149.
ミリーに関する情報、と言われて俺は背筋を伸ばして正面に座るホルトマン市長を見据えた。
「それは、どういう意味ですか?」
「どういう意味とは? ただその言葉通りの事だよ」
俺はホルトマン市長の言葉の意味を考える。
ミリーに関する情報、と言うけど、一体どんな情報だっていうんだろうか。
というより、ミリーの何を彼は知っているんだろう。
「情報、と仰いましたが、それを俺たちが必要としていると?」
「さて、それは私にも判らないが、おそらくどこかで必要になるのではないか、と思っているよ」
「ホルトマン市長、そんなに勿体ぶった言い方はしないでくださいよ。コータくんが警戒してますよ」
「ん? ああ、済まないね。市長ともなると色々と駆け引きばかりするんだ。だからついいつものような話し方になってしまったようだ」
うん、しっかり駆け引き会話になってたよな。
「この事に関しては、私の方から説明した方がいいかもしれないね。ホルトマン市長もそれでいいですか?」
「ああそうだな。じゃあパッサンに頼もうか」
ホルトマン市長はそう言うと、背もたれに背中を預けると手に持っていたカップの中身を飲む。
「では、説明しようか。実は10日ほど前に都市ケートンに人探しの依頼が来たんだ」
「人探しですか?」
「そう。ただそれはハンターズ・ギルドに来た訳ではなく、都市ケートンの市長であるホルトマン市長のところに直接依頼が来たんだ」
ハンターズ・ギルドで人探しの依頼があるのか、と思ったけどそうじゃないようだ。
でも市長に直接依頼ができる相手となると、かなりの大物って事になるのか?
「都市間ネットワーックを通じての依頼なんだが、おそらくは都市ケートン、もしくは都市ケートンの庇護下にある市町村のどこかに探している相手がいる筈だ、という事で、それもあって直接ホルトマン市長のところに依頼がいったようなんだ」
「都市ケートンは辺境に近い都市だからね、他の都市や大都市に比べると所属している市町村は数が多い上に、その範囲も一気に広がるんだよ」
ポッサン・パッサンさんの説明に、ホルトマン市長が補足をする。
「それがミリーとどんな関係が?」
「探し人の特徴は8−12歳くらいの獣人。毛色は赤系、もしくはオレンジ色。小型なので猫系獣人と見間違われるかもしれないが、実は虎系獣人だそうだ」
「それは・・・」
「その依頼を受けたホルトマン市長は、どこに依頼をすればいいのかを訪ねるためにハンターズ・ギルドに来てね。それで私がとりあえずその依頼の手助けをする事にしたんだ」
小柄で赤っぽい毛色の獣人、ってまんまミリーじゃねえかよ。
いや、でももしかしたら、ほかにもいるかもしれない。
でもさ、ミリーが村には黄色や白の虎系はいたけど、ミリーみたいな毛色の獣人はいなかったって言ってなかったっけ?
ミリーはその見た目が他と違うから、父親ともども追い出されたんだろ?
なんで今頃になって彼女を探すんだ?
頭の中はゴチャゴチャになってパニック一歩手前って感じだ。
「私達もね、最初に依頼を受けた時は頭を傾げたんだよ。なんせ私もホルトマン市長も、今まで会った事のある虎系獣人は体毛の色が黄色か白色に黒の縞が入っていたからね。依頼になったような赤っぽい毛色の虎系獣人なんて見た事がなかったんだよ」
「突然変異らしいね。というか、虎系の王の世代交代の時にしか現れないそうだ」
「私のところにはその次代の王という人の直属という銀虎が依頼の書簡を持ってやってきたんだ。白ではなく銀色の毛並みの虎系獣人、というのもその時初めて見てね、びっくりしたよ」
「彼らの話では虎系獣人を統べる王は金虎だそうだよ」
王様が金で、直属の家臣が銀か。
それで探しているのは銅色の娘、って事か。
俺はミリーの毛色を思い出す。綺麗な赤銅色の毛色のせいで追い出された筈だったよな。
「私も虎系の王は金虎だと聞いた事があるんだが、もちろん会った事はないね。彼ら王の血筋として人とは交わらないどこか奥地に集落を築いているらしいから」
「とにかくその話を聞いた時は、『判りました、各ギルドに連絡をしておきましょう』とホルトマン市長に返事をしたんだ。もちろん、それぞれのギルド支部にもし見かけたら一報を入れるように、という指示を入れてね」
「どこかのギルドが連絡してきたんですか?」
俺はふとハリソン村のサイモンさんを思い出す。
彼くらいしか俺とミリーの事を知っているギルド職員はいない筈だ。
「いやいや、まだ数日だからね、どこからも見かけたという連絡は入ってないよ。私がもしかしたら、と思ったのはこの前パラリウムの報告の事で部屋に呼んだ時だったんだよ。あの時は可愛い猫系獣人だな、と思っただけでね」
「その話を私がパラリウムの報告をパッサンから受けている時に聞いてね。その子は猫系獣人で間違いないのかな、と尋ねたんだ」
「いやはや、私はホルトマン市長に聞かれるまでその可能性すら思いつかなかったんだよ」
ポッサン・パッサンさんは、いや〜参ったよ、と言いながら頭を掻く。
「それでね、もともとこのパーティーに来てもらってきちんとお礼を言おうという話はしていたんだ。だからその時に確認をしてみよう、という事になってね」
「それで、確認できましたか?」
「そうだね・・・私には虎系と猫系の違いは判らないからね。だから私には彼女が依頼にあった獣人なのか判断がつかないな」
「私もだよ。ホルトマン市長と同じで、さっぱり見当もつかない」
「だからもし彼女が猫系獣人だというのであれば、この情報は意味のないものになるね」
でも意味はあるだろう、とホルトマン市長の目が俺に言う。
俺は大きく溜め息を吐いてから、口を開いた。
「それで、もしミリーがお2人が探している獣人だとしたらどうするんですか? 俺から取り上げますか?」
「いやいや、そんな事はしないよ」
「君たちがいたからこそ鉱山の安全は守られたんだ。恩を仇で返すような真似はしない」
じっと見つめる先のホルトマン市長は、嘘をついているようには見えない。
「判りました、とりあえず今はお2人を信じます。それで、この情報をどうすればいいとお考えですか?」
「別にどうとでもすればいいと思っているよ。ただ、これから先いきなり虎系獣人達に囲まれても何も知らない状態よりはマシだろう、と思って情報を提供したんだ」
「君たちはハンターだからね。あちこちに移動するだろう? その時に少しでも情報があれば、なんとかできるんじゃないかな、って思ったんだよ」
「私たちの方からは依頼人には何も言うつもりはない」
「いいんですか?」
それって、俺たちを見逃すって言ってんだよ、大丈夫なのか?
