172.
目立つ。
とても目立っている。
ほんっとうに、途轍もなく目立っているよ。
俺は周囲からの視線を感じながらも、それでも目だけは合わせないように気をつけながら大都市アリアナに入るための列に並んでいる。
御者台の上にはいつものようにミリーが座っていて、今はその隣にジャックが座っている。
俺はいつものようにパンジーの横を歩いているんだけど、周囲からの視線が痛すぎてなるべく辺りを見ないように少し俯いている。
だってさ、目を合わせると何か聞かれそうで面倒くさいんだよ。
それでも時折目の前の石壁を見上げてしまうのは仕方ない。
さすが大都市といわれるだけあって、遠くからでもアリアナを取り囲む石壁の高さと広さは今まで立ち寄ったどこよりも規模がデカかった。
なんていうのかな、だだっ広い草原の中に突如として現れる要塞って感じ?
しかも規模はめちゃデカい。
なんせスミレの探索によると外周である石壁の高さは平均10メートル。これは多少の段差があるので平均という言い方をしたらしい。
んで、スミレに見せてもらった地図によるとアリアナを取り囲む石壁は楕円形をしている。というか卵型といった方が良いかもしれない。
北が卵の上の部分になって、地図から見ると南北が長く東西が短いって感じかな。
地図を見ただけじゃあ大きさが判らないからスミレに聞くと、狭い方の幅が約4キラメッチ、広い方は約6キラメッチなんだとか。
ん〜・・・って事はどうやるんだったっけ? 2X3X3.14だったっけか? だとしたら18−19平行キロメートルって事になるのか。
多分数字的にはそんなもんだろうけど、俺にはさっぱり広さが想像できない。
って事で、スミレに俺の記憶データを使ってもらった。だってさ、俺が覚えてない事もスミレのデータバンクにはあるんだもん。それを使ってもらうのが俺には一番なんだよ。
んで、その比較対象を東京ディズ⚪︎ーランドにしたんだけど、その広さが115エーカーなんだそうだ。でもエーカーなんて言われても俺にはさっぱりだよ。
なのでスミレに平方キロメートルに換算してもらうと、1エーカーは約0.004046キロ平方メートルだとか。
って事は115エーカーは0.5キロ平方メートル弱って事になる。つまりなんだ、あの石壁の中は東京ディズ⚪︎ーランド40個弱って事になる訳だ。
う〜む、そうやって考えるとむっちゃ広いって事が判る。
俺は高校大学の友人と2−3回しか行った事ないけど、それでも1日で回りきれなかった記憶があるぞ。
大体さ、アリアナの人口は68000人って事らしい。スミレの話だと人口が50000人を超えると大都市と呼ぶらしいけど、それにしても広すぎないか?
そう疑問を口にしたら、石壁の中に牧場や畑といった生産のためのスペースが大きく作られているらしい。
つまり家畜の安全のためにも全てが石壁の中なんだそうだ。
都市ケートンでは畑は石壁の外にあった。でもここは全てが中に入っている。
それだけ危険なのか?
「コータ、みんな見てる?」
「あ〜・・うん。見てるな」
「わたしが獣人だから?」
ミリーが不安そうに聞いてくる。
「いやいやいや、それはないと思うな」
「でもみんな、こっち、見てるよ?」
「ミリーを見てるんじゃないよ」
「じゃあ、パンジー?」
「パンジーでもないな。でもパンジーが引いている車を見てるんだと思うぞ」
ミリー、なんでそこに思いいかないかな?
