183.
また長くなってしまいました。
無事にグランバザードの鳥かごは出来上がり、エサのやり方も実践して見せたし、可動式屋根の移動方法やその時の注意事項もちゃんとタキさんをはじめとしたその場に集まっていた人全員に口述で伝えた。
「じゃあ、もし何か不具合が起きても部分的に取り替える事ができる、という事ですね」
「はい、シュナッツさんが話をつけてくれた職人さんにどの部分の鳥かごのパーツが必要かを言って頼んでください」
「いやいや、彼らは部品を統一する事で現場で簡単に組み立てられる、という事に感心していましたよ。あれも手法を登録されるんですよね?」
「あ〜、した方がいいですかね?」
「もちろんですとも。是非ともしてやってください。ついでにあのやり方を使った応用なんかも公開してくれると喜ぶでしょう」
グランバザードの鳥かごについては、シュナッツさんを通して職人さんを紹介してもらって、そこに委託して作ったものだ。もちろんいくつかの仕掛けについてはスミレが作ったものを使っているが、現場で作るのではなくパーツを作ってそれで組み上げる、という手法は珍しいようだ。
でもまぁ、こうしてなんとか作り上げられた事にホッとする。
「では、こちらが鳥かごの仕掛けに関しての取扱説明書です」
俺はポーチから取り出したスミレ特製の取扱説明書を3部手渡した。
そんな事をしている間にグランバザードが羽を飛ばしてきたので、実地で鳥かごの安全性もちゃんと証明できたし、トキさんと一緒に可動式屋根を使っての練習を兼ねた羽の回収も済ませる事ができた。
ちなみにこの羽は現段階では持ち主である俺のものとなるそうだ。
なのでこれらは話題と羽の質を見てもらうために、オークションの日に売る事にした。
って事で、これで俺がここでしなくちゃいけない事は済んだ訳だ。
「コータ、どうする?」
「ん〜、そうだなぁ。特にこれといって予定もする事もないしな。なんかしたい事ある?」
「わたし? ちょっと見て回りたい、かな?」
「見て回るって、この辺りって事か?」
「うん、あっちに動物がたくさんいる、って言ってた、よ?」
「ああ、家畜か」
そういや家畜がいろいろいるって言ってたな。
「それに、野菜たくさん、生えてるって」
「うん、畑もあった筈だ。んじゃ、適当にこの辺りをウロウロして過ごすか」
どうせ依頼を受けてアリアナから出るなって言われてるしな。
それならお子ちゃまたちがしたい事をさせるのが一番だ。
「ジャックはどうだ? 何かしたい事とかあるのか?」
「お、俺? 俺は別に・・」
「じゃあ、ミリーの提案通り、この辺をうろつくか?」
「お、おう」
あまり乗り気ではないみたいだけど、それでも特に反対しなかったからジャックも賛成と見なして、俺は取扱説明書をじっと読んでいるシュナッツさんに声をかける。
「シュナッツさん、パンジーと引き車はこの辺に置いておいても構いませんか?」
「うん? どうするんでしょうか?」
「畑と家畜を見たいっていうから、ちょっと散歩がてらこの辺をうろつこうかなと思いまして」
「ああ、なるほどね。タキ、構わないかな?」
「はい、もちろんです。あそこなら安全ですから」
タキの指示で組み立てを始めた時にパンジーと引き車はオークション・ハウスの倉庫に入れさせてもらっているから、帰る時に声をかけてくれれば出す手助けをする、と保証してくれた。
「じゃあ、お願いしますね」
「あっ、フランクは皆さんについていきますから」
「えっ? あ、ああ、判りました」
そういやフランクさんって俺たちの警護をしてくれるんだったっけ。
「お願いします」
俺は近づいてきたフランクさんに頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、ご不便を感じさせて申し訳ありません」
「いえいえ、こっちの安全のために気を配っていただいているんですから。むしろこちらの方が申し訳ないです」
「それではどこに行かれますか?」
「家畜と畑がみたいって言ってるんですけど?」
ミリーの希望だけど、俺としてもどんな家畜がいるのか興味があるんだよな。
「ああ、それでしたら、まずは家畜を見に行きましょうか。ここからだと畜産地域が近いんです」
「じゃあ、それでお願いします」
俺がちらり、とミリーとジャックを見ると、すぐにミリーが俺の隣にやってきて俺の手を握った。
ジャックはそんなミリーの横を歩いている。
もちろん彼女の手に視線を投げかけながら、だ。
思わず吹き出しそうになったけど、必死に堪えて何もなかった顔をして先導してくれるフランクさんの後を追った。
畜産地域っていうのは想像より広々としたエリアだった。
まあここでは乳業が主で、食肉は野生動物や魔獣で8割がたを賄っているそうだ。他には卵のための鳥がいるくらいだろうか。
でも乳業のための家畜は牛じゃなかった、っていうのが異世界に来たんだって実感させられたよ。
なんせそこで飼われている家畜はノキュラという動物なんだけど、その姿はどう見たってサイだった。なんかゴツゴツした見るからにサイ、というその動物はちょっとした小屋くらいの大きさがあった。
なんせ腹の下は俺の背丈よりも高いんだよ。ミリーとジャックなんかは目を丸くして見上げていた。
そして卵を産む鳥は3種類。卵を産む鳥の大きさが小さい方からパロー、マロー、ダロー、というらしい。
なんでも卵の大きさで育て分けているんだとか。小さい卵はウズラより一回りほどの大きさの卵を産む鳥で、これは見た感じはスズメだけど大きさはウズラよりも一回りデカい。ま、当たり前か。
中ぐらいの卵は鶏の卵サイズで、こちらは見た目が鶏だったのでなぜかホッとしたよ、うん。
んで、でっかい卵を産むのは足の短いダチョウのような鳥だった。こっちは直径15センチくらいのまん丸の卵を産むようで、見ただけだとビニール製のテマリって感じ?
