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15.

 年寄りの1人暮らし、というだけあって、この家には台所を兼ねている土間と座敷の2つしかなかった。

 それでも野宿よりはマシ、と思う。

 テント暮らしも悪くなかったが、屋根のある家というだけでありがたい。

 ただボン爺がいるので、スキルを使う事ができない事が少し問題だった。

 なんせスキルを展開させなければ、俺はスミレと話をする事もできないのだ。

 とはいえ、ここに来てから最初の2日間はボン爺からこの世界の事を学ぶ事で手一杯で、俺はスミレの事を思い出す暇もなかったのだが。

 3日目はボン爺に言われて、ギルドに出かけてハンター登録をしてきた。

 おかげで俺は身分証とも言えるギルドカードを手に入れる事ができた。

 もちろんそのお礼に酒を1瓶買って帰ったら、すごく喜ばれて次の日の今朝は俺の方が起きるのが早かったくらいだ。

 そしてこの村に来て4日目の今日、俺は狩りを兼ねて村の外に出かける事にした。

 「コータ、出かけるのか?」

 「うん、今日は狩りに行ってみる」

 「そうか。気をつけて行くんじゃよ」

 「大丈夫だよ。遠くには行かないから。だから何も獲物が無くっても我慢してくれな」

 「気にするな」

 カラカラと笑うボン爺に手を振って、俺は彼の家を出た。

 今日はこれから森に入って、ウサギでも狩ってくるつもりだ。

 というのは言い訳で、森の中で本当は人気のない場所を見つけて、そこでスキルを展開させてスミレとこれからの事を相談しようと思っている。

 ボン爺と一緒の生活は楽しいのだが、如何せんプライバシーがないからスキルを展開させてスミレを出すことができないのだ。

 まだこの世界の事をよく理解していない俺としては、スミレのアドバイスはどうしても必要になってくる。

 なので今日中になんとかスミレと話し合いたいのだ。

 俺は通りを歩いてギルドに向かう。

 背中にリュックサック、ベルトの左側にはウェストポーチで右側にはナイフが入った鞘がぶら下がっている。

 いつものパチンコはポーチの中だ。

 きっと端から見たらとてもハンターには見えないだろうけど、それでもこれが俺にとっての採取のための格好なのだよな。







 「おはようございます」

 「おはようございます」

 ギルドのドアを開けると、すぐに挨拶の声がかけられた。

 俺は軽く会釈をして挨拶を返してから、早速依頼が並んでいるボードに向かう。

 別に依頼を受けるつもりはないんだが、それでも昨日ギルドに登録したので顔だけでも出しておいた方がいいだろうと思ったのだよな。

 さてさて、どんな依頼があるんだろう。

 もし採取系で常時依頼なんていうのがあれば、森にいる時に見つけたらついでに採ってこよう。

 「う〜ん、これ、なんだ?」

 しかし、だ。

 よく考えると、俺には依頼されている植物とかの名前と実物が一致しない。というか、なんの事がさっぱり判らない。

 そりゃ当たり前だ。知らない世界にやってきたんだから、植物にしても動物にしても、知らないものばっかりだよなぁ。

 おまけに俺の頭にあるのは日本語だ。

 ほら、桜とかそんな感じ。

 けど今目の前の依頼書に書かれている名称は、カタカナで俺の頭に入ってくるんだよな。

 そのカタカナの意味が俺にはさっぱり判らない。

 ほら、例えば英語のチェリーの意味を聞かれたら桜だって事は言える。でもさ、きっと他の花の名前を英語で言われても、それを日本語でなんていうかって聞かれても答えられないのと同じだと思うんだ。

 う〜む、どうするかなぁ。

 書いている数字は読めるからいくついるのかっていうのは判るんだけどな。

 俺はどうしようと思いながらカウンターを振り返ると、丁度ケィリーンさんがカウンターにやってきたところだった。

 「あの、ケィリーンさん」

 「はい? あら、コータさん、おはようございます」

 「あっ、はい。おはようございます」

 「何かご用でしょうか?」

 蛇の頭を傾げる仕草は可愛いが、さすがに女性の顔の部分が蛇だとそれ以上の感情は湧かないなぁ。

 そんな失礼な事を考えながらも、俺は彼女のいるカウンターに向かう。

 「あのですね。植物や動物の図鑑、ってありませんか?」

 「図鑑、ですか?」

 「はい。依頼を受けるかどうかはまだ考えてないんですけど、あそこにある依頼を見てもよく判らないんです。だから、図鑑でもあればなんの事か判るかな、なんて思ったんですけど」

