157.
『コータ様』
「ん?」
『大丈夫ですか?』
「うん・・まあな」
『では少しだけ足を緩めてください。ミリーちゃんとジャックが大変そうです』
両手に握っているミリーとジャックは、俺に付いて来るために早足になっている。
俺は立ち止まって見下ろすと、2人は急に立ち止まった俺を見上げて心配そうな顔を俺に向ける。
「すまん、ちょっとその辺で休もうか」
「だいじょぶだ、よ」
「うん、大丈夫だぜ」
大丈夫という割に2人の尻尾は力なく垂れ下がっている。
「ハンターズ・ギルドは今日じゃなくてもいいか。その辺をぶらぶらして何か飲むものでも買おう。スミレ、宿の方角ってどっちだっけ?」
『あちらです』
ちょうど立ち止まったのが十字路だったからか、スミレが右方向に抜ける道を指差した。
「途中に何か飲み物を売ってる店があるといいな。ついでにおやつを買ってもいいし」
不安にさせちゃったからな、肉の串焼きでもあれば買ってやろう。
元の世界だったら何か甘いもの、っていうところなんだけど、この2人は肉の方が喜ぶもんな。
10分ほど歩くと、ちょっとした屋台が並んでいる広場っぽいところに出た。
「市場、かな?」
『そうですね、多分市場というよりは屋台広場といった方がいい感じの場所ですね』
「ここなら何か飲むものが買えそうだな」
俺はゆっくりと並んでいる屋台を2人と見て歩く。
「なんか食いたいもんあるか?」
「にく?」
「串焼きがいいな」
うん、知ってる。君たちは2人とも肉食系だもんな。
「じゃあジャック、ミリー、その良い鼻を使ってうまい串焼きを探してくれ」
「まかせる」
「判った」
途端に真面目な顔で鼻をヒクつかせる2人は俺の手を引っ張ってズンズンと屋台の前を進んでいく。
俺も同じように鼻をヒクつかせながら匂いを嗅いでみるが、2人と違って匂いが混ざりすぎてどの店がどんな匂いのものを売ってるのかなんてさっぱり判らない。
「あっち」
「うん、あっちだ、コータ」
「おっ、いい匂いを見つけたのか?」
「うん、あれ、いい」
「そうそう、すっげーうまそうな匂いがしてきた」
言われてもう一度鼻をヒクつかせてみたものの、やっぱり全く判らない。
この辺がただの人種と獣人の違いなんだろう。
ま、ジャックはケットシーだけどさ。
グイグイと手を引かれて到着したのは結構たくさんの人が並んでいる屋台だった。
「何の肉だ?」
「わかんない、よ」
「でもむっちゃ美味そうな匂いだぜ」
「ふぅん。ま、お前らがいいんだったらいっか」
多分宿に帰ったらすぐくらいに晩飯の時間になるだろうから俺は1本でいいけど、多分この2人は2本は食うだろうな。
こいつらちっちゃいくせに、俺と同じかそれ以上食うんだよなぁ。
「すみません、5本ください」
「あいよっ」
俺たちの番になって5本頼むと、お店の親父さんは5本の肉串を何かの葉っぱに包んで手渡してくれた。
「5本で50ドランだ」
1本10ドランって事は100円くらいか、安いな。
俺はポーチから大銅貨5枚出して手渡すと、どこかに座るところがないかキョロキョロと周囲を見回した。
「にいちゃん、座るところ探してんだったら、少し先に行けば噴水があってそこからベンチがあるぜ」
「ありがとう」
肉串焼きの親父さんが教えてくれた場所にすぐに行く気になった2人はグイグイと俺の手を引っ張る。
「おい、あんまり引っ張るなよ。おとすかもしれないぞ」
「だめ」
「じゃあゆっくりな。それと、ジュースでも売ってる店も見つけろよ」
「わかった」
ミリーとジャックはキョロキョロと屋台を見回して、そのうちの1店に俺を連れて行く。
「いらっしゃい」
「ジュースはあるかな?」
「パルプ・ジュースとお茶を売ってるよ」
「ん〜、お前ら、ジュースとお茶どっちがいい?」
俺的にはお茶がいいんだけど、この2人はどっちがいいのか判らない。
「ジュース」
「俺も」
「じゃあジュース2つとお茶を1つください」
「カップは持ってるかい?」
「えっ? あ、はい」
「じゃあ出しとくれうちじゃあカップは貸し出してないんだよ。値段を安くしたいからね」
俺は言われるままポーチから3人分の木のカップを取り出すと、飲み物やのおばちゃんがカップを受け取ってそれにジュースとお茶を注いでくれる。
「カップ持ってない連中にはカップを買ってもらうんだよ。以前は貸し出していたんだけど、帰ってこないからさ」
なるほど、確かにカップが戻ってこないと商売にならないもんな。
「その代わりカップ持参だと中身代だけもらうんだよ」
「いくらですか?」
「ジュースは1杯8ドラン、お茶は1杯5ドランだね」
「じゃあ・・21ドランですね」
「あんた、計算早いねえ」
ポーチから大銅貨と小銅貨を取り出していると、飲み物やのおばちゃんに褒められる。
「いえいえ、これくらいの計算だったら誰でもできますよ」
「い〜や、そんな事ないよ。2つの商品の計算さえできないものはわんさかといるさね。大したもんだよ」
「あ〜・・ありがとうございます」
俺は少し考えてから、お茶やジュースが入ったカップをそのまま零さないように気をつけながらポーチに仕舞う。
2人に持たせようかと思ったんだけど、なんか危なっかしいからな。
それにポーチの中にいれとけば、ひっくり返す心配もしなくて済む。
俺はおばちゃんにお礼を言ってから、2人を引き連れて噴水があるというところまで移動する。
「ふわぁぁ・・・」
「すげえなぁ・・」
そして見えてきた噴水の大きさに驚いて、その場に立ちすくむミリーとジャック。
