141.
パンジーの引き車の最後尾部分に新しく取り付けた台には蓋をしたデカい樽が3つ載せられている。
これは前回来た時に作ったもので、もちろん用途はこの樽を載せるためだ。
この樽の中に水と一緒に入ったアメーバがそれぞれ100匹ずつ入れられている。
もう1つ樽があるけど、そっちは俺がというか、スミレが今夜俺たちが寝ている間にものを作るのに使う予定だ。
ミルトンさんの依頼なんだけど、設計図通りに作れば1つのタイヤにつき何匹ののアメーバが必要か検証するんだそうだ。一応俺の設計図には1つのタイヤにつき10匹必要となっているけど、手慣れない職人が作る事により誤差を調べたいんだとか。
まぁよく判らないけど、頑張ってくれるといいな。
因みにタイヤは既に馬車用にという事でいくつか注文が入っているそうだ。
なんでもパンジーの引き車を見た人が生産ギルドにやってきて、問い合わせたんだとか。
石畳を走らせてもあまり揺れてないように見えたというのが気になったんだそうだ。
なのでその話の時に御者台用のクッションも見せたら、目をキラッと光らせて御者ではなく馬車の椅子に取り付けられるクッションを作りたい、と言っていた。
まぁそりゃそうか、馬車に乗る人は御者の雇用主だもんな。雇用主よりもいい装備なんてやっぱり駄目か。
でもまぁ、こっちもミルトンさん曰く売れるらしいから、引き車から独立したアメーバ・クッションの設計図を渡しておいた。
とはいえ、このクッションにはかなりの数のアメーバが必要になりそうだから値段が高くなるだろうな。
それでも俺の発明(?)を使ってくれたら商品1つにつき1パーセントが入るって事だ。
「もしかしたら、そのうち特許料だけで生活ができるようになるのか?」
『コータ様?』
おっと、心の声がだだ漏れしていたようだ。
スミレが不思議そうに声をかけてきた。
「いや、さ。登録した設計図を使ってできた製品1つにつき1パーセントの特許使用料が入るようになるだろ? そしたら、そのうちその特許使用料だけで十分な収入が入るようになるかもな〜って期待しただけだよ」
『ああ、そういえばそうですね。そうなればコータ様は作りたいものを作って暮らせるようになるかもしれませんね』
「うん、そうなるといいなぁ」
今の生活も嫌いじゃないけど、俺的にイベントが多すぎる。
異世界でスミレの結界に守られて命の心配はほぼない状況だけど、だ。戦うような状況なんて真っ平御免というのが本音で、俺としてはのんびりのほほ〜んと暮らしたいんだよなあ。
なので、特許使用料が入ってくるんだったら働かなくてもいいんじゃね? という感じで嬉しい。
ただなぁ、ミリーはギルドランクを上げるために、とにかく依頼を受けたくてたまらないみたいだから、俺がのんびりしたくってもミリーが許してくれない気がするよ。
「んじゃ、そろそろ始めるかな?」
『はい』
俺はスクリーンを立ち上げ、そんな俺の肩にスミレが座る。
さっき淹れたばかりのお茶を飲みながら、スミレの体を作るために制作画面を呼び出した。
「それで、どんな感じがいい?」
『コータ様の好みに仕上げてください』
「えっ? いや、それは駄目だろ? スミレの体なんだからさ、スミレが決めないと」
『いいえ、私はコータ様の好みにあった体が欲しいんです。ですから、私の体、好きにしてください』
ぶふおおおおっっ
うごごごっ、鼻に茶が逆流したっっっ!
