックも心配しないでしょうからね」
「でもそうするとコータさんにも話をするように、って言ってくるかもしれませんよ?」
「その時は2人が話をする事を承諾したんだから、と言って断りますよ」
うん、俺は話をするって事を承諾してないもんな。
それに、だ。子供たちだって俺みたいなおっさんの話よりも同年代のミリーやジャックから話を聞きたいだろうしな。
なんせこの孤児院の半分は獣人のこなんだからさ。
「ここには獣人の子が結構いるんですね」
「そうですね・・・獣人と人種の差別はしない、というのは一応大都市アリアナでの規則の1つなんですが、やはり全く差別がない訳じゃないんです。それに加えて孤児になるのは獣人の子供たちの方が多くて・・・東や西の孤児院にもいますけど、そちらに馴染む事ができなかった子供たちがここに送られてくるんです」
「ああ・・それは申し訳ない事を聞きました」
「いえ、気にしないでください。ですのでコータさんが子供たちにグランバザードを見せてくれる、と言った時は本当に嬉しかったんです。催しや場所によってあの子たちは除外されますから」
あの子たち、というのは獣人の孤児たちの事だろう。
「ほんの少しでも楽しんでもらえたのなら良かったです。俺やミリー、それにジャックも楽しかったですからね」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるセレスティナさんに、俺は気にするな、というように手を振ったけど、彼女は暫くの間頭を下げたままだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。
06/11/2017 @ 18:18 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
想像神は俺の知っている → 創造神は俺の知っている




