148.
通された部屋は多分畳10畳ほどの、パーティー会場の控え室といった感じの部屋だった。
俺たちが来る事が予め連絡されていたのか、部屋の中にあるテーブルの上にはトレーに乗ったジュースと酒の入ったカップが用意されていた。
「おや、1つはジュースですね」
「ああ、それ多分俺のです」
「コータくんの?」
「今夜はジュースしか飲んでませんから」
こんな知らない場所では何があるか判らない。
いざという時に酔っていたせいで取り返しのつかない事態になった、なんて事は避けなくちゃな。
俺とポッサン・パッサンさんはテーブルに設置されていた椅子に座る。
「では私はお酒をもらおうか」
「どうぞ」
ニコニコと酒の入ったカップを手に取り、早速飲んでいる。
どうやらここに来る前もパーティー会場で飲んでいたのか、ポッサン・パッサンさんの目元は赤くなっている。
なんかその赤さが更に陶器のタヌキを思わせる。
そういやあのタヌキ、片手に酒瓶持ってたもんな。
そう思い出すと、なぜか妙に納得してしまう。
俺は自分用のカップをトレーから取ると、とりあえず一口飲んだ。
「あれ・・ちょっと違う?」
今夜俺が飲んでいたのはパルプ・ジュースで、味はオレンジ・ジュースに似たものだった。でも今カップに入っているのは見た目はパルプ・ジュースだけど、味がどっちかっていうとグレープ・ジュースっぽい。
「どうかしたのかな?」
「えっ? いいえ、なんでもないです。パルプ・ジュースかなって思って飲んだら味が違ったので」
「ふむ・・ああ、それはヴィーナ・ジュースだね。絞った果汁はパルプ・ジュースの色と同じなんだよ」
「ああ、なるほど」
じゃあ、これからはこれをグレープ・ジュースと呼ぼう。
コンコン
なんて事を考えていると軽くノックの音がして、こちらが返事をする前にドアが開かれる。
「やあ、すまないね、待たせたかな?」
「いえいえ、お忙しい事は判ってますからね」
「そう言ってもらえると少しだけ気が楽になるよ」
手にカップを持ったまま入ってきたのは、ホルトマン市長だった。
やっぱりね、というのが俺の感想だ。
ただのハンターである俺たちにわざわざパーティーに招待してきた時に、何かあるんじゃないのかな、とは思っていたんだ。
とはいえパーティー参加者の目の前で俺と話をするには、彼の立場は高すぎて俺の立場が低すぎる。
だから、なんらかの接触があるとすればこういった人の目のつかない場所になる、それくらいの予測は立てられる。
もちろんスミレが、だけど。
俺にはさっぱりだったよ。でもスミレがこういう展開もありえます、と予め言ってくれてたから、さっきもすぐに決断できたんだよ。
「あまり驚いていないようだね」
俺が脳内でそんな事を考えているうちに、俺の前の席に座ったホルトマン市長が面白そうに声をかけてきた。
「いえ、十分驚いていますよ。ただもしかしたら、とは思ってましたので」
「なるほど。さすがは凄腕ハンター・チームだね」
「へっ? いやいや、俺たちは素人の集まりで凄腕なんてとんでもないですよ」
俺は手をあげて左右に振って否定する。
俺たちが凄腕ハンターだったら、本当の凄腕の人たちは神級って事になるぞ。
「コータくん、そんなに謙遜する事はないぞ。君たちの依頼達成率は100パーセントだ。それだけでも十分誇っていいと思う」
「いえいえ、俺たちは簡単な依頼しか受けてませんよ。特に危険と言われるような魔獣や魔物の討伐はしませんから、そのおかげで依頼達成率が高いんだと思います」
「そうかな? ちゃんと自分たちの力量を把握してその上で依頼を受けるという事は、口で言うほど簡単じゃないと思うよ? 特にハンターというような仕事をしているものはなかなかプライドが高いからね。自分を過信するものが多いんだ。だから、依頼達成率がどうしても低下してしまうハンターやハンター・チームが多くなってしまう」
そうなのか?