「いいんだよ。私はパッサンに依頼を出した。パッサンはギルド・マスターだけど全てのギルド・メンバーの情報を知っている訳じゃない。でも一応全てのギルド支部に連絡入れてあるから、ここで見つけられなかったとしてもちゃんと言い訳も立つよ」
「そうそう、特に今はパラリウムの件があるからね。そっちに手を取られていて、ギルド支部に連絡を入れるだけで手いっぱいだった、って言えば言い訳は立つんだよ」
2人の言葉をそのまま受け入れていいものか俺には判断がつかないけど、見る限りでは2人の言葉に偽りはない気がする。
「そうそう、これからどこに行くのか知らないけど、もし行き先が大都市アリアナだったら少し考えた方がいいよ」
「それはどういう意味ですか?」
「大都市アリアナには依頼に会った獣人の身内、叔母という人が住んでいるらしいからね」
「ミリーの、おばさんですか・・・」
両親が亡くなって天涯孤独になったミリーに、叔母がいる。
これは思いもよらなかったニュースだ。
もともと大都市アリアナに向かっているんだけど、特に大都市アリアナに行くという理由はなかった。
ただ、ジャンダ村から一番近い大都市という事で行き先に選んだだけだ。
でもそこにミリーの叔母がいるんだったら?
「ただね、探している獣人の叔母という事で、もしかしたら彼女が訪ねてくるかもしれないと誰かが見張っているかもしれないよ」
「それは・・・」
「だから、大都市アリアナに行くんだったら、ある程度覚悟を決めていくだね」
「特に叔母という女性に会うつもりがあるんだったら、余計にだよ」
ミリーのために叔母には会いに行くべきだろう。
でも、もしそのせいでミリーが誰かに狙われるのか?
だいたい、どうして今頃ミリーを探しているんだ?
「あの・・どうしてミ、彼女を探しているのか、理由は言ってましたか?」
「いや、ただ探している、と言うだけで詳しい理由は言わなかったね」
「次代の王の依頼という事だから、彼となんらかの関係があるのかもしれないね」
「そうだな。王位を継ぐために必要なのかもしれないね」
「なるほど・・・」
次代の王となる虎系獣人がミリーを探している。
これはどういう意味なんだろう?
もしかしたら、スミレに聞けば判るのか?
でももしスミレが知らない事だったら?
「とにかく、私たちは君たちの事は知らないという事にするつもりだ」
「それでどのくらいの時間が稼げるのかは判らないけど、対処法をいろいろ考えておいた方がいいだろうね」
「その・・ありがとうございます」
きっと2人はミリーが次代の虎系獣人の王が探している娘だと確信しているんだろう。
それでも依頼の報酬を蹴ってでも俺たちに便宜を計ってくれるつもりらしい。
ありがたい事だよ、うん。
「でもいいんですか? そういう人からの依頼だと達成した時の報酬だけじゃなくて名声もあるんじゃないんですか?」
「達成報酬や名声だけで鉱山を1つ守れないよ」
「そうそう、そんな霞みたいな称号よりも、現実を守ってくれた人に恩を返す事の方が大切だよ」
「ありがとうございます」
名を捨てて実を取る、って事なんだな。
でもありがたい事だよ。
これ、宿に帰ったら早速スミレと相談しないといけないな。
いや、ミリーの問題でもあるんだ。きちんと彼女にも伝えて、ミリーがどうしたのかも考慮するべきだろう。
「さて、以上が私からの話だよ。長い事引き留めて悪かったね」
「今後の活動でギルドで便宜を図れる事があれば言ってくれたまえ。私にできる事はするよ」
ホルトマン市長とポッサン・パッサンさんにそう言われて、俺はその場で頭を下げる。
「気を使っていただいて、本当にありがとうございました」
「たいして力になれなくてすまないね」
「ここにいる間は力になるから、なんでも相談してくれたまえ」
「ありがとうございます」
俺はもう一度深々と頭を下げて礼を言う。
とりあえず、この話は今夜だな。
俺は2人の後に続いて部屋をでながらも、今夜の事を考えたのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/07/2017 @18:00CT 語表記のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
質よりも実を取る、って事なんだな → 名を捨てて実を取る、って事なんだな