吹き出したお茶は目の前のスクリーンを通り過ぎてそのまま地面に飛び散っていく。
うん、これが普通のPCだったら大変な事になってたよ。
「鼻の奥がツンとする・・・・」
お茶が沁みるよ。
『大丈夫ですか?』
「うん、まあな」
スミレには俺がなんで吹き出したのかなんて全く判ってないんだろうなぁ。
いや、だってさ、現実でも言われた事なかったよ、体を好きにして、なんてさ。
もっと色っぽい状況でボインボインなお姉さんに言われたら、デレデレ〜ってなる自信がある。
でもなぁ、スミレはそういう意味で言った訳じゃないし、色っぽい状況でもない。
「と、とにかく、だ。俺に丸投げしちゃ駄目だろ? スミレが一生付き合っていく体なんだからさ、やっぱりスミレの希望を取り入れるのが一番だと思うんだ」
『コータ様は考えてくれないんですか?』
「い、いや、考えるよ? だけど、やっぱり基本はスミレの希望を入れたいんだよ」
『・・・判りました』
いや、だからさ、なんでそこまで落ち込むんだよ。
俺が悪いような気がするじゃん。
「じゃあさ、スミレの今の姿にできるだけ似せて作るっていうのはどうかな?」
『私の今の姿、ですか?』
「うん、ほら、俺もミリーも、それにジャックだって、今のスミレに見慣れてるだろ? だからもし今の姿と違ってしまうとさ、どこか違和感を感じるっていうか・・・きっと慣れるのに時間がかかると思うんだ。だから、できれば今と同じ姿形がいいなぁ、って思うんだけどどうかな?」
よし、俺はちゃんと自分の意見を言ったぞ。
俺の好みの姿形って事なら、今のままのスミレだよ、うん。
『コータ様は本当に今の私のままでいいんですか?』
「うん? もちろんだよ。だって、今の見た目のスミレとずっと一緒だったんだ。そりゃスミレの好みっていうのがあるんだったらそれを尊重するけど、特に拘る姿っていうのがないんだったら今の見た目のままでどうかな?」
『そうですね・・・コータ様が私の名前をスミレにしたのは、この見た目からでしたよね?』
「うん。スミレの髪の色が綺麗なでさ、スミレっていう花の名前が頭に浮かんだんだ」
『・・・でしたら、この姿を基本にしてください』
「スミレはそれで納得できたのかな?」
『はい、コータ様が望む姿になりたい、というのが私の希望ですから』
にっこりと笑みを浮かべたスミレは、俺に気を使ってそう言ってくれてるって訳じゃないみたいだな。
「じゃあ、見た目はこれで決まりだな。それで、体の大きさは? それも変える事ができるのかな?」
『はい、今よりも小さくする事もコータ様と同じ大きさにする事もできます。もちろんそれ以上の大きさにもできますが、そうなると一緒に旅をする時に邪魔になるかもしれません』
「う〜ん・・・そうだな。確かに大きいと一緒に宿に泊まれないかもしれないもんな」
『はい、ですので、その辺りも鑑みて大きくてもコータ様と同じくらいがいいでしょうね』
なるほど、てっきり今の姿の大きさまでかと思ったけど、それ以上いくらでも大きくする事ができるのか。
でもさ、俺よりでっかいスミレ、っていうのは嫌だなあ。
そりゃスミレがデカくなりたいっていうんだったら反対はしないよ?
でもそうじゃないんだったら、できれば今のままの大きさがいいかな。俺と同じサイズのスミレはなんていうか、違和感がある。
「それで、スミレはどうしたい?」
『大きさ、ですか?』
「うん。大きくなりたい? それとも今の大きさがいい?」
『コータ様はどうですか? 私に大きくなってもらいたいですか?』
「いやいや、そこはスミレの意思で決めようよ」
スミレはなんでも俺の好みにしようとするからな。我慢してその姿になってもらうよりは、スミレが欲しい体を作ってもらいたいよ。
『コータ様、私はコータ様の好む姿になりたいんです』
「いや、でもさぁ。スミレだって好みがあるだろ?」
俺はスミレに話を振って、少し気持ちを落ち着けるために深呼吸をしてからお茶を飲む。
『いいえ、私はコータ様のサポートシステムですから、特に好みなんていうものはありません。むしろコータ様の好む姿にしてもらいたいです。この髪の色だって変えてもいいんです。コータ様の色に染めてもらえるのが私の喜びです』
ポッと頬を染めて呟くスミレ。
ぶふふううおおおおっっ
ヤバいっっ!
