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なんとかディラーズさんのところを辞去できたのは行ってから2時間以上経ってからだった。
いや〜、あの人、商売が上手すぎるよ。
すぐにデザインを! なんて言うんで、スミレにデザイン画と実物を用意してもらう事にした。
俺たちが早めのランチを蒼のダリア亭で食べている間に、スミレが部屋で1人で頑張る事になったんだけど、俺が食後にスミレと一緒にするよりその方がスミレも頼りにされて嬉しいって言うからさ。
それでもデザイン画にプラスして服そのものも作ってもらうんだから、スミレは大変だったと思うよ。
とはいえレベルが5になったおかげで、スミレは並列作業ができるようになったんだ。作るものによって並列作業数は違うらしいけど、今回のような事だと、服を2つとデザイン画5つなら同時にできるらしい。で、デザイン画の作成が終わって服だけになると、3種類が同時に作れるんだとか。
ただ、スーツにつけるカフスボタンとかネクタイピンなんかは材料の事もあってそう簡単にいかないっていうから、それは今日出かけた時に色々と拾って今夜の野営の時にでも作る予定だ。
って事でスーツとその系統、つまりタキシードやカジュアル・スーツなんかのデザイン画をそれぞれ数着分、もちろんそれに合わせたアクセサリーやネクタイに靴といったもののデザインも服の数の分以上用意してもらう。特にネクタイはその柄も色々考えてもらう事になった。
それからネイティヴ・アメリカン風のドレスも数着分、そしてそれぞれに合う靴を数足分、とついでにネイティヴ・アメリカン風のジャケットとズボンのセットも増やしてもらう。それぞれの衣装の刺繍も色々と変えて違った雰囲気を出すようにしてもらう。
そうやってスミレに作ってもらったデザイン画の数は20枚以上になったけど、多ければ多いだけディラーズさんも喜ぶだろう。
それに合わせて服の方もたくさん作ってもらったから、さらに喜ぶ事間違いなしだ。
今日は午後から外に出る予定だったから、ミリーたちには引き車で待ってもらって俺は服とデザイン画だけを手にディラーズさんの店に行った。
でも俺がなんで戻ってきたのか判ってないみたいで、頭にハテナがついたような顔をして迎えてくれた。
「コータ様?」
「頼まれたものを持ってきました」
「えっ? も、もうですか?」
「はい、俺たちは今日これから出かけてパーティーの前日まで戻ってこれないので、その前にと思いまして」
本当なら既に出かけている時間だ、なんて事は言わない。
やっぱり『大人の対応』をしなくっちゃな、うん。
「それでこちらですけど、かなり数があるので簡単に説明しますね」
俺はディラーズさんに促されて今朝もいた2階の部屋に案内されると、早速テーブルにデザイン画を広げる。
「こちらが『スーツ』のデザインですね。俺の服はスリーピースというもので、ジャケットにズボン、それにベストの3つで構成されてます。それからこちらはカジュアル・スーツといってベストはありません。それからこちらはタキシードと言って、おめでたい席などの特別な時に着るものですね」
そこまで説明してから、デザイン画を全てディラーズさんの前に移動させてから、今度はスミレが作ってくれた服を全て取り出す。
その時にわざとらしくバックパックに手を突っ込みながらポーチから取り出す事も忘れない。バックパックみたいな大きめの入れ物の魔法のバッグはあっても、ポーチみたいな小さなものはないらしいからさ。変に眼をつけられないための措置だよ、うん。
あっという間にテーブルの上に積み上げられた衣装を眼にして、ディラーズさんが慌てて階段のそばにあったドアを開けて中からもう1つテーブルを取り出したので、俺は『スーツ』を全てそちらに移動させ、テーブルの上に残したのは『パウワウ』だけにした。
ディラーズさんは立ち上がったまま、テーブルの上にある服と手元のデザイン画を見比べている。
今彼が見ているのは『スーツ』の方だ。
本来であれば普通のスーツとカジュアル・スーツは別物と言ってもいいんだけど、俺にはその違いを説明できるだけの知識がないのでスミレのアドバイスに従ってまとめる事にしたんだ。
でもタキシードは1種類だけど、スリーピースと俺が仕事で着ていたようなスーツとカジュアル・スーツははそれぞれ3種類ずつ用意した。
ネクタイは普通の太さに細めのもの、それからボウ・タイ、ループ・タイを3つずつ用意した。ネクタイやボウ・タイはそれぞれ色は違うし、柄の代わりに刺繍が施されている一品だし、ループ・タイは紐の部分や石の色を変えたり石の代わりに木彫りの紋章もどきを入れたものを3つ用意した。
これだけあれば、ディラーズさんも説明がしやすいだろう、と思っての事だ。
「それで、こちらはスーツに合わせるためのネクタイのシリーズと、スーツ用のアクセサリーですね。ただこのアクセサリーは用意できなかったので、デザイン画だけで我慢してください」
「い、いいえ、十分ですよ」
「そうですか? じゃあ、残りはミリーが着ていた『パウワウ』スタイルです。これらがドレスのデザイン画で、こちらはドレスに合わせた靴ですね。それから頭の飾りに首飾りのデザイン、それから他のアクセサリーのデザイン画です。こちらも残念ながらアクセサリーの見本はないので、ドレスだけで勘弁してください」
「いやいや、私はてっきりデザイン画だけを用意してくださるものと思ってました。ですので、うちの針子たちに残業してもらって作り上げるつもりだったんですよ」
ディラーズさんは嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべた顔のまま、テーブルの上にある服を持ち上げて広げては、その服のデザイン画を片手に持って検分している。
「これだけあれば十分ですよね?」
「十分すぎますよ。まさかこんなにたくさんのデザイン画を持ってきてくださるとは思ってもいませんでしたよ。てっきりそれぞれ種類ずつ持ってくられるのだと思ってました」
えっ、それだけで良かったんだ?
