176.
バラントさんがどうぞと言うと、開かれたドアから背の低い薄青色のサリーのような服を着たずんぐり体型の女性が入ってきた。
彼女は多分140センチあるかないかといった身長で、今まで見た事のないような黒人のような浅黒い肌をしていた。そして長いのでだろう白髪を頭のてっぺんで団子状に丸めている。
左手に杖を持った彼女は、ころっとした体を左右に揺らして中に入ってきた。
「お待たせしたね」
そう言いながらにっこりと笑みを浮かべたものの彼女の目つきはとても鋭く、口元と違ってちっとも笑っていない。
そんな目でジロリと見られた事で内心ビビった俺を見定めるように、彼女は俺の前の椅子に座ってからゆっくりと視線を上から下へと動かした。
「あんたがコータかい?」
「は、はい」
「あたしはタバサ。ここの生産ギルドでギルマスをやらせてもらってる」
「はい」
思わず背筋を伸ばして両手を膝の上に置いて、「はい」としか言えない俺。
そんな俺の左右で椅子の背もたれにしがみつくようにして座っているミリーとジャック。
そんな俺たちを見て、頭を左右に振るバラントさん。
「マスター。目つきが悪いからコータさんが怯えてますよ?」
「あん? そんな事ないだろ、ねえ?」
「はっ、はい」
「ほら、怯えてますよ。だから初対面の人をジロジロと品定めするように見るな、っていつも言われてるんじゃないですか」
思わず頷いた俺を見て、俺の横に立っていたバラントさんが苦笑いを浮かべている。
「コータさんも大丈夫ですよ。この人は見た目は怖いですけど、それなりにやさしいところもありますから」
「は、はぁ・・・」
「バラント、なんだいその、それなりにやさしいってのは。あたしはいつだって優しいだろ?」
「ああ、はいはい。それよりも、話は短めに切り上げてくださいね。彼も忙しいと思いますから」
適当に返事をするバラントさん、すげえ。
あんな怖そうな人に向かって、あんな態度はとれないぞ。
「ああん? あたしはいつだって話は短いだろ?」
「はいはい、ほら、それよりも一番言わなくちゃいけない事があるんですよね」
「バラント。判ったよ」
ギルド・マスターのタバサさんの苦言を全く意に介さず言いたい事をいうバラントさんに、タバサさんは諦めたように溜め息を吐いてから改めて俺を見た。
「コータ」
「は、はいっ」
「そう畏まらなくてもいいんだよ。もっと楽にしな」
「はい」
「全く・・・とにかく、コータ、悪かったね」
「へっ・・・?」
あれ? 謝った? なんで?
緊張しきっていた俺の顔が驚きで惚けたようになるのを見て、タバサさんは苦虫を噛み潰したような顔になったけど、これは仕方ないぞ。
「都市ケートンの生産ギルド職員がした事だよ」
「あ、それは・・・」
「シュナッツから話は聞いたと思うけど、アレにはきちんと罪を償わせるために犯罪奴隷に落としておいたから、もうこれ以上あんたの利益を貪る事はできない。あんたから見れば生温いかもしれないけどね」
「いっ、いえっっ、十分ですっっ」
昨日シュナッツさんから聞いたミルトンさんの結末は、俺には想像も絶するような拷問に近いものだったから生温いなんて冗談でも思えない。
「おや、そうかい?」
「はい、十分すぎます。ってか、本当にそんな酷い目に遭っているんですか?」
「酷い目? おかしいね、酷い目に遭わされたのはあんたたちの方だろ。あんたが正当に受け取る筈の報酬をアレは掠め取っていたんだよ? あんただけじゃない、100人を超える人間がアレに苦しめられていたんだ。それを思えばもっと厳しく罰せられてもおかしくない筈だ、そう思わないかい?」
「それは・・確かにそうかもしれませんけど、でもまさか身一つで、その・・・」
素っ裸でむさ苦しい男しかいない犯罪奴隷ばかりの鉱山に放り込まれた、なんて思いもしなかったよ。
「そういやあんたは山奥の隠れ里みたいなところで育ったんだったね。だったら知らないのも仕方ないだろうけど、詐欺罪っていうのは人を殺すのと同等なんだよ。だって考えてごらん。詐欺で騙された人たちは、そのせいで人生を駄目にされて自殺に追い込まれる事だってある。自殺しなくたって死ぬほど辛い目に遭う事だってあるだろうし、詐欺に遭ったせいで生活が追い込まれて死んでしまう事だってある。詐欺と殺しの違いは直接手を下すか下さないかの違いだ、というのがあたしたちの考えだよ」
「それはそうなんですけど・・・」
「殺人は肉体に与える暴力だけど、詐欺は精神に与える暴力だ。どちらも被害者に苦痛しか与えない。苦痛を与えるような輩には苦痛を与える罰が待っている、そういう事だよ。いや、それ以上の罰が必要だから肉体と精神の両方に苦痛を与えるような罰が待ち受けているのさ」
確かに身包み剥がれて犯罪奴隷しかいないような場所に放り込まれたミルトンさんは、肉体的だけじゃなくて精神的にも苦痛を味わわされているんだろう。
