171.
「うっわぁ〜〜っ」
起きてきたミリーが顔を洗って、引き車を振り返ったところで大きな声をあげた。
「コータ、大きくなってるっっ」
「うん、昨晩スミレと改良したんだ」
「えっ? でっ、でもっ、わたし、中にいたよ、ね? 寝てた、はず?」
「いたねぇ。でもさ、スミレが後部部分だけを陣の中に取り入れておけば、それで十分変更追加っていう作業は大丈夫だって言うからさ。俺としてもよく寝ている2人を起こすのも可哀そうだったから、スミレの言う通りそのままで作り変えたんだ」
もともとの引き車の方は変更部分は、後部に小さな出入りできるドアを1ヶ所だけで、それ以外は連結部分以外どこもないんだから問題ないだろう、とスミレが言い切ったのでその勢いに呑まれるように頷いたんだ。
「でもなんで三角?」
「ああ、それはさ、昨日捕まえたアレを載せるためにそうしたんだ。あっ、下の荷物入れの部分は俺たちがアリアナに着いたら売ろうねって言ってたものを入れる予定なんだ。ほら、チンパラの毛皮とかあっただろ?」
「あの上に乗せるの? パンジー、だいじょぶかな? 重くない?」
「スミレの話だと大丈夫だってさ。それに万が一バランスが崩れて倒れそうになっても、転倒防止のための装置もつけたから大丈夫だよ」
「そっか・・じゃあ、いいね」
重量軽減の魔法陣の事までは説明しなかったけど、まあいっか。
説明なしでもミリーが納得して安心できるんだからさ。
「でも、どうやってのせる、の?」
「どうやって? う〜ん、どうするんだろうなぁ」
そういやその辺の事をスミレに聞いてなかったけど、どうやってグランバザードを載せるんだろう?
「なあスミレ、どうやってグランバザードを引き車の上に載せるんだ?」
「簡単ですよ」
「そうなんだ?」
「はい」
簡単、って言ってもどうするつもりだろう?
どう考えても俺には無理だぞ。俺に無理って事はジャックやミリーでも無理な気がするんだけどなあ。
「どうするんだ?」
「私が持ち上げます」
「はっ・・・?」
あれ、聞き間違えたかな?
「えっと、どうするって?」
「ですから、私が持ち上げて屋根に載せますよ」
あれ、聞き間違いじゃないのか?
「あのさ、スミレ。その、スミレが自分で載せるって言ったように聞こえたんだけどさ・・・」
「はい、そう言いましたね」
「そっか・・・でも、そのさ、どうやって持ち上げる気なんだ?」
確かに今のスミレには実体と言える身体がある。
でも、だ。その身体は30センチくらいの小さなものだから、どう考えても10メートルほどあるグランバザードを持ち上げられるようには思えないんだけどさ。
「コータ様、お忘れですか? 私はスキルで作ったものであれば持ち上げる事ができます。たとえその中にスキルで作ってないものが入っていても、私が触れるものがスキルで作ったものであれば問題ありません」
「そうなんだ・・・すげえな、スミレ」
「さすがにスキルで作った細い輪っかの中にグランバザードが入っているとなると持ち上げる事はできませんが、網と縄でほぼ全身を覆ってあるのであれば問題ありません」
つまりちょっとだけしかスキルで作ったものがない状態だと無理だけど、スキルで作ったもので外側をあんな風に覆ってあればその中身込みで持ち上げる事ができる、って事か。
「あれ? じゃあ、なんでアメーバの時はできなかったんだ?」
「あの頃の私はまだ力不足でしたから」
「あっ、そう・・・」
あの頃ってまだレベル4だったっけ?
もう5に上がっていたような気もするが、ここで余計な事を言うとお説教か長い解説になるので、賢い俺は黙る事にした。
「んじゃ、まずは朝飯だな。それから下の荷物入れのところにアリアナで売ろうかって話していたものを詰めておこうか」
「わかった」
ガッツポーズを決めるミリーだけど、毛皮とかは全部俺のポーチの中だからさ、ミリーのする事は1つもない気がするぞ。
「まずはジャックを起こしてきてくれるかな? その間に朝飯づくりを始めるからさ」
「みゃかせる」
苦笑いをしながら頼むと、ミリーはシュタッと昔のテレビ番組で見たヒーローのようにひとっ飛びで引き車の中に飛び込んでいった。
俺は荷物入れの前に立ち、ポーチ用のスクリーンを展開する。
いろいろなものが入っているので、この機会に要らないものもついでに処分してしまおうか、という話になったのだ。
「でもなぁ・・・今は要らなくてもそのうちいるようになるものもありそうだしなぁ」
「そんな事を言っているといつまで経っても物は減らないで増え続けるだけになりますよ」
「う〜ん、スミレの言う通りなんだけどさ。じゃあさ、アーヴィンの森でしか採取できない物は売らない。それから他にも簡単に手に入れられない物は売らない。でもそれ以外で結構どこでも手に入るような物は売る、って事でどうかな?」
「そうですね・・・まぁその辺が妥当でしょう」
「んじゃスミレ、このリストの中で除外していない物に印をつけてくれるかな? 俺はそれを見てから売るかどうかを決めるよ」
「コータ様?」
「も、もちろん基本は売るつもりだって。でもさ、もしかしたら手元に置いておきたいなって思う物があるかもしれないじゃん」
「・・・判りました」
俺に聞こえない、でも仕草で判る小さな溜め息を吐いて、スミレは呆れたような視線を向けてから作業を始めた。
と言ってもその間ほんの5秒くらいで済ませてしまったスミレはドヤ顔を俺に向ける。
マジか。
俺はそれを見て慌てて印がつけられたリストに目を通し始める。
