180.
さすがにこのまま何もなし、という訳にはいかないよな。
なんてったって、サーシャさんに悪気はなくても俺は死にかけたんだからさ。
まあ死にかけたっていうのは大げさかもしれないけど、ミリーの話では胸に折れた肋骨が刺さっていたみたいだ。それは俺が血を吐いたって事でおそらく肺に刺さっていたと疑ってない。
俺は隣に座っているミリーとジャックの頭を順番に軽く撫でてやってから、縛られたままのサーシャさんに向き直る。
「サーシャさん」
「なあに、コータちゃん」
「久しぶりですね」
「そおねぇ。すっごく会いたかったのよ」
「そうですか。ではそのせいであの勢いだったという事でしょうかね?」
「そおなの。だって〜、まさかこんなところで会えるなんて思わなかったんだもん」
嬉しそうにくねくねと身体を捩る姿をなるべく直視しないように気をつける。
「そうですか。ではそのせいで俺はサーシャさんに殺されかけた、という事ですね」
「えっ? そんな事してないわよっっ。私、コータちゃんに会えたのが嬉しかっただけよ」
心外だといわんばかりのサーシャさんだけど、だ。ここははっきりと言わせてもらおう。
「いえいえ、サーシャさんが不用意にいきなり全力で抱きついてきたせいで、俺は肋骨を数本折りましたよ。その肋骨が肺に刺さって重症だったそうです。もしすぐに対処していただけてなかったら、きっと俺はポックリ逝って今ここでこうして話などできてなかったでしょうね」
「そっ・・・そうなの?」
「そうです」
俺は暗に死んでいたかもしれない、ときっぱりという。
途端に驚いたような表情を浮かべるサーシャさんだけど、だ。
その体格で全力で抱きついたら相手に与えるダメージが半端ないって事くらい想像つかなかったんだろうか?
「そっ・・・私・・・そんなつもり・・・」
「なんとか俺はミリーのおかげで生き延びる事ができましたが、それでも今も痛みは続いています」
「で、でも・・・」
「言い訳の前にいう事はありませんか?」
「ご・・・ごめんなさぁい・・・」
しょぼんとピンクの頭を下げて小さくなって反省しているという態度は見せるものの、それでもデカいからちっとも小さくなっているように見えない。
「こんな事は絶対に2度としちゃ駄目ですよ。そんなつもりはなくても殺人者として捕まりますからね」
「えぇぇぇ・・・」
「もしミリーがいなかったら俺は今頃ここにいなくて、サーシャさんはそうなっていたかもしれないんですよ。親しい仲にも礼儀は必要なんです。というか、俺たちは1度会っただけじゃないですか。そんなに親しい間柄でもないのにあの対応はないですよ」
うん、この点だけはきっぱりと言わせてもらおう。
ぼんきゅっぼんの美人なら場所を問わず抱きついてきても俺は文句は言わないさ。
でも、だ。2メートルはありそうなガタイの良いピンク頭のおっさんに全力で抱きつかれるのは2度とごめんだからな。
「それで、どうしてサーシャさんがハンターズ・ギルドにいたんですか? ギルドだったら錬金術師ギルドじゃないんですか? 確かサーシャさんって錬金術師でしたよね?」
「ん〜ん? ああ、それはね。コータちゃんを探してもらおうと思ってきたの」
「俺を?」
「そう、今朝生産ギルドからコータちゃんのサインが入った書類が届けられたから、やあ〜〜〜っとここに着いたんだって知ったのよ。そう思ったらすぅっごく会いたくなったの。だからなんとか探してもらおうかなって思ったの」
語尾にウフっという声を付け足すサーシャさんだけど、それ、気持ち悪いだけだぞ。
「なんで俺に?」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、コータちゃんにお礼を言いたかったのよぅ。ほら、うちに来た時にイロイロとアドバイスをしてくれたじゃない? そのおかげでもんのすっご〜い良いアイデアが次から次へと生まれてね、そのおかげでいくつかの登録申請をする事もできたし、それがぜ〜んぶ通っちゃったの。おまけにアリアナで高額の仕事をいくつも請け負っててね。おかげで暫くはお金に困る事はないわ。これもぜ〜んぶコータちゃんの・お・か・げ❤」
アドバイスっていうほどの事は言ってないと思うけどな。