俺はよく判らないから隣に座っているポッサン・パッサンさんの方を振り返ると、彼は俺と目を合わせてから大きく頷いた。
「ホルトマン市長の言う通りだよ、コータくん。依頼失敗ならまだしも、そのまま戻ってこれないハンターだって少なくはないんだよ」
「そうなんですか? でも俺たちは凄腕なんて言われるようなハンター・チームじゃないです」
うん、その点はどうしても譲れない。
だってさ、できるだけ簡単な依頼しか受けないんだよ。
そりゃ討伐系の依頼も受けた事はある。でも討伐対象は小型のみ、または安全な相手だけに絞っているつもりだ。
まぁスミレの結界を使っての討伐だから、ズルをしているんだろうけどさ。
「なにはともあれ、私は君と少し話をしたかったんだ」
「はぁ・・・」
俺には話はありません、って言っても無駄だよなぁ、はぁ。
「それでは時間もないのでさっさと用件に入らせてもらうよ。私からの話は2つある。まず1つ目は君も見当がついているだろうパラリウムの件だ」
「あの、それについての報酬は既にもらってますよ?」
「ああ、パッサンからその報告は受けている。そうじゃなくて、進捗情報だよ。パッサンがパラリウムの事を私に話してくれてすぐに大都市アリアナを始めとしたいくつかの大都市と連絡をとって、パラリウムに関する情報を集めたんだ」
うん、その話もポッサン・パッサンさんから聞いてるんだよな。
「おそらくパッサンの方からパラリウムに関しての文献の記録の少なさは聞いていると思う。私もこの件に関してここに呼んだ訳じゃないからね」
えっ、そうなの?
俺もスミレもてっきりその話でここに招待されたんだと思ってたよ?
「実は昨日、鉱山に送り込んでいた調査隊が帰ってきたんだ」
「調査隊、ですか?」
「うん、君からの報告だけでも十分だっただろうけど、なにぶん記録が殆どない魔物に関しての報告だったからね、私の方で調査隊を鉱山に送り込んだんだ。もちろんついでに監査も送り込んで、鉱山の管理所も調べたんだ」
にっこりと笑みを浮かべるホルトマン市長だけど、その笑みがどこか昏いのは俺の気のせいじゃないよな?
「いやはや、管理所の監査も送り込んでよかった、と思うような結果が出てね。どうやらコータくんたちにも迷惑をかけていたようで申し訳なかったね」
「えっと、いえ、大丈夫ですよ」
確かに応対が悪かったなんて事はあった。スミレは切れてたけど、俺としては別に気になるほどじゃなかったからさ。
「そう言ってもらえると助かるね。それに鉱山で働いているものたちからもいろいろと調書をとってね、後任が決まるまで暫く私の直属の部下があそこに詰める事に決まったよ。鉱山就労者にもそう伝えてある」
「ハンターズ・ギルドとしてもホルトマン市長の早急な手配に感謝しています。これで安心してハンターを送る事ができますな」
「鉱山就労者の代表者であるダッド・リーも似たような事を言っていたよ」
「ダッドさん、元気でしたか?」
「彼を知っているのかね? 私は会った事はないが、彼から事情を聞いたうちのものがしっかりした仲間思いのドワーフだと言っていたよ」
「俺たちもあそこにいる間お世話になりました」
ダッドさんからいろいろ情報をもらってなかったら、もっと大変だったと思う。
「そういえば君は鉱山管理所のものとダッド・リーにもパラリウムの事を報告していたんだったね。ダッド・リーは全員ではないが、坑夫をまとめるものたちにはこういう得体の知れないものがいるかもしれない、と教えていたそうだよ」
「そのおかげで、それ以上の被害は出ていないともいえる。本当にありがとう」
「いえいえい、お礼を言われるような事じゃないです。ただ、当たり前の事をしただけですよ」
「いや、その当たり前ができないものが多い中、君のように他者の事を考えられるものは貴重だよ」
すみません、その辺でやめてもらえますか。誉められすぎて死にそうです。
さすがにそうは言えないから、俺は日本人が持つスキルである『なぁなぁ笑い』を浮かべてごまかす。
「それで、パラリウムは見つかったんですか?」
「いや、パラリウムの発生はないようだ。朗報だな」
ポッサン・パッサンさんが頷く。
「調査チームはコータくんが地図で示した場所から調査を始めたんだがね、君がパラリウムを潰したと言われる場所は魔力が淀んでいたそうだよ」
「魔力溜まりができていた、って事ですか?」
「そうじゃない。魔力溜まりでは魔力は淀まない。あの場所に残されていた魔力は、魔物の残滓と言ったような淀んだものだったんだ。だから、君があそこでパラリウムを押しつぶした事は間違いないだろう、と報告にあったよ」
「ああ、良かった。アレを逃していたらどうしよう、って心配していたんです」
スミレがもう死んでいない、と言っていたものの、やっぱりちょっと心配だったんだよ。
「それから土砂崩れの先に進んだそうだよ。するとかなり奥の方だったが、魔力汚染されていた場所を見つけたそうだ。もちろん、すぐに浄化をかけてこれ以上パラリウムが発生しないように手は打ったとの事だ」
「魔力汚染・・ですか?」
「そう、聞いた事はないかい?」
「いえ・・・魔力溜まりは知ってますけど」
