173.
入場審査という話だったのに、なぜか俺たちはそのまま石壁の中に入らせてもらえた。
その代わり、案内されたのは石壁に接して作られている大きな倉庫のようなところだった。
「さあ、この中に入ってもらえるかな?」
「ここですか?」
「うん、たまにね君のように大きな荷物を持ってくる入場者がいるんだよ。そう言った人の入場審査のためにこう言った大きな場所を用意してあるんだ」
「はあ・・・」
それにしても大きすぎると思うのは俺だけか?
だってさ、パンジーの引き車が5−6台並べて入れられるくらいの広さだ。おまけに天井も高いから、引き車に載ったグランバザードを入れても狭苦しく感じないってのが凄いよなあ。
ミリーはパンジーの手綱を握って、言われた通り建物の中に引き車を入れると横を歩く俺を振り返った。
「降りてもいいよ」
「・・わかった」
少し迷っていたものの、結局は降りてきて俺の隣にやってきた。
右手にはスミレ人形を抱いて、左手で俺の上着の裾を握る。
と同時に反対側の上着が引っ張られ、見るとジャックが握っている。
「まあ、特に審査をする必要はないんだけどね。それでもコータ君が連れてきている魔物が大きいから、とりあえずここで取り調べっぽくしようかと思っただけだから10分ほど我慢してくれるかな」
「それでいいんですか?」
「どういう意味だろうか?」
「その、俺が怪しいものを持っていないとも限りませんよね?」
「ああ、そういう意味か。大丈夫だよ。君はそんな事をするような人じゃないから」
あれ、なんで俺はこんなに信用されているんだ?
「ジャンダ村からここに来るまでの事なら、大抵の事は既に知っているからね。その中で君が誰かを騙すといった事はなかった、違うかな?」
「違いませんけど・・でもどうしてジャンダ村の事まで知っているんですか?」
確かに俺の事を調べればハンターズ・ギルドに登録したのはジャンダ村だから、そこがある意味スタートって事になる。
でもさ、今までそんな事を言われた事なかったんだけど、もしかして俺の事を調べたのか?
「ああ、そう警戒しなくてもいいよ。私たちは大都市アリアナの利益を一番に考えて行動する事になっているんだ。だから、優秀な発明家であり開発者であるコータ君の事はすぐに伝わってきたよ。ジャンダ村でいくつか開発した商品を売ってくれたよね。おまけにそのあとでかなりの数の開発発明品の設計図を登録公開してくれただろう? おかげでうちでも作る事ができるようになったものがかなりあるんだ」
登録公開、と言われて、都市ケートンでの事を思い出して眉間に皺がよった。
好きでした訳じゃない、とは言えないけどさ。
だって簡単に作れるものだったから、自分で作るのが面倒だから誰でも作れるようにって考えて使用料を設定したんだからな。
ただその使用料設定が俺の意思関係なしだった、それだけの事だよ。
ちょっとやさぐれた気分になった俺の表情から何か読み取ったのか、シュナッツさんが済まなさそうな表情を浮かべる。
「もちろん、都市ケートンでの問題も聞いているよ」
「そうですか・・・」
「ポクラン市でのやり取りも聞いている。きちんと記録として残したようだからね」
「記録?」
「そう、君がポクラン市の生産ギルドではっきりと否定してくれたおかげで、こちらもちゃんと対応ができたんだ。その点に関してはお礼を言わせてもらおう」
「どういう意味ですか?」
小さく頭を下げたシュナッツさんの言葉の意味が俺にはよく判らない。
「都市ケートンの生産ギルドの職員が君にきちんと説明をしていなかった。そのせいで君は言われたままに登録設定をしてしまった、そうだね?」
「はい」
「生産ギルドに限らず、どのギルドでもメンバーに対してきちんと何事に対しても説明をする義務がある。これは君たちメンバーから税金を徴収する側としては当然の事だね。そしてそれを怠ればそれだけで十分責務遂行不十分として、メンバーが訴える事ができるんだよ」
そうだったのか? じゃあ俺はやっぱり騙されてた?