この卵たちもミリーとジャックにはとても興味深かったみたいで、触らせてもらっていた。
その様子が本当に嬉しそうだったから、いつかどこかに落ち着く事ができるようになれば鳥くらいなら飼ってもいいかな、って思っちゃったよ。
まあいつまでも俺と一緒にいるかどうかは判らないけどさ。
そうやってあちこちを見回ってから一度オークション・ハウスに戻り、簡単なサンドイッチのランチにした。
フランクさんは恐縮していたけど3人分作るのも4人分作るのも一緒だし、魔石コンロを使ってグリルしたブガラ鳥のサンドイッチはみんなに好評だった。
そしてランチのあとでお茶をしてから向かったのは畑だ。
それも途轍もなく広い畑だった。
遠くに見えるのはこの大都市を取り囲んでいる石壁なんだけど、そこに至るまで続いているのが畑だった。
石壁に沿っていくつかの建物が見え、それは奴隷のための宿舎なんだとフランクさんが説明してくれた。
「奴隷のための宿舎って・・・たくさんあるんですねぇ」
「そうですね、男女別の宿舎が5棟ずつ。それぞれ80人ずつ収容できるようになっています。それに家族用に少し広めに中が仕切られた宿舎が2つ。こちらは20家族ずつ収容できるようになってますね」
って事は・・・400人+400人+40家族って事か?
「思ったよりも奴隷の数が多いんですね」
「そうですね。彼らの殆どは借金奴隷ですね。ですのでここで働くのはだいたい2−5年程度でしょうか? 稀に借金の金額が大きすぎて長期間奴隷になる者もいますが、たいていは短期間の借金奴隷ですね」
俺のイメージの借金奴隷って、何十年もかけて支払うって感じなんだけど、ここじゃ違うのか?
「大金を借金する人は少ないんですか?」
「そうですね。貸す方も返してもらわなければ困りますからね。返せなくて借金奴隷になった場合、利子をつけて返済する事になりますが、それでも借金奴隷となった本人から返してもらうので取り立てに時間がかかり過ぎてしまうから嫌う人が多いんです」
「そうなんですか? あの、誰かが立て替える、とか?」
「誰が立て替えてくれるんですか? 他人の借金を立て替えるような物好きは・・・ああ、コータさんが言いたいのは借金のカタに女の子を娼館に売る、とかって事ですか?」
あ、うん。それも心配してたんだけどさ。
「それもありますけど、ほら、その、立て替える代わりに利子が高くなるとか、その・・」
「大都市アリアナでは利子の最高利率は決められているんです。もしそれを破って高利で取り立てようとすると、それが公になった時に犯罪奴隷に落とされます」
「えっ、でも、バレないとかって事は?」
「バレますよ。大都市アリアナの大都市長であるリバラサ様の一族が持つスキルがそれを許しませんから」
ニッコリと笑みを浮かべたフランクさんは自信満々に答えてくれる。
「へぇ、そんなスキルもあるんですね。じゃあ、ここに住んでいる人たちは安心ですね」
「ええ、まあ、それでも全くないとは言い切れないんですけどね。でもそういう時は奴隷落ちした時の調査でたいていの場合バレますからね。ただ娼館に関しては一概に言えませんので、年に数回抜き打ちで調査官が入る事になっています」
なんかここ、安全なんじゃね?