 「ああ、なるほど。でもコータさん、文字が読めるんですか?」

 「えっ? あっ、ああ、俺、てっきり自分がちゃんと文字の読み書きができないんだと思っていたんですけど、どうやらおばあが教えてくれた文字で通じるみたいで」

 やべっ。そういや昨日ケィリーンさんに代筆してもらったんだっけ。

 だってさ、言葉は喋れても読み書きはできないかもしれないって思ってたんだよな。

 けど昨日ギルドの申し込み用紙を見たらちゃんと読めたし、ケィリーンが書いた字も理解できたんだ。

 「ジャンダ村で使う文字はこのチザム大陸の公用文字ですから、ローデンと同じでも不思議じゃないですよ」

 「そ、そうですよねぇ。でも、心配で」

 「それにコータさんって、確か集落で採取系の仕事を任されていたって言ってませんでしたっけ?」

 「えっ、そうですね。たっ、確かに採取系の事をしていたんですけど、でもっ・・・その、名前が違っていたらって思うと依頼達成にならないじゃないですか」

 「名前は一緒だと思いますけど」

 訝しげに俺を見るケィリーンさんに、俺はどもりながらもなんとか言い訳をするが、あんまり通じていない気がする。

 そういや、俺、接近戦の武器がどうとかって聞かれた時にそんな事言ったっけ。

  すっかり忘れてたよ。

 「いやいや。なんていうか、その・・うちの集落ってすっごく閉鎖的でしたから、集落だけで通じる呼び名とかって結構あったんですよ。なので、これかなって思って持って帰ったものが、その、全然依頼と違うものだったら依頼失敗になるじゃないですか」

 「それはまぁ、確かにそうですけど」

 「だっ、だからちゃんと調べておきたいんですよ」

 「まぁそれなら。それで、図鑑ですよね」

 「はっ、はい」

 呆れたように言われてしまったが、それでも俺の言った事をおかしいと思わなかったようでホッとする。

 「2階へ上がる階段を登ったところにホールがあって、そこに本棚が置かれています。といっても30冊ほどしかないんですが、そこに食用植物図鑑、薬草図鑑、動物図鑑、それに魔獣図鑑がありますよ」

 「それって、買えますか?」

 「買えない事はないですけど、高いですよ。それにうちには在庫はありませんから取り寄せになります。多分2−3週間はかかると思いますけど」

 「そっかぁ・・結構かかるんですね」

 「そうですね。でもここは辺境と言ってもいいほどの田舎ですから仕方ないですね」

 まあ、図鑑はどうしても欲しいって訳じゃないし、そのうちもっと大きな町へ行けば手に入れる事ができるだろうからそれまでお預けだな。

 「ちなみにいくらしますか?」

 「そうですね、本にもよりますけど、薬草図鑑だと小金貨2枚、ですね。魔獣図鑑だともう少し値段が嵩んで小金貨4枚になります」

 「うっわぁ・・・」

 むっちゃ高いじゃん。ってか、図鑑に20万円以上なんてありえないっっ。

 大きな町に行ったら買ってもいいかなんて思ったけど、そんなもの買える訳無いじゃん。

 「えっと、じゃあ、上で図鑑を読ませてもらってもいいですか?」

 「ええ、どうぞ。ただ取り扱いには気をつけてくださいね。ページを破ったら弁償ですから」

 「はい、気をつけます」

 とりあえずもう一度依頼が貼られているボードに戻って、依頼されていた薬草の名前を頭に入れてから2階に向かった。

 2階の階段を上ったところでキョロキョロと周囲を見回すといくつものドアが並んでいたが、ケィリーンさんが言っていた本棚はホールの隅っこに置かれている。

 その前には小さなテーブルが1つと椅子が3つ置かれていて、どうやらそこで閲覧をする事になっているようだ。

 そこには図鑑の他にも地理や歴史の本なんかも並んでいる。

 そのうち時間がある時にこれを読めば、もう少しこの世界の事が判るようになるんじゃないんだろうか?

 それらの本に興味を惹かれたものの、今日ここにきたのは歴史を習うためじゃない。

 俺は薬草図鑑を引っ張り出して、さっき依頼ボードで見かけたものの名前を探す。

 「えっと・・・イズナ、イズナ、っと」

 俺が見つける事ができた常時依頼は、イズナという名前の薬草だけだった。

 図鑑に並んでいる文字は見た事もないものだったけど、こうして眺めているとまるで日本語を読んでいるように意味が頭に入ってくるから不思議だ。

 「おっ、あった」

 イズナって、キズ薬の材料かぁ。なんかパッと見は葉っぱが3つずつくっついた感じのどこにでもありそうな草だから、俺に見つける事ができるかちょっと不安になってくる。

 っていうか、見分けがつかないで困るんじゃないのか、これ。

 覚えられるかなぁ、俺。

 とりあえずポーチから紙とペンをとりだして、模写もどきをする。

 なぜもどきかというと、どう見たって俺の書いた葉っぱは図鑑のものに比べると子供の落書きみたいに見えるからだ。

 「絵の才能、無いからなぁ」

 それでも特徴である葉っぱが3枚っていうのと、図鑑に書いてある説明文を書き写す事にした。

 「よしっ」

 多分5分ほど時間をかけて俺なりにまとめたイズナの情報を書いた紙を腰のポーチにしまうと、俺は階段を降りてギルドを後にした。






 読んでくださって、ありがとうございました。

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