今度は鼻からも茶が噴き出たっっ。
げほげほごほごほと咳き込んでいると、スミレが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
『大丈夫ですか?』
「げほっごほっっ。う、うん、多分な」
やっと鼻のツンとした感じが落ち着いたのに、またツンとしちゃったよ。
しかもさっきよりツンとする位置が深い気がする。
「スミレ、もう少し言葉を選ぼうか?」
『それはどういう意味でしょう?』
小首を傾げ、全く判ってませんと全身で伝えてくるスミレに、俺は大きな溜め息を吐いた。
「いやさ、体を好きにしていい、とか、あなたの色に染めて、とか、いろいろまずいだろ?」
『そうなんですか?』
「そうなんだよ。言っちゃダメな類の言葉だよ。特に男に言っちゃダメな言葉トップテンに入るよ、それ」
男はオオカミなんだぞ〜、そんな事言うと舌舐めずりして都合のいいように取られるぞ、と俺はビシッとスミレを指差して言う。
『でも私はただのサポートシステムですよ?』
どうしようもないですよね、と聞かれるとその通りなんだよな。
「うん、それはそうなんだけどさ。でもスミレ、可愛いじゃん? こんな可愛い子が『私の事、好きにして』なんて言ったら危険だぞ」
体を手に入れた後は特に注意しなくちゃ駄目だ。
あんまり可愛いから、誘拐されるかもしれない。
そう思ったら急に不安になってきた。
「スミレ、体を手に入れたら、絶対に1人でウロウロしちゃ駄目だぞ。人攫いに捕まるかもしれないからな」
『あの、大丈夫ですよ?』
「い〜や、判らないぞ。さっきも言ったが男はみんなオオカミだからな」
『でも私はただのサポートシステムですよ?』
「そんなの言わなきゃ相手は知らないままだろ?」
『あの・・まぁ、その、もしそういう事があっても私は体を放置してコータ様のところに戻る事ができますから』
「そうか? ならいいんだけどさ。でもスミレを攫うような奴にはそれなりの報復をしたいから、自爆装置をつけておくか」
『えっ?』
「だから、さ。もしスミレが誘拐された時に誘拐した相手に速攻で報復できるように、スミレが体から離れたら自爆するように装置を組み込んでおこう」
うちのスミレを攫った事を後悔させてやるぜっ。
一気にやる気になったぞ。
俺は手に持っていたカップを下ろすと、スクリーンに手を伸ばしてスミレの姿を呼び出した。
「よし、基本は今のままの見た目でいいな。それで大きさは?」
『コータ様はどうしたいですか?』
「う〜ん、俺は今のままが一番かな?」
『それでは今のままのサイズで』
本当はスミレの希望に合わせてたいんだけど、スミレが自分から言わないだろうし、この調子だといつまでたっても製作までいけないからな。
俺の肩に座るスミレを見下ろして、30センチ、と打ち込む。
「そういや、動力はどうするんだ?」
『動力は魔石か魔輝石ですから、この前鉱山で見つけた魔輝石を使わせてもらえますか?』
「魔石より魔輝石がいいのか?」
『魔石の方がいいですけど、魔輝石ならたくさんありますからそれで十分ですよ』
「いやいや、せっかくスミレの体の動力源なんだからさ、いいものを使いたいよ。でも魔石なんてあったかなぁ・・・・いや」
俺たちが仕留める魔物や魔獣は弱っちいのばっかりだからなぁ、と思ったところでポーチの中にある緑色の魔石を思い出した。
俺はすぐにポーチからライティンディアーの魔石を取り出した。
「ほら、これがある」
『でも、そんな上質な魔石は私なんかにはもったいないですよ』
「い〜や、スミレにならぴったりだ」
それに、スミレが上質っていうんだったら、自爆する時にかなりの威力で爆発するだろう。
ふっふっふ、と黒い笑みを浮かべていると、スミレが不安そうな表情を浮かべる。
おい、失礼だな。
「とにかく、だ。俺はこれをスミレの体の動力源に決めたぞ」
『コータ様』
「いいからいいから。んじゃ、次は材料だな。今ある材料を全て候補に突っ込むか」
『もったいないですよ』
「だ・か・ら、スミレに関してはもったいないなんてものはないんだよ。スミレは俺のサポートシステムかもしれないけど、同時に俺にとっては大切な仲間なんだからさ、仲間にケチな事はしたくないぞ」
これは本気だ。
「もちろんスミレだけじゃなくってさ、ミリーだってそうだし、ついでにジャックもそうだよ。パンジーのためにもケチな事は言う気はないしな」
『コータ様・・・』
「ほら、とにかく手持ちのもの全部を材料の候補に入れるからな。ついでに材料候補も検索してもらえるように設定するぞ」
さ〜て、最高のスミレの体を作るぞ!
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