145.
ざわざわとたくさんの人が話す声が騒めいている。
俺は案内されたパーティー会場の入り口に立ったまま、会場の広さと人の多さに圧倒されて動けない。
ミリーがそんな俺の左手を痛いくらいにぎゅっと握ってくる事にも気づかないほどだ。
「いらっしゃいませ、招待状を見せていただけますか?」
そんな俺に柔らかい女性の声が聞こえてきて、ようやく体が動くようになる。
「あっ、はい」
俺は慌てて声をかけてきた受付らしき女性にポーチから取り出した招待状を手渡した。
スーツ姿なのにポーチ、なんだよな、俺。
スーツのジャケットで外からは見えないけど、ポーチは肌身離さずなんだよ。
いや、だって、何があるか判らないだろ?
「はい、ありがとうございました。コータ様、ミリー様、そしてジャック様ですね」
「そうです」
「では、中にご案内しましょう」
「お願いします」
案内してくれる、という言葉にホッとする。
もしここでご自由に、なんて言われたらどこへ行けばいいのかすら判らないよ。
俺はギクシャクと足を動かして彼女の後に続くように歩く。
そしてそんな俺の左手を握りしめたままのミリーと、俺のスーツの後ろを握りしめているジャック。
歩みの遅い俺たちに文句をいう事もなく、俺たちを壁際の飲み物なんかが並べられているテーブルの近くまで連れて行ってくれた。
「そんなに緊張なさらなくてもいいですよ」
「こんな凄いパーティーに出た事がないもので・・お恥ずかしい限りです」
「いえいえ、今夜はこの都市ケートンがここに立ち上げられてから295年目のお祝いなんです。きっと街中でもあちこちの酒場が賑わっていると思いますよ」
「そうなんですか・・・いや、無知で申し訳ありません」
「気にしないでください。外から来た方々は知らなくて当然ですから」
うん、俺たちは見るからに他所者だもんな。
「何か飲まれますか?」
「えっと・・そうですね、俺たち3人ともジュースでもいただけますか?」
「コータ様はお酒は飲まれないんですか?」
「緊張しすぎてて悪酔いしそうなので」
「まぁ、ふふふっ」
緊張で既に胃がシクシクしているのに、こんな状態で酒なんか飲んだらあっという間も無く回っちまうよ。
そんな俺の心情が伝わったのか、無理に酒を勧められる事もなく彼女は3人分の飲み物を小さなトレーに載せて戻ってきた。
「お好みが判らなかったので、こちらのパルプ・ジュースを持ってきました」
「ああ、パルプ・ジュースなら俺たち3人とも好きです。ありがとうございました」
「いえいえ、それでは楽しんでくださいね」
「は、はい」
はぁ、と言いかけたのを飲み込んでなんとか言い直せた。
俺はすぐ傍のテーブルに置かれたトレーからジュースの入ったカップをミリーとジャックに手渡すと、俺もカップを手にとって一口飲む。
ひんやりと冷やされたパルプ・ジュースは、元の世界でいうところのオレンジ・ジュースの味がする。
俺が一口飲んでから大きく息を吐いていると、それを見たミリーとジャックも同じように一口飲む。
「大丈夫か?」
「コータ・・帰りたい、ね」
「いつまでここにいなきゃいけないんだ?」
「あ〜・・・今すぐは帰れないなぁ。とりあえず招待してくれた都市ケートンの市長さんにお礼を言わないと帰れないな」
流石に来て5分で帰るというほど俺は無神経ではないつもりだ。
けれどジャックは俺の返事が気に入らなかったのか、その場で地団駄を踏んでジュースが零れそうになる。
「お礼なんて言う必要ないだろ? 俺たちはこ、こんなパーティーに招待してくれなんて、ひとっことも頼んでないんだからな」
「おいジャック、口には気をつけろよ、誰が聞いているか判らないんだからさ」
「なんでだよっっ。本当の事だろっっ」
毛に覆われた顔じゃあ判らないけど、きっとさっきまでジャックは緊張で顔が青くなっていて、今はちょっと怒って赤くなっているに違いない。
「落ち着け。ほら、もう一口ジュースを飲んでから深呼吸をしろ」
「けどっっ」
「コータの言う、とおりにする」
「は、はい・・・」
更にヒートアップしそうになったジャックは、ミリーの一言で素直にジュースを飲んでから大きく深呼吸をした。
ミリーの一言で落ち着けるジャック、相変わらずすぎてどこに突っ込めばいいのか判らないよ。
「落ち着いたか?」
「お、おう」
「じゃあいい。でもあんまり大声で変な事を言うなよ? そのあとで困るのはお前なんだからさ」
「で、でもさ、俺たち別に来たかった訳じゃ」
「ほら、もう言ってる。あのなジャック、確かにお前の言う通り、俺たちは頼んだ訳じゃない」
何を、とは言わない。誰が聞いてるか判らないからな。
「これも依頼だと思えないかな?」
「依頼・・・?」
「うん。ほら、鉱山の依頼の延長だと思えばいいんだよ。多分、だけど、その件で俺たちに会いたいから呼んだんだと思う」
「だ、だったらギルドでもいいじゃん」
「そうだな。でもさ、この都市のトップがわざわざハンターに会いに向こうから来る事は難しいと思うんだ。ほら、立場っていうのがあるからさ。だからそれが叶わないから俺たちの方から来れるように招待状をくれたんだと思う」
ジャックの言う事も判るんだよ。