なんか思いもしないむっちゃ重い話をされてしまった。
「ああ、あんたが気にする事はないよ。アレには自業自得だ。それよりも生産ギルドとしての話をしてもいいかい?」
「えっ? っと、はい」
「じゃあ、まずはお金の話からしようか。生産ギルドで今までのあんたの製品登録使用料は預かっているからいつでも引き出していいからね。金額の明細はバラントの方から書面で詳しく書かれたものを渡してくれる筈だよ。ああ、もちろんお金に困っていないんだったら、このままギルドに預けたままでも大丈夫だからね。生産ギルドだけじゃなくて全てのギルドが集まってできた金融機関があるから、あんたが所属しているギルドに行けばどこででもお金をおろす事はできるよ」
「それってハンターズ・ギルドでもいいって事ですか?」
「そういう事だね。薬師ギルドでも商人ギルドでも、とにかく表の世界でギルドと名の付くところであればお金はおろす事ができるって事だよ」
へぇ、そりゃ便利だな。
俺は生産ギルドとハンターズ・ギルドの両方に登録しているから、そのどちらかがあればどこででもおろせるって事か。
「それから、これはコータ次第なんだけどね、いくつかの生産依頼がきているんだよ」
「生産依頼ですか?」
「ああ、ほら、例のなんだったっけ、“ぶらっくぼっくす”っていうのを作ってもらいたいんだ」
なるほど。確かにいくつかの登録製品には魔法陣を知られたくないからブラックボックスを作ったんだったっけ。
「魔力充填装置用のやつは注文が多すぎて数が把握できてないんだよ。バラント、今いくつ要望が入っていたっけ?」
「今日の要望は届いておりませんが昨日の段階では3154個分の要望が届いております」
おおおぃっ、なんだよその数は。
今いくつ作り置きがあったっけ?
確か1000個くらいはスミレが作ってくれてる筈なんだけど、そんなんじゃあちっとも足りないじゃん。
「それから、魔石コンロに冷蔵庫、だったっけか、そういうものにも要望がきているんだよ。ただコータが“ぶらっくぼっくす”を納入してくれないと作れないから、今のところは保留とさせてもらっておるんじゃ」
「あ〜・・・そうですね、考えておきます」
でもさ、今までの事があるからすぐに了承をする気はないんだ。
だってまた騙されてるかもしれないだろ。
「まだ信用はしてもらえんか。まあ、仕方ないの」
「仕方ないですね。あれだけの事をしでかした相手がうちのギルド職員ですから」
その通り、と口にしないし頷く事もしないまま俺が両隣に座るミリーとジャックの様子を見ると、2人はそれぞれがどうしていいのか判らないといった表情を浮かべて、さっき2人に手渡した色鉛筆をぎゅっと握りしめて尻尾を縮こませて座ったままだ。
なんか可哀そうになって俺は2人の頭をポンポンと叩く。
「コータ?」
「ミリー、あっちの隅に行って色鉛筆で何か描いてるか?」
「だいじょぶ、だよ」
「ここでいい」
どうやら俺と離れる方が心配らしいミリーとジャック。
そんな2人のためにもとっとと話を終わらせるべきだな。
「それで、まだ話があるんじゃないんですか?」
「おや? そんな事、言ったかねえ」
「いいえ、ただ、そんな気がしたんです。でももう用がないんでしたら、俺たちは帰らせていただきたいですね」
バラントさんが持っているという俺の登録使用料の明細用紙は欲しいけどさ、それは別に説明をしてもらわなくったって判る内容だろう。
「俺たちはこのあとでハンターズ・ギルドにも行くつもりなんですから、もし用件があるのであれば手短にしてもらえると助かります」
「ああ、そういやあんたたちはハンターズ・ギルドでチームを組んでいたんだったっけね」
「はい」
「じゃあ、忙しいのは仕方ないね。バラント、あの紙は用意できてるかい?」
「もちろんです。昨日のうちにクラインさんが用意していた筈です」
「なら持って来な」
「はい、少々お待ちください」
あの紙?
一体なんの事だろう。
俺たちに一礼をして部屋を出て行くバラントさんを見送って、俺は問いかけるような視線をタバサさんに向けた。
でも彼女はそんな俺の視線を軽く流している。
それどころか、物珍しそうにジャックをジロジロと見ている。
「なんだよ」
「いや、珍しいね、と思ってさ」
そういうタバサさんは物珍しいと書いてる表情で、更にジロジロとジャックを見た。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。
Edited 05/14/2017 @ 14:34CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
俺の闘力使用料の明細用紙 → 俺の登録使用料の明細用紙




