147.
気がつくと、たくさんの人たちに囲まれていた。
元凶ははっきり言おう、ディラーズさんだ。
彼とは顔見知りだったためか、ミリーもジャックも少しだけホッとした顔で彼が振る話に返事をしていた。
おそらくそれまでは俺以外知っている相手がいなかった事もあって、俺以外の知り合いの顔を見て安心したんだろう。
そしてそんなディラーズさんの知り合いだという女性招待客が3人ほどやってきた。
彼女たちは最初のうちはディラーズさんと話していたけど、ミリーとジャックをさりげなく観察もしていた事を俺は知っている。
それでも彼女たちからは悪意は感じなかったので、ミリーたちに話しかけてもほっといて2人に任せていた。
彼女たちはミリーたちのそばに椅子を持ってきて、2人の冒険談に耳を傾けて根気よく話を聞いてくれて、そのおかげかミリーたちも彼女たちに対してはとても自然に笑えるようになっていた。
そしてそんな感じで少しだけ和やかな雰囲気になった俺たちのところにやってきたのはここのハンターズ・ギルドのギルド・マスターであるポッサン・パッサンさんだった。
彼の事も見知っていたミリーたちは更にホッとした雰囲気になり、それは俺としてもウェルカムな状況だったんだけど、だ。
ディラーズさんとポッサン・パッサンさん、そして2人に構っている女性たちとリラックスして話すミリーとジャックは可愛い訳で。
ミリーとジャックのネコミミが話に合わせてピクピクと動き、尻尾が前後左右に動き、更には真後ろにピンっと伸ばされる姿はとても可愛く見えるのだろう。
そんな2人に興味を持った人たちが1人2人とやってきたのだ。
そして気がつくとミリーとジャックの周りには10人ほどの人たち、それも女性たちがやってきて、手に手に食べ物を持って2人に餌付けをしている。
最初は怖がって俺の後ろに隠れていたミリーとジャックも、美味そうな匂いに惹かれて前に出てきて一口貰い、他の人にもう一口もらいとしているうちに慣れてきたのか、今じゃあ椅子に座る女性たちの膝の上にミリーもジャックも乗せられて餌付けされている。
見目麗しいドレスで着飾った女性たちに囲まれた2人、むさいポッサン・パッサンさんと彼の知り合いに囲まれた俺、なんか納得できない気分になるのは仕方ない事だと思う。
「いや〜、それにしても君にそんな才能があるとはねぇ」
ポッサン・パッサンさんは俺のスーツを上から下までじっくりと見ながら頷いている。
「いえいえ、たまたまですよ」
「いやいや〜、そんな謙遜はしなくてもいいじゃないか。こんな画期的な服は初めて見たよ」
「そうでしょう。私もコータ様が初めてこの衣装を見せてくださった時の衝撃は忘れられません」
ポッサン・パッサンさんの話に乗って、同じように大げさに両手を動かして話すディラーズさん。
そしてその2人の話を聞いて、なるほど、と言いながら俺とディラーズさんの服をじっと見つめる男たち。
いや、俺、男に見つめられても嬉しくないからさ。
どこかやさぐれた気分の俺とは正反対に、嬉しそうにスーツの説明をしているディラーズさん。
彼の商売精神には絶対に勝てない気がするよ。
「それにしても、コータくんの着ている服もだが、あっちの2人もなかなか素晴らしい服を着ているねぇ」
「そうでしょう。あれらもコータ様のデザインだそうですよ」
「なんとっ! それはすごいな。君は本当に才能の塊だな」
いいえ、俺にはこれっぽっちも才能はありません。
全部パクリです。
「実は既にあれらの服もこちらの『スーツ』同様に既に登録申請を出しているんですよ。おそらく来週には申請結果が出るのでは、と思っています」
「もうかね? もう少し時間がかかるのではないのか?」
「いえいえ、それは発明品などに関してですよ。このような服のデザインというものは年に1つか2つ申請されるだけです。しかもそのほ殆どが既存のデザインを元にしたスタイルなので、申請を認められる事はありません。ですので、調査する方達も発明品に比べると申請調査にかける時間はそれほど必要ないんです」
「なるほど・・では、申請登録が通ったら、すぐにでも私の服を作ってもらいたいものだな」
ポッサン・パッサンさんはスーツを作る事にとても乗り気だ。
でもさ、想像できるだろうか、スーツを着た信楽焼きタヌキの姿を。
ってか、考えただけで吹き出しちゃったよ。
これがディラーズさんのような普通に人に見える見た目の人なら想像しやすいんだ。
でもさ、ポッサン・パッサンさんだと頭の中で陶器のタヌキが浮かぶから、それで一気に台無しになっちゃうんだよ。
「それに、あのミリーくんのドレスも素晴らしい。申請登録が終わったら是非とも私の孫娘のために一着作りたいと思うよ」
タヌキの孫?
