144.
一晩明けて目が覚める。
外はなんとなく明るくなり始めたばかりって感じだ。
隣のベッドを見るとミリーはまだ寝ているし、足元を見るとクッションの上でジャックが丸くなっているのが見える。
どうやら今朝は寝過ごさなかったようだな。
俺はベッドから出て音を立てないように服を着替えると、そっとドアを開けて外に出た。
ドアの前にはシェードがあるから朝日が入ってくる事もなく、俺はシェードの下から出て背伸びをする。
それから周囲を見回した。
「スミレ?」
いつもならすぐに姿を見せるスミレがいない。
昨夜なんとか作り上げたスミレの体だけど、その体にスミレを馴染ませるのに朝までかかりそうだ、と言っていたんだよな。
もしかしたらまだ馴染ませ終わってないのか?
少し心配になったものの、俺にはスミレがどこにいるのか判らない。
「昨日、どこで体に馴染ませるのか聞いとけばよかったかなぁ・・・」
そしたら様子を見に行けたのに、と思ったけど今更だ。
俺が心配しても仕方ない、そう自分に言い聞かせて俺は顔を洗ってからとりあえず朝食を作る。
今朝は昨日の鉄板焼きの野菜が残っていたから、それを細かく刻んでスープの具材にする。それから同じく残り物の肉を小さく包丁で叩くようにしてミンチを作ってから、卵と小麦粉を入れて簡単肉団子を作る。
それを煮立ちはじめたスープに入れて塩胡椒で味付けだ。
あとはパンをオーブンで温めて、果物を切って、とすればそれで朝食の準備は終わってしまった。
「なんか、手持ち無沙汰だなぁ」
ほかに何かする事ってあったっけ?
生産ギルドから頼まれているものはあったけど、俺たちが寝ている間にスミレが作ってくれたから、そっちは今日帰ってから納品すればいいだけだ。
ミリーとジャックはまだ寝ているけど、いつ起きてくるか判らないから手間のかかる事は始めたくないんだよな。
「作りたいものはあるんだけどな」
「何を作られるんですか?」
「へっ?」
不意に後ろから声がかけられて振り返る。
「ス・・スミレ・・?」
「おはようございます、コータ様」
今までの頭に響くような声じゃなくて、スミレの肉声だ。
俺はぽかんと口を開けてスミレを見つめる。
大きさは今までと同じ30センチくらいで、腰まで伸びている髪は以前よりも少し濃くなり、以前のすみれ色というよりは紫に近い。
体つきは以前と同様にスレンダーに仕上げてあり、その背中のラベンダー色の羽がとても似合っている。
そして着ているのは白のワンピースで、足元はラベンダー色のサンダルから伸びたリボンが膝までブーツのように巻きついている。
「どうしましたか?」
「い、いや、さ。その・・スミレの声を聞いたのってこれが初めてだからさ」
「そういえばそうですね」
少しはにかむスミレは、本当に生きているように見える。
とてもじゃないけど、実は人工皮膚の下はアメーバ・ボディだなんて誰も思わないよな、うん。
「私の声、どうですか?」
「うん? いいと思うよ」
「どんな声になるかまでは流石に判らなかったので、変な声だったらどうしようと心配していたんです」
「そうなのか? 今までは頭の中に響いていたからちょっと違和感はあるけど、でも前の声と似ていると思うよ」
「だったらいいんですけどね」
でも変な感じです、とスミレは喉を抑えて付け加えた。
「変な感じって?」
「今までは体がありませんでしたから、行動が制限されるというか、自由度が減った感じがするんですよね。それに声を出す器官もありませんでしたから、こうやって話をする時に喉が震える感じが不思議です」
「喉が震える?」
「はい、頭では喉を震わせて声を出すんだって判っていたんですけど、いざ喉が震えるのが判るのはおかしな感じです」
なるほど。
確かに声を出すって事は振動させる事によって声になる、なんて感じで習った気がするから、スミレのいうとおりそれが違和感の原因なんだろう。
「そっか。でもすぐに慣れるよ」
「そうでしょうか?」
「そうそう、そのうちそんな違和感に気づかないようになるって」
ってか、違和感を感じていられないくらいしゃべる事になる気がするなぁ。
「体の調子はどう?」
「そうですね・・・始めての経験のあとですから、そこかしこに違和感がある気がします」
「スミレ・・もうちょっと言い方を変えようか?」
「えっ?」
だからさ、初めての経験ってなんだよ。そこかしこの違和感ってなんだよ。
それってまるで--
「とにかく、体を動かす事に問題はないんだな?」