「そうだったんですか。まあ、俺もサーシャさんと話をしたいと思ってたんです」
「あらっ。うそっっ、ほんとっっ?」
俺が話をしたい、イコール、会いたい、と受け取ったサーシャさんは喜色満面に俺にキラキラした目を向ける。
「ええ、サーシャさんがくれた特許使用料10パーセントの権利譲渡を放棄したいな、って思って」
「えぇぇぇ・・・コータちゃん、受け取ってくれないの?」
「だって俺は特に何もしてないですからね。あれは全部サーシャさんの実力があったからこそ申請できた特許なんですから、全部サーシャさんが受け取るべきです」
「でっ、でもね、ずうぅぅっっっと行き詰っていた私の研究に光を差し込んでくれたのは、コータちゃんなのよ? 錬金術師としては半端者でいつだって馬鹿にされてたのに、コータちゃんのアドバイスのおかげで今じゃあ馬鹿にされるどころかあれだけの質のものを作れる、って事ですっごく認めてもらえるようになったんだもの。だから少しでもお礼の気持ちを伝えたいと思って、ほんのちょっぴりだけどお裾分けをしようと思ったの。だからあれは受け取ってね」
サーシャさんはそう言ってから俺に、バチン、とウィンクをする。
「え、ええ、その・・そういう事でしたら、受け取らせていただきますね」
「是非ともそうしてねっっ! ずぅっと行き詰まってた私の救世主さまだもの、コータちゃんは・・・きゃっ」
言っちゃった、と両手で頬を抑えている姿は気色悪いというかホラーだな、うん。
俺はそんなサーシャさんを無視して、さっきからニヤニヤとこちらを見ているローガンさんに視線を移した。
「いっや〜、おもしれえもん見せてもらったよ」
「そんなに面白かったんだったらお代はいただきますよ?」
「ケチくせえ事言うなって。んじゃ、とりあえずそっちの話は済んだのか?」
「あ〜・・多分」
俺は未だに悶絶しているサーシャさんをそっと横目で見てから、ローガンさんに頷いた。
「んで、この件は不問にするって事でいいのか?」
「えっと?」
「コータがその気なら暴力沙汰って事で訴える事ができるぞ? ついでに慰謝料ガッポガッポだ」
「ええええぇぇぇぇ〜〜〜」
ローガンさんの言葉に悲鳴をあげるサーシャさん。
う〜ん、確かにあれだけの被害を受けたんだ、慰謝料ガッポガッポは魅力的だ。
でもさ、正直もうお腹一杯なんだよ。これ以上付き合いたくはないぞ。
「あ〜・・いいえ、不問って事でいいです」
「いいのか? 俺だったら絞れるだけ搾り取るぞ」
「いえ、もうあんまり関わりたくないというか」
「えええええっっっ、コータちゃん、ひっどい」
いや、ちっとも酷くないと思うな。
俺が冷めた目でサーシャさんを振り返ると、慌てて口を両手で抑えてから頭をウンとかがめて上目遣いポーズを作る。
うん、可愛い子がしてきたなら一発で落ちるけど、サーシャさんじゃあうんざりするだけだよ。
まあ、悪い人じゃあないんだろうけどさ、アクが強すぎて暫く顔を合わせなくても十分だ。
「じゃあ不問って事で話を通しておくぞ」
「はい、お手数おかけしました」
「いや、じゃあ今度はこっちの用件をさせてもらっても構わないか?」
「えっ、はい。でも・・・」
ハンターズ・ギルドの用件がなんなのかさっぱり判らないけど、サーシャさんがいる前ではしたくない。
「おう、もちろん個人情報だからな、そっちのピンク頭には出て行ってもらう」
「ええええええ」
「お前は部外者だからな、当然ここにいてもらうと話ができないんだ」
「えぇ・・コータ、ちゃん?」
「済みませんが、仕事の話なので出て行ってもらえませんか」
縋るような視線を向けてくるが、俺はきっぱりと断る。
そんな俺を見て、これ以上いっても無駄だと思ったのか、サーシャさんは諦めたようにドアに向かっていく。
それからドアの前でもう一度俺を振り返り、引き止めてもらえないか、というような視線を向けてきた。
「それではお仕事頑張ってくださいね」
「ううん、もうっ、イケズなんだからぁ・・・また会えるかしら?」
「さあ、どうでしょう? 俺たちも意外と忙しいのではっきりと約束はできませんが、ここにいる間にはどこかで顔を合わせる事もあるかもしれませんね」
はっきりと断ると角が立つので、やんわりと断る。