俺の頭に浮かんだのはラスカルの姿。でも孫娘って言うんだから・・・駄目だっ、想像できないっっ!
「コータくん?」
ぶふふっ、と吹き出した俺を訝しそうに見つめてくるポッサン・パッサンさんとディラーズさん。
そして他にも3人ほどの男たち。彼らに関しては名前を教えてもらったけど、すっかり忘れてしまっている。
でもきっとスミレが覚えてくれている筈だから、どこかであっても大丈夫だろう。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です。ちょっと飲み物で噎せちゃって。失礼いたしました」
嘘です。吹き出してました。
だってさ、俺のカップ、もう空っぽだからさ。
「そういえば、あのケットシーくんの服もなかなかいいデザインだね」
「そうですか?」
「ああ、私の孫息子が喜びそうなデザインだ。あの子は物語の主人公が好きでね、丁度今あんな格好の主人公の物語に嵌っているんだ」
あれ、この人誰だっけ?
さっき、ディラーズさんに紹介されたどこかの商会の人だった記憶があるんだけど?
『サンダースさんですよ』
頭を傾げていると、頭にスミレの声が響いた。
「サンダースさんの孫息子さんですか? 今おいくつなんでしょう?」
「あと2ヶ月で6歳になるところなんだ。だから、ディラーズのところであれも作れるなら孫の誕生日プレゼントに是非頼みたいと思っている」
「もちろんです、サンダース様。コータ様からは全てのデザインの設計図をいただいておりますので」
そう言いつつも俺をじっと見るディラーズさん。
そうだよな、ディラーズさんはジャックの衣装の申請は必要ないって言ってたもんな。
でもまぁこれからもいろいろお世話になるだろうから、ここは素直に頷いて恩を売っておこう。
「そうですね。申請の手続きなどは全てディラーズさんに丸投げしてしまっているので俺には判りませんが、きっと申請登録が終わったらディラーズさんの方から連絡がいくと思いますよ。俺もできる事はお手伝いさせていただきますので」
にっこりと笑みを浮かべてサンダースさんとディラーズさんを交互に見て答える。
もちろんディラーズさんは、俺の言葉に礼のためか軽く会釈をしてきた。
「そうそう、あの女の子の衣装もなかなか素晴らしいデザインだと思うよ。コータくん、あれの大人の女性用のデザインはあるのかね?」
「はい、その辺りもディラーズさんに尋ねていただければ、と思います。もちろん、申請が終わってから、という事になりますけどね」
「そうか、それを聞いて安心したよ。実はまだ先の話だが、私と妻が大都市アリアナでの会合に招かれていてね。その時にダンス・パーティーもあるのだが、それに着ていく衣装に妻が大層悩んでいてね。あのような場所だと各地の様々なデザインのドレスが集まるから、少々のものだと全く相手にされないんだよ。だがあのデザインであれば、大都市アリアナのパーティーでも十分通用するだろう」
うんうん、と頷く男はカフランさんだとスミレが教えてくれた。仕事はサンダースと同じように商会を経営しているようだ。
「その辺りもディラーズさんと話を煮詰めていただければ、と思います。残念ながら私には商才といったものは全くないので、本当に申し訳ないのですが全てをディラーズさん任せにしているんです。ですので、是非ともディラーズさんに相談していただければ、と思います」
「いやいや、そんなに謙遜する事もないよ。これだけの新しいスタイルを考え付くんだ。コータくんはきっと芸術肌なんだね。だからコータくんはこう言った新しいものを考える事に集中して、それ以外の事はディラーズのような専門家に任せるのが一番だろう」
そんな感じで話がまとまると、彼らは今度は仕事の話をし始める。
俺はそのタイミングで近づいてきたディラーズさんに視線を向ける。