なんだよ、スミレに無理に頼まなくても良かったんじゃん。
まぁこれだけ喜んでもらえると、持ってきた甲斐はあったってもんだけどさ。
「戻ってきた時に時間があれば、アクセサリーも持ってきますけど、そうじゃなかったらパーティーの時まで待ってくれますか?」
「もちろんです。コータ様も忙しいでしょうから、パーティーの時で十分です。その時にコータ様の衣装をじっくりと見させていただきますから」
「は、はぁ・・・」
そう言いながらも俺の体を頭のてっぺんからつま先までゆっくりと視線を動かして見るディラーズさん。
なんかさ、目つきが怖かったよ?
「では、そろそろおいとましますね」
「もうですか? お茶でも入れようと思っているんですが?」
「いえいえ、今日はこれから外に出ないといけないので、あまり遅くなると移動が大変ですからね」
「おお、それはそうですね。というか、これから出られるのは安全ではないのでは?」
なんなら明日にすればいい、と言いそうな雰囲気のディラーズさんに軽く手を振って否定を示す。
「そうはいかないんですよ、依頼を受けてますからね。今でかけないとパーティーに間に合うように帰れませんから」
嘘です。依頼は受けてないし、パーティーに間に合わない、なんて事はない。
でもさ、嘘も方便って言うじゃん。大丈夫なんて言ったら、いつまでも引き止められる気がするからな。
「それは残念ですね。ですが、私のせいでパーティーに間に合わないと言う事になれば、ホルトマン様も大変失望するでしょう。そう思うと、ここで見送るのは一番でしょうねぇ」
心底残念です、という表情を浮かべるディラーズさんに、ほんのちょびっと罪悪感を感じた。
それでも予定通り出発する予定を変える気はこれっぽっちもない。
俺は軽く頭を下げてから、ディラーズさんの店を出て外で待っているミリーたちと合流したのだった。
ディラーズさんと別れて、向かった先は今までも何度もきている場所。
ゴンドランドが生息している草原だ。
でも俺たちの目的はその奥にある林の中の沼地なんだけどさ。
いや〜、もうね、アメーバがたくさんいるんだよ。俺にきた注文だけで大変でさ。
ほら、車のタイヤがとても有用だっていうんで、ギルドに指名依頼を出すので受けてくださいって言われたんだよな。
ついでにハンターズ・ギルドの方に他のハンターに向けてゴンドランドの体部分とアメーバ捕獲の依頼を出します、なんてミルトンさんが言ってたよ。
その時に引き車の方もまとめて1つの登録と、タイヤやサスペンションなんかを個別登録するように言われてその通りにした。その方がこれの発明(?)の権利を守れるからって言われたからさ。
俺としても特許料なんていうただ登録するだけで、使われれば使われるだけ使用料が入るって言うんなら吝かじゃないしさ。
もちろん俺に入る特許使用料は1つにつき1パーセントなんだけど、チリも積もれば山になるよ、絶対。
でもまぁ審査途中のものもあるから、まだまだ先の話だけどね。
それに、だ。ボールペンや鉛筆の作成図は提出してるからそっちで作る事ができるんで、そのための材料としてゴンドランドの体とアメーバはこれからは常時依頼になりそうだな。
まぁ、ハンターとしてもここでゴンドランドを仕留めて、今まで捨てていた体の方も持って帰れば金になるって事になると嬉しいだろう。その上ここにいる間にアメーバを捕獲すればそれもお金になるって判れば、2度美味しい依頼って事になるんじゃないのかな?
そのうちここで狩りをするハンターが増えるんだろう。
でも今はそんな依頼を生産ギルドが出していないせいか、この草原にいるのは俺たちだけらしい。
と言っても俺たちがここに着いたのは夕方も暗くなりかけていた時だったので、俺たちは草原に留まる事もなくまっすぐアメーバを捕獲するための沼地の近くにパンジーを進めた。
到着すると、すぐに手分けして野営の準備を始める。
この辺の手順は慣れたもんで、誰に何をするように言わなくてもそれぞれが自分でできる事をすぐにしてくれる。
ジャックなんてミリーに褒めてもらいたくてチラチラ見てるけど、肝心のミリーはガン無視で引き車の中の寝床準備に余念がない。
そんな2人を見ながら俺も晩メシの準備に余念がない。
食べたらすぐにでも出かける事になるからさ、簡単に食べれるものがいいだろうなぁ。
という事で、ミリーの大好きな肉の串焼きとスープ、それに来る前にパン屋さんで買ったパンにする。
ある程度準備が終わったところで、ふと思い出した。
「スミレ、材料は全部集まったのか?」
『はい、あれだけあれば大丈夫だと思います』
「もし足りないんだったら、沼への行き帰りに拾ってもいいんだからさ」
『ありがとうございます』
嬉しそうに頷くスミレ。
そんな彼女を見ると、俺も嬉しくなって思わず笑みを浮かべてしまう。
だってさ、今夜アメーバ狩りを終えてお子ちゃまが寝静まったら、ついに待望のスミレの体を作るんだからな。
これで嬉しくなかったらおかしいだろ?
スミレには俺の好きな体にしてくれればいい、なんて言われたけど、さすがにそれじゃあな。
だから、スミレの意見を取り入れながら作るつもりだ。
いや〜、もうね、夜が待ち遠しいよ。
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