170.
ゆっくりとスミレ謹製のブラシでパンジーのブラッシングをする。
いつもはミリーがやっているから、俺の出る幕はないんだよな。
でもついさっき晩飯を食べ終えて、今ミリーは風呂に入っている。
「パンジーは車を2台引いても大丈夫なのかな〜?」
「ポポポポ」
「そっかぁ、平気なんだ。さすがはパンジーだよな〜。他のヒッポリアに比べるとダントツに足も速くてカッコイイもんな・・・って、イテテ」
俺としては褒めたつもりなんだけど、何か気に入らなかったのかパンジーが俺の肩に頭をぶつけてきた。
「褒めてんだぞ?」
「ポポッッ」
なんか怒ってるみたいだけど、あいにく俺はヒッポリア言語はマスターしていない。
ってか、今も判ったような振りをして話しているだけなんだよな。
「う〜ん、どこで地雷を踏み抜いたのか、さっぱり判んないよ」
「カッコイイ、って言ったからですよ」
「えっ? でも俺は褒めたんだぞ?」
心外だぞ、スミレ。
カッコイイ、なんていう言葉、俺にとって一番言われてみたい言葉第1位だぞ。
「パンジーちゃんは女の子ですからね、男の子を褒める言葉は嬉しくないんです」
そうなのか、と尋ねるとプイッと横を向くパンジー。
ありゃ、怒らせちゃったか。
「怒んなよ。パンジーは毎日ポーション飲んでるから毛並みも良いし、いつだって頼りになるからカッコイイって言っただけなんだよ?」
「ポポポォ」
ジトォっというようなパンジーからの視線を受け、俺は笑顔で頷いてみせる。
それを見ても俺の肩を突くように鼻面を押し付けてはいたものの、さっきよりは押し付ける力が弱い。
「俺的にちゃんと褒めてんだぞ? 凄く感謝だってしてんだぞ? だからこうやってブラッシングしてんだよ? パンジーが嫌いだったら褒めないしブラッシングもしないよ?」
「ポポオゥゥ・・」
話しながらもブラッシングの手を止めないからか、ようやく鼻面を押し付けるのをやめて顔を前に向けた。
「機嫌、直ったか?」
「コータ様、大丈夫ですよ。パンジーちゃんは別に怒ってませんよ。ただ久しぶりに構ってもらえたので甘えてるだけです」
「そっか、じゃあ良かった。たまに甘えてもらえるのも嬉しいよ」
ふふふっと笑いながら俺とパンジーのやりとりを聞いていたスミレはどうやらパンジーの言葉が判るのか、そうやって俺に通訳もどきの事をしてくれる。
「よっし、じゃあ今日もポーションやるからな〜。なんだったら今日は1つ上のランクのポーションでも良いぞ〜」
「コータ様?」
「えっ? あっ、いや、その・・ほら、たまにはさ、パンジーも良いものが欲しいかなって・・・な」
「はぁ・・・飲ませるんだったら、明日移動中にあげてください」
「えっ? いいの?」
いつもなら叱り飛ばされるところで、思わぬスミレの言葉に俺はバッと振り返る。
「明日は2台の車を引いてもらわないといけませんからね」
「うっ、うん、そうだよなっ。パンジーだって疲れちゃうもんなっ」
「そうですよ。ですから明日は御者であるミリーちゃん以外は歩きましょうね」
「うぅっ・・・はい」
そっかぁ、明日からは歩きなんだ・・・・・おぅ。
ガックリと肩を落とした俺の耳にスミレの笑い声が聞こえる。
「嘘ですよ。パンジーちゃんだったら大丈夫です」
「でもさぁ、グランバザードが結構デカいじゃん」
「重量軽減の魔法陣をつけるから大丈夫だって言ったじゃないですか。それに今パンジーちゃんが引いている引き車には重量軽減の魔法陣がついているので心配する必要ないですよ」
「あ〜・・そういやそうだったっけ。すっかり忘れてた」
荷車の重量軽減の魔法陣の話はさっきしたばかりだから覚えてたけど、そういやパンジーの引き車にも同じものが刻まれてたっけ。
「でもさ、荷車に積んで大都市アリアナに運ぶって言ってたけど、まだここから3日くらいかかるんじゃなかったっけ?」
「そうですね」
「そんなに長い間ぐるぐる巻きにしてて、大丈夫なのか? だってさただの板車だって言ってたよな?」
死んじゃわないのか?