このスクリーンのいいところはリストに名前だけじゃなくて、検索仕様変更すれば写真付きでリストを見ることができるところだよ。
俺は仕様を写真付きに変更してから、上から1つずつ見ていく。
と言ってもやっぱり大した物はなかった。ただ数だけは半端なかったけどさ。
なんせ物によっては100どころか1000以上あるものだってあった。
一体いつの間に集めたんだろう? って思ったりもしたけど、道中いろいろ見つけたら採取するようにしていたから、そのせいなんだろうなぁ。
「う〜ん、この辺は全部薬草なんだよなぁ。確かにたくさんあるけど、でももしかしたら必要になるかもしれないしなぁ」
「コータ様?」
「あっ、うん、判ってるって。たださ、もしもの時があったら、って思っただけなんだよ、うん」
「あのですね。その辺の薬草で作っているポーションも100以上ある筈ですよ? ですからもしもの時に必要なポーションがあるのに、まだその材料の薬草もいると思いますか?」
「あ〜・・・うん。判った。売るよ・・うん」
正論を言ってくるスミレに返す言葉なんて俺にはないよ、うん。
「それにですね、アリアナだと今まで立ち寄ったどの都市や町よりも高く買ってもらえますよ?」
「えっ、そうなんだ?」
「はい、アリアナほどの規模になると人口も多い分必要とする人も増えますからね。それにアリアナには腕のいい薬師が多いですから、そういった人たちが作る薬を買いにわざわざやってくる人も多いんですよ」
つまり、腕のいい人が作る薬はそれ自体に付加価値が付くって事か?
「判った、売る。でも出しちゃうと劣化するから、薬草の類は売る時に出すって事でいいよな?」
「いいですよ。さあ、どんどんリストを整理していきましょう」
「はい」
薬草は売る、他には毛皮がたくさんあるな。あれ、ゴンドランドの体も残ってるのか?
「ゴンドランドもあるな。これ、売れるかな?」
「売れますよ、多分ですけどね。その辺は行ってから確認すればいいですよ」
「それもそっか。じゃあ、この辺も売るって事で」
ゴンドランドの体は俺の鉛筆作りの製法登録で作る人もいると思うんだけどな。もしかしたらまだアリアナまでその製法が伝わってない可能性もあるから、その辺はハンターズ・ギルドに行ってから依頼を見て考えればいっか。
「チンパラの肉もたくさんあるけど、これは予定通りだしな。ま、これも腐ると困るからポーチに入れたままにしておけばいっか」
「そういえば、魔力充填装置のブラックボックスや魔石コンロなんかもありますけど、この辺のものはどうしますか?」
「どうしますかって・・・・着いてから考えるよ」
「コータ様?」
「まだ自分の中で整理がついてないからさ、売るかどうかまで考えられないんだ」
「判りました・・では、保留という事で」
「うん、ごめんな」
せっかくたくさん作ってくれたスミレに申し訳なくて謝ると、気にするなというように頭を左右に振ってから手も軽く振った。
「私のストレージはほぼ無限ですからね。気にしないでください。それにコータ様の気持ちも判ります」
「そっか」
「私の方こそ余計な事を思い出させてしまいましたね。済みませんでした」
「いいよ、その事も忘れちゃいけないものだろうからさ。ま、俺のポーチの中身はこんなところかな。あとは以前作った鋤や鍬といったものも残ってるから、この辺も売れるようなら売っちゃおう」
俺のポーチの中で売れるものはそんなものだろう。
要らないというかさ、あっても仕方ないものを売り払うって感じだよ。
それでもリストの3割程度っていうのが、な。
貯めこんじゃあいけないだろうけど、こればっかりは心配性なんだから仕方ない。
スミレの話だと俺の魔力を使えばスキルで作れるらしいけど、よくよく話を聞くとスキルで作ったものよりはちゃんと材料を揃えた方が質が向上するらしいからな。
「あっ、薬草はポーションにしておいた方が高く売れるかな?」
「ポーションの方が値段は高く売れると思いますよ? でもそうなると薬師ギルドの事があるかもしれませんよ?」
「う〜ん、そういや登録してないんだったよな、俺。じゃあ作っても売れないって事かな?」
「いえ、その辺りは行ってみない事には判りません。私のデータバンクにある情報では売れる筈なんですが、ただその情報は多少古いもののようですのでもしかしたら変更があるかもしれませんので、はっきりと答えられません」
済みません、と頭を下げるスミレの頭をちょんちょんと指先で叩いてやる。
「気にすんなって。情報が古いのは仕方ないだろ? スミレだって俺と一緒にここに来るまでは知らなかったんだしさ。だから今一生懸命色々なデータを集めてくれてるんだしさ」
スミレはいつだって新しい町や市に行く度に図書館や本屋、それにギルドとかで手に入れられる限りの情報を入手してくれてるんだ。
そんな頑張り屋の彼女に文句なんか言えるかよ、ってんだ。
「ま、とりあえず売るものの整理はこんなところでいいかな。薬草はアリアナに行ってからそのまま売るかポーションにするかを決めるって事でいいよな」
「はい、それでいいと思います」
「んじゃ、早速新しい荷物入れに毛皮を入れてくるよ」
ミリーが手伝うと言っていたから、彼女に毛皮を手渡して中に入れてもらうようにすれば手伝った気になれるだろう。
俺はそんな事を思いながら荷物入れの前で待ち構えているミリーのところに向かった。
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