「コータ様。そのですね」
「はい、明日でもいいですか?」
「いやはや・・申し訳ございません」
「気にしないでください。俺も助かりますから」
「そうですか?」
なんで俺が助かるって言ったのかディラーズさんには判らないようだ。
「服に関してはディラーズさんを通せますからね。俺にはどうやって彼らのような人たちと渡り合えばいいのか判りませんから、すごく助かってます」
「コータ様でしたら、大丈夫だと思いますよ。今だって堂々と渡り合ってたじゃないですか」
「いえいえ、あれは必死だったからですよ。それに服の事ならディラーズさんに丸投げできるって判ってましたから」
俺が笑いながら言うと、ディラーズさんも安心したような笑みを浮かべる。
後でスミレにデザイン画を頼んでおこう、と考えていると、ポッサン・パッサンさんのところにさっき受付にいた女性がやってきて、俺の顔を見ながら耳打ちしている。
ポッサン・パッサンさんはそんな彼女に頷いてから、俺の方に向き直ると近づいてきた。
「コータくん、君と話がしたい、という人物がいるんだが、ちょっといいかね?」
「俺と話、ですか?」
「そう。ただ公に言葉を交わす事ができないから、会場のそばにある個室に移動する事になるんだが」
「俺はいいですけど、あっちの2人はどうかな?」
「一緒に来てもらってもいいんだが、できれば君と2人きりの方がいいと思うんだが」
「ちょっと待ってくださいね」
俺と2人きりって事はミリーとジャックをこの場に残す事になる。
さすがにそれは心配だよ。
「ミリー、ジャック」
「なに、コータ?」
俺は椅子に座った女性たちに餌付けされている2人のところに行くと、2人の前に屈み込んだ。
「あのさ、俺、これからちょっと話があるって言われて行かなきゃいけないんだけど、ここで2人で待っていられるかな?」
「えっ?」
俺が2人を置いて出る、というとミリーは途端に不安そうな表情になる。
「そんなに長い時間じゃないよ。ちょっと仕事の話があるんだって言われたんだ」
「しごと・・・」
「仕事の話だとミリーたちはつまらないだろ? だからここで食べながら待っててくれるといいな、って思ったんだけどさ」
「大丈夫ですよ、私たちがミリーちゃんたちの面倒を見ますから」
にっこりと笑みを浮かべてミリーたちよりも先に返事をしたのは、ジャックを抱きかかえているご婦人だった。
確か彼女の名前は・・・なんだったっけ?
『シュミッツ夫人ですよ』
そうそう、そんな名前だった。
「いいんですか? ご迷惑じゃないですか?」
「いいえ、むしろ2人と一緒にいる時間が増えて、私たちはとても嬉しいですわ、ねぇ」
そうそう、と頷く他の2名のご婦人を見回してから、俺はミリーとジャックを見る。
「こちらの人たちが一緒にいてくれるって言ってるよ。どうかな」
「すぐに・・もどってく、る?」
「うん、そんなに時間はかからないと思うよ」
「じゃあ・・・」
「お、俺が一緒にいて守りますっっ!」
ジャックが不安そうなミリーを見てから大きな声をあげると、ご婦人方がまあっと口元を抑えて嬉しそうな顔になる。
「大丈夫、絶対に戻ってくるから」
「・・・わかった」
「心配しなくても大丈夫ですよ。私たちに任せてくださいね」
「じゃあ、すみませんがお願いしますね」
ふふふっと嬉しそうに笑う3人にミリーとジャックを任せる。
スミレが付いているから、もし何かあっても彼女が俺に連絡してくるだろう。
レベルが5になったスミレは、俺から5キロ以内なら離れていられるからさ。
ミリーとジャックの顔を見て2人が頷くのを確認してから、俺はポッサン・パッサンさんの先導で俺に会いたいという人物に会いに行くのだった。
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