159.
そのまま気分転換に観光地巡りをする事にした俺たちが宿に戻ったのは、夕飯の時間になってからだった。
宿の美味しいご飯を食べてから、俺たちは部屋に戻った。
残念ながらこの宿に風呂はないから、順番に厩舎の横にある水場で体を洗う事にした。
今はジャックが身体を洗っている筈だ。
丁度いいタイミングだ、と俺は上段のベッドの端に座って足をブラブラさせているミリーを見上げる。
「なあ、ミリー。ちょっと話をしてもいいかな?」
「はなし? いいよ」
頭を傾げて俺を見下ろしてくるミリーの前に立つ。
「明日からの事なんだけど、ミリーはどうしたい?」
「明日? いらい受け、る?」
「う〜ん、でもさ、今日ギルドで依頼掲示板見たけど、なんにもなかったよな?」
ミリーもジャックも見ていたけど、受けたいという依頼はなかった。
「明日みゃた、行く。何かあるかもしれない、よ」
「多分だけどさ、ここって大都市アリアナに近いから、依頼があんまり来ないんじゃないかなって思うんだ。だから常時依頼以外はあんまりいい依頼がないような気がするよ」
「そ、かな?」
それにあんまりギルドの雰囲気も良くなかったしな、と付け加えるけどよく判らないみたいだ。
「ミリー」
「なに」
「叔母さんに会ってみたい?」
「えっ、とね・・・」
「うん、まだ気持ちが決まらないんだろ? どんな人か判らないもんな」
村から追い出されたミリーは俺とスミレ以外は信用していないんだろうとずっと思ってた。
まあ、ジャックはまあアレだからカウントしないとしても、いくら良くしてくれた蒼のダリア亭のロゼッタさんにも自分から近寄ろうとはしなかった。
それにケートンでパーティーに出かけた時も、俺のためだからと構ってくる女性陣から逃げる事もなくされるままでいてくれた。普通の子供であれば、あんな風にちやほやされると嬉しいものだろうけど、ミリーは戸惑う気持ちの方が強かったように俺には見えてた。
「無理にとは言わないよ。ミリーの気持ちが固まるまでここにいようか、って言ったよな。たださここにいても受けたいって思う依頼がある訳じゃないし、無理に受けたくない依頼を受けたって意味がないから、それならもう大都市アリアナに行っちゃおうか、って思ったんだ」
「コータ・・でも、ね」
「うん、判ってる。ミリーの気持ちが固まるまで、叔母さんに会わなくてもいい。ってか、無理に会う必要ないんだぞ、判ってんのか? 会いたくないんだったら会わないまま旅を続けちゃえばいいんだよ。叔母さんがアリアナにいるって判ってるんだから、いつか会う気になれば会いに行けばいいだろ?」
村で虐げられていたミリーが誰かと会う事に不安があるのは判ってる。
だから、いつか気持ちが落ち着いて会ってもいいかな、って思えた時に会えばいいんだよな。
「だからさ、旅を続けようかって思うんだけど、ミリーはどうしたい?」
「わたしは・・・でも、コータ、行きたいんだよ、ね?」
「う〜ん、行きたいっていうかさ、ポクランにいても仕方ないかな、って思ったんだよ」
「生産ギルドでの事もありましたからね」
「スミレ」
余計な事言うな、と急に口を挟んできたスミレをジロリと睨むと、彼女はシレッと俺の視線に気づかないふりをして、そのままミリーの隣に座る。
「ミリーちゃん、悩むのもいいけど、悩まないでもいいんですよ」
「スミレ・・・?」
「面倒な事は全部コータ様に押し付ければいいんです。会いたくないって思えばそれが答えです。だから今回は大都市アリアナに観光に行く気持ちで行けばいいんですよ。それで気が変わればミリーちゃんの叔母さんに会えばいいし、そうじゃないならそのまま暫く滞在してまたどこかに行きましょう」
「でも、ね」
「それで、どこか遠くへ行ってから、やっぱり会いたいな〜、って思った時に、コータ様にそう言えばいいんですよ。ミリーちゃんが行きたいって言えば、きっと行き先を変えてくれますから」
うんうんと頷くスミレを見下ろしてから、ミリーは俺の方に目を向けた。
「いい、の?」
「もちろん、だって私たちは仲間なんですよ。仲間の望みは叶えるものです」
そうそう、それが言いたかったんだよ。