炎天下にグルグル簀巻き、おまけに意識を奪うために濃縮睡眠ポーションを飲ませるとなると、なんかアリアナに着く前に死にそうな気がするぞ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと私の結界に包んでおくつもりですから」
「結界?」
「はい、結界を張って中を快適な状態に保てるようにします。それにお忘れかもしれませんが、コータ様、グランバザードは魔物ですよ? 魔物はたった3日程度で死ぬほど柔な存在じゃあありません。1ヶ月以上となれば多少弱ってくるかもしれませんが、3日くらいだとピンピンしていますよ。それも私の作り出す快適結界の中となれば、半年ほど持つんじゃないんですかね」
「そ・・そうなんだ?」
ばっさりと切り捨てるスミレの言葉に、正直ちょっとだけビビった。
多分俺に尻尾があったらキュッと股間に入り込んでいるかもしれないな。
「まあその時は結界内で放し飼いにしてやって、その辺に落ちていた死肉を与えてやれば、また3ヶ月くらいなら大丈夫ですよ」
「は、はぁ・・・」
「という事ですので、安心してくださいね」
「はいっ!」
にっこりと笑みを浮かべるスミレに促されて、軍隊式に返事をした俺は悪くない、きっと。
目の前のスクリーンにはでっかい板敷きの車が映し出されている。
幅は3メッチほどだけど、長さが10メッチ。
「う〜ん、さすがにこれは無理だな」
「そうですか?」
「あ〜、そのさ、バランスっていうか、パンジーが引くのに引きにくいものは作りたくないなって思ったんだよ」
だってうちのパンジーが引くんだぞ? 負担はできるだけ減らしてやりたいじゃん。
「ああ、どうせ連結するんだったよな?」
「そうですね」
「それって電車の連結って感じになるんだっけ?」
「電車ですか? データバンクで検索・・・はい、そうですね。でも付け足す形にする事もできますよ」
「付け足す?」
それどういう意味、という視線を向けると、スミレが小さなスクリーンを展開して何か画像を選んで映して俺に見せてきた。
それは引き車の後方部分を増築したような形のものだった。
「えっと? あ、ああ、そっか。そういうやり方なら全部で10メッチで済むのか」
「そうです。それにですね、全長10メッチにしなくても8メッチくらいで大丈夫ですよ」
「でもさ、屋根の上に乗せるとバランスが悪くなってひっくり返るかも、って言ってなかったっけ?」
「そうですね。ですから、この後ろの部分をこう・・下げるようにして傾斜を付けるんです」
そう言いながら、スミレは後ろに増やした4メートルくらいの増築部分を傾斜させ、見た目は滑り台が付いているような形に変更してみせる。
「あ〜・・でもそれだと居心地が悪いんじゃないのか?」
「そうですね、良くはないでしょうね。でも魔物ですから大丈夫ですよ」
「そ、そうなのかな?」
「はい、それに野営の時は地面に転がしておけばいいだけですから」
ニコニコ笑みを浮かべてアイデアを述べるスミレだけどさ、言ってる事が不穏だと思うのは俺の気のせいなんだろうか。
俺はちらっと、今は暗くて見えない簀巻きにされているグランバザードの方に視線を向ける。
多分俺たちの話の内容も判らないだろうから大丈夫だろうけどさ、もし判っていたら今頃ビビって震えているかもしれない、なんて想像してしまう。
いや、震えないで逃げ出そうと全力で粘着縄を嘴で切ろうとしてるかも。
なんとなくその様子が頭に浮かんで、口元が緩んでしまう。
グランバザードにとっては笑い事じゃないんだろうけどさ。
「じゃあ・・・パンジーが引きやすいのがその形だって言うんだったら滑り台でいっか」
「滑り台、ですか?」
「うん。ほら、形が子供が遊ぶ滑り台に似てるだろ?」
「滑り台をデータバンクで確認します・・・ああ、そうですね。確かに似た形をしていますね」
ふふっと笑うスミレを横に、俺はさっきまで考えていた板車のデータだけセーブしてから消去して、新しく増築型の台車を考える事にした。
これは魔法陣の中に引き車の後部だけを入れればいいので、前回みたいにパンジーを説得する必要はないだろう・・・多分だけどさ。
尾羽の事を考えなければ今の引き車でも十分屋根に載せられるみたいだけど、滑り台の傾斜が大きすぎるとグランバザードも大変だろうから、やっぱり5メートルくらいの長さがいいかな?