「そして、だ。都市ケートンのミルトン職員は、君に説明をしなかっただけでなく、君の収入の一部を自分が受け取れるように改竄していたようだね」
「それって、どういう・・・」
「つまり君がミルトン職員の手腕に感謝して、そのお礼として君が受け取る筈の登録特許使用料の一部を彼女に分け与える、という一文をいれてあったよ」
マジか・・・ミルトンさん、すごく真面目でいい人だった気がしたんだけどな。
そう言われると、最初に登録に行った時は対応があまり良くなかった気がするよ。
でも2回目以降からは、行く度に何か新しい発明品がないかって聞いてきていたような気がする。
っていうかさ、どれもこれも登録しろって言われてたな。俺が申請するって言う前に用紙を取りに行った事だってあったよ。
しかも最初の登録申請の時以外は、登録してから審査に時間がかかる筈なのに、あっという間に登録を終わらせてくれてたけど、あれってもしかして俺が都市ケートンにいる間に書類にサインさせるためだったのか?
なんとかしてあそこで登録させたかったから?
「まあ一部といえば聞こえがいいが、半分が彼女のところにいくようにしていたようだね。コータ君は不思議に思わなかったかな、今まで使用料が一切手元に来ていなかった事に?」
「俺は・・・使用料が発生するまでに時間がかかるって説明を受けてましたから。それに使用料が払われるまでにも時間がかかるから、って・・・」
「使用料は使用する前に支払われるんだよ。例えば君が発明したボールペンを100本作りたいとするね。職人はそれを商人ギルドに届け出て、作る前に許可を受けると同時に使用料を払うんだ。それをしないと作る事は許可されない。そして、追加で作りたい時もまずは生産ギルドに届け出る事になっている。つまりだ、君に使用料が入ってから職人たちは君の登録した商品を作る事ができるようになるって事だよ」
「し、知らなかった・・・」
まだ生産ギルドに行ってないけど、お金、入っているのか?
なんか一気に不安になってきたぞ。
確かに癇癪を起こしてポクランでは確認しなかったけど、あそこで確認していれば気づいたのか?
いや、多分使用者が少ないんだな、って思うだけで気づかなかっただろうな。
「ポクラン市で君がきっぱりと言い切ってくれたから、生産ギルドは君の登録使用料に関して調べる事ができたんだよ。ポクラン市の生産ギルド職員には申し訳ない事をしたがね」
なんせ君に何も売ってもらえなかったから、と苦笑いで付け足されると、あの時に自分の態度が大人気なかった気がしてきた。
「すみません・・でも、あの時は、その」
「コータ君は気にしなくてもいい。君の登録についての調査結果が出た時に、ポクラン市の職員も君の態度に納得したようだからね。あれなら仕方ない、と思ったそうだよ」
「はあ・・・」
いや、でもさ、やっぱりあの時の俺は頭に血が登ってた訳でさ。
そう考えると申し訳なく思ってしまう。
そんな俺の表情を読んだのか、シュナッツさんは頷いて言葉を続けた。
「ちょっとでも申し訳ないと思うんだったら、あとで生産ギルドによってあげればいい。きっと喜ぶよ。簡単なものはそれぞれのギルドに登録している職人でも作れるけど、中には君しか作れない部品もあるから、注文を受けたくても受けられない商品だってあると言っていたからね」
「はい」
「それと、ついでだからこれも私から話してしまおうか。君を嵌めたミルトン職員は生産ギルドをクビになって即その場で詐欺罪で逮捕。そのまま生産ギルドから起訴されたよ。今回は悪質という事と君を少しでも早く納得させたいという事で、異例の速さで裁判まで進んでね。彼女は有罪判決を受けたよ。まあ、当たり前だけどね。判決は全財産没収の上で無期懲役、身一つで犯罪奴隷たちが仕事に励む鉱山に送る、という事になったよ」
「それって・・」
「うん、鉱山で働いている犯罪奴隷たちの慰み者になる、って事だね。それから身一つ、というのは言葉通りだね。彼女はつい先日、身体1つで何も身につけないまま鉱山に送られたんだよ」
俺は思わずゴクリ、と唾を飲み込んだ。
べ、別にミルトンさんが裸で送られたから、じゃないぞ。
そのさ、鉱山という女っ気のない場所で働く犯罪奴隷たちがどんな風に彼女を扱うのか、と悲惨な姿を想像したからだ。
俺のせいで彼女は犯罪奴隷たちがひしめく鉱山に送られたのか?