「引き車?」
「うん、ほら、俺たちでっかいもの載せてるじゃん」
「ん? ああ、アレ」
「そうそう、アレだよ、アレ」
ようやく思い至ったのか、ミリーは後ろを振り返って載せられているグランバザードを指差した。
「ああ、わかった。アレ、目立つね」
「そうだな〜・・・ははは」
納得したように頷くミリーに空返事をしながら、俺も振り返って引き車の上に載せられているぐるぐる簀巻き状態のグランバザードを見上げる。
う〜ん、デカいな。
確かにこんなでっかいのを載せていて目立つな、という方が無理だな。
俺は思わず溜め息を吐いて、少し動いた列に続いて前に進む。
列は長くて、まだ暫くはかかるだろう。そう思うとまだ視線を受け続けなくちゃいけないのかと思うとがっくり来るよ。
「誰か、こっちに来るよ」
とほほ、と足元を見ていると、ミリーが心配そうな声をあげた。
えっと顔をあげると、確かに5人の男たちがこちらに向かって歩いてくる。
きっと別の人のところに用があるんだろう、と思いたいところだが、どう考えてもこの列の中で一番不審なのは俺たちだ。
なんせ引き車の屋根の上にはぐるぐる簀巻きが載っているんだからな。
また零れそうになる溜め息をぐっと飲み込んで顔を上げて男たちが近づいてくるのを待つ。
「おい、おまえたち」
思った通り、5人の男たちはパンジーの手綱を握って横を歩いている俺の前で止まると、先頭を歩いていた男が声をかけてきた。
「はい、なんでしょうか?」
「これは、なんだ?」
「これはグランバザードですね」
「そ、それは見れば判る。聞きたいのはどうしてこれを連れているのか、という事だっ!」
素直に答えたのに、なんかイラっとして怒り出した男。
「ここに来る途中で捕獲しました。できればここで売りたいと思ったんですけど」
「嘘をつくなっっ! グランバザードをそう簡単に生け捕りできるもんかっっ!」
いや、できるもんかって言うけどさ、実際に俺たちはぐるぐる簀巻きにしている訳だし。
「はい、捕獲は大変でしたけど、なんとか生け捕りできました。グランバザードの羽は高額で売れますから、飼い馴らす事は難しくても飼育する事はできるのではないか、と思いましたので」
「当たり前だっっ! こ、こいつは魔物だぞっっ! 飼い馴らせるもんかっ!」
うん、だから飼い馴らせないって言ったよ、俺。
でも檻に入れて飼育はできるだろ?
死なせなければ永続的に羽を手に入れられる。
良い話だと思うんだけどな。
「魔物だから簡単には死なないと思うんです。だからちゃんと飼育すれば、高価な羽を永続的に手に入れる事ができると思ったんです」
「バッ、バカな事を言うなよっ!」
「カルダン、君は少し黙っててくれないか」
「はっ、すみませんっっ」
俺を頭ごなしに怒鳴っていた男の後ろから少し年配の男がスッと前に出てくると、カルダンと呼ばれた怒鳴り男を黙らせた。
この前に出てきた男は5人の中で1人だけ襟元にバッジのようなものをつけていて、他の4人よりも地位が上だなんだろう。
「なるほどね。確かに君の言う通り、これを飼育できれば高価で希少な羽を永続的に手に入れる事ができるね。いいアイデアだ」
「ありがとうございます」
「でも、どうやって飼育するつもりかな?」
「その点もちゃんと考えています。今は周囲の人が危険を感じないようにこのようにしていますが、グランバザードを飼育するための手段も用意してあるので安全面は保証できます」
何と言っても安全面は一番に確保しなくちゃいけないからな。
俺たちにはスミレがいたけど、グランバザードを買ってくれるかもしれない相手にはスミレはいない。
だからその点に関してもスミレがちゃんと考えてくれてる。
ホント、スミレさまさまだよ、うん。
「それよりも、今安全なのかな?」
「はい、特殊な網と縄を使ってますからね。まあ鋭利なグランバザードの羽で切れないとは言い切れませんが、それでも今の状態では羽を飛ばす事も網を切るために羽を動かす事もできませんから」
「なるほど・・・」
男は頷いてからゆっくりと引き車の後方に歩み寄る。
そこは屋根の上よりは地面に近いから、近くで見るには丁度いい場所だ。
俺はそんな男の後ろをついて歩く。
何をする気か判らないけど、網に穴を開けられたりしたら敵わないからさ。
「ふむ・・・粘着質のある網か・・それに、縄の方も粘着質があるものが使われているようだな。確かにこれならグランバザードも逃げられないだろう」
指先で網と縄に触れる男は満足したように頷く。
「ありがとうございます。魔物ですから、安全面には十分気をつけています」
「それで、これはどうやって売るつもりなのかな?」
「えっ・・・」
どうやって? さあ?
