186.
「うっわーっ!」
「すっげえ」
子供たちの歓声を聞きながら、俺はグランバザードの鳥かごの前で彼らが不用意に鳥かごの下に入り込まないように見張っていた。
「スミレ、これ、なんとかしないと危ないぞ」
『そうですね、こういう事態は予想していませんでした』
掃除や羽の回収がやりやすいように、と鳥かごの底部分は2メートルほど高い位置にある。そこには幅が50センチほど間隔を開けた鉄棒の柵になっているだけだ。
だから誰かが不用意にそこに入り込むとグランバザードからの羽攻撃を受けかねない。
俺としては手入れが楽だからとしか考えてなかったんだけど、こうやって子供たちがやって来て初めて安全性の保証度が低い事に気づいたんだよな。
なので今は俺がこうやって警備員よろしく立っている訳だ。
「スミレ、誰にも見られないような場所で、対策を考えてくれよ、んですぐに作れるようにプログラムしてくれるかな?」
『はい、でも急がなくてもその程度の変更はすぐにできますよ?』
「うん、知ってる。でも今日帰る前にタキさんに話しておきたいからさ」
『判りました。一応鳥かごの底に入れるのは前面だけにして、残りの部分は壁に変更します。それから前面もフェンスを作って、許可がない者は立ち入れないようにします。それでいいですか?』
「うん、十分」
『その程度の変更でしたら、5分もかかりませんよ。設置もすぐです』
「材料は?」
『簡易フェンスのようなものを作るつもりなので、職人に頼まなくても大丈夫でしょう』
「そっか、じゃあ安心だな。でも怪しまれるから設置は明日にしような」
安全対策はしていたつもりだったんだけどなぁ、と溢れそうになる溜め息を飲み込む。
今来ている子供たちで予定の半分だ。
最初は2日に分けて子供たちが来れるように、と話をしていたんだ。でもタキさんがオークションの準備もあるし、オークション参加者からもグランバザードを見たいという要望が出ているから、と言われて急遽1日で120人全員の見学を済ませる事になった。
俺としては孤児院の子供たちを優先したかったけど、オークション・ハウスにとっては出品商品だからオークション参加者の方を優先したい、というのも判らないでもなかった。
既にいろいろと優遇してもらっているこっちとしては、これ以上無理は言えないしさ。
セレスティナさんもこっちの事情を聞いてすぐに納得して、子供たちの見学時間を1組10分に短縮する事で今日中に全員が見られるようにしてくれた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫ですよ」
「本当に無理を言ってすみません」
「いえいえ、おかげで安全対策が万全じゃなかった、って事が判ったので良かったです」
「そうだといいんですけど」
いつの間にか俺のすぐ前に来ていたセレスティナさんが頭を下げてきた。
「それよりも、みんな楽しんでますか?」
「はい、昨日の夜グランバザードを見る事ができるとつたえたら、ものすごくはしゃいでました」
セレスティナさんは黄色に黒のメッシュが入った髪を揺らして笑う。
「コータさんのお仲間のお2人も子供たちと楽しそうにしてくれてますしね」
「そうですね」
楽しそうっていうか、話を聞こうとする子供たちをどうすればいいのか戸惑っているようにしか見えないけど、まあそう見えるならそれでいっか。
それに普段あまり関わる事ができない同年代の子供たちと接する事は、2人にとっても良い事だと思うしな。
「また機会があれば孤児院に来ていただけませんか? 今回のお礼に私たちのところで夕食でもご一緒にできれば、と思います」
「えっ、夕食ですか?」
孤児院で晩飯か?
別に構わないけど、でもなんでだ?
「はい、子供たちがミリーちゃんとジャック君の2人からグランバザード捕獲作戦をもっと詳しく聞きたいと言ってます。ミリーちゃんとジャック君もコータさんさえよければと言ってくれたので。あまり大した食事は提供できませんが、もしそれでもよろしければ」
「ああ、そういう事ですか。もちろん構いませんよ。あの2人と相談して日にちを決めてくれれば、それに合わせるようにします」
俺が承諾すると、セレスティナさんは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、あの2人も楽しめると思いますからね」
「そうだといいんですけど・・・その、ところでコータさんたちはずっと3人で旅をしてきたんですか?」
「そうですね、最初は俺1人だったんだけど、そのうちミリーが来て、次にジャックが来て。そうやっていつのまにか3人のチームになっちゃいました」
ジャンダ村を出た時には、3人で旅をしている自分なんて全く想像もできなかったけど、今じゃあまた1人に戻る事が想像できないよな。
そのくらいミリーとジャックが一緒にいる事が当たり前になったって事なんだろう。
でも、そういった時間はあとどのくらい残っているんだろうか。
「その・・その時に2人で話をしたいと思うんですけど」
「えっ?」
「私の個人的な事なので、お時間をいただければ・・・その・・・」
なんとなく言いにくそうに言葉を濁してしまうセレスティナさんの様子に、いつもは鈍い俺だけどこれはミリーの事だとピンときた。
「それって、彼女の事ですか?」
「コータさん・・ご存知でしたか」
「ああ、その・・・・まあ、ミリーの身内がここにいる、という事は」
ミリーを探している何者かがいる事は口にしない。
「セレスティナさんはどうしてミリーがあなたの身内だという事を?」
「あの子を見て、もしかしたら、と思いました」
ああ、そういう事か。
なんだかんだ言って、ミリーは母親に似ていたみたいだな。
それだけで、両親との縁が薄かったミリーの事を思うとなんとなく嬉しくなる。
