146.
「------と、今夜ここに集まってくれた皆さんがいてくれてこその都市ケートンの発展であり、これからも続くであろうこの都市の歴史となるのでしょう。それでは皆さん、乾杯にしましょう」
長い長いオハナシも終わり、ようやく乾杯になると思うとホッと息が零れた。
俺の両隣にいるミリーとジャックはとっくに話なんか聞くのをやめてる。
ミリーは腕の中のスミレに小声で話しかけているし、ジャックは先ほどからいい匂いをさせながらどんどんテーブルに並べられていく料理に気を取られている。
「では、乾杯!」
「「「「「「「乾杯」」」」」」」
たくさんの乾杯と言う声が周囲から聞こえてきて、コンと木のカップを当て合う人たちもいるのかカップ同士がぶつかる時の朴訥と表現できるような音があちらこちらから聞こえてきた。
「乾杯」
「かんぱ、い・・・?」
頭を傾げて俺を見上げるミリーが手に持っているジュースの入ったカップに俺のカップをあててみせる。
「こうやってカップ同士をぶつける事を乾杯って言うんだよ。ほら、ジャックも」
俺は自分のカップをジャックのカップにぶつける。
「ミリーとジャックもお互いのカップを当てて乾杯しろよ」
「はいっ」
「うぅ・・・わかった」
ミリーと乾杯出来るという事でテンションの上がったジャックの返事とは対照的なミリーのなんとなくいやいやだという声の返事。
それでもミリーはジャックに向けて自分のカップを差し出して、ジャックは嬉々として自分のカップをそれに当てる。
「う〜ん、乾杯もいいけど、なんっていうか木のカップだと雰囲気が出ないな」
「仕方ないですよ」
「なぁ、ガラスってないのか?」
「材料は見つける事ができるでしょうけど、ガラス作成という技術はないですね」
あれ、もしかして材料を集めて作り方を登録したら、また定期的収入のネタになるのか?
「スミレ、材料って知ってる?」
「はい、コータ様の知識にありましたから」
「へっ? 俺、つくり方知らないと思うけど?」
「ありましたよ? 多分テレビか何かで見た知識などで、コータ様が覚えてないだけじゃないですか?」
「あ〜・・それはないとは言えないか」
確かにそれなら有り得る、ってかそれくらいしか思いつかない。
多分、ドキュメンタリーかなんかの番組だろうな。
「コータ」
「コータ、食べたい」
ツンツン、とスーツジャケットの裾を両方から引っ張られ、見下ろすとミリーとジャックが期待に満ちた目を向けている。
俺は思わず苦笑を浮かべてから2人に頷いてみせた。
「判った、じゃあ行くか」
途端に嬉しそうに尻尾を振る2人。
しかも尻尾の揺れが微妙にシンクロしているのが笑える。
俺は2人に手を引っ張られるまま、料理が並んでいるテーブルに移動した。
マーキーナはスミレの言う通り、カニ身の旨みを凝縮したような味で、さっぱりとしたドレッシングと一緒に食べると美味かった。
最初はドレッシング? なんて思ったけど、さっぱりしてていくらでも食べれそうだ。
それにしても、テーブルのデコレーションがなかなかワイルドだよ。
大きな丸テーブルの真ん中にマーキーナの甲殻がデンと置かれていて、その周囲に茹で上げられたもの、さっとガーリックぽいものと一緒に炒められたもの、身をほぐして何かと合わせて一口の大きさに丸められたもの、それにスープが2つずつ交互に置かれている。そしてそれぞれの間にマーキーナのデカい方の爪を器代わりにして、ソースやドレッシングが入っていたり、スープ用のトッピングが入っていたり、と目で楽しめるようにもなっている。
それぞれの料理を皿に1つずつ盛って、それぞれにドレッシングやソース、それにトッピングをかけてやったものをミリーとジャックにも食べさせている。
人が多いのと2人が小さくてテーブルの上に届かない事もあって、危ないから壁沿いの椅子に座らせて俺が料理を取りに行く役を担っている。
「美味いか?」
「うん、おいしい、ね」
「すっげえうめえ」
だから、ジャック。お前は言葉遣いを考えようか。
けど口の周りの毛にソースやらドレッシングやらをつけて笑顔を向けてくるジャックを見ると、今夜くらいはいいかと考え直す。
「ほら、口の周りについてるぞ」
「んっ、ありがと」
俺がナプキン代わりの布を差し出すと、素直に受け取って口周りを拭く。
「もう少し食べるんだろ?」
「うん」
「もちろんっ」
「じゃあ、俺が取ってきてやるから、ここでおとなしく待ってるんだぞ?」
「うん」
「わかった」
素直に頷く2人の頭を撫でてから俺は立ち上がる。
「スミレ、何かあったらすぐに言えよ」
「判りました」
スミレと俺は声の届かない位置にいても念話で言葉を交わす事ができる。これもレベル5になってできるようになった事だ。
先ほどから俺たちに向けられる視線は2種類だ。
1つは好奇心が込められたもので、珍しい動物か何かを見ているような感情がこもっているものだから特に害はない。
