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異世界で、のんびり趣味に走りたい  作者: チカ.G
大都市アリアナ 到着
178/345

177.

 ジロジロと遠慮なく見られたジャックは、イラっとしたように椅子の上に立ち上がった。

 「へんっっ、なんでえっっ! ケットシーがそんなに珍しいのかよっっ」

 「ジャック」

 いらついたようなジャックを諌めるように彼の名前を呼ぶと、とりあえず黙ったもののまだ苛立ったままだ。それは彼の忙しなく動く尻尾を見ていれば判る。

 でもタバサさんは全く気にしていない。っていうか、むしろ楽しそうにジャックを見ている。

 「お前、ケットシーを見た事ないのかよっっ」

 「い〜や、あるさ。私がいた辺りじゃあ別に珍しいもんじゃなかったからねぇ」

 「んじゃなんでそんなにジロジロ見てんだよっっ」

 「いやね、コータたちがやってきた辺りには、海族ケットシーはいないだろうに、と思ってね。アーヴィンの森からここの間に住んでいるのは山族ケットシーだけだと思っていたから、これはまた随分珍しいのを連れているねえと思ったんだ」

 タバサさんが面白そうにジャックを顎でしゃくる。

 あれ? ケットシーにも種類があるって事か?

 「海族、ケットシー・・・ですか?」

 「なっ、なんだよ、それっ」

 苛ついたジャックの表情が今度は困惑したものに替わる。

 俺も聞いた事のない言葉だったから、きっとジャックと同じように困惑したような顔になっているんだろう。

 「おや、知らないのかい。ケットシーは海族と山族と分かれているんだよ。山族は茶色と白が基本色のケットシーで、海族は灰色と白が基本色なんだよ」

 「そうなんですか?」

 「ああ。たださ、ケットシーっていうのは自分の故郷を離れたがらない種族だから、山族ケットシーのテリトリーからやってきたコータたちの連れのケットシーが海族ケットシーだとは思いもしなかったよ」