「魔力溜まりではあるんだよ。ただ、その魔力がその場で死んだ生物が残した思念の残滓、言い方を変えれば未練や後悔や怨嗟などと言った最後の思念によって、本来あるべきプラスの魔力ではなくマイナスの魔力となる。そしてその思念の残滓が、残った場所がたまたま魔力溜まりだとその残滓によって魔力そのものがマイナスに汚染されるんだ。私たちはその事を魔力汚染と呼んでいる」
う〜む、なんか俺には難しい話だけど、つまり、魔力溜まりで死んだもののネガティブな感情がその場の魔力を汚染する、って事なんだろうな。
「あの、それってよくあるんですか?」
「魔力汚染かい? よくはないね。魔力溜まりで亡くなるヤツは少なからずいるよ。でも、そういったヤツ全員の思念の残滓が魔力を汚染するか、というとそういう事もないんだ。とてつもなく強い負の感情が残された時に魔力汚染が起きるんだ。そして一度汚染された魔力溜まりは、1度目よりも2度目、2度目よりも3度目、と回数を重ねるごとにどんどんその力を強くしていく」
「そして、ある一定の魔力が溜まった時、それは負の魔物を産み出すんだよ」
「それが今回コータくんが見つけたパラリウム、という訳だ」
なにそれ。俺、そんなヤバいもの見つけてたのかよっっ。
「我々が持つ魔力を正の魔力とすれば、パラリウムは負の魔力を持つ。だから、魔法で攻撃しても相殺されてしまうんだ。だから、物理攻撃しか通用しない。それもちょっとやそっとの物理攻撃だと効き目がない」
「だから、コータくんが坑道の天井を崩して物量で押し潰したという手段はとても有効だったという訳だ」
「しかも早期に発見してくれていたから、あの程度の物理攻撃でなんとかなった。本当にお礼を言うよ」
そうなのか?
「コータくんの報告では直径が1メッチほどだという事だったが、私が見つけた文献に出ていたパラリウムの大きさは直径が5メッチ以上だと書いてあった。しかもそれを倒すために巨大な空間を見つけ出して、かなりの人的被害を出しながら山を1つ崩すほどの力を使って倒したそうだ」
ほへっ?
1メートルのパラリウムですら、俺は死にかけてたんですけど?
それが5メートル以上だったら、俺は繊毛に捕まってあの黒いヘドロのような部分に飲み込まれていたのか?
うっへぇ。なんか今更ながら鳥肌が立ってきたよ。
「もし君があの時発見してくれていなかったら、私たちは鉱山全てを破壊してアレを討伐しなくてはいけなかった」
「だから、本当に私たちは感謝しているんだ」
俺の隣のポッサン・パッサンさんと正面に座っているホルトマン市長が深々と頭を下げて礼を言う。
俺は一瞬惚けたもののすぐに我に返る。
「ちょ、頭を上げてください」
「いや、そうもいかない。君がいなければ、私たちは鉱山を失っていた。そうなれば鉱山で働くものたちは職を失い、鉱山から取れる鉱石を加工するものたちも職を失う。そしてこの都市はそれらが産み出す筈だった全てのものを失っていたんだ。それを未然に防いでくれた君には感謝してもしきれないよ」
「俺はそんな大した事してないですよ。あれは本当に偶然だったんです。たまたま遭遇したからであって、俺たちが狙ってした訳じゃないんです」
「それでも、だ。本来であれば鉱山管理所のものがきちんと仕事をしていれば、もしかしたらもっと早くに異変に気づいていたかもしれないのだ」
「管理所のくせに管理の意味も判っていなかったようだからな」
そう言ってポッサン・パッサンさんが管理所の書類からかなりの人数が鉱山から外に出てないという結果が判ったのだ、と教えてくれた。
中にはダッドさんが言うようにこっそりと出て行ったものもいるだろうが、それにしては数が多すぎるのだとか。
ポッサン・パッサンさんとホルトマン市長は、その中の何割かはパラリウムの餌食になったのだろう、と俺に教えてくれた。
「そこで、だ。この都市を窮地から救ってくれたお礼をしたいと思っているんだよ」
「お礼なら既に報酬として貰ってますよ?」
「そうだね。だがあれだけではこちらとしては気が済まないのだよ」
「いえいえ、あれで十分です」
「そうだろうな。君はたくさんの生産ギルドに登録した設計図があるからね」
あれ、そんな事まで調べがついてる?
「だから、金銭ではないものを用意したよ」
そうなんだ? でも金銭じゃないもので俺たちに有用なものってあるのか?
そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう、ホルトマン市長はフッと口元を緩める。
「報奨金を渡そうかと思ったんだけどね。君たちはお金には困ってないみたいだから、もっと使えるものをと考えてね」
「使えるもの、ですか?」
「情報だよ」
「情報?」
「そう、君のチームのミリーという猫系獣人に関する情報だ」
読んでくださって、ありがとうございました。
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Edited 05/07/2017 @17:58CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
直径が1メートルほどだという事 → 直径が1メッチほどだという事