俺としては別に顔を合わせるくらいならいいんだけどさ、ミリーとジャックの事を考えると『また会いましょう』とは言えないんだよ。
それにさっきから一言も言葉を発していないんだけど、スミレからもかなりの重圧を感じているだけに迂闊な事は言えない。
「仕方ないわね。じゃあ、どこかで会える事を祈っているわ。その日がすぐだと嬉しいわね」
「では気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、コータちゃん」
胸の前でピラピラと手を振る姿は乙女のそれだが、それをやっているのがサーシャさんだと思うとげんなりだな、うん。
それでも特にごねる事もなく出て行ってくれた事には感謝している。
「やあ〜っと出て行ってくれたな。参ったよなあ」
「ローガンさん」
頭をボリボリと書きながらどっかりと俺たちの前に座るローガンさんは、心底疲れたといった顔をしている。
「すみません」
「いや、コータたちが悪いわけじゃあねえよ。ただタイミングが悪かっただけさ」
そうですよねえ。
「で、だ。まずはさっきのサインを貰いたいんだけど構わないか?」
「サイン、ですか?」
「おう、受け取りのサインだ。図鑑もあっちに置いてあるから持って帰ってくれよ」
ローガンさんは入口の隣にある棚を顎でしゃくってみせる。
そこにあるのは分厚い図鑑だ。
俺はそれを目で確かめてから、目の前に置かれた受け取り用紙にサインをする。
「で、もう1つは、さっきクリスワードから使いが来てな、警護の依頼を受けた」
「クリスワードさん、ですか?」
「おう、知り合いだろ?」
「えっ・・・っと?」
クリスワードって誰だ?
「クリスワード・シュナッツだよ。アリアナの入場管理官総責任者をしているヤツなんだが?」
「ああ、シュナッツさんですか。はい、知ってます。でもなんで警護?」
「倉庫の中にあるお前の出品物の警護を頼まれた。それとお前たち3人の警護もな」
「・・・・っへ?」
「とんでもねえのを捕まえてきやがったな〜。俺も後で見に行くつもりなんだ、すっげー楽しみだ」
うんうん、と頷きながら嬉しそうに話す彼は、子供のように目をキラキラさせている。
「えっと、倉庫のアレに警護は判りますけど、なんで俺たちにまで?」
「そりゃオークションの直前にドタキャンされたくないからだろ? お前、こっちの2人が誘拐されてアレを寄こせ、って言われたら渡すだろ?」
うん、そりゃそうだよ。だってこの2人は大事な仲間だからな。
「そういう不慮の出来事を未然に防ぐために、お前らに警護をつけんだよ」
「ああ、なるほど。あっ、じゃあ、依頼も受けない方がいいですか?」
「あ〜、そうだな。できればオークションが終わるまではおとなしくしてくれると助かるよ。まあアリアナの観光でもして時間を潰してくれるとこっちも助かるな」
「まあ、それで大丈夫だと思います。それでオークションはいつですか?」
「丁度1週間後の昼過ぎからだ。詳しい時間は今夜説明に行くと言っていたぞ」
じゃあ、その時に詳しい話を聞けばいいか。
「あ、それと俺も1つ依頼をしたいんですけどいいですか?」
「ん? 依頼はいつでも受けてるぞ」
「じゃあ、それはまた外でカウンターで受けてもらいますね」
「ここでもできるぞ?」
「いえ、ちょっと色々と聞きたい事もあるので、そっちの方が依頼の説明もしやすいんです」
「ああ、そういう事か。じゃあ、そっちですればいいな」
俺が視線だけを隣に座る2人に向けると、それだけでローガンさんには2人の前でしたくない依頼だと気づいてくれたようだ。
「ミリー、ジャック、悪いけど俺がカウンターに並んでいる間、依頼掲示板でも見て時間を潰してくれるかな?」
「わかった」
「いいぜ」
んじゃ、オークションの事は今夜だな。警護の事もその時に聞けばいいだろう。
って事で、俺は2人を促して立ち上がったのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/18/2017 @ 19:49CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
敬語の依頼を受けた → 警護の依頼を受けた