 カラカラと面白そうに笑うタバサさんを見てから、俺はジャックを見下ろした。

 なんだ、突然変異じゃなかったんだ。

 ジャックが他のケットシーと毛色が違う事をすごく気に病んでいたのを知っているから、毛色が違って災いを運んでいた訳じゃない事が判ってホッとする。

 「良かったな、ジャック」

 「な、なんだよっ」

 ポンポンと頭を撫でると、照れ臭そうに俺の手を払いのけるジャック。

 「お、俺は別にだなっっ」

 「うんうん、判ってるって」

 「おまっ、変な事言うなよっっ」

 「何も言ってないだろ?」

 うううっと唸るジャックは、それでもなんだかホッとした顔をする。

 そうだよな、自分がずっと自分の毛色が違った事を気に病んでたもんな。

 「多分お前の家系のどっかに海族ケットシーがいたんだろうな。お前はきっとその海族ケットシーの先祖返りなんだよ」

 「なんだよ、その先祖返りって」

 「お前の家族の血筋に海族ケットシーがいたって事だよ」

 「そ、そうか・・・」

 暫くジャックはタバサさんを見ていたけど、そのままストンと椅子に座った。

 「なんだい、おまえは海族ケットシーを知らなかったのかい。まあ閉鎖的な村に住んでいると仕方ないねえ。もしかして苛められてたのかい?」

 「ばっ・・そんなんじゃねえよっ。ただばあちゃんが・・・」

 俺には聞こえないほど小さな声でいった言葉の続きは俺には聞こえなかった。

 でもさ、周りがなんと言おうといつもジャックを可愛がってくれていた祖母の話は俺も聞いているから、彼が何を呟やいたのかなんとなく判る気がする。

 きっとジャックが苛められるのと同等か、もしくはそれ以上の事を彼の祖母は言われていたに違いない。

 それでもきっと生きている間はずっとジャックを守ってきたんだろう。

 コンコン

 なんとなくしんみりとしているところに、バラントさんが戻ってきた。

 「お待たせしました。こちらが書類となっています」

 「ご苦労さん」

 10枚ほどの紙の束をタバサさんに手渡すと、バラントさんは先ほどと同じように俺とタバサさんの間の辺りに立つ。

 「バラント、そんなとこに突っ立ってないで座んなよ」

 「いえ、私は関係ないですから」

 「いいから。おまえにそんなとこに立たれていると気になってしょうがないよ」

 「それは・・では、お言葉に甘えさせていただきます」

 ヒラヒラと書類を振りながらタバサさんが嫌そうな顔をバラントさんに向けると、申し訳なさそうにミリーの正面に腰を下ろした。

 「さて、と。これはあんたの権利に関する書類だよ」

 「俺の?」

 「ああ、新しい登録申請が通った時に、売上から発生する使用料金の10パーセントをコータに譲渡するっていう書類だね。それは3枚あるから全部サインしておくれよ。うちとあんたと登録申請者の3人分だ」

 「・・・・はっ?」

 「ああ、心配しなくてもこれは本物だよ。別に私が脅しすかして譲渡するように言ったわけじゃないよ。ってかさ、アレの事があったからあんたに使用料金の譲渡は止めた方ががいいだろう、って言ったんだけどね。全くこっちの忠告を聞き入れようとしなかったんだよ」

 困ったもんさね、とタバサさんはわざとらしい溜め息を吐いたけど、まだ俺にはさっぱりなんの事か判らないままだ。

 「お前さんと一緒に共同開発したって言ってたよ? フラスタル・シートっていう商品なんだけど、知らないかい?」

 「・・・・さあ?」

 「ほら、とにかく書類を見な」

 「あっ、はい」

 ぽいっと書類を俺に投げてきたタバサさんが面倒くさがったのが判ったよ。

 俺は苦笑しながらも目の前にポイされた書類を拾い上げて、書かれている事を上から順に読んでみる。

 なになに、商品名はフラスタル・シート。さっきタバサさんが言った通りだな。

 フラスタル・シートは水晶を使って作られた板状のもので、特殊な魔法陣を使う事でこの水晶の表面に画像を呼び出す事ができる、ってか。

 公開するのはフラスタル・シートで、それに使う魔法陣をは・・・あれ?

 「サ、サーシャさん・・・?」

 「なんだい、やっぱり知ってんじゃないのか」

 「い、いや、その・・あれ?」 

 知ってるといえば知ってるけどさ。

 「なんでサーシャさんが俺に使用料を譲渡するんですか?」

 「そりゃあんた、さっきも言ったけど、あんたと合同開発したから、だってよ」

 「いえいえいえいえ、そんな事これ〜〜っぽっっちもないんですよっ」

 「そんなの私が知るかい。あたしたちは言われた事を書面にしただけだからね」

 言われた事ってなあ。これ、多分あの時話した板状にしか作れないって言ってたから、開発したものも板状のものだけ、って事なんだろうけどさ。

 水晶石に光の魔石を混ぜてたものに、水晶を色々な色に変化させる液体を混ぜて板状にする、と。それに光の魔石を夜間光らせるためのエネルギー資源としての陽輝石ソーラーパネルを作った、と。

 なんか似たような話をしたような気もするけど、これ、別に俺のアイデアって訳じゃないんだけどなあ。

 「ほら、とっととそこにサインをしな。それでこっちの話は終わりだよ。もちろん、あんたが“ぶらっくぼっくす”をすぐにでも融通してくれるって言うんだったら、話は続けるけどね」