スミレとは売るという話はしたものの、どうやって売るかなんて相談してなかったな。
「え〜っと、ですね・・・」
『コータ様、オークションで売るつもりだと言ってください』
「オークションで売ろうか、と思っているんです」
オタオタしていると、スミレの声が響いてきたので、彼女の言う通りの事を口にする。
「オークション? だがこの数日の間にどこのディーラーにもオークションの予定は入っていないのだけどね?」
「そうなんですか?」
『こちらでオークションを開いてもらうつもりだと言ってください。グランバザードを見つけたのは予定外で、それから--』
「俺たちがグランバザードを見つけたのも捕まえたのも予定外でしたから・・・大都市アリアナのオークションの日程の事までは知りません・・・・ですからオークション会場を持つディーラーに・・・グランバザードのためのオークションを開いてもらえるかどうか聞いてみるつもりです」
俺は言葉を区切りスミレの声を聞きながら続きを話す、という高等テクニックで話し終える。
「ほう・・確かにグランバザードのような大物の魔物を持っていけば、優先的にオークションを開いてくれるディーラーもいるだろうね」
「だといいんですけど。こればかりはディーラー任せになりますから」
冷や汗をかきながらも、俺は澄ました顔で目の前の男に答える。
「まあよかろう。私たちの後についてきたまえ。優先的に入場審査をしよう」
「えっ? その、いいんですか?」
「少し贔屓となるが、ここにいつまでも並ばれると、周囲のものたちも気になって仕方ないだろうからね」
そう言われるとその通りだ。
既に十分すぎるほどの視線が俺たちに向けられているのだ。
「それに、ハンターズ・ギルド・メンバーであり、生産ギルドでも優秀な発明家であるコータ君をいつまでも並ばせるわけにはいかないからね」
「それ・・どうして?」
まさかグランバザードなんか連れてくるのは俺だけだ、って思われてるのか?
そんな俺の声が聞こえた訳じゃないんだろうけど、目の前の男がフッと口元を緩めた。
「私たちは入場者の列に大型の魔物を持っているものが並んでいる、と言われて様子を見に来ただけだよ。だが、そちらの御者台に座っている2人を見て、君が噂のコータ君だと判断しただけだ」
「噂って・・・?」
「まあ、その話は後でもいいだろう。今はとりあえず入場審査を済ませた方がいいと思うが?」
「あっ、はい」
確かに今ここでこれ以上長々と話している場合じゃないんだろうな。
俺は素直に頷いてミリーたちに目を向けるとそのまま小さく頷いてみせる。
それだけでミリーには伝わったのか、パンジーの手綱を軽く振って列から離れる。
「そういえばまだ私の自己紹介をしてなかったね。私の名前はクリスワード・シュナッツと言う。一応、大都市アリアナの入場管理官代表だ」
マジか。
って事は、この人がうんと言わないと俺たちは中に入れてもらえないのかよ。
思わず引きつりそうになった顔を引き締めて、俺は小さく頷いた。
「俺、いや、私はコータと言います。チーム・コッパーのリーダーをしていて、あっちの御者台に座っている猫系獣人がミリー、ケットシーはジャックと言います」
「本当にケットシーと獣人をチーム・メンバーと呼んでいるんだな」
「もちろんです。2人は俺の大事なメンバーですから」
獣人とケットシーと言う事で何かといろいろ言われるけど、俺にとってはこの世界に来てからできた大切な仲間だからな。
「ではついてきたまえ、私たちが先導しよう」
「・・・はい、お願いします」
俺はすっと歩き出したクリスワード・シュナッツと4人の男たちに続いて、ミリーと一緒にパンジーの手綱を握ると、そのまま5人の後をついていったのだった。
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