185.
孤児院は、なんていうか学校の寮といった感じの3階建ての建物だった。
屋根が石壁と同じ高さで、有事の際には石壁の一部として利用されるのだとフランクさんが教えてくれた。
俺たちが入り口にやってきたところで中から1人の女性がやってきた。
フランクさんの話では、彼女がここの孤児院長だそうだ。
訝しげに俺たちを見る彼女に、フランクさんがやってきた理由を簡単に説明すると彼女は頭を下げる。
「まあ、わざわざ丁寧にありがとうございます」
「いいえ、今後なんらかのご迷惑をおかけしないでもありませんので、その前にご挨拶だけはと思いましたので」
「お気遣いありがとうございます」
俺の前でフランクさんと孤児院長さんが話している。
孤児院長、ってさ、教会の尼僧さんのような格好が俺のイメージなんだけど、彼女は普通のシャツとズボンを履いていた。
いや、そのさ。別にそれに文句がある訳じゃないんだよ。
小さな子供もいるからその方が動きやすいんだろうな、って事は判るからさ。
それに、目の前の彼女はトラ族だから結構良い体格をしている。多分身長は俺と同じか少し高いくらいだろうか? だから尼僧服だと違う意味で迫力がありすぎる気もするしな、うん。
「それではグランバザードという魔物の飼育のための場所が、オークション・ハウスの隣に設置された、という事なんですね」
「はい、そうなんです。グランバザードという魔物は珍しいので、それを見るためにやってくる人も多いんじゃないか、と思いましたので、何かとご迷惑をおかけする前にご挨拶だけはしておこうと思い、こうして今日お邪魔させていただきました」
「私もグランバザードの名前は知っておりますが、実物は見た事がありません。でも確かにあれだけの魔物であればたくさんの人がやってくるかもしれない、と危惧されるのは判る気がします」
頷きながら、孤児院長さんはグランバザードの鳥かごがある方向に顔を向けてから、ハッと俺たちを振り返った。
「あっ、どうぞ、中にお入りください。立ち話をさせてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、どうぞ気になさらず」
「いいえ、それに重たいでしょう?」
箱を抱えているミリーとジャックを見ながら、彼女はにっこりと微笑むと中に招き入れてくれた。
少しひんやりとした建物の中に入ると、入って右側に広めの食堂のような場所がある。
左側はドアがいくつか並んでいて、彼女は俺たちを入り口から2つ目のドアに案内した。
「どうぞ、こちらにお入りください。すぐにお茶が参ります」
そこは応接室っぽい部屋で、細長いソファーが1つと1人がけのクッションのきいた椅子が3つその前にテーブルを挟んで置かれている。
俺たちは3人並んでソファーに座ったけど、もう2人くらいは座れそうだ。
フランクさんには1人がけの椅子の方に座ってもらう。
テーブルの上には俺たちが持ってきたお土産がデン、と置かれていてなんとなく場違いな感じだけど、まあその辺は仕方ないよな。
そんな事を思っていると、ドアがノックされて14、5歳くらいの女の子がお盆を手に入ってきた。
「粗茶ですけど、どうぞ」
お茶を置いて一礼して出て行った彼女を見送っていた俺たちにそう言ってお茶を勧めるのは、1人がけの椅子に座った孤児院長さんだ。
「そういえば自己紹介もしていませんでしたね。私の名前はセレスティナです。この南地区孤児院の院長をさせていただいています」
「私はクリスワード・シュナッツの護衛を努めさせていただいております、フランクと申します。今はシュナッツ様の命により、こちらのコータさん、ミリーさん、そしてジャックさんの3人のお手伝いをさせていただいております」
「はじめまして、コータと申します」
「ミリー、です」
「ジャック、です」
俺が軽く会釈をすると、両隣に座っている2人が慌てて頭を下げながら挨拶をする。
その仕草が可愛くてほんわかしていると、前に座っている2人も同様だったのか口元に笑みが浮かんでいるのが見える。
「今回の事、わざわざご挨拶に来ていただき、本当にありがとうございます。その上お土産までたくさんいただいて、子供たちもきっと喜びます」
「いえ、何がいいかさっぱり判らなかったので、ここに来る前に店に寄って適当に選んだんで大したものじゃないんです」
「とんでもない。果物やお菓子などあまり口にできませんからね。きっとみんな喜ぶと思います」
開けてもいいですか? とセレスティナさんが言うので頷くと、彼女は嬉しそうに手前にあるミリーが持っていた箱を開けた。その中にはクッキーがいっぱい入っている。
ジャックが持っていた箱の中身も同じでクッキーだ。それぞれの箱に50枚ずつ入っている。
最初は違うものにしようと思ったんだけど子供の数が判らなかったから、違うものよりも同じものの方がいいだろうって事でどっちもクッキーにした。
そして俺が持っていたバスケットにはりんごに似た果物であるマンタナがいっぱいに入っている。これも違う種類にしなかったのはクッキーと同じ理由だ。
「子供の数が判らなかったのですけど、これで足りますか?」
「はい、十分です。この孤児院には全部で120人の子供がいます」
「えっ? じゃあ、クッキーの数が足りないですね」
「いいえ、子供は0歳から15歳までの年齢なので、クッキーを食べられる年齢の子だけであれば100人いませんので十分です」
ああ、そっか。乳飲み子だったらクッキーは食べられないか。
「今夜の夕飯の時に1枚ずつ食事につけてやりますね。きっとみんな喜ぶでしょう。マンタナは明日か明後日の食事にデザートとして出してやれば喜ぶでしょう」
まあマンタナは適当に切れば全員に1切れは当たるだろうしな。
それにしても120人の孤児かぁ。
大きな街だから孤児はいるだろうけど、それにしてもその数がなぁ。
それに120人いるにしてはこの孤児院は狭すぎないか?