 「ははは・・・」

 「なんだい。そこは素直に頷かないんだね。まあ仕方ないねえ。とにかく、ほらサインしなよ」

 俺はずいっと差し出されたペンを見て、おっ、っと思った。

 これ、俺が作ったペンじゃん。

 「気がついたかい? あんたが特許申請したペンだよ。これはいいねぇ。インク壺をひっくり返す心配もいらないし、持ち運びも簡単だ。あたしも愛用しているよ」

 「その、ありがとうございます」

 にへら〜っと笑う俺だけど、嬉しいのは仕方ないんだ、うん。

 「あの、これって後でサーシャさんが訂正する事もできますよね?」

 「なんだい? もっと取り分が欲しいっていうのかい?」

 「いっ、いえっ、その、譲渡を解消してもらえるかな、って思っただけですよ」

 「なんだ、つまらないねぇ。あんた欲がなさすぎんじゃないのかい? ていうか、男ならもっとガツガツしてなきゃ駄目だねえ。そんなんじゃあ勃つものも勃たないよ」

 「ちょ、ちょっと何言ってんですかっっっ」

 ひっひっひ、と笑うタバサさんは、どう見たってデバガメ婆さんだ。

 でも俺が文句を言おうと口を開きかけたところで、タバサさんの隣に座っていたバラントさんが懐から取り出した筒でバコンと頭を叩いた。

 「コータさん。大変申し訳ありませんでした」

 「バラント、痛いじゃないかっ」

 「自業自得です。全く、こんな下品な人が生産ギルドのマスターだと私たちも大変です」

 「あたしのどこが下品だっていうんだい? こんな上品なババアはいないだろ」

 「自分でババアというところからして下品なんですよ。下ネタは一人で飲んでいる時に楽しんでください」

 俺はもちろんだけど、両隣に座っているミリーとジャックもビックリして目を見開いて2人のやり取りを見ている。

 「大変失礼しました。コータさんの質問ですが、もちろんできます。その場合はコータさんにはサーシャさんが譲渡を取り下げたという旨の書面がギルドを通して届けられる事になっています」

 「ああ、だったら大丈夫ですね」

 俺は目の前に転がっているペンに手を伸ばしてから、やっぱりあれは触りたくないって思ったのでポーチから取り出した自分用のペンを使ってバラントさんが示す場所にサインを入れていく。

 「おや、そのペンもいいねえ」

 「俺専用のペンです」

 タバサさんが持っていたのは大量生産型の黒のペンだけど、おれがポーチから出したのはゴンドランドの羽の端切れを使って作ったペンだ。薄い青色の透明なペンはとてもオシャレだと思うぞ。

 「あんた、それも売らないのかい? 売るんならいつでも私が買い取るよ」

 「あはは・・・考えときます」

 「考えなくってもいいだろう? それなら少々高くても喜んで買う連中を知ってるよ。なんならあたしが口を利い--いたっっ」

 ニヤニヤしながら偉そうに話すタバサさんの頭をバコンと叩くバラントさん。

 「バラントッッ。何度も叩くんじゃないよっっ」

 「ギルマスのくせにな〜んにも覚えられないあなたのために叩いたんですよ。怒るんじゃなくてむしろ感謝してもらいたいです」

 「なんなんだい、その言い方は」

 「ほら、すっかり忘れてるじゃないですか」

 プリプリと怒るタバサさんをジロリと睨みつけるバラントさん。

 「アレの後始末の後で、各地の生産ギルドの会合で何を話し合ったのか言えますか? 言えないでしょう? だから忘れてるって言われるんですよ。もし覚えていたらコータさんにそんな事言えませんからね」

 「なっ、何をさ」

 「クラインさんを呼んできましょうか? きっと私よりもきちんとお説教をしてくれますよ」

 「ひっっ・・・・・」

 ダラダラと冷や汗を流すタバサさんと、冷たい視線を向けているバラントさん。

 どっちがギルド・マスターか判らないよ。

 俺がじっと凝視している事に気づいたバラントさんが、ハッと俺を振り返り頭を下げてきた。

 「大変見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 「い、いえ」

 「アレの件がありましたから、コータさんには絶対に無理強いをしない、と生産ギルドの会合で決まったんです。そりゃコータさんに作ってもらいたいものはたくさんありますけど、それでもあの件で私たち生産ギルドを信頼できなくなっているでしょうから、その信頼回復も込めて

コータさんの判断に任せる事にしたんです」

 「その・・ありがとうございます・・?」

 ここはお礼をいうところなのか?

 「もし気が変わって、何かを登録しよう、とか、商品の部品を納品しよう、と思われた時は是非ともお越しください」

 「は、はあ」

 「私たちはいつでもお待ちしております」

 それでは用件は以上です、とにこやかに俺たちに告げるバラントさんと、テーブルに突っ伏して動かないタバサさんがとても印象的だった。






 読んでくださって、ありがとうございました。


 お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。


Edited 05/16/2017 @ 15:27 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。

後悔するのはフラスタル・シートで → 公開するのはフラスタル・シートで

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