「ほぼ大丈夫です。ただ、股関節とかそういった関節部分は慣れないせいかギシギシするような気がします」
あー・・ちょっと突っ込みたい説明だけどスルーするぞ。
「まぁ問題なく動かせるんだったら大丈夫だろうな。どうしてもぎこちなくなるといった不備があれば作り直せばいいか」
「その必要はないでしょうね」
「羽もちゃんと動いているみたいだしな」
スミレの背中で動いている羽は、今までと同じようにしか見えない。
実はこれが一番難しかったんだよな。
飛んで見えるようにするのは魔石を動力源にしているからそれでどうにかなる。でも羽の動きは激しいからさ、故障しないように強度をつけるのが意外と大変だったんだよ。
「でもまぁ、新しい体に馴染めたみたいで良かったよ」
「ありがとうございます」
スミレがワンピースの裾を摘んで頭を下げる。
まるで可愛いお嬢様、って感じだな。
「あああっっっ」
不意に背後から悲鳴が上がって、俺はびっくりした立ち上がるとすぐに振り返った。
「スミレッッ?」
「ミリーちゃん、おはようございます」
「スミレ、動いてる? ちゃんと喋れる、ね?」
「はい、素敵な体をいただきました」
ドアから飛び出すようにして出てきたミリーは、ほんの2歩で俺の前にやってきた。
でも目は俺を見ないで、ニコニコ笑っているスミレにロックオンだ。
「スミレの声、初めて」
「そうですね。今までは頭の中に響かせる事しかできませんでしたからね」
「うん。でも、うれしい、よ」
「声、気に入ってくれましたか?」
「うん、スミレの声、わたし好き」
どちらかというと少しだけ低いスミレの声は、落ち着いた雰囲気があって聞いているとこっちも落ち着いてくる気がする。
きっとミリーもそう思ったんだろう。
「昨日、できた?」
「はい」
「コータ、スミレ、手伝った、の?」
「もちろんだよ。ミリーやジャックも材料集めを手伝ってくれただろ? すごく助かったんだぞ」
「へへへ、よかった、ね」
照れ臭そうに笑うミリーは、少しだけもじもじしながらもミリーが体を持つ事ができて嬉しい、と全身で伝えてくれる。
ミリーは少しだけ前に進み出ると、そのままスミレの真正面で止まる。
スミレもホバリングでその場から動く事なく、ミリーが近づくのを待っている。
それからそっと手を伸ばして、指先でスミレの腕に触れる。
スミレの新しい体は弾力に富むアメーバ製だから、機械仕掛けのものと違って、手触りがいい。
ミリーはプニプニと数回つついてから、びっくりしたようにスミレの顔を見上げた。
「すごい、ね。ほんとのから、だみたいだ、ね」
「はい、昨日ミリーちゃんたちが材料を集めてくれたので、とても素晴らしい体が作れました」
「コータがスミレの体、好きにしたおかげだ、ね」
「おいっ」
ミリー、聞き捨てならないぞ?
「はい、そうですね。コータ様が好きにいじってくれなかったら、こんな体になりませんでした」
「ちょっと待て」
2人とも、言葉を選ぼうか?
俺がジロリ、と睨んでも2人ともこっちを見る事もなく喋っているので、俺は放置されたままだ。
なんか腹をたてるのが馬鹿らしくなってきた。
「スミレ、コータに好き勝手されて、良かった?」
「はい、とても」
ポッと頬を赤く染めるスミレの姿はとても初々しいが、言っているセリフは誤解を招くぞ。
こんなところだと俺たち以外聞いている奴がいないのがせめてもの救いだよ、ほんと。
「ミリー、顔を洗ってこいよ」
「うううぅ・・わかった」
もう少しスミレと話したかったようだけど、せめて寝起きの顔は洗おうな。
俺はミリーの後ろ姿を見送ってから、スープの様子をみる。
うん、ちょうどいいくらいだな。
「スミレ、ジャックを起こしてきてくれるかな?」
「はい、判りました」
俺はふわふわと飛んでいくスミレを見送りながら、オーブンの中にあるパンの様子を見たのだった。
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Edited 03/22/2017 @ 05:06CT 誤字訂正しました。
「スミレ、顔を洗ってこいよ」→ 「ミリー、顔を洗ってこいよ」 でした。ミリーとスミレを間違えてました。申し訳ありませんでした。
Edited 05/07/2017 @17:52 誤字のご指摘をいただいたので訂正しました。ありがとうございました。
ニコニコ笑っているスミレのロックオンだ → ニコニコ笑っているスミレにロックオンだ
スミレの新しい体は弾力を富むアメーバ製 → スミレの新しい体は弾力に富むアメーバ製