なのに、俺より先にスミレが返事をしやがった。
ちくしょうっっ、いいとこ取りやがって。
「コータ・・?」
「うん、スミレの言う通りだよ。ミリーがしたい事をすればいいんだ。俺たちはさ、チームメイトだろ?」
「ちーむ、めい、と?」
あ〜、言い方が悪かったか。
「仲間、だろ? ミリーだって、俺が困っていたら助けてくれるだろ?」
「うんっ」
「ほらな。だからさ、俺たちだって助けたいって思ってるんだよ。もちろん、ジャックだって思ってると思うぞ」
頭を傾げながらも視線は宙に向けたままミリーはなにやら考えているようだ。
俺は彼女の考えがまとまるまで黙って待つ。
「コータ」
「ん?」
「コータが行き、たいんだったら行く、よ」
「俺じゃなくてミリーが行きたいんだったら行く、の方がいいかな?」
「わたしはいらい受けたいだけだ、よ。だから、ね。コータがここにいらいがないって言うなら、いても仕方ない、ね。だから、行く?」
わたしも赤になりたい、と付け足すミリーの頭をおもわずワシャワシャとかき回してしまう。
ミリー、ぶれないなぁ。やっぱりランク上げたいのか。
思わず口元に笑みが浮かんだ。
「よしっ、じゃあ、明日にでも出発するか」
「いい、よ」
どのみちここの宿も今日までしかお金払ってなかったから丁度いい。
「んじゃ、ジャックが戻ったら簡単に荷造りをすませちゃおうな」
「うん。でも、ジャック、文句言わないか、な?」
「言わないさ。あいつだって受けたいいらいが見つかんなかったんだからさ」
「そ、かな?」
「そうそう。それに、常時依頼ならスミレが覚えてくれてるからさ、それを集めながら移動すればいいだろ? それならアリアナのハンターズ・ギルドに着いた時に受ければいいんだしさ」
チラリ、とスミレに視線を移すと俺に頷いたスミレが口を開いた。
「はい、ちゃんとデータに残してあるので、常時依頼は大丈夫ですよ。でも大都市アリアナでも常時されているかどうかは判りませんけどね」
「いいんだよ、別に。でもさ、こことアリアナは3日しか離れてないんだから、それなら似たようなものがあってもおかしくないだろ?」
「そうですね・・・あとでハンターズ・ギルドに行って、少し調査してみます」
いや、それ多分、盗み見る、っていうんだと思うぞ。
ま、いいんだけどさ。
「ま、とにかくさ、薬草なら持ってても困らないし、チンパラだったら依頼がなかったら俺たちで食えばいいだろ?」
「チンパラ・・・」
「ああ、そういやミリーはチンパラの肉、好きだもんな。じゃあ余分に狩っておいて自分たち用に少しよけといてもいいし」
うんうんと嬉しそうに頷くミリーの耳はピクピク動いているし、尻尾はブンブンと揺れている。
さすが肉食系だ、うん。
「ほかにもいくつか常時依頼はあったからさ、それもついでに狩ったり採取しながらのんびりアリアナに行けばいいんだよ」
「いい、の?」
「当たり前だろ? 俺たちは必ず3日かけて行かなきゃいけないって事ないんだからさ。それよりのんびりと旅を楽しみたいぞ」
「そ、だね」
「だろ? じゃあ、アリアナに行くぞ。って訳で、とりあえず荷物をまとめるか」
あんまりいい思い出のない街になっちまったけど、まぁこればっかりは仕方ない。
移動しながらこれからの事を考えればいい。
特に生産ギルドの事をどうするかは考えておかないとな。
俺はミリーの頭をポンポンと軽く叩いてから隅に広げていた荷物のところに行く。
荷物をまとめるといっても殆どは引き車の中に入れっぱなしだし、大切なものは俺の魔法ポーチやスミレのストレージに入っている。
本当なら荷物だってこうやって持ってくる必要はないけど、形だけでも持ってないとおかしいからさ。
「わたしも手伝う、よ」
「そっか? じゃあ、頼むか」
「うん」
梯子を降りてきたミリーが手伝う気満々なのを見て、いつも通り元気そうな姿に安心する。
うん、多分大丈夫だな。
俺は早速荷物をゴソゴソし始めたミリーを見ながら、ホッとしたのだった。
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