大きさは直径10メートルほどの円形の池部分の真ん中にタワーがあり、そのてっぺんから水が溢れているのが見える。吹き出す水の高さもおそらく10メートルほどだろう。
それがどういう仕組みなのか判らないけれど、水の色が黄色からオレンジ、それから赤、紫、青と変わってから緑になり、そこからまた黄色に変わる。
そして2周ほど色が変わってから、今度はその全ての色が噴水から出される水の色となり、噴水から上に上がって降りてくる水のアーチがまるで虹のように見える。
見とれている2人が回復するのを待ちながら、俺は周囲を見回してベンチを探す。
と、丁度立ち上がってベンチが空くのが見え、俺は今も感心したように噴水を見ている2人の手を引いてそのベンチに向かった。
「ほら、座って座って」
「えっ? ありがと」
今だに噴水に見とれてぼーっとしているミリーの手を取り、強引にそのままそこに座らせる。
「ほら、ジャックも」
「お、おう」
ジャックも俺が手を離した事に気づく事もなく噴水に見とれていたから、強引に腕を引っ張ってベンチに座らせた。
ポーチから串焼きと飲み物を出すか、と思ったものの今の状態で手渡すと落とす気がするから、とりあえず2人が納得するまで見てからにしよう。
そんな俺の心の内を読んだのか、スミレは2人を気にする事なく俺に話しかけてくる。
『コータ様、大丈夫ですか?』
「ん? ああ、大丈夫だよ」
『でも、かなり怒ってましたよね』
「うん、まあなぁ。なんか騙されたような気がしてさ」
『騙された、ですか?』
スミレはあの時俺がなんで怒ったのか、よく判ってないみたいだな。
「ほら、設計図使用料の話だよ」
『ああ、あれは私も知りませんでしたから・・・知っていればきちんと助言ができたのに、申し訳ありませんでした』
「スミレが気にする事じゃないよ。俺が怒ったのは、知っていたのに教えてくれなかった、って事だからさ」
それも今思えば些細な事と言えるかもしれない。
「お金の事だからあんまりガツガツしているように思われたくないから、もしちゃんと説明してくれてたら使用料が1パーセントでも文句は言わなかったと思うんだ。でもさ、そんな説明も無しに1パーセントですとしか言われなかっただろ? なんか足元を見られたっていうか・・・まぁ、向こうにしてみれば俺が知らなかったのが悪い、って事になるんだろうけどさ」
でも、納得がいかないんだよなぁ。
俺は思わず大きな溜め息を吐いた。
『それでも説明を省略した理由になりませんよ』
「うん、だからさ、スミレに頼みたい事があるんだ」
『なんでしょう?』
「今日はこのまま宿に戻って、明日ハンターズ・ギルドに行って何か依頼があれば受けてくるから、スミレはそれぞれ俺が関係しているギルドに行って、ギルド規約とか、とにかく俺が知っていればいい情報をデータバンクに収集してきてくれないかな」
俺が覚えてなくても、スミレのデータバンクに入っていればいざという時にスミレがアドバイスをしてくれる筈だからさ。
そんな俺の甘い期待を理解したのか、スミレは俺の肩の上で大きく頷いた。
『判りました。それでは明日はコータ様たちが朝食に向かうのと同時にそれぞれのギルドで情報収集してきます。ついでに図書館を見つけたらそちらにも行って、全てをデータバンクに記憶させますね』
「うん、大変だろうけど頼むよ。俺、今日ほど自分が無知だって感じた事、なかったからさ」
ってかさ、今まで出会った人が良い人だったっていうのは本当に運が良かったって事だろう。
そうじゃなかったら俺、もしかしたら使い潰されていたかもしれない。
「今までが運が良かった、って事なだろうなぁ」
『これからも運が良い筈ですよ』
「そう思う?」
『はい、コータ様がちゃんと相手に誠意を見せるから、向こうもそれに伴った対応を返してくれるんです。まぁ、今回はそれが通じなかったというか、そういう誠意を知らない相手だった、って事ですね』
なんか俺、スミレに慰められてんのか?
「そうだな。ボン爺なんか俺を騙し放題だったのに、ちゃんと色々教えてくれたもんな」
『そうですよ。だから1人の悪者のせいで、残りも全員悪者とは思わないでくださいね』
「うん、判ってるって」
そこまで疑心暗鬼に陥ってないさ。
俺はポーチからお茶を出して一口飲む。
両隣を見ると、2人は未だに噴水に目が釘付けだ。
そんな2人を見て癒される。
俺はポーチから取り出した肉串の包みを開けてわざと2人の鼻先に持っていく。
「にくっっ」
「串焼きっ」
途端に正気付いた2人は、慌てて俺の方に振り返る。
いや、俺の手の中の串焼きの包みを振り返る、だな。
そんな現金な2人に苦笑いをしながら、俺は1本ずつ串を手渡してから俺もガブッと噛み付いたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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青森で味噌カレー牛乳ラーメンがお勧めだと言われ食べてみました。意外に美味しくてビックリ。40年以上前からあるらしいけど、知らなかったです。
Edited 05/07/2017 @18:20CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
ミリーは2人を機にする事なく俺に話しかけてくる → スミレは2人を気にする事なく俺に話しかけてくる