「はい、それで・・・できれば内密にお話をさせていただければ、と思ったんです」
「判りました。そういう事なら。その、俺も実はセレスティナさんと話をしたいと思っていたんです」
「あの子の事で、ですね」
「はい」
俺だってセレスティナさんにミリーの事を聞きたかったんだ。
ミリーに関しての事で、聞きたい事はやまほどある。
「私の方はいつでも大丈夫ですので、そちらの予定にあわせます」
「忙しいのに良いんですか? 子供たちの事もあるでしょう?」
「大丈夫ですよ。孤児院にはたくさんの子供たちもいますけど、あそこには私の他にも数人がいつも子供たちの世話のために住んでいますから、それなりに人手はあるんです。ですから、1−2時間くらいでしたらいつでもなんとかなります」
「判りました。じゃあ、帰る前にミリーたちと話をして決めてください。2人には俺がいつでもいいと言っていた、って言えば大丈夫ですから」
「わざわざ・・・その、ありがとうございます」
ミリーたちがセレスティナさんと話して決める事にすればもう少しミリーと話をする事ができる、という俺の気遣いに気づいたんだろうセレスティナさんは俺に小さく頭を下げてからミリーたちのところに向かった。
『良かったんですか?』
「ん? もちろんだろ。俺だって彼女と話す機会を、って思ってたんだかからさ。今後どうするにしてもミリーとセレスティナさんを会わせてからだよ」
『そうですか』
なんか少し気落ちしたようなスミレらしくない声音に、俺は肩に止まっている彼女を見下ろした。
「どうした、スミレ?」
『いえ、なんでもないです』
心配そうに俺を見上げるスミレ。
言いたい事は判ってるんだ。
でもまあ、今はまだどうなるか判らないんだから、問題は先送りにしておきたいと思う俺はやっぱりヘタレ、なんだろうな。
「コータさん」
「あっ、はい」
ぼんやりとミリーとジャックに話しかけているセレスティナさんを見ていると、タキさんが声をかけてきた。
「たくさんの子供たちが来る事になって申し訳ありませんね」
「いえいえ、新しいオーナーが決まってしまうと見せてもらえなくなるかもしれませんからね」
「そうなんです。なので今日1日であそこの孤児院の子供たちが全員来る事になったんです。忙しいのにすみません」
ニコニコと楽しそうに子供たちを見ているタキさんは、気にするなというように頭を横に振った。
「こんな風に見せてやれて良かったですよ。あんなに喜ぶんですからねぇ」
「ははは、本当にそうです」
セレスティナさんに頼まれたから、だったけどこんな風に喜ばれると見せてやれて良かったなって思うよ。
「あっ、タキさん。新しい仕組みを作ったので、明日にでも鳥かごに設置しますね」
「新しい仕組み、ですか?」
「はい、今日子供たちが来て気づいたんですけど、あんまりちゃんとした安全対策を取ってなかったですよね。ですから今後このように見学者が来ても、勝手に鳥かごの下に入り込めないようにと思って」
「ああ、それは良いですね。私も先ほど見ていて心配だったんですよ。でも職人に頼まなくても大丈夫なんですか?」
「ああ、それは手持ちの材料でなんとかなりそうなので、明日にでも持ってきて設置しようと思います」
「それは安心です」
ホッとしたような表情を浮かべるタキさん。
やっぱり、タキさんも同じ事を思ったみたいだな。
「タキさんも思いましたか?」
「はい、コータさんがここに立っていてくれなかったら、私が見張りをしようかと思ってました」
苦笑いを浮かべるタキさんに、俺も苦笑いを返した。
「俺もそこまで考えてなかったんですよね。だから、子供たちが鳥かごに向かって走るのを見て肝を冷やしました」
「ですよねぇ。大人ならまだ・・・いや、むしろ大人の方が資が悪いかもしれないですからね」
「えっ? 子供の方が大変じゃないですか?」
「いえいえ、子供ならあんな風にまっすぐ駆け寄っていきますよね。でも大人だとこっそりと隠れて忍び込んでいる気がします。それも羽を目当てに」
ああ、なるほど。盗み目的、って事か。
「それで怪我したって自業自得だろうけど・・・こっちに責任をなすりつけてきそうですよねぇ」
「その通りですよ。だからこそ、コータさんに安全対策について聞いてみようと思ったんですよ」
「じゃあ、丁度良かったですね」
「はい、無理を言いますけど、この鳥かごを作られたコータさんだったら何かいい方法があるのでは、と思ったんです。ありがとうございます」
「いえいえ、お礼を言われる事じゃないです。っていうか、俺が謝るべきですよ」
「そんな事ありませんよ。買ったあとの事までは責任は持たない、という売り主は多いですから」
つまりなんだ、自己責任ってヤツか?
流石にそれはできないよなぁ。何かあったら気になるよ。
「じゃあ、子供たちが帰ったらすぐにでも作業に入りますね。そうすれば明日にでも設置できますから」
「はい、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げてくるタキさん。
「手伝いが必要でしたら言ってくださいね」
「大丈夫ですよ。そんなに手間って事はないですから。それに俺には2人がいますからね」
「ああ、そうでした。あの子たちだったらコータさんの手伝いをしてくれるでしょうね」
「ええ、すごく助かっています」
あの2人はなんだかんだ言って、いつだって手伝ってくれるもんな。
多分、今日も俺が頼めば手伝ってくれるだろう。
まあ俺が頼むのは見張りだけどさ。
なんせ俺のスキルとスミレの存在を知られる訳にはいかないからな。
「では後で、よろしくお願いします」
「判りました」
俺は、頭を下げてから鳥かごの向こうにある管理人室の方に向かって歩いていくタキさんを見送った。
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