「ここって、120人も収容できるんですか?」
「えっ? はい、それぞれ8人ずつ寝泊まりできるようになっていますので、120人ならギリギリ収容できるだけのベッドはあります」
3階に8人部屋が8部屋 、2階には8人部屋6部屋と2部屋分を使った乳幼児室がある、とセレスティナさんは説明してくれた。1階部分は院長室に食堂と浴室、それに住み込みで子供たちの世話をしてくれる人の部屋があるそうだ。
それぞれの部屋は2段ベッドが左右に4つずつ備えられていて、勉強は食堂でする事になっているんだとか。
「個室は与えてやれませんが、それぞれが助け合って生活しています」
そう締めくくるセレスティナさんは子供たちを誇りに思っているんだろう、ニッコリと自信を持った笑みを見せる。
「そうそう、1つお願いしたい事があるんですけど?」
「何でしょう?」
「子供たちにグランバザードを見せてやってもらえませんか?」
「グランバザード、ですか?」
「はい、あの子たちはここしか知らないですからね。そういった魔物も外にはいるんだ、と教えてやりたいんです」
「えっと・・フランクさん?」
俺はなんと返事をすればいいのか判らないから、フランクさんを振り返った。
「来週のオークションが終わってからだと新しいオーナーに聞かなければなりませんが、オークションの前だとコータさんがオーナーですからコータさんの好きにすればいいですよ?」
「そうなんですか?」
「ただまぁ、一度に120人の子供たちはさすがに無理だと思いますけどね」
「あっ、じゃあ、数回に分ければ大丈夫って事ですよね?」
「はい、15人ずつくらいのグループで短時間と言う事にすれば、大丈夫だと思います」
なるほど、小グループに分けて回していくって事だな。
「ああ、じゃあ、俺も手伝いますよ」
「いいんですか?」
「はい、どうせオークションが終わるまでは時間がありますからね」
「でもアリアナ観光をするんじゃないんですか?」
「しますよ。でも1−2日の事でしょ? だったら大丈夫・・っと、ミリー、ジャック、それでいいかな?」
2人に聞かずに勝手に決めかけて、慌てて2人を見下ろした。
「だいじょぶ、だよ」
「いいぜ、どうせコータの事だから、毎日グランバザードの様子を見に来るだろうしな」
バレバレじゃん、俺。
「じゃあ2人も付き合ってくれるって事でいいかな?」
「手伝う、よ」
「ありがとな、ミリー」
思わずワシャワシャと頭を撫でると、照れ臭そうに頭に手を当てて俺を見上げるミリー。
ああ、もうっ、相変わらずミリーは可愛いぞ。
「お、俺だって、ちゃんと手伝うぞ」
「うんうん、ジャックも偉いなぁ」
「おっ、おまっ、やめろよっ」
ツンツンジャックは俺が頭を撫でようとすると慌てて頭を抑えて逃げる。
でも撫でなかったら残念そうな顔をするので、俺は無理やり頭を撫で回してやる。
そんな俺たちを微笑ましそうにセレスティナさんが見ている。
「それではコータさん、そろそろ失礼しましょう」
「えっ、ああ、そうですね」
「なんのお構いもできずに申し訳ありませんでした」
「いえいえ、お茶をご馳走さまでした」
フランクさんに促されて、俺たちはソファーから立ち上がる。
「じゃあ、明日朝食を終えたら来ますので、それまでに適当に決めておいてくださいね。俺たちは帰りにオークション・ハウスに寄って、この事を伝えておきますから」
「はい、ありがとうございます」
これで数日はまたここに来る機会ができた。
あとはなんとかミリーがいない時にセレスティナさんと話す機会が作れるといいんだけどな。
読んでくださって、ありがとうございました。
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06/11/2017 @ 18:15CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
ここに来る前に見せに寄って → ここに来る前に店に寄って