「コータ君、君が責任を感じる必要はないよ。彼女が自分自身にした事だからね。一応言っておくけど、彼女には不治の病にかかった家族もいないし、騙されて背負わされた借金だってなかったよ。ただ自分勝手な浪費による借金と他者から奪った金を持っていただけだよ」
「それって、もしかして・・」
「うん、君だけじゃなかったよ。他にも100人以上の登録者が無断で彼女に金を譲るという事にされていたようだね。それも君の時と同様にあとから書面を誤魔化したようだ。だから君たちは登録書面の写しをもらってなかっただろう?」
そう言われて、そういえば登録しただけで特に写しといった書面はもらってなかった事を思い出す。
「もしかして、書面の写しをもらえた、とか?」
「当たり前じゃないか。仮にも君たちは大切な開発者や発明者だ。君たちの権利を守るためにも写しは渡す事になっていたよ」
「マジか・・・いや、本当ですか」
「彼女はそういった事に不得手な相手を選んで騙していたようだね。といっても君たちを責めているんじゃない。そういう事を知らない相手にもきちんと説明するのが生産ギルド職員の仕事でもあるんだから」
「で、でも俺はいくつかの書面をもらいましたよ?」
そう言いながらもポーチからいくつかの書面を取り出してシュナッツさんに見せた。
「どれどれ・・・ああ、これはただの覚え書きだね。正式な書面の写しじゃあないね」
「そんな・・俺、これが俺の権利を証明するんだって・・・」
ずっと思ってたよ。
その場にへたり込みそうになるのをぐっと堪えて、俺はシュナッツさんから書面を返してもらった。
「とにかく、今日明日にでも生産ギルドに行ってみるといい。彼らは君に謝罪したいと思っているし、きちんと正式な《・・》書面を交わしたいと思っている筈だから」
「・・・・はい」
「それから、もしオークションまでこのグランバザードを預ける場所に困ったら、いつでもここに連れてきてくれていいからね。せめてそれくらいはさせて貰いたい」
そう言ってシュナッツさんは倉庫の中を見回した。
「これくらい広ければ、グランバザードを隅っこに転がしていても邪魔にならないからね」
「転がしてって」
「引き車は持って行きたいだろう? だったら、グランバザードだけをここに置いていく事になるだろ? ああ、もちろんきちんとした書面でこのグランバザードの持ち主はコータ君だと書くし、倉庫の使用料は発生しない旨もきちんと書き記しておくつもりだから心配しなくても大丈夫だ」
これはシュナッツさんなりの冗談なんだろうか?
俺が落ち込んでいるから、気分を持ち上げてくれようとしているのか?
「疑っているのかな?」
「い、いいえ。でもその・・どうしてこんなに俺たちに良くしてくれるのかなって、その・・」
「都市ケートンの市長であるホルトマン氏は私の親戚なんだよ」
「そう・・・へっ?」
今なんて言った?!?
「ホルトマン市長は私の妻の親戚なんだ。だから、この件について彼がとても心配していてね。彼は君たちが大都市アリアナを目指しているという事は知っていたから、もし君たちが現れたら良くしてあげてくれと頼まれていたんだ」
「ホルトマン市長には良くしてもらったから気にしなくてもよかったのに・・・」
「彼としてはそうはいかなかったと思うよ。なんせ彼がまとめている都市ケートンの生産ギルドの職員がやらかしたんだからね」
「でも・・・」
それは彼が意図してした訳じゃないんだから、彼が気にする必要はないと思うんだけどさ。
「まあ、彼らの気持ちを受け取ってあげてくれると私としても嬉しいよ。君が感謝していたと伝えられるからね」
「もちろん感謝してます。あのまま列に並んでいても混乱は避けられなかったって思うし。それに生産ギルドもきちんと俺の代わりに処理してくれたんだって思うと、ありがたいって思います」
「私から君がそう言っていた、と伝えるよ。さて、時間もいい頃だろう。そろそろ行くかな? そのまえにここにグランバザードを転がしていけばいい。さすがにアレを乗せたままだと中をうろうろさせる訳には行かないからね」
「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「宿はこちらで手配してあるから、そこへ行けばいい。リランの花びら亭というところだよ。そこなら引き車も預かってもらえるし、ミリー君やジャック君も断られる事はないだろう」
つまり獣人やケットシーでも大丈夫って事か。
それならありがたく案内してもらおう。
「判りました。何から何まで本当にありがとうございます」
「いやいや、私としても君が受け入れてくれて本当にホッとしているよ」
口元に笑みを浮かべたシュナッツさんに俺は頭を下げた。
とりあえずグランバザードはここに転がしておく事になりそうだ。
それからとりあえず宿に行こう。
俺は心配そうに俺のシャツを掴んでいるミリーとジャックの頭をぽんぽんと叩いて安心させると、グランバザードを下ろすために引き車に向かった。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。