俺はとりあえずパンジーの引き車のデータを呼び出した。
スクリーンに出てきた引き車に増築する形で5メートルの台車をまず用意する。
引き車の後ろにその半分以上のものが付く形になる。
「う〜ん・・・なんかデカすぎるよなぁ・・・」
でもこれ以上短くすると段差が大きすぎて急傾斜の滑り台になっちゃうしなあ。
「あの、コータ様」
「ん?」
「2メートルほどで十分じゃあないでしょうか?」
「うん、俺もそう思った。でもさそうすると傾斜が大きくなりすぎんだよ」
「でしたら、何も板車にしないで、嵩上げをすればいいんじゃないんですか?」
「嵩上げ?」
タイヤをでかくするのか?
「板車の上に高さ1メッチほどの箱、というか板車ではなくて高さ1メッチほどの箱型の車にするんです。そうすればそれほどの段差はなくなるので、グランバザードを乗せても急傾斜にはなりません」
「高さ1メッチほどの箱にして、そこに傾斜をつければ・・・うん、確かにそんな急な傾斜にならないな」
「それでですね、その中に大都市アリアナで売る予定だったチンパラの毛皮などを入れておけば、魔法・ポーチの事を知られなくて済むんじゃないんでしょうか」
「スミレ、天才」
確かにそれなら売り物を入れる場所も確保できるって訳だな。
でも2メートルほど長くするだけだったら、それほどバランスがいいとは言えない気がするんだけど・・・
「あっ、補助輪付けよう」
「は?」
「だからさ、もしもの時のために補助輪を付けよう。まあ、普段は車の下に収納しておけばいいんだ。ただ、グラッとバランスが崩れて倒れそうになったら、車の下から出てきて倒れないように地面を支えてくれるようにすれば・・・」
俺はスクリーンに現れたパンジーの引き車についた長さ2メッチに高さ1メッチの箱車の繋ぎの部分の外に普通よりは小さめの車輪を追加する。
そしてその機能として引き車が15度以上傾いた時に、タイヤごと2メートルほど突き出して倒れる事を防ぐ機能を書き入れる。
「ほら、こんな形ならどうかな? これなら普段は車の下にあるから突き出て邪魔になる事もないし」
「なるほど・・・いいんじゃないんでしょうか」
「そっか? じゃあ、こういう形にしよう」
スミレに褒められてホクホクしながら俺は、そのまま箱の上に引き車から傾斜した屋根を追加する。
それから箱にも横にドアをつけて中にものを出し入れできるようにした。
「あっ、なんだったら中からも出入りできるようにした方がいいかな?」
「コータ様」
「引き戸にすればいざという時に逃げ込めるかもしれないし」
「コータ様」
「こっちも下に抜け穴を作れば敵を欺いて逃げる事ができるしな」
なんか忍者屋敷の仕掛けを考えているみたいで楽しくなって、俺はスクリーンをポンポンと叩きながらあれこれ思いついたものを付け足していく。
と、不意にスミレが俺とスクリーンの間に入り込んできた。
「スミレ?」
「いい加減にしましょうね。今はそんな事をして遊んでいる時じゃないですよ」
「えっ、でも」
「それに私の結界は完璧の鉄壁です。そんなものは必要ありません」
「・・・はい」
凍えるようなスミレの笑みを受け、俺は自分がまたやらかした事を感じてすぐに頷いたのだった。
パンジー引き車増築計画はここまで、となった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/08/2017 @20:59CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
引き車にの重量軽減の魔法陣 → 引き車には重量軽減の魔法陣