「じゃあ、犯罪奴隷もあそこにいるんですか?」
「あそこにいるのは軽犯罪奴隷のみですね。重犯罪奴隷はもう少し過酷な環境下の元で働かされます。例えば鉱山、とか」
「あっ・・・・」
思い出した、ミルトンさんが送られた場所だ。
思わず動揺した俺の慮ってか、フランクさんはそのまま重犯罪奴隷の事は横に置いて、軽犯罪奴隷についての説明を続けてくれた。
「という事で軽犯罪奴隷はいますが、そちらは1−3年程度という場合が多いです。ただ奴隷の苦役を終えたとしても一文無しですから、そういった人たちのための救済措置として3ヶ月から1年未満であれば、労働者として留まる事も許可されています。その間は宿舎に留まる事もできますが、奴隷ではありませんので宿舎使用料と食費は払わなければなりません。ただ救済措置なので街中で必要な生活費の半額以下に設定してあるので、真面目に働けばお金を貯める事はできますね」
「なるほど。結構考えられているんですね」
「それはそうですよ。奴隷を終えて街中に戻ってきても、お金がないからという理由でまた犯罪行為をされたら服役させた意味がないですからね」
ああ、そういえばそういう話は元の世界でも聞いた事があるな、更生しようとしてもお金がないから仕事がないからという理由で罪を犯して刑務所に戻るって話。
でもここである程度の準備金を稼ぐ事ができれば、更生しやすい事は確かだろう。
「そうそう、あの門に一番近い建物だけは奴隷宿舎ではありません」
「えっ? どれ・・・ああ、あの屋根が赤い建物ですか?」
奴隷宿舎の屋根は黒いけど、言われてよく見ると確かに門の側の建物だけは屋根が赤い。
「あれは南地区孤児院です」
「・・・へっ?」
「大都市アリアナには5つの孤児院があります。東西の門の近くに2つ、それからこの南門に1つです」
「どうしてあそこに?」
「奴隷落ちした親を持つ子供があそこに入る事が多いんです。あとは何かと問題を起こして東西の孤児院では扱いきれないと判断した子供もいます」
ああ、親が奴隷になったら子供だけになるものな。
あれ、でも家族宿舎があるんじゃなかったのか?
「奴隷用の家族宿舎は4人以上の家族のみが入れる事になっているんです。ですからもし母子2人家族で母親が奴隷になった場合は、あそこに入れられます」
「じゃあ、数年しかいない子供が多い、という事ですね」
「そうですね・・・ただ残念な事に親によっては奴隷の刑期を終わらせたあと、子供を引き取る事なくアリアナを去ってしまうといった場合もありますから、必ずとは言い切れないんです」
邪魔な子供を置いて行くって事か・・・なんか聞いているだけで気持ちが暗くなりそうだ。
俺はふと心配になってミリーとジャックを見下ろすと、2人の尻尾が垂れ下がっているのが見えた。
2人の前で馬鹿な事を聞いちまったよ。
俺がぎゅっとミリーの手を握りしめてやると、パッと顔をあげて俺を心配そうに見上げる。
「まあ、俺たちはこれからもずっと一緒だから、バラバラになる事はないだろうしな」
「コータ・・」
「なんせ俺たちはチーム・コッパーだから、1人でも欠けると依頼がこなせないもんな」
「うんっ」
ぎゅっと握り返してきたミリーを見下ろして、俺はにっと笑って見せる。
「でもあそこなら畑の仕事を手伝えるって事かな?」
「はい、孤児院の子供たちはあそこにいる間に畑の仕事をこなして給金を貯める事ができます」
「へえ、じゃあ、大きくなってあそこを出る時には、部屋を借りる事ができるくらいの金はあるわけだ」
なんかよく考えられているな、ここは。
奴隷になっても解放されてから少しはお金を貯める事ができるような措置もあるし、孤児院の子供たちも孤児院を出る時に多少の元手は貯める事ができるような措置が考えられている。
そこまで考えて、俺はふと思い出した。
そういえばミリーの叔母さんはアリアナにある孤児院を経営している筈だ。
もしかしたら、あそこ、なんじゃないだろうか?
いや、それはないか。なんせここには孤児院は5箇所あるっていうからさ。
「とりあえず畑を見に行きましょうか。あれらの建物沿いを歩けば、殆どの種類の野菜を見る事ができますよ。果樹は畑と市街の間にありますから、そちらは帰りに立ち寄ってみればいいでしょう」
「そうですね、じゃあ、それでお願いします」
俺はフランクさんの提案に頷いて、彼のあとをのんびりと歩いていくのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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06/11/2017 @ 18:10CT 誤字のご指摘をいただきましたので訂正しました。ありがとうございました。
一回りデカ位。魔、当たり前か → 一回りデカい。ま、当たり前か