でもさそれって王様にわざわざ挨拶に来い、って言うようなもんだからなぁ。
「じゃ、じゃあ、その人と話したら、俺たちは帰れるのか?」
「失礼にならない程度にパーティーの時間を過ごしたら、だな」
「そっか・・・判った」
それ以上ゴネでも無理だと悟ったのか、ジャックは少しだけ肩を落として頷いた。
「ミリーはどうだ? 少しは落ち着いたかな?」
「うん、たぶん」
「大丈夫ですよね。私が傍にいますから」
「そうだ、ね。スミレがいてくれるもん、ね」
ミリーはカップを持ってない方の腕でしっかりと抱きしめているスミレを見下ろして、少しだけホッとしたように表情を緩めて頷く。
「スミレはミリーの抱き人形だもんな」
「今夜だけ、ですけどね」
実は今夜スミレはせっかくできた体だけど宿に置いて、姿を隠して俺たちに付いてくる予定だったんだ。
ただ、だ。ミリーが完全にビビっちゃったんで、それなら精神安定剤代わりにスミレを抱きしめておけばいいだろう、って事になったんだ。
ここに来るまで、ホルトマン市長が用意してくれた馬車の中ではスミレを抱きしめる事で落ち着いていたんだけど、会場を見た途端俺と一緒になってテンぱっちゃったんだよな。
「スミレ、周囲に変な人はいないよな?」
「はい、今のところ私の探知に私たちに悪意または害意を持つような反応はありません」
「そっか、良かった」
俺は見るからに人種だからいいけど、猫系獣人のミリーやケットシーであるジャックは嫌な目に遭う事もあるかもしれない、と心配していたんだ。
だからスミレには周囲をそれとなく探知して、もし悪意ある誰かが近づいたら教えるように頼んである。
だってさ、好きで来た訳じゃないパーティーなのに、その上嫌な目に遭ったりなんかしたら2人が可哀そうだもんな。
「多分ホルトマン市長がやってきたら、みんなで乾杯をすると思うんだ。そしたらご飯が食べられるぞ」
「ごはん? おいしい?」
「こんなすっごいパーティーで出てくる料理だからな、期待してもいいと思うぞ」
そう言いながらも俺は俺たちが立っているドリンクの載っているテーブルの向こう側に並んでいるテーブルに次々と並べられている料理に視線を送る。
「そうだ、マーキーナ狩りの依頼を受けただろ、覚えてるか?」
「うん、たくさんとった、ね」
「そうそう、あのレストランが今夜のパーティーの仕出しをしてるんだってさ」
「しだ、し・・・?」
そう、これは昨日ハンターズ・ギルドに行った時に教えてもらったんだ。
俺たちがこなした依頼のマーキーナは、このパーティーに仕出し予定のレストランで、今夜の料理として出されるだろう、って。
「仕出し、っていうのは頼まれて料理を作って持ってくる、って事だよ。ホルトマン市長の方でも料理は用意するらしいけど量が多いから、あのレストランにも料理を頼んでるんだってさ」
「そうな、の?」
「なんだ、反応が悪いな、ミリー。つまり、今夜の料理にミリーやジャックが捕まえたマーキーナが出てくるって事だよ」
食べたいって言ってたくせに、と続ける前にミリーがバッと顔を上げて期待に満ちた顔を俺に向ける。
「マーキーナ、食べれ、る?」
「多分な。昨日、ハンターズ・ギルドで料理で出てくるから食べてみればいい、って言ってたぞ?」
「う・・わぁ」
変な声がミリーから聞こえてきた。
あれ、興味なかったのかな?
「ミリー?」
「食べたい、ね。あれ、全部売ったけど、食べてみたかった、よ」
「そうなのか? 言えば1匹手元に置いといたのに」
「うん、でも、あれは依頼だ、よ。欲しかったら、またとりにいく、ね」
そうか、あれは全部依頼なんだって思ってたのか。
依頼は25匹だったから全部で40匹仕留めたんだから、1匹くらいは言えば取っておいて料理してやったのに。
ま、レシピを調べるのはスミレだったんだろうけどさ。
「おいしいか、な?」
「どうだろうな?」
「私のデータによりますと、カニを濃厚にしたような味だとありますね」
「カニかぁ・・そういやこっちに来てから川魚くらいしか食ってないなぁ」
マーキーナを狩っている時は思わなかったけど、濃厚なカニ味、と聞いて急に口の中に唾が溜まる。
「かに?」
「ん? そっか、ミリーは魚くらいしか食べた事ないんだっけ?」
「ミリーちゃん、コータ様と私のいうカニはシェルラックの事ですよ」
「しぇるら、っく?」
こっちにもカニっぽいのはいるのか。で、名前がシェルラック、言いにくいからきっとすぐには覚えられないだろうな。
ま、その時はカニって言えばスミレが教えてくれるから、いいんだけどさ。
「ミリー、食べてからのお楽しみだな」
「うん、たのしみ」
「お、俺も楽しみですっっ」
ミリーの方を向いてビシッと背筋を伸ばして言うジャック。
でもミリーはジャックの方を振り返る事もなく、嬉しそうに腕の中のスミレに話しかけている。
「なんか、ちょっとだけ同情する」
「なに、コータ?」
「いや、なんでもない」
ジャックの話しかけはミリーに届かないのに、これの小さな呟きは届くようだ。
すまんな、ジャック。
ちょっとだけ彼に申し訳ない気持ちになった俺だった。
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