もう1つの方は侮蔑の視線だ。こんな場所に獣人とケットシーが何をしている、という感情が溢れている視線だ。人種以外は認めないっていう連中なんだろうな、と思うと溜め息が出そうになるが、こういう輩がいる場所だと言う事は予め予想できていたからなぁ。
ただ、2人には言ってない。
それでも肌で感じるものがあるのか、ミリーとジャックは俺が傍から離れると途端に緊張したように周囲を警戒する。
ま、だからこそ2人をここに連れてきたんだし、料理も俺が持ってくるんだよ。
さて何を取ろうかな、と目の前のテーブルの料理を見回す。
今度は肉にしようか、2人とも肉食だからなぁ。
「コータ様」
「えっ? あ、ディラーズさん」
声をかけられて振り返ると、そこにいたのは服でお世話になったディラーズさんだった。
彼は俺を頭から靴先まで視線を流すと、にっこりと笑みを浮かべる。
「良くお似合いですよ」
「あはは」
スーツなら着せられた感がないだろうからさ。
「ディラーズさんこそ、どうしたんですか、それ」
「これですか? この2日かけて縫い上げたんです。コータ様が『スーツ』のパターンをすぐに用意してくれたおかげですね」
嬉しそうに胸元のネクタイを触るディラーズさんは、とても派手な色合いのスリーピースを着ていた。
生地の色はエメラルド色で、胸元のポケットには真っ赤なハンカチーフが差し入れられている。ネクタイも真っ赤で、そこに良く判らない動物っぽい刺繍が施されている。
足元を見ると、そこには見事なまでに鮮やかな緑色の革靴。
俺だったら絶対に着ないだろう色合いのそれが、なぜかディラーズさんにはとても良く似合っている。
「良く似合ってますね」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。頑張って仕立て上げた甲斐があります」
「まさか今夜のパーティーでスーツを見るとは思いませんでしたよ」
「既に登録申請はしてますからね、明日早朝に生産ギルドに登録するような輩がいても阻止できますよ。それにこういう公共の場で見せる事で、たくさんの人の目に止まる事もできますから。おかげで既に数人の顧客から話しかけられて、先ほどまでずっと『スーツ』の説明のために捕まっていたんですよ」
いや〜、大変でした、と困ったような口調で言ってくるけど、その顔には満面の笑顔が浮かんでいるから、儲かって困ってる、と言ってるようにしか聞こえないぞ。
ま、登録申請が通れば、デザインを使うたびに1パーセントのデザイン料が入るんだから、俺としても文句はないんだけどさ。
でもなんか負けた気がする。
「料理をミリー様とジャック様に持っていくんですか?」
「はい。さっきまではマーキーナを食べていたんで、今度は肉料理にしようかなって思って物色していたんです。ただ種類が多いからどれにしようか悩んでました」
「ああ、では私のオススメはいかがでしょうか?」
「ディラーズさんのオススメですか?」
「はい、ミリー様とジャック様が気にいるかどうか判りませんが、今夜の目玉といえば先ほどコータ様たちが食べたというマーキーナと、チャンバラという魔獣の肉を使った料理ですね」
「はぁ・・じゃあ、お願いします」
チャンバラって・・一体どんな魔獣なんだよっっ。
心の中で突っ込みながらも、俺は素直にディラーズさんのあとについてとあるテーブルに向かう。
そこにはアンテローペのようなツノを生やした生き物の頭がそのまま置かれていた。
「うわっ」
「コータ様?」
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけです」
「ああ、これですか? これがチャンバラの頭ですね。既に剥製にされているので、大丈夫ですよ」
うん、生きているとは思ってないからさ、大丈夫なのは判ってるよ。
このチャンバラ、チンパラの大型って感じだな。でも魔獣って言ってたから、同じ系統のものが魔獣になったのかもしれないな。
「こちらはローストですね、このソースをかけてください。それからこちらは軽く燻製にしたものでこのままでもいいですし、こちらの葉野菜で巻いてからドレッシングをかけると美味しいですよ」
俺はディラーズさんに勧められるまま、料理を次々と皿に盛っていく。
あっという間に手に持っていた大皿がいっぱいになる。
「ありがとうございました」
「いえいえ、気に入っていただけるといいんですけどね。コータ様はそちらの大皿を持ってください、私が小皿とフォークを持ちますよ」
「えっ、大丈夫ですよ?」
「ミリー様やジャック様にも挨拶をしたいので」
ああ、そういう事か。
「それじゃあ、お願いします」
俺はディラーズさんを伴って、今か今かと料理を待っている2人のところに向かった。
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Edited 05/07/2017 @17:55CT 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
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